第10話 猫の会合と、山に棲む存在達の話

警察には、喜助がうまく説明していた。

山道を走っていたら前の車が突然フラフラと蛇行し始めて、どこかにぶつかったのか凄い音がした。後ろを走っていた自分の車も、急にコントロールを失って状態がおかしくなったので運転をやめて、その場に止まった。

地震か何か起きたのかと思い、危険を感じたので車を離れてから通報したという風に話していた。

まるっきり嘘でもないから、それなりに辻褄が合っているし怪しまれることもなかった。

本当の事を話した方が、むしろ怪しまれたかもしれない。


喜助の車は、多少凹んでいるもののほとんど無事だったらしい。

その十数メートル位先に、大破した車があったと言う。

中に乗っていた五名は、命だけは助かったものの全員が重傷。意識不明で病院に運ばれた。

車は前後左右から押しつぶされたような、異様な壊れ方をしていた。

事故処理にあたった警官達は何があったか見ていないので、これをどう解釈していいのか分からなかった。

仕方ないのでとりあえず書類上は、急カーブを曲がり損ねた車が道の側壁に衝突し横転したということにしておいた。


リキ、和人、良太、犬のシロが、一緒にタネ婆さんの家に戻った。

喜助はさっきの現場まで車を取りに行くことになり、後で来ると言って一旦引き返していった。

和人が外から声をかけると、タネ婆さんが出てきた。

「戻ったのかい?猫の会合も今日はここでするらしいよ」

「この家でですか?」

「そうだよ。もう皆んな来てる」

言われて中に入ると、白、黒、茶、キジ柄、三毛など様々な色の背中が見えた。

部屋に猫が敷き詰められているといった感じだ。

窓の外を見ると、カラスやトンビ、山鳩が、近くの木の枝に沢山止まっている。

犬や狸、狐達も覗いている。

猫以外にもいろんな存在が集まってきていた。

茜は膝の上に猫を三匹乗せて、その背中を撫でながらタネ婆さんの隣に座っている。

和人は、茜が猫好きで良かったと思った。

善次とキクの夫婦が、猫のおやつの煮干しを配っていて、寿江は猫と戯れていた。

「喜助さんがまだだけど、この話は喜助さんはもう知ってるから、話し始めてもいいかねぇ・・」

タネ婆さんは、和人達が出かける前に中断していた話しを、今もう一度語り始めた。


「私がまだ若かったころ、戦争が終って間もない頃の話だよ。この村は戦争で焼かれる事も無く、ほとんど無傷のままだった。家さえも少ないし、攻撃対象にもならなかったんだろうね。私たちは今と同じような感じでこの辺りで暮らして、山には山の生き物達が住んでいた。動物や虫たちも、人間の目には普段見えない存在達も。私は何故か子供の頃から、そういう存在達の事も知っていてね。存在を認識して、会話をすることも出来た。山に入る時は、今入ってもいいか必ず聞いてから入っていた。誰だって勝手に入ってこられたら嫌だし、人と会いたくないとか邪魔されたくない気分の時だってあるからね」

「人間と同じなんですね」

和人が言った。

「そうだよ。あんたはリキと話せるんだから分かるだろう」

「そうですね。同じだと思います」

「皆がそのくらい普通に分かってればいいんだけど、分からない奴もいるからねえ。困った事に。戦争が終って街が復興する中で、この辺りも開発しようという奴らが出てきた」

「なんか今と同じような状況ですね」

「まさにそうだよ。いきなりズカズカと山に入っていって、勝手に木を沢山伐採したり、岩を削ったり、珍しい植物があれば引き抜いて持って帰るんだからね。森林を伐採したり一部焼き払ったりして場所を空けて、何やら新しい建物を作ろうともしてたねえ。自然を生かした観光名所を作るとか言ってやりたい放題だったよ」

