第三話:ニセモノカップル潜入捜査

「凄くいい匂いしますね」

「ガルニカスの牛串ですよ。この国の特産物ですね」

「さすが、何でもお詳しいですね」

「ただ、本に書いていただけですよ」


 街の往来、いつもの豪華な衣装ではなく、一般的な衣装に身を包んだエヴィアンが、嬉しそうに声を上げた。

 商人が立ち並ぶ中、なぜか近づいきて俺の耳元でささやく。


「ダリスさん、馬車での事を忘れたのですか」

「……覚えてますけど、流石に」

「これは命令です。勅命です」

「わ、わかりました」


 今ここは、俺たちが住んでいる国、アントラーズ国ではない。

 何と、敵国のドルニアだ。


 いま俺たちは、たった二人だけ堂々と敵情視察をしているのである。


 我が国には『敵を倒すにはその国を知れ』という格言がある。

 それに従ってということでエヴィアンが、さて行きましょうかと言い始めたのだ。


 大胆すぎる。だがそれが、彼女の凄さでもある。


 入国は難しくなかった。

 驚いたことに、エヴィアンは冒険者の資格を持っていたのだ。


 それはそうとため息を吐いて、深呼吸。

 そして――。


「……エヴィ。肉は後にしろ」


 俺は、あろうことか略称なしで呼んだ。それも偉そうに。

 もちろんこれは命令だ。


 周囲に違和感がないようにということだが、ただの秘書が王家にため口だなんてありえない。

 しかし彼女は、満足そうに笑みを浮かべる。


「はい。でも、食べたいのです!」


 だがそれと食欲は別らしい。

 そのまま引っ張られるように連れて行かれる。

 そして、あらかじめ持たせてもらっていた財布からお金を取り出す。

 ちなみにこれは国の金なので、実質ヒモ男である。


 まあいい、タダ飯だ。どうせなら楽しもう。


「親父、串をふたつ頼む。大きい方がいいな」

「あいよ! お二人さん、もしかしてデートかい!?」

「……え? いや――」

「うふふ、バレちゃいました?」


 するとエヴィアンは、ノリノリで俺の腕を掴んだ。

 まさかこれが敵国の女帝だとは思うまい。


「いいねえ! おまけ一本付けとくよ!」

「ありがとうございます! やったねダリ♪」


 ダ、ダリ!? てか、満面の笑みすぎる。


 と、思っていたら0.00001秒だけ睨まれた。

 俺は、急いで返す。


「そ、そうだなエヴィ」

「うふふ、うふふ。それでおじさん、ちょっと聞きたいんだけど」

「何だい嬢ちゃん?」

「――アントラーズ国には、勝てると思う?」


 するとそのとき、エヴィアンは静かに尋ねた。


「さあどうだろうなあ。あっこは恐ろしい女帝がいるって話だしな」

「あー聞いた事ある。凄い悪い人だって噂だよね」

「これは秘密だけどよ、いつも串を買ってくれる兵士様が、魔法使いを集めて攻撃を仕掛けるらしいぜ。流石にそれはヤバそうだよなあ」

「――へえ、そうなんだ。おじさん、牛串ありがとう!」

「あいよ! どうした兄さん、受け取らねえのか?」

「あ、ありがとな」


 ただ食べたいだけかと思っていたが、こういう所が抜け目ない。

 少し移動してから尋ねる。


「初めから聞こうと思ってたので――たのか?」

「街中の一等地の場所。土地代も高いでしょう。大勢の人が買いに来てるということは、情報も手に入る。どんな小さな事でもかき集めれば、それは宝となります。――んーこの牛串美味しい!」


 秘書になって驚いたのは、やはり彼女の抜け目のない優秀さだ。

 王家でありながらも自ら前線に出るその胆力。


 小国でありながらも快進撃を続けているのは、間違いなく彼女のおかげだろう。


 彼女の夢は、世界の統一、大それた話だ。


 だがそれは、物語の主人公みたいにかっこいい。

 

 さながら俺は、右腕って感じか?

 ふむ、悪くないな。


「それでエヴィ、これからどこへ行くんだ? 冒険者ギルドで聞き耳立てるとか?」

「まずはたっぷり楽しみましょう! そうですね。本屋なんてどうですか?」

「え、い、いいのか!?」

「もちろん。それが、楽しむってことでしょう?」


 エヴィアン。一生付いてきます。

 安心してください。私が敵を倒しますよ。


 あれ……俺ってもしかしてチョロい?


「お、おい逃げてくれええええ!!!」


 するとそのとき、前方から魔物が現れた。

 この国ではよくある光景なのだろうか。


 いや、よくみると馬車が倒れている。

 魔物は血だらけだが、かなりデカい。


 気絶していたが目覚めた、そんな感じか。


「んーっ、このスパイシーさがいいですね」


 隣に視線を向けるとエヴィアンは微笑みながら串をまだ頬張っている。

 幸せそうで、俺もなんだかうれしい。


「プッギャアアアアアアアア」


 さて、本屋が楽しみだ。


 ――ブック。


「お前ら、逃げろおおおおおおおおおおお」


 俺は、静かに本のカドを魔物に打ち当てた。

 魔物は叫びながら――豪快に逸れていくと、やがて地面に倒れる。


「ありがとう、ダリ」

「いえ。それで、本屋の場所は誰かに聞くか?」

「実は既に調べてます。まずは一番大きなところからいきますか?」

「……最高すぎるな」

「ふふふ、ほら行きましょう」


 するとエヴィアンは、あろうことが右腕を掴んできた。

 こんなの軍の奴らに見られたら殺されそうだ。


 この美貌のおかげで隠れファンがごまんといるからな。


 さて、どんな本があるのか楽しみだ!


「お、おいなんで勝手に魔物が倒れたんだ?」

「あの二人、今の魔物に気づいてなかったのか? 下手すりゃ死んでたぜ」

「とんでもなく運のいいカップルだ……」

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