第十五話 捕虜
一日山で過ごしたおかげで、すっかり隊員とも打ち解けた。
トイはアントラーズ軍に入って長いらしく、下積みを経験しているだけあってしっかりとしている。
お調子者のロンゾ、しっかりしているベッド、物静かなウルゴス。
俺は今まで軍にいたが、どこか自分だけは違うと思っていた。
エヴィやユベラ、ケアルとは随分と心を許せるようになったが、初めて所属している気分だ。
「しかしダリスのブック笑っちまうな。俺らいらねえんじゃねえか?」
「そんなことない。俺はただ脳筋だからな」
「おもしれえやろうだ」
「……反逆」
「魔狼もだいぶ減ってきたな」
ウルゴスがボソリと怖いフレーズを言っていたが、無視をした。
ごめん。でも掘り下げるのはやめてください。
順調に倒していくと、どこからか叫び声が聞こえた。
気づけば山のてっぺん。聞こえたのは山の裏手側だ。
俺たちの範囲ではないが――。
「様子を見に行こう。ダリス、悪いが頼りにしていいか?」
「もちろんだ」
トイの問いかけが、嬉しかった。
警戒しながら進んでいくと、不思議な事が起こった。
ロンゾが、地面に手を触れる。
「ならされてるな。明らかに人的なものだ」
草木が一切生えていない。道が平たんになっている。
「除草剤の匂いがする。新しいものだ。七日前か、わからないが定期的に匂う」
さらに進んでいくと俺たちと同じアントラーズ軍の面々が見えた。
だがそこには、見慣れない制服を着た男たちが、しゃがみ込んでいる。
急いで走っていく。
「どうした。そいつらは誰だ?」
「監視を五人ほど捕虜にした。フェンスの向こう側をみてくれ」
トイが話しかけ、そこでようやく俺たちは高いフェンスに気づく。
その中には、小さな家がいくつか建っていた。
中から歩いてきたのは、子供たちだ。
それも随分とやせ細っていて、少ないが大人もいる。
「……これはどういうことだ」
思わず声を漏らす。トイがふたたび尋ねる。
「近くの村の連中だそうです。おそらく前線基地として使っていたんでしょう。村人たちを捕まえ、ここから出さないようにしていたと思います」
「なぜそんなことを……」
「逃げ出されて密告が面倒だったんでしょうね。殺さなかったのは亜人が多くいたからです。いずれ売る予定だったと、こいつらが」
「ひ、ひぃ。や、やめてくれ! 俺はただ命令に従っただけで!」
ほとんどが既に逃げ出したあとらしく、合計で監視は十数人ほど。
だが村人は大勢いた。50人くらいだろうか。
満足に食事も与えられていなかったのが、本当に細い。細すぎる。
「このフェンスには魔法結界がかかっており、触れると感電します。今から術者を」
「――俺がやる」
静かに前に出る。
ブックを手に宿らせると、誰にも見えない速度でぶち壊した。
「――どうやって」
「早く助けよう。トイ、いいよな?」
「当たり前だ。ダリス」
それから俺たちは村人たちを保護した。
すぐに食事を与えようとしたが、ウルゴスがそれを止める。
「なぜだウルゴス――」
「……いきなり栄養補給すると身体がびっくりして死ぬ。水を与えながら、少しずつだ」
……そうだった。
俺はそんなことも忘れていた。
食事をねだる彼らに申し訳なく思いながら、急いで馬車を回してもらって大勢を移動させた。
捕虜となった兵士は全員が膝をついていた。
強い憤りを感じていた。
初めて、自分の意思で人を殺したいと感じる。
それに気づいたのか、トイが肩を叩いた。
「ダリス、一人で背負うな」
「……ありがとう」
やがて上官としてユベラがやってきた。
惨状を目の当たりにして、いつもは見せない軽蔑した表情、悲し気な目をしていた。
「……最低なやつらねえ」
「捕虜はどうするんだ?」
「色々聞きだすわ。それからは会議、極刑が下るかどうかはわからない。アントラーズ国には、死刑がないから」
「……許せないな」
「そうね。私も同じよ」
「俺も奴らの話を聞かせてくれ。できることがあるなら手伝う」
「ここからは私の仕事。あなたは戻ってトイ隊長たちと子供たちの元にいて」
「いや、俺も――」
「上官の命令が、聞けないの?」
ユベラは鋭く言い放った。
これは本気だ。
「……わかった」
「ふふふ、いい子ね。それじゃお疲れ様」
それから俺はトイ隊長と馬車に乗った。
子供たちと共に。
「……あったかい。ありがとう……」
「今日はゆっくり眠れるからな」
「うん……」
これをやったのは、大国、一番の強敵でもあるドルストイという国だ。
上層部、王家がとてつもないワンマンで、貴族絶対主義の血縁主義。
エヴィが一番敵視し、だが警戒している。
噂によると魔族も関与しているだとか。
……これが、戦争か。
本を読んでいると復讐の連鎖は永遠に続く書かれている。
軍の連中は、みな口をそろえていう。
あいつらの仇は、俺がうつと。
トイやロンゾ、ベッドにウルゴスに視線を向けた。
彼らがもし理不尽に殺されたら、俺は相手を許せるのだろうか。
エヴィやユベラ、ケアルが死んだら?