「そんな事されたら、そこに棲んでる人達は怒りますよね」

「当然怒ったよ。それで工事中に事故が起きたり、山に入った者が突然病気になったり気がふれたり・・・そんなことが続いたから、さすがにあいつらも気付いて止めるだろうって、私はその時は思ってたんだけどね」

「そうじゃなかったんですか?」

「山には何か邪悪な物が棲んでいて祟りかもしれないとか言い出して、お祓いをする人間を呼んできてね・・・今と全く同じだよ」

「人の家に勝手に入って物を壊したり焼いたり盗んだりして、家の人が怒ったらその人を邪悪だと言って排除するみたいなもんだよね。それって。失礼すぎるでしょ」

寿江が、あきれたようにそう言った。

「そんな事さえ分からない残念な奴らが居るから困るんだよ。お祓いなんかされたら、元々棲んでいた彼らはもっと怒る。喧嘩売られたようなもんだからね。私は山に入って彼らと会って、何とか棲み分けられないか話し合った。彼らだけじゃなく山に住む生き物たちも皆怒ってたし、私も半分、生きて帰る事をあきらめてたくらいだった。このままいくと、村ごと消滅するくらいの災害が起きるかもしれないって、その時は思ったよ。それでも彼らは分かってくれて、こっちもこれ以上開発は進めさせないからという約束で許してくれた」

「進めさせないって・・・そんなことが出来たんですか?」

和人が聞いた。

「それしか、彼らに納得してもらう方法は無かったからね。先に言ってしまって、後はやるしかなかった。お祓いでも去らなかった妖怪や幽霊の噂を流し、ここに近づく者を脅したよ。私に協力してくれた者もけっこう居たからね。山に棲む存在達とは、お互いの約束で棲み分ける事にして、その境目に結界を張って、互いにそこから先へは入らないことにした。私はその場所を知っていたから、大丈夫か気になってよく見に行ってたよ。最近はさすがにあそこまで歩くのはしんどくてね。行かなくなって五年位経つけど、今まで大丈夫だったから油断したのがまずかった」

「またお祓いなんかするからその結界が破れて、今日みたいなことになったんだね」

良太が言った。

「その通りだよ。今回も、最初の脅しが効いて開発が取りやめになればよかったけど、そうはいかなかったみたいだね」


ここまでじっと聞いていた猫たちが騒めき始めた。

「全く人間って、ろくなことしないねえ」

「過去にもそんなことあったのに学習能力無いのかねえ」

「困った生きもんだねえ」

「そんな奴ばっかりってわけでもないけどな」

自分も人間だし・・・と思って和人がなんだか情けない気分になりかけた時、リキがフォローしてくれた。

「それでこれからどうする?」

近くに居た黒い猫が聞いてくる。

「もう一回山に入って頼みに行くとか?」

と、隣の三毛猫。

「一回約束して破ったんだから、今度こそ命無いかもね」

なんだか不穏な事を言ってくれる。

だけどほんとにそうかもと、和人は思った。

「開発を進めてる奴ら、まだ諦めないでなんかやってくるかなあ」

良太が、心配そうに言った。

今日の事で諦めてくれればいいけど、そうではなさそうな気がする。

「ここに来てた奴らは、どうせ上から言われて来ただけだろう。もっと上の立場のやつらは、命令通り動いてる人間が怪我しようが、何なら死のうが何とも思ってない」

善次がそう言った。

普段温厚な性格だが、こういう所はシビアによく見ている。

「私もそう思いますよ。駒としか思ってない。だから何かあれば次を用意して、また実行させるでしょうね」

善次の隣に座っているキクも同じ意見のようだ。


「俺の出来る範囲で、話しに行ってみるか・・・」

リキが立ち上がった。

「人間が起こした面倒なのに悪いねえ」

タネ婆さんは、本当に申し訳なさそうに言った。

「友達の危機だから。出来る事はする」

「俺も行くよ。どこまで出来るか分からないけど。待ってて解決しそうにもないからね」

和人も立ち上がって、リキと一緒に出ていった。














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