第9話 助けに行ったのに危機に陥り、リキのおかげで命拾い

前を走っている彼らの車は、相変わらずコントロールを失ったようにフラフラと蛇行している。

車と言うよりも、現れた黒い雲のようなものにすっぽりと覆われてしまっていて、中がどうなっているのか見えない。

乗っている彼らが、無事なのかどうかも分からない。

あまり無事な感じはしないが、悪い想像をしても余計それが現実になりそうな気がして、和人は今は考えまいと思った。

助けられるなら何としても助ける。それだけを考えようと思った。


黒い雲の真ん中に現れた金色に光る一つ目は、追いかける和人達の車の方をじっと見ている。

瞳孔が縦長で爬虫類のような瞳の、人間の頭ほどもある大きな一つ目。

それが何とも不気味で、こんなのについて行って大丈夫なのかと思いつつ、ここまで来て今さらやめるわけにもいかない。

ハンドルを握っている喜助は、とりあえず一定の距離をあけて彼らの車の後からついていくしかなかった。追い付いて横に並ぼうにも、細い一本道では無理がある。

この場に居るだけで気分が悪くなるような重く澱んだ空気は、山道に入ってからずっと変わらなかった。


突然、周りの木立が騒めき始めた。

空気がさらに重くなり、生臭いような匂いも強くなる。

道の両側の、真っ直ぐに立っているはずの木の幹が、まるで生き物のようにグニャグニャとうねり始めた。

「何だよこれ?!」

「普通の木だったよな!さっきまで」

最初に気が付いた良太と喜助が叫んだ。

うねりながら立っている木の細い枝が、車に向かってスルスルと伸びてくる。

リキが、その枝に飛びかかって叩き落とした。

それでも枝は左右の木から、何度も何度も伸びてくる。

リキの防御をかいくぐって伸びて来た枝が、車の窓ガラスにバシンと当たった。

かなりの衝撃で、和人達は窓ガラスが割れるんじゃないかと思った。

乗っている三人とも、木の幹がうねり出した時、最初は自分の目がおかしくなったのかと思った。

けれど、リアルに窓ガラスに当たってくる枝があるし、嫌でも信じざるを得ない。

普通の木立が、突然生き物に変貌して襲ってきたような状況だった。


黒い雲に覆われたままの彼らの車にも、次々に枝が絡みついている。

そのせいなのか、車の走るスピードが落ちて来きた。

こっちにはリキが居るけれど、彼らには守る者も居ない。

あっという間に、伸びてきた木の枝に捕まってしまった。

絡みついた枝は見る間に太くなり、ついに車体を持ち上げた。

このまま行くと彼らの車にぶつかると思った喜助は、ブレーキを踏んだ。


高く持ち上げられた車体が、和人達の目の前で激しく地面に叩きつけられた。

「中の人達は・・・」

和人は、すぐにでも助けないと大変な事になりそうな気がした。

「これじゃ降りられないよ!」

良太が後ろを振り返って叫んだ。

車を止めた途端、和人達の車にも枝が絡みつき始めた。

リキが戦ってくれているけれど追いつかない。

「斧を取ってくれ!」

喜助に言われて、和人は座席の下にあった斧を渡した。

「降りた方がいい」

絡みついてくる枝と必死に戦いながら、リキが皆に伝えてきた。

このまま中に居たらかえって危ないという事か。

確かにこのままでは、遅かれ早かれ彼らの車と同じことになるかもしれない。

脱出するなら、今しかない。ドアが開かなくなる前に。

皆考えていることは同じだったようで、今リキが居てくれる側のドアの方を一斉に見た。


勢い良くドアを開け、三人と一匹が外に飛び出した。

和人は良太をリキの背中に乗せた。

伸びてきていた枝は、さっきまで皆が乗っていた車に絡みつき、みるみる太くなっていく。

車を捨てて逃げた和人達の方にも、枝の一部が伸びてきていた。

それを喜助が斧で叩き落とし、シロが噛み付いて振り回した。

「全員乗れるぞ」

そう伝えてきたリキの体は、和人が今まで見た事が無いくらい大きくなっていた。

和人が先に飛び乗って、喜助に手を貸した。

喜助は自分が乗ると同時に、ジャンプしてきたシロを受け止めて自分の前に乗せた。

伸びてくる枝を振り切って、リキは飛ぶように走った。

良太が一番前で、和人、シロ、喜助の順で三人と一匹が乗っていても、その重さをものともしないで疾走する。

和人が一人で乗っている時と同じ、振動をほとんど感じさせない滑るような走りだった。

「助けるつもりだったけど、ああなったらもう無理か・・・」

「助ける前にこっちがやられる」

「後で通報だけしておこう」

「救急車も呼んだ方がいいかも」


獣道を走り、竹林の中を抜けて、リキは走った。

もう大丈夫という場所まで来た時、皆んなを下ろしたリキは、スッと元の大きさになった。

警察には喜助が電話したけれど、あの山道で何があったかは、話してもおそらく信じてもらえないだろうと思ってあえて言わなかった。

もしまだあのままの状況だったとしても、危険なら多人数で対応してヘタに近づかないはずだし、大丈夫だろうと和人は思った。

少なくとも一般庶民の自分達が行くよりも、組織力も武器もある警察に任せた方が良さそうだと思った。


タネ婆さんの家まで歩いて戻りながら、和人は膝が震えてくるのを感じていた。

あの場では逃げるのに必死で震えている暇は無かったけれど、少し時間が経つとかえって怖くなってくる。

横を歩いている良太を見ると、表情が固まっていて顔に血の気が無い。

喜助の方はさすがに落ち着いているように見えるけれど、ほとんど話さないし普段の豪快さが無かった。

さっきのあれは恐ろしすぎたし、リキが居なかったら今頃誰も生きてなかったんじゃないかと和人は思った。

喜助も良太も、リキの背中に乗っている時「助かった。ありがとう」と何度も繰り返し言っていた。

間一髪で助かったという気持ちは、全員共通だった。

自分達が出る前、話し合いの場でタネ婆さんが言いかけたのは何だったのかと、和人は今になって思い出した。









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