第二十三話:二人で乗馬

 アントラーズ国は、蛮族と友好の盃みたいなのを交わしたらしく、徒労は立派な同盟国の一員となった。

 ただこの事は既に世界中に知れ渡っているらしい。


 ブックマンことダリスこと俺が彼らを蹂躙したものの、蛮族は強者なのだ。

 それがアントラーズの味方になったとなると、敵国からすれば脅威でしかない。


 よって、今後は斥侯や小競り合いが増えるだろうとのこと。


 よって俺も、来るべきに備えていた。

 生まれて初めて、”努力”をしているのだ。


 本を置き、軍の地下施設を貸し切りにしてもらい、魔術で作られた人形をブックブックしていた。


「ブック! ブックハンマー! ブックブックブック!」


 といっても、やることは本で殴るか、カドで殴るか、ハンマーで吹き飛ばすかの三択しかない。

 それでも練習で得られる知見が実践で役に立つ(と、本に書いてあった)。


 しかしなぜブックの三ページ目は開かないのだろう。


 深呼吸をして目を瞑り、あのときの事を思い出す。

 確か、ブックがあって良かったと思ったのだ。


 毛嫌いしていたのに、心変わりしたとき、ブックは開いた。


 ならば、またその状態になることができれば……?


「……頑張ってみるか」


 それから俺は、時間さえあれば本を振るようになっていた。

 気づけば食事も忘れて没頭し、ただただ本を振る。


 存外楽しかったが、一方で虚しさもあった。


 これもしかして意味ないんじゃね? ――と。


 俺は今まで、ブック一撃で敵を倒してきた。


 努力して何かこれ、変わるのか……? と。


 しかし何とかその疑問を頭を振って消したとき、とある任務の話が耳に入った。


 それは、山を越えた先にある村の避難を促すということ。


 前線になる可能性があり、住民に被害が及ばないように離れてもらうのだ。

 

「エヴィ、村人はすんなり納得するのか?」

「しないと思いますよ。どけ、と言われているのと同じですからね」

「だよなあ……。今まではどうしてたんだ?」

「戦争が終わるまで、住居の提供と食うには困らないお金を渡して、何とか納得してもらっていました。しかし、すんなりといったことはありません」

「……そうだよな。よし、俺も参加させてくれ」


 いつもなら二つ返事だが、今日のエヴィはなぜか言葉に詰まっていた。


「……申し訳ありませんが、今回の任務はダリスさんには向いてないと思います。村人たちから恨まれますし、子供たちからも嫌われますよ」

「いや、だからこそだ。俺も世界を変えたいと願う兵士だからな。ちゃんと現場を知りたい」


 俺は以前、フェンスの中で捕らえられていた村人たちを見た。

 無実な人たちをあんな目に合わせたくないのだ。


「……どうしてもですか?」

「どうしてもだ」


 今日の俺は頑なだ。

 どれだけいい本を積まれても揺るがない。


 絶対に揺るがない。


「ほしい本をあげてもですか?」

「ああ」

「十冊」

「……必要ない」

「百――」

「本当に必要ない。エヴィ、頼む」


 俺の強い意思が通じたのか、エヴィがしぶしぶ納得する。


 村人たちへの説得も大勢で行くわけにはいかず、少人数で行くらしい。

 

 当日、門で待っていたのは――エヴィアンだけだった。


「え、どういうことだ?」

「私だけですよ。いつも、私だけで説得しています」

「……嘘だろ?」

「本当ですよ。最初は兵士にお願いしているときもありました。一緒に行ったこともあります。ですが、それでは誠意が伝わらないんですよ。私は、それを学びましたから」


 ……まったく、彼女はいつもそうだ。

 責任感がありすぎる。


 けど、良かった。


 もし責められるなら、俺が悪者になればいいだけだ。


「……わかった。なら行こうか。エヴィ、馬車はどこだ?」

「ふふふ、二人で行くんですよ。だったら、一つしかないじゃないですか」


 そう言うと、エヴィは口笛を吹いた。

 やがて現れたのは、白い馬だった。

 毛並みがつやつやで、かなりデカい。


「私の愛馬です」


 そう言いながら、エヴィが器用に乗る。

 そして、手を差し伸べてきた。


「え?」

「ほら、後ろに乗ってください」

「え、俺が後ろなのか!?」

「当たり前ですよ。乗馬、できるのなら別ですけど」


 健全な元日本人の俺が、馬なんてハイソなものに乗れるわけがない。


「無理だが……恥ずかしいなと」

「なら、置いていきますよ」

「……じゃあ、よろしく頼む」


 手を掴み、何とか後ろに乗る。

 しっかりと掴んでくださいねと言われ、おそるおそる腰に手をまわした。

 

 ケアル、見てないだろうな。


「はい。――じゃあ、お願いねユニ・・ちゃん」

「え、ユニって――あがががが」


 突然、ものすごい速度で馬が駆ける。

 たてがみが揺れて、ちらりと見えたのは角だ。


 え、この世界ユニコーンがいるのか!?


 まさかのメルヘン。

 いやでも、それどころじゃない。


「エヴィ、ヤバイ」

「はい? どうしました?」

「おしりがえぐいぐらい痛いんだが、クッションとかないのか?」

「特にないですね。我慢してもらうしか」

「嘘だろ……」


 どうしよう。


 あ――ブック。


「ふう、これで何とかなりそうだ」

「ふふふ、そんな使い方もできるんですね」


 しかし途中で気づく。


 俺がブックなら、絶対キレるなと。


 やっぱり新技を覚えられないかもしれない。




 

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