第十三話:ブックマンvsイカロス・ジュドウ

 イカロス・ジュドウは独創的な風剣術の使い手だ。


 今でこそ最強格だと言われているが、頭角を現したのは兵士学園を卒業し、戦場で戦いを重ねてからである。


 それは多くの一般兵士に夢を与えた。

 天才ではなく努力の積み重ねで強くなった彼は、無骨ながらも確かな実力で人望を集めていく。


 今はヴォルデックの右腕だが、今後はエヴィアンにとっても重要な人物になっていくだろう。


 俺は軍事記録でイカロスのことが好きだった。

 やるべきことをやり、決して私腹を肥やすこともなく報酬を過度にねだることもない。


 憧れだった。


「……ふざけやがって」


 ひええええ……。


 だがそんな温厚な彼を怒らせたのは、他でもないハッピー野郎ことブックマンの俺。


 もし場が許すのならば、やだやだやだやだと叫びたい。

 地面に寝転びながら駄々をこねたい。


 だがそんなことをすればエヴィアンの格が下がってしまう。


 俺は彼女の夢を応援すると決めた。

 そして俺も、図書館を作りたい。


 その為には、最強ハイパーウルティアンブックで倒してやるぞ。

 

 ……なんだっけ?


 だがさすがに神聖な王の間ですることではない。

 場所を移動したいと願おうと思ったところ、扉が開く。


 だれブック!?


「間に合いましたね」

「あらイカロスなのね。楽しみだわあ」

「突然、失礼します」


 現れたのは、エヴィアン、ユベラ、ケアルだ。

 ケアルだけが丁寧な挨拶で片膝をつき、エヴィアンはいつも通り。


 ユベラはゆったりとのんびり挨拶した。


「な、なぜここに……?」

「最高アルビスグルトスハンマーを見届ける為です」


 エヴィ、こいつも覚えてないな。


「いい加減にしてくださいエヴィアン様、あなたの功績は認めますが、戦場はお遊びではありません」


 ごもっともでございますイカロス様。

 わたしも激しく同意でございブック。


 そこで話をまとめたのはヴォルデックだった。


 この場所で構わんと言い切る。


 仕方ない。


 少しだけ距離を取ると、イカロスが剣を構えた。


 エヴィアンが試合開始までカウントダウンする。


 ここからは真面目にいこう。


 深く呼吸し、目を閉じる。

 

 強い魔力が感じられた。

 殺気と、イカロスの覇気だ。


 俺は彼が好きだ。


 彼の行った偉業の数々は、この国の人たちを大勢幸せにした。

 勇気を与えた。


「――0」


 だがたとえイカロスであっても、俺には――勝てない。


「軍を舐めるなよ、ダリス上等兵!!!」


 彼はその場で剣を振った。

 魔法と混合した剣術のオリジナル攻撃。


 数々の強敵を打ち負かした『視えない斬撃』。


 かの有名なアドリブ国のボルボ騎士団長が言った。


 ――まぢで視えなかった。


 ボルボ騎士団長の自伝79P参照。


「……ん?」


 しかし俺はなぜか――視えてしまった。


 え、どういうこと?

 いや何となくブックで弾けると思ったよ。

 でも視えるとは思わなかったんだけど!?


 だが仕方ない。

 ひょいと回避すると、イカロスが目を見開いた。


「なん……だと」

 

 漫画みたいなことを呟くイカロスに謎の親近感を覚えつつ、この後どうしようかと0.0001秒悩む。


 走ってブックしてもいいが、全力を出せずに終わって遺恨を残されても困る。


 ――奥の手を出してもらって上で勝つ。


 それが、一番だろう。


「それで終わりでしょうか?」


 心の中でごめんなさい&僕はあなたが大好きですと考えながら、頬をひくひくさせながら煽る。

 それ聞いていたエヴィアンとユベラがふふふと声をあげ、ケアルがまったく、と呟いた。


 ヴォルデックがどんな顔をしているのかは怖いので、見ざる聞かざる言わざる。


 だが効果はテキメンだった。

 イカロスはふたたび魔力をためると、今度は十字斬り、いや六角形の形で斬撃を飛ばした。

 それがあまりにも美しくて見惚れてしまったが、当たると痛いので斜め上から下に袈裟斬りブックした。


「なぜ、なぜ視えるんだ!?」

「……いや、わからないです」

「ふざけるなよ!」


 努力で成り上がったイカロスからすれば、確かにこの発言はふざけている。

 だが視えるものは見えるのだ。


 それ以上はない。


 おそるおそるヴォルデックに視線を向けると、俺は思わず微笑んだ。


 彼は、嬉しそうだった。


 それはまさにエヴィアンと同じだったのだ。


 普通は信頼のおける部下が怒り、そして窮地に陥っていたら少しは怒りが見えるだろう。

 未知への恐怖ってのは人間誰しもが持っているし、それが腹正しく思えるものだ。


 だが彼は違う。それを楽しむことができる。


 なるほど、さすがエヴィアンの父親だ。


「戦場は笑うとこじゃないぞ、上等兵!」


 ……あれなんか誤解されてね!?

