第15話 山の主との約束、そして帰り道
「それで?お前も同じ事を頼みに来たということか?」
白狼から和人に質問がきた。
「はい。そうです」
「一度は開発を止めることが出来たが、また始まってしまったということは、約束を守れたのはここまでという事だな」
「この程度の期間か」
「時間の流れの感じ方が、我々とは違うのかもしれないが」
山の主達は、三体でやり取りし始めた。
自分に向けられている会話でなくても、和人には内容が分かった。
猫の会議に参加した時と変わらない。
同じ感じで伝わってくる。
さっき見たのが、今は九十を過ぎているタネ婆さんが二十歳くらいの時の場面だとすると・・・七十年以上前のことか。あの時タネ婆さんに聞いた話でも、戦争が終わって間もない頃とか言ってたし・・・その頃にタネ婆さんと何人かの村人達が頑張って開発を止めて、それから最近までの間は平和が保てた。けれどまた同じような状況がやってきたということは、たしかに山の主の言うように、約束が守られたのはここまでということになる。
そんなことを和人が考えていると、それはそのまま伝わっているらしく、白狼から言葉が伝わってきた。
「若い娘だった人間が老人になるまでの期間という事は、人間の感覚からするとそれなりの年月のようだな」
さっきまでは和人やリキが居ても無視して三体で話していたけれど、和人が彼らに意識を向けると、思考を受け取るらしい。
「もう一度だけ待ってやろう」
三体の山の主達から、そう伝わってきた。
「ありがとうございます」
和人は深々と頭を下げてから、ゆっくりと顔を上げた。
その間に、目の前に居た山の主達の気配がフッと消えたのを感じた。
慌てて辺りを見回しても、もう影も形も無い。
「え?消えた?特に鳥の形の山の主は、出て来る時は派手だったけど」
「来る時は、自分達を見て恐れないか試してるのかも。承諾してくれたみたいだし、とりあえずは良かったな」
「そうだな。とりあえずは。約束したからにぱ実行しないといけないし、これからだけど」
「皆んなのところへ戻って相談しよう」
リキは和人を乗せて走り、来た時と同じく白い階段を駆け降りた。
今度は来た時と逆に、螺旋階段の方が上りになるがら、ここからはきつそうだと和人は覚悟した。
体力に自信が無いわけではないけれど、この階段はおそろしく長い。
そう思っていると、リキが上に向かって呼びかけた。
「そっちへ出たいんだけど。頼める?」
「いいけど」
門番から答えが返ってきたらしい。
数秒後、上からスルスルと何かが伸びてきた。
「何だ?!あれってもしかして木の根っこ?!」
和人は、ぼーっと上を見上げたまま固まってしまった。
はるか上の方から、まるで生き物のようにスルスルと伸びてくる木の根っこらしき物。
山の主を見た時も驚いたけれど、それとはまた違う感じのインパクトがあった。
あっという間に、それは和人の目の前まで下りて来た。
近くで見ても、やっぱりそれは木の根っこだった。
恐ろしく長い。
「人間の体力では上まで上がるの大変だろ。だから門番に頼んだ。一気に上がるから落ちないようにしっかりつかまってろよ」
リキが伝えてきた。
見れば片手で掴み切れないくらい太さのある木の根っこで、自分がぶら下がっても切れる心配は無さそうだと和人は思った。
木の根っこを両手でしっかり掴み、さらに足を巻き付けてしがみつく姿勢を取った時、グンと上に引っ張り上げられた。
そのままスルスルと上に上がっていく。
スピードはあるけれど、そんなに揺れないので怖さは無かった。
この間リキは、小さく縮んで和人の頭の上に乗っていた。
入り口にある切り株は門番の体の一部だと、リキが言っていた事を和人は思い出した。
それで階段も作っていたわけだから、こういう物が出来ても不思議ではない。木の根っこは、門番の意志で自由に伸び縮みさせられるらしい。体の一部なんだから当然というところか。
和人がそんな事を思っているうちに、つかまっている木の根っこはどんどん縮んでいき、上まで運んでくれた。
来た時と同じく途中からは明かりが灯っていて暗くはなく、終点が近づくと天井がスッと割れた。
下から見ると天井だけれど、門番の体の中に入った時は床だった所だ。
その割れ目を抜けて中へと戻ったと思ったら、木の根っこはスルスルと細くなって消えた。
門番に礼を言って外へ出ると、すぐにリキは大きくなって和人を乗せた。
「タネ婆さんの家に、皆んなまだ居るかな?」
「そんなに時間経ってないし居るんじゃないかな」
和人が時間を確認すると、夕方の六時を回ったところだった。
来た時と同じように獣道を走り、もうすぐ山を抜けるというあたりまで来た時、突然地面が揺れた。
下からドーンと突き上げるような揺れが来て、そのあと今度は激しい横揺れが始まった。
最初の衝撃でリキの背中から落ちた和人は、草の上を転がって木の幹にしがみついた。
幸運な事に、地面が柔らかく草が生えている場所だったので、ほとんど怪我はしなかった。
地面はまだ激しく揺れていて、立ち上がることは出来ない。
姿勢を低くしたまま顔を上げると、リキの腹の毛が見えた。
リキが、和人の体を守るように立っている。
「地震だ!リキ!危ないから伏せて!」
「普通の動物じゃないし俺は大丈夫だよ。妖怪だから」
数十秒経って、地震の揺れはおさまった。
和人は立ち上がって、服の泥を叩いた。
手足を多少擦りむいた程度で、怪我らしい怪我はしていない。
「ありがとう。リキ」
「俺が守らなくても大した事なかったよ。この辺りはそう被害はないみたいだな。木がしっかり根を張ってるし」
「村の方が心配だな」
「早く戻ろう」
再び和人がリキの背中に乗って、山を抜け、車の走れる道まで出た。
しばらく行くと、道路脇の斜面が崩れて土砂で道が塞がっていた。
普通なら通れないその場所を、リキは難なく駆け上がり、飛び降りた。
この場所でこれだけ崩れているということは、村はどうなっているのか。
和人もリキも同じ思いで、一刻も早く村へ戻りたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます