第十一話:有給休暇

「やっぱり綺麗だなここは」


 俺は、秘書官になって初めての有給休暇を申請し、一人でアントラーズ公園に来ていた。

 読みかけの本を一旦閉じると、道中で買った卵ハムサンドイッチを頬張る。


 太陽の日差しが心地よく、風は頬を撫でるように優しい。

 公園の大きさは具体的に知らないが、外周をたっぷり走れるほどの敷地面積を誇る。


 真ん中には大きな噴水があり、周囲では家族連れが大勢歩いていた。


 軍に所属したきっかけは勘違いからだ。

 いつ辞めようかなとも考えていたが、今では自分が誇らしいと思える。


 それもすべてエヴィアンの秘書官になってからだ。


 アントラーズ国は世界でもめずらしく四季がある。

 気候が安定していると作物が育つうえに動物が伸び伸びと生きられる。


 くわえて漁業も盛んで、治安も良い。

 小国ならこれ以上の立地は世界でもめずらしいだろう。


 しかしこの平和は偶発的に生まれたものじゃない。


 エルリー家が大体、軍と共に守ってきたのだ。


 しかしそれがまた、脅かされようとしている。


 残りのサンドイッチに手を掛けようとすると、不思議なことに何やら柔らかいものに手があたった。

 むにむに、いや、たゆんたゆん。


 ほどよい柔らかさだ。それでいて張りがある。

 公園の土がこんなに柔らかくて気持ちがいいとは思わなかった。


「ダリス、不敬ですよ」


 聞き覚えのある声に急いで振り返ると、そこには何とエヴィがいた。

 いやそれより、俺は――たゆんたゆんを揉んでいた。


「ぁあっん……ダリ、強くなってますよ」

「ひぇぁっあ!? す、すいません!?」

「許します。それにしてもこの卵サンドイッチ美味しいですね。どこで買って来たのですか?」


 慌てて手を引っこ抜いたあと、周囲を見渡した。

 もし今の場面を誰かに見られていたら、俺の最後の晩餐はサンドイッチになっていただろう。

 

 だが幸い誰も見ておらず、よく見るとエヴィもいつもの長い金髪をくくってポニーテールしていた。

 美人すぎるが、一応変装で眼鏡をかけているので誰とはわからないだろう。


「二丁目の角にあるお店ですよ」

「聞いたことありますね。今度王城に出前頼もうかな」

「いやそれより、なんでいるんですか……?」

「たまには私も休みたいと思いまして。偶然にも被ったみたいですね」


 女帝に有給なんてないだろう。そもそも公園にいる理由もわからない。

 ただ質問をしても求めている返事は返ってこなさそうだ。


「それより、二人きりのときは――」

「そうだな。エヴィ」


 すると大満足の笑顔で、最後のサンドイッチに手を伸ばす。

 だが俺はそれを阻止した。


「な、何をするんですか!」

「俺のだぞこれは……」

「もちろんそれはわかっていますよ。だって、私は買っていませんから」

「泥棒だぞ」

「お母さんのご飯をつまみ食いしたぐらいで私を突き出すんですか……」

「いつから俺はママになったんだ」

「うう……わかりました。でしたらこのおやつは独り占めします」


 するとエヴィは、どこからともなく片手で食べられるマカロン風のケーキを出した。

 人気の、朝の販売でなくなるやつだ。

 実は食べようと思って並んだのだが、ギリギリで買えなかった。


 そういえば最後、金髪のポニーテールでラストだったような……。


「食べていいぞ。その代わり、俺もマカロンケーキがほしいな」

「ふふふ、ほんとダリスは優しいですね」


 そう言いながらマカロンを手渡してくれた。

 卵サンドイッチも冗談だったらしいが、俺は半分ちぎって手渡す。


「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」


 マカロンケーキは生クリームたっぷりでおいしかった。

 さすが人気店だ。


 聞けばエヴィは本当に予定がなさそうだった。

 気にせずにと言われたので食べ終わって本を読んでいると、彼女は微笑ましそうに子供を見ていた。


「いい国だよな」

「そうですね。私も大好きです」


 世界の統一はこの国の将来の為でもある。

 この国を誰にも奪わせない為にも、同盟国を増やしていく。


「エヴィ、今後はどう動いていくんだ?」

「……今日はおやすみじゃないですか」

「少し聞きたいんだ。ほら、教えてくれ」


 俺は木の棒を手渡す。

 すぐ近くの砂場を使って、エヴィが教えてくれた。


 俺たちの国は南寄りにある。中立国は、海に面していて一番近いところだ。


 そこから北へ行くと大国が等間隔に並んでいる。

 

