第3話 動物たちと話せるようになったらしい
6月4日
猫たちの会議に参加したあと、俺はどうやって家に戻ったか覚えていなかった。
途中で眠くなり、いつの間にか眠ってしまったらしい。
そして気がついたら、自分の部屋に居た。
起きた時、もしかしたら全てが夢だったのかと思った。
けれど、いつもなら自然に目が覚める時間に今日は起きられなかった。
目覚めた時はすでに昼だった。
寝た時の服装のままだけれど、外に履いていったサンダルが部屋の入り口に転がっていた。
部屋の中まで履いてきたということか?!
俺の体は布団の中には入っていなくて、掛け布団の上に上半身だけ乗せるような変な格好で寝ていた。
寒くも無い今の季節だから、それでも平気だったけど。
夢遊病でもあるまいし、普段はこんな事はまず無い。
決定的だったのが、髪の毛に付いていたのと玄関に落ちていた枯れた笹の葉。
竹藪の中の湿った地面を歩いたのも間違いないようで、サンダルの裏がひどく土で汚れていた。
普段は外に洗濯物を干す時ぐらいしか使わない履き物だから、汚れることもそんなに無い。
しかもよく見ると、サンダルの裏にも枯れた笹の葉が付いている。
やはりあれは本当のことだったらしい。
猫たちの話の内容を、忘れないうちに書きとめておく。
ここからそう遠くない場所の、ある村の話だった。
その村の様子が、ここ数年で急速に変わってきたのだと言う。
「新しい町の形を目指すとかっていう開発みたいだね」
「自然豊かな暮らしなんて謳ってるけど、元々の自然を作り替えて公園とか道とか花壇とかどんどん作ってるみたい」
「人工的に作られた物なんか自然とは遠いよねぇ」
「昔ながらの古い家とかみんな壊されて新しい建物が増えてるし」
「色んな場所に変な監視カメラがいっぱい付いてるし」
「電信柱が増えたし、建物の屋根に変わった形のアンテナがいっぱい立ってるよね」
「便利な暮らしにはあれが必要らしいけど」
「買い物も全部宅配で手に入れるか、村の真ん中にできた大きなショッピングモールで済むみたい」
「そこって食べ物とか日用品とか何でも揃ってて、無人のレジがあるんだって」
「何だかねぇ。味気ないねぇ」
猫たちの会話から、その村の様子が映像で直接伝わってくる感じ。
言葉として聞いてるわけじゃないのに、それ以上に早く分かる。
沢山いる猫たちの、それぞれの個性も伝わってくる。
人間と同じ。皆んなそれぞれ見た目も性格も違って個性的。
その村では、数年前まで沢山あった個人店が、必要とされなくなり姿を消したらしい。
畑で作物を作るのも、漬物などの保存食を作るのも、全て許可制になって
勝手に作る事は禁止されている。
これが最も、衛生的にも安心という事らしい。
「防犯上でも衛生面でも安心安全で、便利で暮らしやすい町。最新のシステムを備えた近代的な場所でありながら、自然と融合している」
という売り文句で、国内だけでなく海外からも移住してくる人が増えているという事だった。
そんな事は全く知らなかった。
自然と融合と言ったって、それって融合か?便利で安全?安心?
俺の中には違和感しか湧いてこなかった。
ここに集まっている猫たちがこの事を知ったのは、その村を離れた野生の猫が沢山居たかららしい。
その猫たちから聞いたと言う。
猫の情報網はすごい。人間の俺より知るのが早い。
生き物にとっては住みにくい場所となったその村から、動物たち、昆虫たちは離れて違う場所に移って行っていると言う。
その開発とやらが、もしかしたらこの村にも及んでくるかもしれないと、猫たちは噂していた。
もしそうなら、絶対やめてほしい。
若い人はほとんど街に出て行くから年寄りが多くなったこの村だけど、このままで皆んな楽しく暮らしている。
地域で愛されている動物たちも居るし、虫も多いから畑の土は柔らかく、いい作物が育つ。
監視カメラなんか無くても、この村では玄関勝手口開けっ放しで何の問題も起きない。
食べ物や日用品は自分で作るか、村の中の個人店で買うだけで十分足りている。
作物が多く採れたら、当たり前のように近所に分ける。
この世代で村に残ってるのは俺ぐらいかもしれないけど、俺はここでの暮らしが好きだ。
6月7日
激しい雨が降った昨日一昨日は、家の中を直したり、保存食を作って過ごした。
この二日間リキは現れなかったから、猫の会合に参加出来たのはあれが最初で最後だったのかなと思い始めていた。
近くの村で起きていることを、もしかしたらここでも起きるかもしれないことを、リキが俺に知らせるために呼んでくれたのか。
家に居た二日間で、そんなことを思っていると、今日の夜になってリキが現れた。
ついさっきのことだから、寝る前に、忘れないうちに書いている。
夕食の準備に土間で飯を炊いている時、背後に気配を感じた。
振り返ると、米櫃の上にリキが座っていた。
もう会えないかと思っていたから、突然の出会いに喜びが込み上げる。
「もう来ないと思ったのか?会えたことを喜んでくれて俺も嬉しい」
そう伝わってきた。
リキは、俺の気持ちを読めてる?
