第7話 何やらまずい事になったらしい
7月12日
開発の説明会があったあの日から一週間。
今のところ静かだ。
あの日、帰っていった2台の車が山道に入ってから、最後はリキがもう一度姿を見せた。
大きくなった状態で木立の影から現れた猫又は、相当インパクトあったと思う。
その前の喜助さんと良太君の鬼も効いてるし、皆んなけっこう上手くやれたと思う。
タネ婆さんの活躍も凄かったし。
猫さん達とか、シロと他の犬さん達、カラスさん達、タヌキさんやキツネさん達も。
会場見張り役だった俺達4人は、もっさりした格好で行って様子を見るだけで良かったし楽だった。
村の人達のほとんどは俺達の計画について何も知らなかったし、大丈夫かなと思ったけど。そこは問題無かった。
この村では常に動物がウロウロしてるし、鳥も虫も多いから、皆んな生き物の存在には慣れてるのかもしれない。
普段見る以外の、何だかよくわからない存在が居たとしても、まあそういう事もあるのかなあくらいにしか思っていないのかも。
巨大な猫又が現れても、すごい数の猫の鳴き声やカラスの襲来があっても、誰もそれほど驚きはしなかった。
「まあ随分と賑やかなことですなぁ」
「すごい数のカラスだねぇ」
といった感じで話している人は居ても、恐怖に震える人は居なかった。
開発の説明を聞いて喜んで賛成する人は居なかったところを見ると、俺達とそう変わらない考えの人が多かったのかなと思う。
説明を聞いても知らない言葉ばかりで分からなかったという人も「分からないものに安易に賛成とは言えない」と語っていた。
地方自治体の職員さん達も多分、上から言われて仕事で来てるだけだと思うし・・・あそこまで怖がらせてしまってちょっと悪いことしたかなと思わないでもないけど。
それでもまあ、襲って怪我させたとかじゃないし。
怖かったという感想だけ持って帰って上に報告してくれれば、うまくいけば開発の話に待ったがかかるかもしれない。
ネット上で噂を流すところから当日の計画実行まで、俺達の側としては全部計画通りいったと思う。
今回のことだけで、この村が開発候補地じゃなくなればそれに越したことは無い。
そう簡単には行かないという場合も、あるかもしれないけど。
7月13日
今日はリキが迎えに来たから、猫の会合に参加してきた。
リキからも今日皆んなに連絡があるらしいけど、行ってから言うって事で急いでるみたいだったからとりあえずついて行った。
途中からリキが大きくなって背中に乗せてくれたので早く移動できた。
大きさは変わっても毛並みは滑らかで猫そのままの感じ。
揺れも少なくて滑るように走っていく。
スピードはあるので、俺は風の抵抗を受けないように頭を低くして上体を倒し、リキの背中に密着する感じで乗っていた。
最初はちょっと慣れないから体が硬直してたけど、少しずつ慣れて体の力が抜けてくると、リキと融合したような一体感。風を切って走るのは爽快だった。
俺の人生で、猫又に乗る体験が出来るなんて思ってもみなかった。
集会場所に集まってきた猫達の数は、さらに多くなっていた。
開発が進んだ村がどんどん住みにくくなって、移動してくる猫が増えたのか。
最近では、猫だけじゃなくて他の動物達も周りに集まって来てるのが気配でわかる。
説明会の日の計画にも彼らは協力してくれたし、今も動物さん達皆んなで話の内容聞いてるのかも。
「この前説明会に使われた家のポストに、匿名で手紙が入ったらしい。タネ婆さんが教えてくれた」
皆んなが集まったところでリキが情報を伝えてくれた。
「これから近いうちに、動物が行動範囲にしているこの辺りに毒の入った餌が撒かれると思うから、それが撒かれたら皆んなが食べないうちに撤去して欲しいって。手紙入れたのは多分、あの時説明会に来てた中の誰かじゃないかな。ここで起きた事を上に報告した時、それなら生き物を排除すればいいっていう話になったんじゃないかと思う。そういうやり方は嫌だなあのと思いつつ堂々と反対するのは無理だからこっそり教えてくれたのかも。あと、お祓いが出来る人を呼んで何かやるらしい。妖怪とか鬼が出るって報告が入ったからそれも排除しようってことかな」
「自分達が邪魔と思ったものは、何でもかんでも排除するんだねぇ」
「ここしばらくなんにも無かったから、あの時で懲りてもう来ないのかと思ったら甘かったね」