 魔法使いの軍事国家エボドル。

 魔道兵器で有名なアルトワープ。

 魔族が統治していると噂のアドランダ。


 世界を統一するといっても全ての国を狙うわけじゃない。

 大国を正々堂々打ち負かせば、その同盟国も同じだ。


 もちろん大義名分があり、国に問題がある場合にしかエヴィは仕掛けない。


 そんな女帝は、世界でも彼女だけだろう。


「次はアルトワープとの戦いになると思います。しかし彼らの兵器はすさまじく、その前にやることはいくつもありますが」

 

 軍事を語るエヴィはとても真剣な目つきになる。

 声もしっかりとして、のんびりモードとは別人だ。


 だが突然にハッとなり、すみません真面目すぎましたねと頭を下げた。


 こうやって自分が悪いと感じたら謝罪できる王家がいるだろうか。

 きっといないだろう。


「ありがとう。よくわかったよ。これから頑張らないとな」

「……そうですね」


 しかしそのときのエヴィは、なぜか悲し気だった。

 俺は立ち上がって背中をぽきぽきと鳴らすと、本を鞄に詰め込んだ。


 まだお昼過ぎ。

 そして、手を引っ張る。


「ど、どうしたのですか?」

「こんな天気の良いんだ。国を観光しようと思ってな」

「本は読まないのですか?」

「美女とふたりでデートできるのをフイにするほど、俺はバカじゃないよ」


 こんなことを言えばエヴィは、ふふふと笑うだろう。


 と、思っていたが、なぜか目を見開いてぽかんとしていた。



「……ありがとうございます」


 いつもと違ってしおらしくなりながら、俺の手を掴んだ。


 ……どうしたんだ?


 それから俺たちは、お忍びで街歩きを楽しんだ。


 聞けばエヴィが最後にぶらぶらしたのは五年ほど前らしい。

 まさかすぎて驚いたが、なぜ今日なんだとも考えた。


 アイスクリームを食べて、ピエロが外でショーをしているのをみて、隠れ家的な個室で食事をして。


 気づけば夜はすっかりふけていた。


「夜空が綺麗ですね」

「だな。てか、マジで戻らなくて大丈夫なのですか?」

「……どうでしょう。一応書き置きはしました。でも、もしかしたら必死に探してるかも」

「え、なんて書いたんだ?」

「遊んできますって」


 ケアルが必死に探している姿を想像し、俺は急いでエヴィを王城に帰そうとした。

 だが彼女が、服の袖を引っ張る。


「もう少しだけ、私を普通の女性としてもらえませんか?」


 その目、その声でわかった。

 そうか、彼女は嬉しかったのだ。


 俺が公園でデートしようと、ある意味で普通の女性と見ていることに。


 実際に今はエヴィを女帝として見る事はほとんどない。

 明るくて元気で、聡明な女性だと思っている。


「座ろうか」


 目立たない椅子に腰かけると、二人で夜空を眺めた。


「エヴィ、ありがとうな」

「なにがですか?」

「俺を秘書官にしてくれて」

「……どういうことでしょうか」

「毎日が刺激的で楽しいよってことだ」


 だが彼女はなぜか悲し気だった。

 何度か問い詰めると、静かに口を開く。


「本当に楽しいでしょうか? ダリス、あなたは無理をしていませんか?」

「無理?」

「はい。私は……争いごとをしたくないあなたを戦場に連れていき、己の欲の為に指示を出しています。正直いうと、初めはそれでいいと思っていました。しかしあなたと接しているうちに、だんだんと自分が嫌になってきたんです。今まで私は、自分のしていることを疑ったことはありませでした。ただ……楽し気に本を読んでいるあなたを見ていると、私がそれを奪っているんじゃないかと……不安で……」


