第七話:俺なんかやっちゃいました?

 王城とは別当の地下室には、防音と魔法が遮断される特別訓練室がある。

 最新技術を使った施設、そこで俺とケアルは対峙していた。


 扉は締め切っているが、エヴィアンと、どこから聞きつけたのかユベラが来ていた。

 俺と魔戦特務のケアルが戦うのを見てみたいのだろう。


「ダリス、頑張ってくださいね」


 するとそのとき、エヴィアンがなんと俺に微笑んだ。


 おそるおそる視線を戻す。

 当然だが、ケアルの魔力が十倍に膨れ上がっていた。


「……姫からエールをもらえるなんて……私もほしい……ぐすん。――殺す」


 まさかの泣いて強くなるタイプ!?

 てかエヴィアン、絶対わざとだろこれ。


「ケアル隊長、けちょんけちょんにしてください!」

「一撃で倒せますよ!」

「泣かないで―!」


 魔戦特務隊は、思っていたよりも仲が良いらしい。

 俺が見ていた軍の記録では、100人を相手に惨殺したみたいなのも書かれたので余計に怖く感じる。


 正直、ここで負けてもデメリットは殆どない。

 むしろケアルの留飲は下がるだろうし、任務も除外される。


 エヴィアンからの信頼は落ちるかもしれないが、それで秘書が終わることはないだろう。


 今の仕事は割と気に入っている。


 しかしエヴィアンは俺に勝ってほしいはずだ。

 

 わざわざ魔戦特務隊と組ませるなんて反発するのはわかっている。


 だがこの世界ではとても分かりやすいルールが存在する。


 ――強者が絶対正義だということだ。


「知っていると思いますが、地面の魔術によって想定されるダメージを受けると気絶します。怪我はしないので、手加減なしで大丈夫です。ただし、相応の痛みはありますが」


 エヴィアンが、ニコリと笑みを浮かべていった。

 最後凄い重要じゃない?


 俺はまだ悩んでいた。そしてケアルが、剣を構える。


「ダリス、一等兵だろうが、私は手加減しない」


 その目はとても真剣だ。

 後、手加減はしてほしい。


 試合開始と共に、ケアルが高速で駆けてくる。

 足に風魔法を付与し、摩擦抵抗を極限まで削ってるのだろう。


 おもしろい使い方だ。


 ……うらやまちい。


「――消えろ」


 そして俺の真横に来た瞬間、恐ろしい言葉を放つ。

 こわい。


 ――ブック。


 0.0001秒で本を取り出し、攻撃を受け止めると、驚きの表情を浮かべた。


「本……だと?」

「これが俺の武器なんです。でも勘違いしないでください。本の事は大切に思ってるので」

「ふざけたことを!!!」


 なぜか激怒してしまう。

 確かに本を武器にしてるやつがいたら俺もムカつく。


 続いて振り下ろされた攻撃は、炎を纏った鋭いものだった。

 凄まじい魔力と圧力だ。


 彼女が死ぬほどの努力を重ねたことがわかる。


 きっと俺なんかじゃ考えられないほど血反吐を吐いたのだろう。

 