「なかなかしつこいねぇ。教えてもらえなかったとしても毒入りの餌を食べてしまうバカは居ないけど。その調子で色々仕掛けてくるんならこれからどうするか・・・」
「そのお祓いって言うのもどんなもんなんだろうねぇ」
「インチキなんじゃない?」
「全くのインチキだったら逆にいいんだけど。特に害もないし」
「それは言える。せっかく皆んな静かに暮らしててバランスが取れてるところに、中途半端に変な刺激与えられると困るよね」
ここで静かに暮らしているというのは人間と動物だけの話じゃなくて、リキのような妖獣さんとか他に居るのかも。
せっかくこの村に静かに棲んでるのに祓われたら怒るかも。
7月18日
匿名の手紙の情報は本当だった。
昨日実際に、自治体の職員らしき人達数人が村を訪れた。
そして、毒入りの餌を山の中に撒いていった。
俺達はすぐにそれを回収して捨てたし、毒入りの餌を食べて死ん者は居なかったけど。
近いうち、どれぐらい効果があったか見に来るのかな。
村では、もう開発の事は忘れたかのように皆んな普通に暮らしている。
この件で常に連絡を取っているのは、人間では俺含め計画に加わった7人だけ。
人間同士の話し合いでは、長老のタネ婆さんのところに自然に集まるようになった。
そういえば昨日は、タネ婆さんのところにお孫さんが来てた。
今までにも何回か、両親と一緒に来てるのは見たことあったけど。
年は多分俺より少し下くらいの女性。
茜さんという名前は昨日初めて聞いたし、まともに向き合って話したのも昨日が初めてだった。
小柄で華奢で可愛らしい感じで、肩までの長さの真っ直ぐな黒髪と色白の肌。小さな顔の中のパーツも全部小さめで、派手さはないけど顔立ちは整っていて、この人を見た時俺は雛人形を連想した。
おっとりした話し方も柔らかな笑顔も可愛くて、ちょっといいなあと思ってしまった。可愛いしやっぱり彼氏とかいるのかな。
タネ婆さんも、街からたまに来る息子さん夫婦も、日に焼けて体格もがっしりして逞しい感じなので、茜さんみたいなタイプの娘さんがどうやったら出てくるのか不思議な感じがする。
茜さんは普段は両親の商売を手伝ってるらしいけど、一週間休みをもらって遊びに来てるとか。
しばらくタネ婆さんの所にいるみたいだけど。また会えるかな。
7月21日
昨日の夕方、また自治体の職員らしき人たちがやってきた。
数日前とはメンバーが違うし、この事に関わっている人数はけっこう居るのかと思う。
開発にそれだけ力を入れているということか。
再び毒入りの餌でも撒きに来たかと思ったら、今回は目的が違っていた。
そういえばこの事も、前に情報として聞いていた。
例のお祓いらしい。
村にやって来た彼らは、あの時鬼に化けた二人やリキが姿を見せたあたりに、何やら天幕のような物を張っていた。
霊能者っぽい女性と、その助手らしき人が二人、あと説明会の時に来ていたリーダー格らしき男性二人がその場に居た。
俺は近くの岩陰に隠れ、良太くんは少し離れたところの木陰に隠れて、彼らの様子を見た。
もし見つかりそうになったら素早く逃げないといけない。
こういう身軽さを要求される役目は、若い世代の俺達に回ってくる。
リキは姿を現さずに近くにいるらしい。
最近俺は、リキが姿を見せなくても近くに来ると気配で分かるようになった。
天幕から煙が出ているところを見ると何やら焚いてるようで、呪文を唱えたり何か撒いたり、バッサバッサと何か振っている音がする。
「あれはまずいな」
リキから、そう伝わって来たと思った次の瞬間、天幕の中で騒めきが起こった。
職員の男性二人が、ギャーと叫んで天幕から転がり出た。
その数十秒後、天幕の中に居た3人がゆっくりと出てきた。
「もう大丈夫ですよ」
「彼らは二度と現れることは無いと思います」
そんなことを言っていた。
リキが何かやったのかなと思ってると、すぐ近くに気配が戻ってきた。
「わざと見えるところに俺が姿を現して消えてやったから、あいつらお祓いがうまくいったと思っただろうな。それで去ってくれたらいいと思ってやってみたけど、遅かったかもしれない」
「遅かったとは?」
「結界が破れたと思う」
このあと、明らかにその場の空気が変わったような・・・
何かまずいことが起きたらしいのは、俺にも分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます