第5話 説明会の日 妖怪出没作戦を決行

その日は朝から、どんよりと曇っていた。

蒸し暑い夏の昼間。

村の集会所の前には、見慣れない車が2台止まっている。

この地域の開発について、これからここで説明会が開かれるのだ。

一時間ほど前、国の機関とも連携して動いている地方自治体の職員が数人でこの村にやってきた。

和人は、前に見たことのある奴も居るなと思った。

今年に入って村の中で何度か、見慣れない人間が来ているなと思ったから覚えている。

村には住民が数十人しか居ないのだから、もちろん全員顔見知りで、知らない人間が来ればそれだけで目立つ。

ここが開発の候補地になり得るかどうか、時々来て少しずつ調査を進めていたというところか。

そして、やると決めたから今日の説明会に至ったのかと思う。


こういう場合一応「この地域の人達の理解を得ていくため説明を重ねていく」という言葉は出してくる。

けれど最後には、人々が賛成しようと反対しようと強制的に押してくる。

決行は最初から決まっていて、説明会などパフォーマンスにすぎない。

そこまで分かった上で、和人達はこの日を待っていた。

前回猫達の会合があったのは二日前。

どういう作戦に出るか皆で話し合った。

そして今日は、計画実行にはおあつらえむきの天気だ。

天は俺たちに味方してくれたかと、和人達人間も、動物達も思った。


「普段ここはあんまり使いませんからねぇ。元々ちょっとこわれてるのかもしれませんけどぉー。これしか無いんでねぇ」

寿江は、脚立に乗って裸電球の具合を見ながら、のんびりとそう言った。

普段はどちらかというと明瞭にハキハキ話す方なのだが、わざと話し方を変えた。

服装も、起きてそのまま来たんじゃないかと思えるようなくたびれたTシャツとウエストがゴムのズボン。ボサボサの髪を輪ゴムで束ねている。

いつもは、デザインから自分で考えて作った店の商品を、宣伝も兼ねて身に付けているのに今日はあまりにも違いすぎる。

けれどそれを知っているのは村の人達だけだ。

寿江の後からのっそりと入ってきた和人も、汚れる仕事の時に来ている古くなったジャージの下と、首の伸びたTシャツを着ていた。髪は伸びかけてボサボサで顔も洗っていなければ髭も剃っていない。