 だがそれをブックし、少しだけ離れる。


 ケアルの肌には無数の傷が付いていた。

 きっと戦場で受けた傷だろう。


「この、逃げてばかりのブック野郎が!」


 ……悪口のセンスが高くてつらい。


 しかしこれだけ強いのに俺を任務に入れたいってことは、それだけ危険なんだろう。

 ここで俺が負けると、彼女たちだけ行くことになる。


 ……さて。


「一つ質問していいですか?」

「ハッ、戦闘中に無駄口か。その勇気に免じて答えてやる」

「そんなに俺と組むのが嫌ですか?」


 すると、ケアルの表情にほんの少しだけ陰りが見えた。


 怒りではない。


 ――悲しみだ。


 半年前、魔戦特務隊は隊員を一人失っている。

 俺はその記録を書いたことがあった。


 兵士が殉死した場合、隊長が死亡報告書を提出する義務がある。


 直接受け取ったわけではないが、そのときの紙はクシャクシャだった。

 何度も涙を流し、書き損じ、それを修正するのも忘れるくらい辛かったのだろう。


 この世界は物語じゃない。

 幸せなことばかりじゃないのだ。

 終わりがハッピーエンドなのかどうかもわからない。


「……お前みたいな雑魚が戦場に出るとすぐに死ぬ。黙って大人しく物書きをしてろ」

「俺は死にませんよ。絶対に」

「ふざけたことを……お前にはわからないだろう。人が死ぬときどれだけ苦しむのか」

「はい。わかりません」

「なんだと……? ふざけてるのか?」

「いいえ。しかし、力を貸す事は出来ます。できるだけ誰も死なないように」

「……調子乗りやがって。書記官如きが!」


 ケアルの口調は恐ろしいが、悪い人じゃない。

 軍事記録によると、彼女は何度か処罰を受けている。

 

 敵国の子供を助けたことがあるからだ。


 俺はそれをみて、書類上にもかかわらず彼女が好きだった。


 もし彼女になにかあればきっと後悔するだろう。


 それは――嫌だ。


「お前がそれなりに動けることは認める。だが私に勝てると思うな!」


 魔力を極限まで高め、魔法を連発し、それに合わせて攻撃を仕掛けてきた。

 前後左右、防ぎようのない連携技。


 凄まじい密度だ。

 

 だが悪いなケアル。


 お前は――俺に勝てない。


「――おやすみブック」

「な――!? ……おまえ……なんだその……力は……」


 本のカドが彼女の頭にヒットする。

 怪我はしないが、痛みは感じただろう。


「悪いな。手加減ができなかった。あ、すいませんタメ口になってしまってました……」

「……ふ……構わ……ん」


 そしてなぜかケアルは満足そうに気絶した。


 ふと視線を戻すと、隊員たちがあっけにとられていた。

 だがエヴィアンは静かに微笑み、ユベラは「ああ、戦いたい戦いたいわあ」と小声でつぶやいていた。


 聞こえないフリをする。


 さて――。


「次の相手は誰ですか?」


  ◇


《ケアル視点》


 目を覚まし、上半身を起こすと、そこは医務室だった。

 直後、あのブックマンに負けたことを思い出す。


「……はっ」


 乾いた笑いしか出てこなかった。

 なぜなら、気持ちが晴れやかだからだ。


 その理由は、自分でもわかっている。


 ――嬉しかったのだ。


 二等兵の男が秘書になったと聞いた時、私は腹立たしくてたまらなかった。

 

 彼が優秀だという事は知っている。

 仕事も丁寧で早いとは軍でも噂だったからだ。


 だが気にかかったのは、護衛のようについていたこと。

 エヴィアン様は優しい。


 もし部下が危険な目に合ってしまえば、その身を晒すかもしれない。

 それが、怖かった。


 半年前、私は大切な仲間を失った。

 助けられなかった。

 この手で死にゆく姿を眺めることしかできず、ただ声をかけることしかできなかった。


 我がままなのはわかっている。

 だがそのリスクを減らしたい。


 けれども、ダリスの強さがわかった。


 あいつは私を一撃で倒した。

 幼い頃から死ぬほどの研鑽を積んだ私の剣を、魔法を、いとも簡単に。


「ハハッ、あの本野郎め……」


 するとそのとき、カーテンが開いた。

 現れたのは――なんと、エヴィアン様だ。


「ど、どうされたのですか!?」

「……ごめんね。痛かったでしょう」

「な、なぜ謝るのですか!?」

「わかってたからですよ。あの人は規格外だと。ただ、口頭で説明するよりは肌で感じてほしかった。――ケアル、あなたが私の事を心配してくれているのは知ってます。去年のことも。だからこそ、ダリスと一緒に行ってほしかったんです」

