第16話 村で起きた地震
村に近づくと、煙が上がっているのが見えた。
地震が原因で、火災が発生しているらしい。
ちょうど夕食時だったので、料理で火を使っている家が多かったのかもしれない。
最悪の事態を見たくないと思いながら、でも行かなければと和人は思った。
和人は、生まれてから今日までずっと、この村で生きてきた。
数十人しか居ない村人達とは全員顔見知りで、深い人間関係もあるし家族のようなものだ。
どうか誰も命を落としたりしていませんようにと、心の中で祈った。
山道を抜けて、村までの道を急いだ。
途中からリキは、普通の猫の大きさになって和人の横を走っている。
走りながら和人は、今日集まっていたメンバーのうち何人かに電話してみた。
けれど、話し中の音がして誰も繋がらなかった。
安否を気遣う電話があちこちから入っているのかもしれない。
それか、消防とかに連絡電話をかけているのか。
村に着いてみると、辺りの風景は一変していた。
あちこちに倒壊した家屋があり、燃えている家もある。
途中の道が塞がっているため、外からの救助も遅れているに違いない。
家からホースを引いてきたり消化器を持ってきて、自分達で出来る限り火を消そうと頑張っている人達の姿も見える。
和人は、走って行ってすぐに手伝った。
リキは、逃げ遅れた人が居ないか確認してくると言って、燃えている家に平気で飛び込んで行った。
「危ない!焼け死ぬ!」と一瞬思いかけてから、和人はリキが妖怪だったことを思い出した。
何といっても一回死んでるわけだし、復活して妖怪だし、それ以上死なないから火も水も平気なわけだ。
消化作業が一段落すると、途中に怪我して倒れている人は居ないかと確認しつつ、和人とリキは村の奥へ進んだ。
和人の家は村で一番広くて、緊急時には避難所として使ってもらえるよう解放している。なので、まずは自宅へと向かった。そこで村の人達とも会えると思う。
今日タネ婆さんの家に集まっていたメンバーも、和人の家に来ていた。
玄関の近くに居た寿江と一番先に顔を合わせたので、和人は状況を聞いた。
タネ婆さんの家に居た自分達は全員無事だったので、困っている人が居たら手伝おうと思ってここに来たという事だった。
タネ婆さんの家も土台がしっかりしていて、かなり揺れたけれど建物は無事で、その時は火も使っていなかったし被害はほとんど無かったと言う。
しかし村全体では、倒壊した建物の下敷きになったり、飛んできた物に当たって怪我をした人が重傷者軽傷者あわせて二十人以上居た。
村人のうち約半分が、この地震で怪我をしたし、そうでなくても家が潰れて住めなくなった人も多い。
救急車もまだ来れないので、怪我をした人はここで応急処置だけ受けて休んでいるという事だった。
それでも幸いなことに、亡くなった人は居なかった。
村の危機を救おうと思って山の主に会ってきたのに、その間にまさかこんな事が起きようとは、和人にとっても完全に予想外だった。
でも・・・嫌な話だけれど、地震があったことで開発の予定はもしかしたら無くなるのでは?もしそうなら、村を復興させるには時間がかかるけど、開発の結果起きると予想される様々な事は回避出来るかもしれない。和人は、そんな事を考えた。
考えた事はリキに伝わるので、すぐ答えが返ってきた。
「そう簡単じゃないかもしれないぞ。俺も、猫達からの情報で色々聞いている。今開発が進んでいる他の地域でも、その前に地震が起きたり集中豪雨で土砂崩れが起きたりしている例は沢山ある。そこが開発の候補地に上がって、なぜかそのあとしばらくして、まるで狙ったように自然災害が起きている。今年に入ってからで既に五ヶ所。去年からも合わせるともっと多い。これが本当に自然なのかどうか・・・」
「自然じゃないって・・・まさか。そこまでやる?それにそんな事出来るのかよ」
「人工的に気象を操作することも、地震を起こすことも、技術的には今は可能らしい。説明会を開いて全員とゆっくり話をするような悠長な事をしているよりも、ある程度の広さの土地を手っ取り早く空けるには、こういったやり方が一番早いからな」
「けどそんな事したら、今回はたまたま死者は出なかったけど、下手したら人が死んだりとか・・・」
「あいつらはそんな事気にしてないと思う。あいつらって言っても、説明会に来たような人間は上から言われてやってるだけだから、そんな事は知らないと思うけど。全体を動かしてる、もっと上のやつら」
