第6話 今のところ計画通り。うまくいったらしい

カラス達は、ひとしきり窓ガラスを突いて羽ばたいた後、一羽また一羽と去っていった。

Uターンして、来た方向に戻り出て行った感じた。

不気味な笑い声も、窓に押し付けられた不気味な手も、カラス達が去ったと同時にいつの間にか消えた。

外に面した方の窓に現れた巨大な猫又も、それ以上現れる事は無かった。

部屋の真ん中にかたまっていた職員達は、やっと少し気を取り直した様子で、扉に近づいて何も居ないか確認している。

この数人の中でリーダー格と思しき二人が、これ以上説明会を続けるのもどうしたものかと話し合っている。

「ここまでの説明で、ある程度分かっていただけましたか?」

二人は、前の方に座っていた村人達に聞いて回り始めた。

「専門用語多いし詳しくは分からんけど、今の村のままじゃなくなんか新しい街を作るとかそういうことかねぇ」

「儂は耳遠いし。分からん言葉も多いし。何のことかさっぱり・・・」

「あのぉ・・ここが作り替えられるということは・・・今住んでる私達ってどうなるんです?」

寿江が質問した。

「一旦は出ていただくことになりますが、新しく出来た賃貸住宅の方に優先的に入っていただくことが可能になります。それに関しましては、後半説明させていただく予定だったのですが今日のところは・・・」

職員の男性は、どうも帰りたそうな気配を滲ませている。


「あの・・・ここではこんなことが普通なんですか?」

リーダー格らしきもう一人の方の職員が、近くにいた和人に聞いた。

「そうですねぇ。動物多いんで」

「・・・動・・物・・ですか・・・」

たしかに猫又は動物とはちょっと違うかもしれないけどと思いながら、和人はあえてそれ以上言わなかった。

正体が分からない物の方が恐ろしさが増す。

存分に怖がってくれたようだから、まずは作戦成功だと思った。

この事を計画したのは、会合に集まってくる猫達と人間七人。それにカラス達が協力していた。

廊下側の窓の下に隠れて不気味な笑い声を立て、手のひらを窓に押し付けたのは長老のタネ婆さんだ。

タネ婆さんはこれをやってのけた後、カラス達が去ると同時に素早く部屋の後ろの方に行き、別の扉から部屋の中に入った。

そして何食わぬ顔で、座っている村人達に混ざった。

和人も寿江もずっと気をつけて見ていたけれど、ほとんどパニック状態だった職員達は全くこれに気が付いていなかった。


「続き今日やらないんでしたら今日は帰られますかぁ?」

固まってしまった職員の男性に、和人が聞いた。

「そうですね・・・」

言いながらもう一人の方を見る。

あっちの人の方が上司なのかなと、和人は思った。

「今日のところはこれで帰らせていただきます。説明会はまた後日改めてさせていただくか、もしくは対面でなくても方法はありますのでまた連絡させていただきます」

上司らしき方の男性が答えた。

これを聞いて、今日来た他5人の職員全員が、明らかに助かったという顔をした。

帰りたくてたまらないんだろうなと和人は思った。

近くに居た寿江も同じことを思っていたけれど、関心の無いフリで知らん顔を決め込んでいる。


職員達の車2台が出て行った後、和人はすぐに喜助に連絡した。喜助と良太、犬のシロは、車が通る道の途中に待機している。

樹木が生い茂っているこの辺りは、昼間でもかなり暗い。

今日は、雨足はおさまってきたけれどまだ小雨は降っていて、空の色はどんよりしている。

連絡を受けた二人は、木の影に隠れて車が来るのを待った。

車が山道に入ったちょうどいいタイミングで、カラス達が飛び回り、猫達が不気味な声で鳴き始めた。タヌキ達やキツネ達が、ガサガサと音を立てて走り回る。

その声に重なるように、犬のシロが狼のような唸り声を上げる。

それに呼応する様に、他の犬達の声が重なる。



舗装もされていない山道は狭くてカーブ多く、慣れないとスピードは出せない。

「なんか変な鳴き声聞こえてない?」

「ここってやっぱ何か居るのかなあ」

さっきの集会所での事に加えて、山道に入ってからの雰囲気は不気味で、早く帰りたいという思いは全員同じだった。

けれど、慣れない山道で事故を起こして帰れなくなったらそれこそ最悪なので仕方なく慎重に走る。

細い山道を2台連なって走っていると、前方に何かが見えた。

「ちょっと待てよ・・・何だよあれ・・・」

先を走っていた車の方で、運転していた男性が気が付いた。

「・・・もしかして鬼とか?」

「ナマハゲとかいうやつかも・・・スピード落としたらかえってまずいですよ。襲ってきたらどうするんですか」

助手席に居た女性職員が言った。

「そうだな。通り過ぎるしかない」


それは、木の影から半分体をのぞかせて車の方を見ていた。

身の丈2メートル以上。

長い白髪を振り乱し、その間からギョロリとした金色の目がのぞいている。赤銅色の皮膚で、動物の毛皮のような物を身につけ、片手に斧を持っている。

「やばいよ!斧持ってるし」

通り過ぎようと思ったけれど結局怖すぎて、運転していた職員はブレーキを踏んだ。

後ろをついて来ていたもう一台も止まる。

車の方を見ていた鬼のような生き物は、ゆっくりと歩いて木立の中に消えて行った。

「行ったみたい」

「良かった」

「待ち伏せとかしてないよね」

「山の方入ったし大丈夫と思うけど」

「今のうち行こう」

狼のような唸り声、不気味な猫の鳴き声、ガサガサという音ははまだ続いている。

異様な数のカラスが、木立の間を低く飛び回っている。

とにかくこの場から早く逃げたくて、職員達は車をスタートさせた。

前の車から後の車に、道の脇の木立に鬼のような生き物が居たことを連絡した。


逃げるように去って行った車2台を見送った後、その生き物はのっそりと木の影から出てきた。

「うまくいったっぽいね」

「そのようだな」

喜助の肩車に乗っていた良太は、白髪の鬘と鬼の面を外した。



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