 いつもは冗談っぽく笑うエヴィが、一切の笑みをこぼしていなかった。

 それどころか今にも泣きだしそうだ。


 ……そういうことか。

 だから俺と同じ休みを合わせたのだ。

 不安でたまらなかったのだろう。


 だが俺は、ははっと笑った。

 彼女は顔をあげ、すみませんと謝罪した。


 だが――。


「俺が本を好きな理由はどうしてだと思う?」

「……没頭できるからでしょうか? 楽しいことに」

「それはもちろんだ。けど、そうじゃない。俺は幼い頃から両親がいなかったんだ。いわゆる孤児ってやつだ」

「そう……だったのですか?」


 厳密に言えば、この世界でもそうだ。

 元の世界では、ずっとひとりだった。


「だけど本を読んでいるときだけは誰かと一緒にいる気分になるんだ。冒険ものも、恋愛も、自分が体験しているみたいでワクワクする。けど、今は本を読まなくてもだ」

「どういうことでしょうか?」

「本を読んでいなくても毎日が楽しいんだ。エヴィがいて、ユベラがいて、ケアルがいて。まるで家族みたいだ。確かに争いごとは苦手だが、俺も図書館を作りたいと思ってるから、それも必要だ。それにエヴィ、お前の夢を叶えたいと本気で思ってる。だから、心配するな」


 俺が本音を語ると、エヴィはその場で泣き崩れた。

 ああ俺は、本当の意味で彼女の事を知らなかった。


 まだ子供なのだ。どれだけ強くてもどれだけ賢くても。

 それをしっかりとわかってあげよう。


 ……もしかすると俺がこの世界に来た意味は、エヴィと出会う為だったかもな。


 彼女が泣き止むまで頭を撫でていると、後ろから視線を感じた。

 それどころか、よく知る二人・・だ。


 気づかないふりをしててもいいが、心配させていただろう。


「ユベラ、ケアル、出てきてくれ」


「……凄いですね。隠密魔法をしていましたのに」

「さすがだな」


 二人が姿を現すと、エヴィは涙をぬぐって何事もなかったかのようにしはじめた。

 だが俺はそのままでいいだろうと答えた。


「聞いてただろう。ユベラ、ケアル」

「はい」

「……ああ」

「エヴィ、俺たちに隠し事はするな。作戦上言えないことはあってもいい。けどな、心は違う」

「……はい。ありがとうございます」

「ま、そんな感じだ。つうか俺、こんな偉そうに。もしかしてヤバイか?」

「そうですねえ。軍法会議なら不敬罪ですね。――ただ私はいいと思いますけど」

「エヴィアン様、私もダリスと同じ気持ちです。みんなで頑張りましょう」

「……ありがとう、ケアル、ユベラ」


 それから俺たちは王城に帰った。

 こっぴどく叱られるというか大変なことにはなっていたが、何とかうまく誤魔化してくれた。


 去り際、エヴィは見たこともない、素だと思える笑顔で手を振った。


「おやすみなさいダリス、あなたに出会えて本当に良かったわ」

「こちらこそです。おやすみなさい」


 俺はこの世界で本来は存在していい人じゃないだろう。

 物語ならば、登場人物の欄に記載はないはず。


 もしエヴィアンやユベラ、ケアル、大切な人に何かあったら俺は真っ先に前に出る。


 それが、ブックマンとしての命の使い方だ。


 ――なんて、かっこつけすぎたか。


 さて、本を読んで寝よう。

 


 


 その夜、エヴィアンはずっとダリスのことを考えていた。

 天窓付きのベッドの上で、白い枕を抱きしめながら。


「……いつか必ず……気持ちを……」


 

 ユベラはワインを片手に夜空を眺めていた。

 自分よりも強い、ダリスのことを想いながら。


「ふふふ、私もあんな風に思われたいな」



 ケアルはクマのぬいぐるみに話しかけていた。

 いや、妄想していた。


 ダリスと、自分も出かけたいと。


「ダリス、私とサンドイッチしないか? いや、これだとおかしいな……。 ダリス、私とサンドイッチデートしないか? いや、これも違うな……いいなあ……ぐすん」




――――――――――――――――――――――

 あとがき。

 今日のブックはイケメンブック(/・ω・)/


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