「もしそうだとしたら、やることがあまりにもえげつないんだけど」
「ある時期からの雨の降り方や地震の揺れ方は、自然に発生するものとは違うらしい。動物はそういうの感覚で分かるし、人間でも、波形を調べたりしてるやつは居るみたいだぜ」
最初聞いた時はまさかと思ったけれど、少し考えてみれば、あり得ない事では無いなと和人は思った。
たしかにこのところ、やたらと自然災害が多かった。
この村に多く居る年寄り達は、雨の降り方や地震の揺れ方が昔とは全然違うという事に気が付いていた。
和人も、その話を複数人の村人から何度も聞いている。
それに、開発候補地に限って次々と自然災害に見舞われるというのも・・・一回二回ならまだ偶然ということもあるが、そこまで続くとさすがに不自然さを感じる。
「最終手段としては、村を捨てるしかないかもしれないね」
近くに居たタネ婆さんが、和人とリキにだけ聞こえるくらいに小声で言った。
「山の主には会ってきたのかい?」
「会ってきたよ。過去の場面も見せてもらった。俺より前に交渉に行った、タネ婆さんの若い頃も見た」
和人が答えた。
「もう何十年も昔の話だねぇ」
「今回も、待ってくれるって約束してくれたよ」
「そうかい。良かった。さっきの話だけど、最悪村を捨てる事になっても、開発が山の方に及ばなければ約束は守った事になる」
「そういう事だね」
「今回の地震で、多くの家が潰れた。住み続けられる者は少ないかもしれない」
タネ婆さんの家や、他の壊れていない家から持ち寄った物で、皆で夕食を済ませた。
食べ物が普通に食べられただけでも本当に助かったと、全員が思った。
猫達も、他の動物達も、和人の家に移動してきていた。
本当なら今日は、タネ婆さんの家で猫の会合があるはずだったから。
今は和人の家の中の一部屋が、猫が敷き詰められたような状態になっている。
和人は猫達の会話を聞くことが出来るので、中に入って一緒に聞いた。
リキも和人の横に居る。
「人間ってやっぱりろくでもない事ばっかりやってくれるねぇ」
「手っ取り早く土地を空けたいんじゃない?やり方めちゃくちゃだけど」
「この辺も住みにくくなってきたし、これからどうしようかねぇ」
「いっそ山に住む?」
「山までは邪魔しに来ないといいけど」
猫達の間でも、村を捨てて山に住む話が出てきている。
さっきは、タネ婆さんもそんな事言ってたし。
この地震が自然発生したものではなくて、人工的に起こされたものだという話も出ている。
やっぱり猫達はそう思っているらしい。
事実、そうなのかもしれないけど。
「リキはどう思う?」
「村を守るのはもう無理かもしれないな。ここは捨てて、そのかわり山から向こうは絶対に守る。この方が現実的かもしれない」
「そうか。正直言うと、俺はやっぱり住み慣れた家をそう簡単に捨てられない。爺ちゃんと婆ちゃんから受け継いだ大切な家で、ここがあったから俺の親が居て、だから俺が生まれて、俺はこの村でリキとも出会ったし。大切な思い出が多すぎる」
「そうだな。その気持ちは分かるよ。俺だって普通の猫だった時はここで育ったし、長い期間居たんだからここに愛着はある。ただ、今回のことが策略だとしたら・・」
「ここに残ろうとするのはそう簡単な事じゃないよ」
近くに居て、やり取りの内容を分かっていたタネ婆さんが言った。
簡単ではないという事は、和人も十分理解している。
潰れた家を直してまでここに住むよりも、出て行って他で借りるとか、街に住む家族の所に行こうと思う人も居るかもしれない。
そうなったら、ただでさえ人口の少ないこの村なのに、さらに人が減ってしまう。
そんな状況で、しかも開発の話も無くならないとしたら、本当にここでやっていけるのかと自信が揺らいでくる。
それでもまだ今は、諦めきれないものがあった。
「和人が諦められないって思うんなら、気が済むまで俺も付き合うけど」
リキからはそう伝わってきて、とても心強かった。
「ありがとう」
心からそう伝えた。
「やたら人数が居ても仕方ないし、ここは皆んなに任して俺達は村の様子見に行くか?」
「そうだな」
和人は、リキと連れ立って外へ出た。
すでに陽が落ちて、辺りは夜の景色に変わっていた。
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