第十七話:帰りたいブック

「エドナ!!!」

「『ゆびきりげんまん』六ページ! ――ブック」


「エドナ!!!」

「『ゆびきりげんまん』七ページ! ――ブック」


「エドナ!!!」

「『ゆびきりげんまん』八ページ! ――ブック」


 何度絵本を見せても、彼らに通じてくれない。

 おかしい。俺は結構感動したんだが。


「ダリス、もうやめましょうか? 逆に怒ってる気がしますよ」

「私もそんな気がしますねえ」

「……お茶目なところも、私は嫌いじゃないがな」


 おちょけていたわけではないが命令には従う。

 蛮族たちは敵意をむき出しに仕掛けて来くる。


 縄張りに無断に入ったのだから当然かもしれない。

 入山手続きがあれば丁寧に記載したんだが。


「蛮族の王に会うとはいっていたが……このままで大丈夫か? もう一時間も歩いている。正当防衛とはいえ、全部俺が返り討ちにしてしまってるぞ」

「いえ、ダリスが強いのはむしろ好都合だと思いますよ」

「というと?」

「彼らの肩には、強者のタトゥーが入っています。一本線、二本線、三本線はそれこそ歴代の戦士なのです」

「……さっき三本いたよな?」

「はい。ですから、きっと伝わっていますよ。強い奴らがきた――と」


 先に教えてほしかった。ちょっと手加減したらよかったかもしれない。

 ユベラは魔法障壁を常に展開しながらエヴィアンを守り、ケアルは常に気配を感知している。

 二人とも優秀だなあ。


 やがて山道が狭くなってくる。

 洞穴が見えると、うっすらと明かりがついた。


「……歓迎か?」

「かもしれません。ユベラ、一度連絡を」

「承知しましたわ」


 魔法の杖を天に掲げると、信号魔法を放つ。

 これは、辿り着いたということだ。

 そしてエヴィアンが「では行きましょうか」と脚を踏み入れた。

 

 中は随分と綺麗だった。

 壁は綺麗に整えられており、灯は人工的なものを感じる。

 蛮族といえども、俺が想像しているような荒くれものだけじゃないらしい。


 籠ったような空気の匂いが、緊張感を感じさせた。

 誰一人喋らず、ただ足音だけがコツンコツンと響く。


 やがて視界に飛び込んできた光景に、思わず唾を飲む。


「これは……まるで王の間だな」

「凄いですね。おそらくここは――」


 空洞の中、デカい椅子と地面には絨毯が敷かれていた。

 突如、「エドナ!」と至る所から声がする。


 マズったかと思ったが、エヴィアンが叫ぶ。


「私はアントラーズの王の娘、エヴィアン・エルリー。蛮族の王との会話を求めています」


 堂々と、それでいてしっかりとした声量で。


 だが「エドナ」という声は止まない。

 遠距離攻撃、果ては魔法が使える奴もいるだろう。

 たとえ全員が攻撃を仕掛けて来ても、エヴィアンを守る。


 だが――。


「地の者め、勝手に縄張りに入ってきたかと思えば、偉そうに」


 そこに現れたのは、デカい背丈の――女性だった。

 蛮族のお面をしているがとくにかくデカい。


 何がデカいって、あれだ。


 たゆんたゆんたゆんたゆんたゆんたゆんって感じだ。

 スカートはスリットが入っている。


「あなたには言葉が通じるのですね」

「けがわらしい地の言葉だと使いたくはないがな。何の用だ?」


 ドッシリと椅子に座ると、横から護衛と思われるデカい男たちが現れた。

 気づけば囲まれている。

 それでも真っ直ぐ進み、近くまで歩み寄る。


「東の道を私たちの為に明け渡してほしいのです。短くとも、二年」

「ふふふ、はははは、突然何を言うかと思えば。お前たちの事は知っている。草木を燃やし、無為に自然を破壊する。我らと違って命に感謝もしない。それでなんだ? こちらに何の恩恵がある?」

「永遠の安寧を」


 エヴィアンは臆する事なく言い放つ。

 だがそれが逆鱗に触れたらしい。


「ここまできておいてその言い草に腹が立つな。我らは山に足をつけて暮らしている。地の者の力を借りる必要はない」

「いえ、この山の精霊が少なくなっているのはわかっているでしょう? あなたの言う通り、私たちは家を作る為、草木を切り、時には暖める為に燃やす。でも、無為に自然を破壊したいわけじゃない。精霊についても力を貸せまする」


 これは、予め教えてもらっていたことだ。

 自然界には精霊が存在し、それによって草木が生え、動物が生きている。

 だが精霊は常に一定の場所にはおらず、卓越した魔法使いが必要だ。

 それこそ、ユベラのような。


「だとしてもお前たちの力は必要ない。弱気ものたちのな」

「ならどうして、うちのダリスに簡単にブックされたのかしら?」


 ……嫌な予感がするな?


「何が言いたい?」

「自然社会において一番簡単なことです。強者が絶対正義ではないのですか? 蛮族の王――いえ、徒労とろうさん」

「ふん。名を知っているとはな。……つまり、決闘を望んでいるということか?」

「私たちが負ければ素直に引きます。未来永劫立ち寄りません。ただ、私たちが勝てば道を明け渡してもらえませんか。ただし、どちらにしせも精霊は私たちで何とかします。悪い話ではないでしょう?」


 確かにエヴィアンの言う通りだ。


 しかしふたたび蛮族たちが騒ぐ。

 ある意味では舐めている。

 お前たちの問題を解決しようと、傲慢な事を言っているのだ。


 だが――。


「……クックック、その勇気に免じてやろう。いいだろう。だが我らが勝てば欲するのはお前たちの命だ。それを精霊に捧げる」

「いいでしょう。乗りました」

「ハッハハハ、小娘が。その覚悟、気に入ったぞ」


 そろそろ帰りたいな。

 今日はユベラに美味しいクッキーを作ってもらえるかな。


 後、お風呂も入ろう。入浴剤あるかな?


「――ヴェルドス」

「……ハッ」


 蛮族の王、徒労が声をかけると、三メートルはありそうな大男が現れた。

 両手にはデカい鉈を持っている。筋肉が凄まじく、似合う服はきっとない。


「こいつは我ら中でも一番の使い手だ。こうみえて魔法も熟知している。鋼の皮膚は刃も通らず、力は猛獣を超える。俊敏さは鳥だ」

「……いいでしょう。ダリス」

「え?」

「彼は私の左腕です。類まれな本の使い手、高速の斬撃、凄まじい魔力、ひとたび歩けば、彼の前には塵も残りません。音読する声は、まるで業火の如く」

「エヴィ、何を言っているんだ」


 ユベラとケアルは、なぜかうんうんと頷いていた。


 とはいえ、俺は前に村人たちのやせ細った姿を見た。


 あんなことをする奴らを野放しにはしておけない。

 たとえ少し強引だとしても、蛮族たちの道を少し借りるだけだ。


 その為には、俺も変わろう。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 そのとき、ヴェルドスとかいう男が急に地団駄を踏み始めた。

 大地が揺れたかと思うほどの声で服が震える。


 やっぱり帰りたいブック。



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