第11話 この入り口はどこへ続いているのか
途中から、車の走れる道を避けて直接山に入り獣道を行く。
山に入るとリキは馬ぐらいの大きさになって、和人を乗せて走った。
和人もリキに乗るのに慣れてきて、体の力を抜いてゆったりと乗れるようになった。
実際、馬に乗る時ほど揺れないし、尻が痛くなるわけでもない。
乗っている方が体に余計な力さえ入れなければ、リキは滑るように走るし、とても楽に移動出来る。
それはそうなのだが、山に入った頃から空気がどんよりと重いのは、今日の出来事があった時と変わっていなかった。
「もしかして、さらにひどくなったような気がしないでもない。怖いと思っているから気のせいか・・・」
小さく呟くように独り言を言ったつもりが、リキにはしっかり伝わっていた。
「気のせいってわけでもない。確かに今朝より空気が重くなってる」
リキから答えが返ってきた。
山に居る存在達は相当怒っているし、車をひっくり返したくらいでは気が済んでいないのか・・・それを思うとやっぱり、怖くないと言えば嘘になる。
けれど、ここまで来て引き返すわけにはいかないと、和人は心の中で決意を固めた。
木々の間を抜け山の奥深く入って行くと、まだ昼間の時間帯なのに薄暗かった。
リキの背中に乗った和人が辺りを眺めると、木の幹が、枝が、生き物の様にうねっているのが見えた。
あの事故の時見たのと同じだと、和人は思った。
木だけじゃなく、道に生えている草も、地面も揺れている。
真っ黒い雲のような塊が、近くを飛んでいた。
その中に光る大きな金色の一つ目が、和人達の方をジロリと見た。
目を合わさない方がいいような気がして和人が反対側を向くと、そちら側にも同じ存在が居て、金色の一つ目でじっと見ている。
地面を這うように移動する黒い塊も居る。
こっちは、金色の目が上にいくつも付いていて、その目が和人達をジロジロと眺め回した。
木々の間に時々居るのは、細長くて灰色の体から長い手が何本も出ている妖怪。三つある目は血のように赤くて、長い舌を垂らしている。
何となくピリピリしたい感じが伝わってくる。
やっぱり皆んな怒ってるのかと和人は思った。
少し開けた場所に出ると、リキは止まった。
そこには2メートル四方ほどの空間があり、真ん中に大きな木の切り株があった。
そしてその切り株の上に、和人が見た事もないような奇妙な生き物が乗っていた。
見たことの無い生き物と言えば、山の中でも色々見たし、リキだって妖怪だけれど、この生き物はまた全然雰囲気が違っていた。
形はサツマイモのような感じ。色も似ている。普通のサツマイモの色よりもう少し明るい、ピンクと赤紫の中間のような色。
大きな体は丸々としていて、ツヤツヤと光っている。
片方の端に顔が付いていて、黄色い楕円形の大きな目とが二つと、小さな鼻の穴が二つ見える。
顔の部分は上半分が鮮やかな緑、グラデーションのように色が変化しつつ下の方は鮮やかな黄色。
パタパタとはためく大きな耳が、顔の両サイドに付いている。
尻尾は細く枝のように分かれていて、その先にいくつも淡く光る粒が付いていてキラキラと美しかった。
この生き物からは、怒っているエネルギーは伝わってこないと和人は感じた。
図体は大きいけれど凶暴な感じは全く無く、なんだかのんびりした感じの生き物だと思った。
「扉を開けて欲しいんだけど」
生き物に向かってリキが頼んだ。
「いいけど」
生き物はあっさり承諾して、切り株の真ん中が縦にスッと割れた。
その割れ目が、見る間に横に広がって大きさを増していきいき、大きな穴が空いたと思ったら、開いた部分に鮮やかな緑色のカーテンが現れた。
カーテンは閉まった状態で、真ん中で分かれているように見える。
これを開けたら、切り株の内部へ行けるのか?と和人は思った。
びっくりするようなものをあまりに多く見すぎて、もう感覚が麻痺している気がする。
「開けてくれてありがとう。和人。行こう」
リキが、当たり前のようにカーテンの真ん中へ進んで行く。
切り株の直径は1メートルほど、高さはその半分位なので、自由に体の大きさを変えられるリキは余裕で通り、和人は身を屈めて潜り込んだ。
切り株の内部は薄暗いけれど、真っ暗闇ではなかった。
カーテンは光を通す素材のようで、薄いカーテンを通して外からの光が漏れてきている。
中はカーテンの色と同じ緑色で、丸い天井の小さなドームのような場所だった。
キャンプに行った時のテントの中の感じを、和人は思い出した。何となくそんな感じの空間で、不思議なことに中に入ると普通に立つことが出来た。
切り株の高さからすると内部はもっと狭いはずなのに、ここでは空間の大きさが伸び縮みでもするのかと和人は思った。
中に入ってから数秒で、今度は床の一部がスッと割れた。
ここに穴が開いたら落ちると思って和人が飛び退くと「大丈夫大丈夫」と
リキが伝えてくる。
床の割れ目はどんどん広がって空間が開き、下へと続く階段が現れた。
階段には明かりが灯っているようで、暗くはない。
一人がやっと通れる位の幅しかない螺旋状の階段は、先が見えないくらい遥か下まで続いていた。
普段の猫の大きさのリキが、トントンと軽やかに降りて行く。
和人も続いて階段を降りた。
数メートル歩いて振り返ると、入り口の穴がスッと閉まるところだった。
「え?閉まったんだけど」
「大丈夫大丈夫。出る時はまた開けてくれるし。ここ以外にも出口はあるし」
前を歩くリキが教えてくれた。
リキはこういう時いつも、振り向いてもいないのに和人の思考が分かり、即座にその答えを伝えてくれる。
人間の言葉を話すわけでもなければ猫の鳴き声すら無くても、ダイレクトにメッセージが飛び込んで来る感覚で、一瞬で足りる理解のやり取り。
和人はリキと会ってからだんだん、会話するよりもずっと速いこのやり取りに慣れてきていた。
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