第十話:幻のブックマン

「てめぇ、なんだその本は、ふざけやがって――」

「――じゃあな」

「――さようなら」

「――カスが」


 ほぼ同時に強盗を来世に送ろうとした瞬間、エヴィが「気絶だけ」と呟いた。

 当然、あまり騒ぎにしない為だろう。


 だが少しだけ遅かった。


 俺の本のカド、ユベラの近距離魔法、ケアルの殴打で、男は悲鳴も上げずに倒れこんだ。

 多分だが、全治一年ぐらいはあるだろう。


 むしろ、俺たちの攻撃を食らって生きているだけでもありがたいと思え! ペッペッ!


「ふふふ、このタイミングで強盗ですか」


 するとエヴィは、なぜか嬉しそうだった。

 彼女の考えていることはわからないが――。


「ダリス、ユベラ、ケアル。姿は覚えさせずに強盗を鎮圧してください」

「「「了解」」」


 だいぶ無茶なことをいっているがこの面子ならいけるだろう。


 さて、食後の運動デザートといくか。


   ◇


 深夜、繁華街は賭け事や酒場が賑わっているだろうが、俺たちは防衛軍事施設の倉庫のすぐそばで待機していた。


「さて、後は待つだけですね」

「それで、どうして今日だと思ったんだ?」


 商談はいつどこで起きるかわからない。

 しかしエヴィは、今夜、おそらくここでと断定した。


 理由は、強盗が決めてだったらしい。

 満面の笑みで、彼女が答える。


「取引でこの場所を使うことは、地図と街の情報、輸入、海路も考えると一番可能性が高いです。道中で兵士が規制していたことから間違いないでしょう。また、強盗ですが、情報逸らしでしょう。中立国を考えると一枚岩はありえません。一部貴族の目を誤魔化す為に仕掛けたのでしょう。多くの目と兵士が、そちらへ向くように」


 さらりといっているが、とんでもない考察力だ。

 しかしおそらく当たるだろう。

 軍事記録で、彼女はそれを証明している。


 ユベラとケアルも一切疑っていなかった。

 彼女を認めているからだろう。


「戦いになりますかねえ? 戦えますかねえ? 戦いたいなあ」

「本音が漏れてるぞユベラ。それよりエヴィ、俺たちだけで任務を遂行するべきだと思うが……」

「いいえ、何かあった際、私がいることで臨機応変の幅が広がります。それに、あなた達が守ってくれるでしょう?」


 微笑むエヴィアンにそう言われては、頷くしかない。


「エヴィアン様、御身に代えても、私が必ず守ります!」

「ふふふ、信頼してますよケアル」

「ああ……なんて素敵なお言葉……」


 鼻血を出しながら緩やかに倒れていくケアル。

 戦う前に戦闘力を半減させないでくれ。


 ちなみにサラリと隠れているが、ユベラが上級の隠蔽魔法を常時展開している。

 普通なら数秒ともたない。どれだけ規格外なんだ?


 また、ここへ来るまでの隠密行動はケアルが先導した。

 俺とはくらべものにならない動きの速さと判断力だった。

 

 ほんと、味方で良かったな。


 するとそのとき、エヴィが「きましたね」と呟いた。


 倉庫の窓をのぞき込むと、そこにいたのは中立国の王と隣国のお偉いさんだ。


 条約では、公なしの個別での対面は許されていない。

 つまりこの時点で条約を破っている。


 そしてユベラが、杖の先端から泡を飛ばした。

 ふようよと近づいてピタリと止まり、やがて杖の先から糸電話のように声が聞こえてくる。


 この人、ドラえもんかな?


 内容は実にわかりやすかった。

 中立国という立場を利用して武装を開発、提供していたのだ。

 