「……大丈夫ですよ。文字通り痛いほどよくわかりました。彼は、秘書に相応しいです。そして――私たちと共に任務を受けられるだけの素質が十二分にあります」

「ありがとうケアル。あなたならそういってくれると思ってたわ」

「とんでもございません。身に余るお言葉でございます」


 しかし――いい匂いがする。

 凄くいい匂いがする。

 薔薇の香りだ。


 入浴剤は何を使っているのだろうか。

 知りたい。


「それじゃあまた追って任務をお伝えするわ。ダリスの事はまだ内緒でよろしくね」

「もちろんです。ただ……一つだけお聞きしたいのですが」

「なに?」

「ユベラもいましたが、もしかして……」

「そうね。一度だけ戦ってるわ。私が止めたけど、きっと戦っていれば……わかるでしょ?」

「はは、あのユベラでも敵わないんですね。――すいません、ありがとうございました」

「ふふふ、それじゃあ待ってる人たちがいるからこれで」

「待ってる?」


 すると、扉から開けて現れたのは、隊員のみんなだ。


「ケアル隊長、大丈夫ですか!?」

「たいちょー!!?」

「うう、死んだかと思った」


 隊員は、私にとって家族のような存在だ。

 しかし、彼がいてくれるならば生存確率はグッとあがるだろう。


 だが隊員は許してくれるのだろうか。


「ケアル隊長……彼なら信用できますね」

「隊長に一撃与えたことは許せないけど、認めます!」

「聞いてくださいよ。あの後私たち全員返り討ちにあいましたあああああああ」

「ハハッ、お前たちもか。だが面白いな。世界は広い」


 ――ダリス・ホフマン一等兵か。



 そして私は、食堂へ向かった。

 ダリスがいると聞いていたからだ。


 そしてそこには、肉を食べようと笑顔な奴がいた。


 ハッ、あれほどの強さがあって普通だな。


 だがその時、兵士が絡んでいった。


「ようダリス、お前どんなコネ使ったんだよ? 突然秘書だなんて」

「そうだ。教えろよ」

「おい、聞いてんのかよ!」


 ……そうか。私は、あいつらと同じだったのか。


「おい」

「あ? ケ、ケアル隊長!?」

「ダリス一等兵に今後絡むな。彼は優秀だ。それは私――いや魔戦特務隊が認める」

「……へ? え、え?」

「な、え、どいう――」

「返事は?」

「「「イ、イエッサー!」」」


 これでダリスに絡む奴はいないだろう。


 私は彼の前に座ると、静かに声をかけた。


「どうしたんですか。助けてくれるなんて」

「自分の間違いを認めただけだ。それと、ほんの詫びだよ」

「詫び?」


 彼の強さはまだ秘匿だ。

 これ以上話すことは良くないだろう。


 だが――。


「気にするな。――ダリス、頬にカレーがついてるぞ」

「え? あ、あ、ほんとだ……。ありがとうございます」

「ふっ、お前はおもしろいな。それにかわ――」

「かわ?」

「何でもない」


 よくみると、子犬みたいな顔をしているな。

 目もぱっちりだし、鼻も綺麗だ。

 

 ……ん? 今私、何を考えてた?


 するとその時、ダリスが手を伸ばしてきた。

 

「ケアル隊長、これバレないようにとってください」

「……何だ?」


 受け取ると、それは――亡くなった隊員の志願書の写真だった。

 殉死した隊員の情報は重要秘匿になり、王宮で厳しく保管されるはず。


 なぜ……これが。


「すいません。このくらいしかできなくて」


 亡くなった隊員は、私の親友だった。

 同じ貴族学園を卒業し、切磋琢磨してきたのだ。


 気づけば笑みをこぼしていた。

 ああ、私はまた笑えるようになったのか。


 いやこいつのおかげか。


「ダリス」

「はい?」

「ありがとう」

「いえ、けどそれ秘密にしといてくださいね」

「もちろんだ」


 そう言いながら申し訳なさそうに頬をかいたダリスは――可愛かった。


 ん……なんか胸の奥が少しきゅんっとしたような。


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