これももちろんわざとだ。この日のためにしばらく散髪にも行かなかった。

年は若そうなのにまともに働いている人間にはとても見えない様子に、中に居た地方自治体の職員達は一瞬、嫌な物を見るような顔をした。

その次に入ってきた善次とキクの夫婦も、負けず劣らずモッサリとした格好で入ってきた。

普段は商売をしているのもあって、二人とも小綺麗でさっぱりとした格好をしているから、それとは大違いだ。


計画に参加している者以外の村の人達には、詳しいことは話していない。

この村が何やら、新しい街に生まれ変わるという計画でこれから開発が進むらしいという事と、今日その説明会があるという事だけ伝えた。

「後で会場を片付けたりするかもしれないので、汚れてもいい格好でどうぞ」とも言い添えた。

最初に入っていった和人達を見て、なんだかむさ苦しくて貧乏くさい奴しかいないと思うだろうし、その後も身なりのいい人間は一人も入って来ない。

貧乏そうな奴ばっかりで、無職のように見える男とか、年寄りしかいないのかとナメてかかるに違いない。そうなれば、会合での打ち合わせ通りだと、和人は思った。


この小さな村には、元々ちゃんとした集会所のような物は無い。一応集会所と呼んでいるここは、長い間空き家になっている家を活用しているだけだ。

ホワイトボードは自治体の職員達が持ってきた物で、印刷物も配られた。

村人達は、近くの家から座布団を持ってきて、それぞれ好きなように床に座っている。来ていない者も数人いるが、ほぼ村人全員に近い40人が集まっている。

その辺で井戸端会議をしている時と変わりなく、何だか長閑な雰囲気だ。

説明する側も、村人達の雰囲気を見てナメてかかっているようで、緊張感はほとんど無い。

開発に反対する気性の激しい若者や、うるさ型の頑固な老人も数人は居るかと思って来てみたらそんな様子もなく、これは楽そうだと思い始めていた。


天井の裸電球は、時々消えそうになって点滅したりしながら、ぼんやりとした光を放っている。

天気が悪いから暗いとは言ってもまだ昼間だし、それでも何とかなるだろうということで説明がスタートした。

緑のある風景を残しつつ街全体の形を整え、建物の形も統一して太陽光発電を用い、全ての家にインターネットを完備する。家の中に居ながらにして、暮らしや趣味の全てに不自由しない最新鋭のシステム。配達や重労働はロボットに任せ、自動運転の車が走る世界。

説明の内容はそんな感じで、語られるのはキラキラとした便利で美しい街のイメージだった。

けれど聞いている方は年寄りが多いので、話に出てくるのが知らない言葉ばかりで、聞いても何の事かピンとこない者が多い。

説明する方はそんな事はお構いなしで、要は文句が出なければそれでいいわけで、とにかく全部喋って早く終わらせようとひたすら話し続けた。

 始まって15分くらい経った頃から、窓を叩く雨音が聞こえ始めた。

天気が、曇りから雨に変わっていた。

最初は小雨から、だんだん降り方が激しくなってきた。


外からは雨音が聞こえる中、天井の裸電球が、突然フッと消えた。

部屋の中は更に薄暗くなる。

その時、あまりにもおあつらえむきに、外で雷が鳴った。

稲光で、窓が一瞬光った。

その窓の外に、何やら大きな獣の姿が見えた。

緑色の目が爛々と光ってこちらを睨んでいる。

体全体も淡く光っていて、この世の生き物とは思えない。

窓に一番近い所で説明をしていた職員は、ギャーと叫んで腰を抜かした。

その場に居た他の職員五人も、恐怖に顔を引きつらせて窓と反対側の方へ後退りしている。

数秒後、再び雷が鳴って、獣は煙のように消え失せた。

「一体何だったんだ?さっきのあれ・・・」

「・・・尻尾が・・・二股に分かれてたぞ」

「ネットで流れてたやつか?」

「もしかして猫又?」

職員達は部屋の隅にかたまって、ヒソヒソ話し始めた。

もう説明どころでは無いだろう。

説明なんか放り出して今すぐ帰りたいに違いない。


相変わらず激しい雨が降っていて、時折雷が鳴っている。

その音に被せるように、地を這うような恐ろしい鳴き声が聞こえ始めた。

猫の声だ。数匹?いや数十匹?

全部猫又なのかと思った職員達は、もう生きた心地もしなかった。

そして今度は廊下側の窓の方から、バタバタと鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。

一羽や二羽ではない。ものすごい数。鳴き声も聞こえてくる。

真っ黒い鳥の群れが、廊下側の窓を突き始めた。カラスの群れだった。

和人達はこの計画を知ってはいたものの、実際見ると想像以上に迫力がすごいと思った。

子供の頃に見た古い映画、ヒッチコックの・・・確かそのまま「鳥」という題名だったか・・・それを思い出す。

分かっていてさえ、ちょっと怖かった。

カラス達が窓を突くのに被せるように、廊下側から今度は不気味な笑い声が聞こえてきた。

「・・ヒッヒッヒッ・・・ヒィッヒッヒッ・・・」

そして、下から伸びてきた人間の手が、窓にピタリと付けられた。

「ぎゃあああああああ!!」

「わあああああーっ!!!」

職員達は今度こそ説明など放り出して、部屋の真ん中に全員かたまってしまった。

外にも、廊下側にも、何やら恐ろしい存在が居るわけだ。

出ようにも出られない。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る