第2話 猫又が訪れた夜


6月1日

家の鍵を無くしたようで、今夜は車の中で寝ようかと思った時、気配を感じて振り返ると猫が居た。どう見ても、リキに似ている。

模様までははっきり見えないものの全体に黒っぽいのはリキの体毛の色に近い。リキと同じ緑色の目で、普通の猫より一回り体が大きいところも似ている。

逆に違うところというと、長い尻尾の先が大きく二股に分かれていた事。その二本の尻尾がユラユラと揺れていて、体全体も淡い光りに包まれていた。

その様子を見ていると何か、この世の生き物ではないような。でも猫には違いない。

リキが死んだことで精神的にまいっていた俺が、幻覚を見ているのか?

最初はそうも思った。

猫が俺の方を見て、ニャオと鳴いた。

この鳴き声にも聞き覚えがある。

やっぱりリキに似ている。

猫は、ゆっくりと近づいてきて、俺の顔を見上げた。

そこから玄関の扉に向かって歩いて行き、止まった。

その場を指し示すように、前足で地面をトンと叩いた。

近付いて見ると、落とした鍵がそこにあった。

出かける時慌てていて、鍵をかけた後すぐ近くに落としたらしい。

今は周りが暗いから見えなかったのだ。

玄関に鍵なんかかけたってまるで意味が無い間抜けな話だ。


鍵を拾って鍵穴に差し込もうとした時、隣で猫用扉がパタンと音を立てた。

リキが死んでから、そのままになっていた猫用扉。

今ここから入った?

ということは、やっぱりあの猫はリキなのか?

急いで鍵を開けて中に入り、すぐに電気をつけた。

猫の姿はどこにも無かった。

窓も勝手口も閉めているし、出られる所は無いはずなのに。

呼びかけてみても反応が無い。

気配も無い。

猫用入り口から入ったのに、煙のように消えてしまった。


6月2日

今朝起きて見ると、畳の上に毛が落ちていた。

明け方の、まだ薄暗い部屋の中で、それは淡く光っていた。

昨日の猫の毛に違いない。

毛の色を見ると、やはりあの猫はリキなのではと思う。

昨日俺が見たのは幻ではなかった。

死んでから数ヶ月は、姿を見せなかったのに、何で今なのかわからないけど、来てくれたことに対しては嬉しさしかない。

もしかしたら前にも来てくれていて、俺が精神的に落ち込みすぎていて気が付かなかったのかもしれない。


後で思い出したけれど、そういえば子供の頃、ねこまたの話を聞いたことがあった。

尻尾が二股に分かれた猫は「ねこまた」と言って、長く生きた猫が化け猫になった姿だと、じいちゃんが話してくれたことがあった。

リキは確かに長く生きていた。

昔話の中に出てくる猫又は、どちらかというと怖い感じで描かれていたりするけれど。

じいちゃんもばあちゃんも元気でリキがまだ仔猫だった頃「リキが長く生きたら猫又になったりして」とか、冗談で話したのを思い出す。

「猫又でも、リキだったら怖くないね」と言って三人で笑った。


6月3日

昨日の夜のことは、きっと一生忘れない。

あれが最初で最後の体験なのか?

これからもあるのか?

昨日の夜、寝床に入ってしばらく経った頃、あの猫が姿を現した。

寝ている俺の掛布団の上に乗って、俺の顔をじっと見ている。

昨日見た時と同じく体全体が淡い光に包まれていて、重さは感じない。

不思議と怖くもない。

近くで見るとやっぱり、この猫はリキに違いない。

「リキ?」

呼びかけると、猫は小さくニャオと鳴いた。

肯定かな。

何となく伝わってくる。

ポンと飛び降りたリキが「ついて来い」と言っているみたいだ。

言葉を喋るわけじゃないのに、何を言いたいかはっきり伝わってくる。

何だろう。この感じ。


猫用入り口から出て行ったリキの後を追って、俺は玄関から出た。

月明かりはあるが、懐中電灯でも持ってくれば良かった。

リキは時々振り返りながら、どんどん進んでいく。

竹林の中に入っていくリキの後について、道も無いようなところを竹藪を掻き分けるようにして進んだ。

こんな所に一体何があるのかと思っていると、突然、少し広くなっている場所に出た。

丸く切り取られたような空間。

月明かりに照らされたその場所には、沢山の猫達が集まっていた。

近所で見かけた事がある猫も、近くの家で飼われているあの猫もいる。

他にも、白い猫、三毛猫、黒猫、リキと似たようなキジ柄の猫など、色んな猫がいて、好きなように座ったり寝そべったりして、賑やかに話している。

その話ている内容が俺にも分かった。

言葉として聞こえたというのとは違う。

さっきのリキの言っている事が分かった時と同じ。

言葉を聞くよりも早く、なんか直接入ってくる、伝わってくる感じ。


猫達の話す様子は、村の人達の井戸端会議と何も変わらない。

俺が入って来て見ているのに気がついたのか、お喋りに熱中していた猫たちの中の一匹が振り向いた。

「あんたの知り合い?」

リキに向かって問いかける。

「長年一緒に暮らしてた人。聞かれても大丈夫だ」

「そう。じゃあその辺てきとうに座って」

そう言われたのが分かったから、俺は空いている場所に腰を下ろした。

リキは俺の隣に、くつろいだ感じで座った。

二股に分かれた尻尾の先が揺れている。

今見ている限り、リキ以外は普通の猫らしい。

猫たちが話していたのは、この村のこと。

人間の俺より、猫達の方が余程色々なことを知っていた。
















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