 この街は観光業で成り立っている。

 娯楽で得た金を戦争道具に使っていたとは。


 周りには武装した兵士と、周囲の魔力を考えると50人以上はいる。

 それぞれが何かしらの達人だろう。


 これは予想外だった。まさか、ここまで多いとは。


 これはなかなかに厄介だ。


 音声は魔法で保存できるらしいが、この場を抑えなきゃ証拠にはならない。

 だが問題は、この倉庫が小さすぎる事だ。

 できるだけ殺さずに、更に近距離戦を強いられる。


 ユベラは最強だが魔法使いだ。ケアルは近距離を得意としているが、基本行動は隠密、暗殺。

 なら、答えは一つだな。


「エヴィ、俺が死んだら見捨ててくれ」

「……何をするおつもりですか?」

「軍には命の価値、順番がある。一番大事なのはエヴィ、ユベラとケアルもだ。一番下は、言わなくてもわかるだろ」

「あら、もしかして?」

「どういうことだダリス」


「俺が一人で鎮圧する。大丈夫だ。――絶対に勝つから待っててくれ」


 ――ブック。


 俺は今まで戦う事が好きじゃなかった。

 極力、この本も使いたくなかった。


 だが今は違う。


 守るべきもの為なら、むしろ誇らしい。

 そんなことは許さないとケアルが言い放つ。

 実にお前らしいな。


「これは俺の強い意思だ。頼む」


 その言葉で、三人は俺を笑顔で見送ってくれた。


  



「――誰だお前は!?」


 俺を見つけた兵士が、叫ぶ。


「通りすがりのブックマンだ」

 

「う、撃て! こいつを殺せ!」


 新開発された魔道武器が放たれる。

 身体の魔力を使って、魔力を飛ばして打つことができるらしい。


 数十人が、一斉に俺に放つ。


 だが――。


「ブックブックブックブックブックブックブック!」


「ひゃああ、な、なんだこいつは!?」

「あ、ああああああああああ」


 さよなブックだ!


  ◇


「中立国の王が交代。これで世界の平和は保たれましたね」

「流石エヴィアン様です。楽しいバカンスでしたわあ」

「まだ日焼けの跡が痛いです」


 それから数週間後、中立国の王は投獄、おそらくだが極刑が下るだろう。

 上層部の首もまるっと変わったらしい。

 当然周りからの反発はすさまじかったが、そこをエヴィが抑えた。

 もちろんそれはタダ・・じゃない。


 中立としての規定が守れているかどうかをエヴィが視察したり、政治を監督することになった。

 事実上の監視下におかれ、支配国と同等になる。


 それで入る資金は莫大なものとなるだろう。


 また、新開発の魔道武装兵器の所在が不明となった。


 だがそれはもちろん――。


「魔道兵器の部隊の訓練を来週から始めます。これでまた一歩、平和に近づきましたね」


 ふふふと笑うエヴィ。

 俺たちを労う為のバカンス、中立国を支配下に置き、魔道兵器をすべて回収、永続的な資金、特殊部隊の設立。


 これが彼女の描いていた終局図。


 恐ろしいほどの手際。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 ただ結果良ければ全て良しだ。


 綺麗ごとを言うつもりはない。

 勝者が、絶対正義なのだから。


 しかしなぜかみんなが俺を見ていた。


「それにしてもダリスは本当に凄かったですね」

「見ているだけでゾクゾクしましたわあ」

「私から見ても異質な動きだった。お前は本当に何者だ?」


「いや、意外と弱かったぞ。強い奴らはいなかったじゃないのか?」


 俺の言葉に、三人が笑う。


「あそこにいた連中は、中立国の精鋭部隊と隣国の精鋭部隊だ。それを一人で相手にして無傷。流石に噂になっているらしい。――ブックマンと呼ばれた最凶がいると」

「ダサすぎないか……? いや、言ったのは俺だが……」

「名前なんて後から付いてくる。それよりありがとう。お前が兵士の基礎として動いてくれたことを誇りに思う」


 最後のケアルの言葉は、とても嬉しかった。


 ああ、せめてブックメーンって言えば良かった……。


   ◇


 ブックマンことダリスが秘書室に入った後、エヴィアンが「もう一回聴かせてください」とユベラに頼んで魔法杖で録音を再生してもらった。

 同時に、ケアルが前のめりに耳を傾ける。


『かかって来い雑魚ども。――俺の大切な人・・・・を裏切りやがって』


「誰ですかねえ。私ですかね?」

「うふふ、きっと私ですわあ」

「……ぐすん。私ではないだろうな……でも私だったらいいな……」

「ケアル、今なんて言いました?」

「え、いや、何でも!?」


 国か、軍か、ここにいる誰か、議論は酒を飲みながら楽しく夜まで続いたという。


 

 



 


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