 風ピュン避けてブックして笑みを浮かべてる余裕しゃっくしゃくのムーヴみたいにみられてない!?

 後ここ、戦場じゃなくて王の間ね!?


「……すみません」

「……わかればいい」


 許してくれるんだ!?

 さすがイカロス・ジュドウ!


「お前が強いのはわかった。ならば、私も全力を出させてもらおう」


 するとイカロスは、軍事記録、第79巻の47Pの構えを取った。

 俺は思わずワクワクしてしまって笑顔になる。


「……死ね」


 今死ねって!?


 次の瞬間、イカロスは全魔力を放出した。

 すべてを剣に乗せる。


 捨て身の一撃、これを防ぎきれたものは未だかつていない。


 その斬撃は、まるで雪の結晶だった。

 食らえば散り散りの肉片となり、美しい血肉がぼたぼたと滴り落ちるだろう。


 だがもちろん手加減はしている。しているよな? わからんけど。

 てかみねうちどこいった!?


 しかし――。


「――ブック」


 俺は無情にも叩き落とす。

 そのまま距離を詰め、背中を取ると、イカロスの首を本のカドでぐいっと押し付けた。


 あんまりやりすぎるとチクっとするので、少しだけソフトに。


 だがこれでチェックメイト。


 将棋しかできないので王手というべきだが、ここはかっこつけたい。


「チェックメイトです」

「……何者だ貴様」

「ただしがないブックマ――秘書官ですよ」

「ハッ、秘書官か……。私の負けだ」

「いえ、とんでもない一撃でしたよ」

「ふ、上等兵に褒められるとはな」


 それからイカロスは、俺に手を差し伸べてくれた。

 手の汗をゴシゴシ拭いて握り返す。


 すると、ごつごつとした剣タコに興奮した。


「俺と違って綺麗な手だな。だが逆に君の努力がみえる。今の動き、素晴らしい努力を重ねたのだろう。辛く厳しい日もあったはずだ。だがそれを一切感じさせい表情。私はまだまだ未熟だったようだ」

「とんでもございません」


 俺のやったことと言えば、ただ本を読んでいただけなんだが。


 すげえ申し訳ない。

 今から土下座したいくらいだ。


 するとそこで、イカロスが振り返り、膝をつきながらヴォルデックに口を開いた。


「彼の本術は素晴らしいものでした。イカロス・ジュドウ、が彼の任務参加を正式に依頼します」


 本術ってなに!? そんなのある!?


「そうみたいだな。ダリス、いい動きだった」

「ありがたき幸せでございます」

「そしてエヴィ、おもしろい男を見つけたな。イカロスとの戦いを楽しめる奴はそうおらんぞ」

「ふふふ、彼はとてもすごいんです」


 凄いことになってきてないか?

 大丈夫?

 次の任務なんだろう。俺生きて帰ってこれるの?


「ダリスお疲れ様です。ありがとうございました」

「いえ、良かったです」

「次の任務は蛮族・・との戦いです。あなたに期待していますよ」


 全然よくわからないが、ここで蛮族ってなに? というのは空気が読めない奴だ。


「承知しました。お任せください」


 本読みながらユベラのクッキー食べてー!


 そのままエヴィアンたちは話があるらしく、俺の用事は終わった。

 急いで出ようとしたらイカロスから声を掛けられる。


「楽しかったぞダリス」

「こちらこそイカロス様」

「イカロスでいい。私は幼い頃から努力で成り上がってきた。お前も同じだろう」

「……はい」

「それにチェックメイト、格好よかったぞ。私もチェスは好きなんだ。今度、一戦やろう。きっと強いんだろうな」

「ありがたき幸せでございます」


 やっぱり王手って言っとけばよかった。

 チェスなんてやったことない。


 総括して謝罪したい。

 すると、静かに歩み寄り、俺に耳うちした。


「……今、エヴィアン様の隣につくことが一番だとわかっている。だが私はヴォルデック様の傍にいたいんだ。しかし君がいてくれるだけで少し肩の荷が下りた気がする。任務、頑張ろうな。ありがとう」

「はい!」


 めちゃくちゃいい声。

 やっぱりこの国の人、みんな好きだ。


 とりあえず急いで、チェスの本を読むとしよう。



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