……クソ。
これが戦争か。
物語とは……随分と違うな。
◇
フェンスの中、ユベラはただひとり、捕虜を全員、家の中に押し込めていた。
「それで、他に情報は?」
「今ので全部だ。本当に俺たちは命令を聞いただけなんだ!」
「そうだ。助けてくれ!」
「……裏手には死体があった。子供もいたわよ」
「ち、ちがうんだ! あれは魔狼が!」
ユベラは淡々と話した。
兵士は近くにおらず、たったひとり、男を10人を前にして。
やがて男の一人が、近くの椅子を手にとった。
二人目は石を。三人目は隠し持っていたナイフを。
「エヴィアン様のことは知ってるかしら」
「も、もちろんだ!」
「凄く優しいの。今さっきいた彼も、私が信頼しているケアルって子もね。あなた達はこれからアントラーズ軍から国に引き渡される。で、夜は美味しい食事とベッドが待っているわ。どれだけ牢屋に入るのかは知らない。けれど、いつかは出られる」
「……良かった」
「助かったぜ」
「……なら、今でもいいよなァ!」
そのとき、一人が飛び掛かった。続いて二人目、三人目と。
だが次の瞬間、男たちは消えた。
それは、そうとしか形容しようがなかった。
突然に赤い炎に包まれると、業火の力で一瞬で焼き消された。
骨まで残らないほど。
だが不思議と熱さは誰も感じなかった。
それが、より一層恐怖を与えた。
「私は死者の声が聞こえる特異体質なの。あなた達は愉悦の為に多くの村人を殺し、犯し、子供まで弄んだ。私の愛する人はみんな誠実でいてほしい。できるだけ悲しんでほしくないし、すさんでほしくない。だけどね、私はいいのよ。私だけはクソでいい。――お前らと一緒でいいのよ」
それから数十秒後、ユベラは家から一人で出てきた。
後から誰もついてこない。兵士が、たずねる。
「て、敵兵はどうしたのですか!?」
「……情報はこれにまとめたから大丈夫」
「……承知しました」
ユベラが西の悪魔だと恐れられているのはただ強いだけじゃない。
残虐非道の悪魔として逸話が多く残っているからだ。
それに対し、エヴィアンは綺麗な話ばかり。
誰も彼女のことを疑わない。
しかし軍の兵士ですらユベラに対し恐れを抱いている。
「ユベラ様、戻らないのですか?」
「少しだけやることがあるからね。帰りはひとりでかえるからもう帰っといて」
「承知しました」
兵士を見送ったあと、ユベラはフェンス裏の死体の山まで歩き、足を止める。
そして背筋を伸ばし、頭を下げた。
「……助けられなくて……本当にごめんなさい」
ユベラは杖を構えると、魔力を込めてひとり、演舞を始めた。
遺恨を残した人間の魂は邪悪な魔力と同化し、骨となり死体となり魔物となって蘇る。
現世の恨みを断ち切るため、彼女はたったひとり、朝まで踊り続けた。
早朝、王城に舞い戻ってきたユベラは疲労の色を見せていた。
魔力を漲らせながらの魂浄化は、とてつもないほどの精神力を消費する。
だが入口で見知った女性を見つけて、微笑んだ。
「……エヴィアン様、何してるんですか」
王城で待っていたエヴィアンは、ユベラの言葉を返すことなく歩くと、静かに抱きしめた。
「いつもごめんね。ありがとう」
「……何のことでしょうか」
「あなただけじゃない。私も同じ罪を背負う。一人で……背負わないで」
「……さあ、わかりませんわ」
ユベラは決して何も話さず、エヴィアンがそれ以上、問いつめることはなかった。
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