第14話 山の主に過去の場面を観せてもらった


「人間が来たのは久しぶりだな」

巨大な白狼から伝わってきた。

「前とは違う奴か?」

「前に来たのは女だった」

沼から出てきた巨大魚と、黒い怪鳥と、三体でやり取りしている。

やっぱり怒りのエネルギーは伝わってこないと、和人は思った。

淡々と事実を思い出して話しているという感じだ。

唐突に、和人の意識の中に映像が飛び込んできた。

この場所に、今自分が立っているのと同じ場所に、若い女性が立っている。

年の頃はおそらく二十歳前後。俺よりも十歳以上は若いと思う。

女性にしては背が高くて、体格はがっしりしている。

畑仕事をしていたような服装で、よく日に焼けていて逞しい感じ。

一つに束ねて背中に垂らしている豊かな黒髪は長く、目鼻立ちははっきりしていて、意志の強そうな内面がその表情にも表れている。

なんか雰囲気が女戦士みたいな感じだなと和人は思った。

それと同時に、自分は確かにこの女性を知っていると感じた。

なのにどこで会ったのか全然思い出せなかった。


何とか思い出そうと数秒間考えているうちに、和人はいつのまにか、そこに立っている女性の目線になっていた。

自分の意識が、自分の体とは違うところに一瞬で移動した。

不思議な感覚だった。

自分とは違う人物の内側に入った感じだ。

今自分は、この女性としてこの場を体験していると和人は理解した。


空から何が来てる?

凄い速さで近付いて来ている。

上空にそれが来て、辺りに影ができた。

それくらい大きい。

凄い風圧が来て、飛ばされそうになる。

足を踏ん張って耐えた。

大きく広げられた巨大な翼と、自分の顔の数倍はあろうかという大きさの顔が見えた。

鋭く尖った赤い嘴と、血のように赤い目が光っている。


目の前に、黒い怪鳥が舞い降りた。


相手は恐ろしく大きいけれど、敵意は向けられていない。


今度は背後に気配を感じた。

敵意は向けられていないと分かりつつ、一応用心して前方に意識を残したまま振り向いた。

巨大な白狼が、すぐ近くに居た。


いつから近付いて来ていたのか。

この巨体なのに、すぐ近くに来るまで気配すら感じなかった。

やはり、敵意は向けられていない。


今度はボコボコと水音がし始めた。

そうか。そういえばさっき、水の匂いがした。近くに沼があるのか。

落ちた枯葉に覆われていた水面から、巨大な魚が顔を出した。

全身は見えないけれど、先に現れた二体に匹敵する大きさ。

でもやはり、敵意を向けられている感じはしない。


「我々の姿を見ても全く動じない人間も珍しいな」

巨大魚から、そう伝わってきた。

「敵意を向けられている感じがしないから。会ってくれて本当にありがとう。私は村から来た。山道に入ってからここに来るまでの道のりでは、皆がとても怒っているのが伝わってきた。私は生きて帰れなくても仕方ないと思った。激怒しても当然の事が、行われたわけだから。今開発が進み始めていて、山に居る存在達に酷く迷惑をかけていることは私も知っている。開発を進めている者達と同じ人間として、本当に申し訳なく思う」

「開発だけではなく、怪しげな呪術のようなことをやる人間も居たようだな。最近になっていきなり入ってきて挨拶も無く、太古の昔からここに棲んでいる我々に対して、お前達は出て行けと言う」

「何も分かっていない人間が多くて、その事も本当に申し訳ないと思っている。今ここで私が謝ったからと言って事態が変わるわけではないが・・・私はあの開発を止めさせようと思う」

「お前にそんなことが出来るのか?人間の中の権力者というわけでも無さそうだが」

「私はただの村人で、権力は持っていない。けれど、出来るか出来ないかじゃなくて、やらないといけないと思う」

「見たところ若い娘だし、やはり権力は無いか。我々を見ても全く恐れない胆力と、隙の無い身のこなしは見て取れた。武術の心得でもあるのか」 

「多少は。けれど、開発を止めさせるのに武力を使おうとは思っていない」

「どうやって止めるつもりか分からんが・・・我々の存在を認識出来るだけでも人間としては珍しいからな。お前ならもしかしたらやれるのかもしれんな」

「話を聞いてくれてありがとう。必ず私が何とかするから、もう少しだけ待って欲しい」


次の瞬間、和人の意識は本来の自分へと移った。

女性の目と心を通して見ていた状況から、元の自分の視点に戻っている。

隣にはリキが居て、三体の山の主に囲まれている。

「今のは・・・」

「ずっと前の、過去の場面を見たんだよ」

リキが答えを返してくれる。

「さっき、俺は俺じゃなかった。違う女の人の視点で見てた」

「誰か分からない?」

「会ったことがある気がするんだ。確かに。でも思い出せない」

「タネさんの若い頃だよ」

そう言われてみて、和人はすぐに納得した。

タネ婆さんが若い頃に、山に居る存在達と話したということは聞いていた。

戦争が終わって間もない頃で、その頃も今と似たような状況があったという話だった。

その頃のタネ婆さんの年齢を考えると、ちょうどさっき見た女性くらいだし、言われてみると確かに面影はあった。

それにしても、自分よりずっと若い時でしかも女性なのに、凄い胆力だなと思った。

気骨のある人だとは今のタネ婆さんを見ても思うけれど、若い時からあんな感じだったのかと妙に納得した。





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