第12話 階段の終点に出る
和人は、リキに遅れないように少し早足で階段を降りて行った。
階段の材質は何か分からない、少し柔らかい物質だった。子供の頃工作で使った、固まる前の紙粘土みたいだと和人は思った。
幅の狭い階段は遥か下まで続いているし手摺も無いけれど、落ちそうとか怖いという気は何故かしなかった。
周りの壁は緑色で、階段は白。壁に灯っている明かりは蝋燭の火のような感じで、けれど実際に蝋燭があるわけでなく炎だけが壁に浮かんでいた。
階段は、真っ直ぐ下に降りているのではなく僅かに斜めになっていて、入り口の位置から前に進んでいるようだった。
階段が続いている下の方は、白く霞がかかっていてよく見えなかった。
雲の中へ降りていくような感じがする。
不気味とか怖い雰囲気ではないけど、いったいどんな場所へ行くんだろうと和人が思っていると「もうすぐ終点。そこから今度は上りになる」と、リキが伝えてくれた。
「上がった場所は普通に山の奥だから」
「そこに誰か居るわけ?」
「山の主に会いにいく」
「なるほど。山の主がそこに居るんだね。さっき入り口に居た生き物が山の主かと思ったけど違ったんだ。考えたらそうか・・・だったら、リキがあそこで用件を言うはずだしね。山に居る存在達が皆んな怒ってるから、今から山の主に会って、開発のことを謝りに行くって事か」
「入り口に居たのは門番。門番はのんびりしてるから、開発のこともあんまり気にしてないみたいだけど。妖怪も人間と同じで皆んな性格違うから、気の荒い存在とかも居るし、怒ってる者も多い。あのお祓いはたしかに人間側が失礼なことしたんだけど・・・とりあえず謝って、山の主が聞いてくれるかどうかわからないけどね」
階段は、下り切ったらいつのまにか平坦になって、そのまま緩やかに上りになった。
上りになると階段の材質が変わって、光沢のある白い布のような物になった。何も無い空間に布だけが浮いているような感じだ。
それでも、その布は歩く者の体重をしっかりと支え、普通に布の上を歩いて行ける。
「乗る?」
しばらく歩いてからリキが問いかけてきたので、まだ遠いのかもしれないと思った和人は乗せてもらうことにした。
下りる時は狭い螺旋階段で、リキに乗って走るのは無理な感じだったけれど、今はごく緩やかな上りで階段は真っ直ぐに続いている。
馬ほどの大きさになって和人を乗せたリキは、そこを滑るように駆け上がっていく。
壁に灯っていた明かりは、途中から少しずつ数が減っていった。
その明かりが無くても前方から差してくる光が、進む道を照らしている。
「もうすぐ着く」
リキからそう伝わってきて数秒後、緑色のカーテンが目の前に現れた。
入り口と同じだと和人は思った。
カーテンはやはり真ん中で分かれていて、リキはそこを走り抜けた。
次の瞬間、和人は森の中のひんやりとした空気を感じていた。
振り返ると、入り口の時とは違って切り株は無かった。
大木の幹の真ん中に穴が空いて、緑色のカーテンがかかっている。
和人達が出ると、そこはまたスッと閉じた。
この場所には、手付かずの自然の風景が広がっていた。
樹齢数百年、中には千年以上かと思われる大木がそこら中に存在していて、大地に大きく根を張り、空に向かって枝を伸ばしている。
木漏れ日がキラキラと眩しい。
大木の枝が、風を受けてザワザワと揺れた。
和人が見たことの無い植物も沢山見られ、木の幹にも、植物の葉の上にも色んな虫達が居る。
鳥のさえずりが聞こえ、美しい羽を持つ蝶が、植物の周りを飛び回っている。花粉まみれになった蜜蜂が、花の中から飛び出してきた。
動物達が草の間を走り回るガサガサという音が聞こえ、どこからか川のせせらぎの音も聞こえてくる。
この空間全てから、森の息遣いが聞こえる。
ここに立っているだけでとても心地よくて、自然に呼吸が深くなる。
そんな感覚に、和人は何故か胸がいっぱいになった。
自分が住んでいる場所も自然が美しい田舎だと思っていたけれど、それとも全く別次元だと感じた。
ここには人工的な物が一切無く、これこそが本物の自然の風景だと思った。
見ると、植物の葉の影から何かが顔を出している。
とても小さいけれど、人間に近い形。
その生き物の近くにも、同じような大きさで人間のような者が、草の蔓にぶら下がっている。
よく見ると何人もいるらしい。
他にも、フワフワとした白い毛の固まりの様なものが、植物の周りを飛んでいる。どうやら生き物のようで、丸い目があって尻尾があった。
「和人はここでもやっぱり色々見えるんだな」
リキが伝えてきた。
和人は周りの風景に圧倒されて、リキの存在さえ一瞬忘れていた。
「村から出て山道に入った時も色んな存在が居たけど、ここでも同じだね。雰囲気は随分違うけど」
「ここは平和だからね。誰も怒ってないし」
普通は人間の目に見えない存在達を自分が認識出来るようになったのは、そういえばまだ最近だなと和人は思った。
「タネ婆さんは子供の頃からそういうのがあったみたいだから多分生まれつきだけど、俺はそんなのは無かったし・・・動物達のテレパシーの会話が分かるようになったのも、普通は見えない存在が見えるようになったのも、リキに会ってからだな・・・」
「そろそろ行こうか」
獣道を、リキが先に立って歩き始めた。
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