第二十八話:第一試験、第二試験、ノーブック合格。

 最初の試験は簡単だった。

 訓練と同じ持久力を競う試験で、走って、走って、とにかく走る。

 障害物を乗り越え、泥沼を進み、壁を乗り越える。


 今までは疲れたふりをしたりしていた。


 足並みをそろえて、目立たないように。


 だが――。


 長距離持久走一位、ダリス・ホフマン伍長。


 障害物競走一位、ダリス・ホフマン伍長。


 集団競争一位、ダリス・ホフマン伍長。


「……はあはあ、ど、どういうことだ?」

「ダリス伍長、一体何が……」

「汗の一つもかいてないぞ」


 今度の戦いではどうせバレるだろう。

 ならば隠す必要がない。


 隊長も絶句していた。知らされていなかったのだろう。

 唯一、嬉しそうに微笑んでいたのはユベラだ。


 遠目からだが、「お疲れ様」と言ってくれた。


 試験ということもあり、大幅に人数が減った。


 次の二次は、戦闘訓練だ。


 ランダムで選ばれた相手と戦って勝つ。


 ただ問題は武器の使用が認められていないこと。


 とはいえ、ブックは使うつもりはない。


 それがなくても、俺なら間違いなく勝てるだろう。


 ただのブックマンじゃないってところを、見せつけてやる。


「次! ダリス・ホフマンとエルドニア・ボルドー!」


 中庭で試合がはじまり、ついに俺が呼ばれた。

 

 ボルドーはデカい図体をした男で、軍の中でもトップクラスの強さを誇る。

 確か武術もたしなんでいたはずだ。


 兵隊仕込みの角刈りにガタイのいい体躯で、俺を威圧した。


 階級は同じ。周りが声を上げる。


「ボルドーさんとはダリス伍長も運が悪いな」

「確かに。持久力と戦争違うもんな」

「西の大会でも優勝したってさ、ボルドーさん」


 大勢の兵士が取り囲む中、俺は、前に立つ。

 そこで、ケアルと徒労の姿が見えた。


 兵士たちがワッとざわめき、隊長が抑える。


「静かにしろお前たち。恥ずかしくない試合をしろよ」


 それからボルドーは、俺を見つけて、なぜかせせら笑った。


 小声で、俺にしか聞こえない程度で話しかけてくる。


「ダリス伍長、悪いが手加減しないぜ」

「どういうこと意味だ?」

「俺は昔からエヴィアン様のお付きになりたかったんだ。だから身体を虐め抜いて鍛えてきた。それがちょっとばっかし書類が勝てるからって抜け駆けされたんだぜ。わかるだろ?」


 なるほど、そういうことか。


「ああ、わかった」

「すまねえな。少なからずムカついてんだ。怪我はさせないようにするぜ」

「いいだろうブッ――」

「ブ?」

「何でもない」


 あやうく本のカドで叩き潰すところだった。

 だが必要ない。


 ケアルと徒労が、腕を組みながら微笑んでいた。


 はっ、高みの見物か。


「試合のカウントをするぞ。ゼロでスタートだ」


 隊長の言葉を聞きながら、目を閉じた。


「ダリス伍長、目つむってね?」

「ほんとだ。諦めてたのかな」

「流石にな。そのまま降参じゃないか?」


 大勢の声が聞こえる。

 

 カウントが3ー2-1ー。


 ――0。


「じゃあなダリス伍ちょ――」

「――さよならノーブックだ」


 そして俺は、一撃でボルドーの腹部を殴打した。

 本がなくとも、腕力が衰えているわけじゃない。


 デカい身体が丸まって、前のめりに倒れる。


 そのままピクリとも動かなくなった。


 安心しろ、峰打ちだ。


 よくわからないけど。


「しょ、勝者だ、ダリス・ホフマン!」


 かなり遅れて、隊長が声をあげた。

 周りの兵士はなぜか一言も話さない。


 だがそこで、女性の声がした。


「ダリス、最終試験で待ってるぞ」

「強きもの、楽しみにしておくぞ」

「うふふ、それじゃあねダリス」


 もう隠すつもりはないらしく、ケアル、徒労、ユベラが俺を名指して。


 周りは「え、何が起きたの?」となっていたが、数秒後――。


「す、すげえええええええ、ダリス伍長、こんなに強かったのか!?」

「とんでもないぜ。ボルドーが一撃で!?」

「今、誰か攻撃見えたか?」


 溢れんばかりの歓声が沸き起こった。


 だが俺の手にはブックはない。


 ああ、そうか、認められるって気持ちいいんだな。

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