リキが言葉を喋ってるわけじゃないのに言いたい事が瞬時に伝わってくるのは、猫の会合に参加した時と同じだ。
「来てくれて本当に嬉しいよ。これから晩飯なんだけど、リキは・・・」
「俺は食べ物は必要無い。気にせず食べながら聞いてくれたらいいんだけど」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
俺の方も言葉で言わなくても、リキには伝わるらしい。
これってもしかしてテレパシーの会話?
この前の会合では、リキだけでなく他の猫たちの会話も分かった。
何となく、この感覚に慣れてきたかも。
「リキは、猫又っていう妖怪なの?子供の頃、じいちゃんばあちゃんに聞いたんだけど」
「人間からはそういう名前で呼ばれているらしいね。俺にとっては呼び名なんて何でもいいんだけど」
「そういえば・・・猫又って怖いイメージだけど、リキがもし長く生きて猫又になっても、リキだったら怖くないねって、じいちゃんばあちゃんと話してたよ。思った通り、やっぱり怖くないな」
「和人は友達だから。俺は一回死んで、でも何だか知らないけどこういう形でまた戻って来れた」
「光ってる体の毛も、二股の尻尾も、すごくかっこいいよ。見た目と雰囲気は変わらないし、すぐにリキだって分かったし」
「体の大きさは変えられるんだぜ」
リキの体は、ものの数秒で大きくなった。
形はそのままに、馬ほどの大きさになる。
「この前背中に乗せて運んでやっただろ?覚えてないと思うけど」
「そうだったのか。ありがとう」
なるほど。あの時の謎が解けた。
今度は、スルスルと縮んで鼠ほどの大きさになった。
「わぁ!小さくもなれるのか」
「この方が隠れやすい時とかは小さくなる」
そしてまた、数秒で元の大きさに戻った。
「リキは、昼間には出て来れないの?」
「そうだな。大抵昼間は休んでて、活動するのは夕暮れ以降だ。和人や他の猫たちからも、夜の方が姿が見えやすい」
なるほどそうなのか。毛が光ってるのは夜だと目立つし確かに。
「俺以外の人間には、リキの姿は見えないのか?」
「見られると面倒だから、見られないように生きてるけど。俺が意図的に姿を見せようと思えば、誰からでも見えると思う」
俺たちが話していると、開けっ放しの勝手口から一匹の猫が顔を見せた。
見覚えのある、体の大きな茶色の猫。会合の時にも来ていた。
向こうも俺に気がついたらしい。
「明日も来るだろ?」
その猫は、リキと俺を見て伝えてきた。
「俺も行っていいのか?」
俺がそう思うと
「当然」
と、リキとその猫から返ってきた。
仲間と認めてくれているらしい。
明日もまた、夜中に会合があると言う。
夕食を終えて勝手口から外に出てみると、近所の家で飼われている犬のシロが近くを歩いていた。
シロは俺の姿を見ると、尻尾を振って近付いて来た。
「ここしばらく見なかったけど久しぶり。元気?」
こんな感じの言葉が、シロから伝わってきた。
「そういえば久しぶり。俺は元気でやってるよ。そっちも元気そうじゃないか」
俺はシロの背中をワシャワシャと撫でた。
シロは俺の手をペロリと舐めて、リキにも挨拶してから去って行った。
あまりにも自然にテレパシーでコミュニケーションが取れて、不思議だという気さえ起きなかった。
猫だけでなく、犬とも大丈夫らしい。
この村では、犬も猫も自由に歩き回っている。
犬猫以外にも、鶏、アヒル、牛、馬、山羊、羊、ウサギなど生き物は多く、野生の犬猫、狸やキツネも沢山居る。
もしかして俺は、他の生き物たちとも普通にコミュニケーション取れるのでは?
「本当はこっちが普通なんだけどな」
リキから伝わってきた。
「俺はどんな生き物とも普通にテレパシーで話すし、俺だけじゃなく他の生き物同士も普通にコミュニケーション取ってるよ。動物だけじゃなくて植物も鉱物も。これが出来ないのは人間だけ。人間だけが、人間同士しか話さない。不便だねぇ」
そうだったのか。
あまりにも知らな過ぎた。
俺は、リキと再会したことが刺激になったのか、他の生き物たちと同じ能力が偶然目覚めたのかもしれない。
リキは「明日夜に迎えに来る」と言ったあと、体の輪郭がぼやけたと思ったら煙のように消えた。
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