第二話:ブックマンは怯えた女帝を見過ごさない
「……今なんとおっしゃいましたか?」
「なので、全部終わりましたよ」
ひょんな出来事から真の姿(本で殴る最低野郎ことダリス・ホフマンこと俺)がバレてしまって数週間後。
軍事書記から一転、今はエヴィアンの秘書として働いている。
突然の事例に、兵士たちは震撼していた。
それもそのはず、ただの本好きニコニコ書記二等兵が、異例の大昇格だ。
ブックについてはまだ隠してほしいらしく、ただそのおかげで訳も分からないとひんしゅくも買っている。
ただ、同僚のユベラさんだけは「そうなんですか? 楽しみですね」と笑顔だったが。
そして今、任務の終了報告と書類を持ってきたのだが、なぜかエヴィアンは驚いていた。
いや、信じられないといった目で……睨まれている?
「……冗談ですよね?」
「? 何の話ですか?」
「任務を言い渡したのは二日前です。それも、長年尻尾を掴ませなかった密偵を見つけてほしいと頼みましたよね?」
「はい。報告書にも記載していますが、2人でした。1人は少尉のラスティ・エディス。もう1人は魔法使いのエルリック・トイズです。既に尋問も終えてます。供述書もこちらに」
「……いや、その……どうやってわかったんですか……?」
人は嘘をつくとき、必ずどこかにサインが出る。
俺の目はなぜか特別製で、魔力がないにもかかわらず他人の挙動がよくわかるのだ。
以前、闇夜で男たちが動いているのもしっかりと視えていた。
書類の行動記録からも、この二人の怪しさは一目瞭然だった。
後は簡単な誘導尋問。
人は矛盾を突かれると咄嗟に嘘をつく。
だが優秀なやつほど頭の回転が速く、一度目でボロは出さない。
だが連続で指摘された場合、二つ目の嘘には少しだけ違和感が生じる。
後はそれを繰り返すだけだ。
だがエヴィアンは、にわかには信じがたいと言った表情を浮かべていた。
とはいえ、既に終わっている事柄だ。
2人は厳重に処罰されるだろう。
それは俺には関係ない。
それより――。
「任務は終えたので、褒美の申請を申し上げます」
俺は、任務を終えると欲しい本をもらえるという条件で働いている。
初めは苦労するかもしれないと不安だったが、簡単な任務をこなすだけで、絶対に手に入れられない本を簡単に入手できる。
一度目の任務は、100年ほど道を封鎖しているデカい魔物を倒すだけ、という楽なものだったし、これからものんびりできるなら悪くない。
実は天職なんじゃないか? と思い始めてきた。
そしてエヴィアンは、机から一つの本を取り出した。
「こちらが頼まれていたものです。でも、こちらで良いんですか?」
「えへえへへ――ハッ、すみません。はい」
気づけば犬のようになっていた。
キリっと表情を戻し、手に取ろうとすると、ガッシリと掴んでいるのか奪えない。
「な、なんですか。もしかして新たな任務ですか?」
「いえ、先にお礼をさせてください」
「お礼? どういう――」
するとエヴィアンは、立ち上がると何と――頭を下げた。
その姿は、とても小さく見える。
いや、実際に彼女は小柄だ。
年齢もまだ10代後半。元の世界なら女子高生。
にしても、皇帝陛下の娘だぞ。
それが、ブックマンの俺に頭を下げるなんて……。
「本当にありがとうございました。密偵は、私たちが探し出さないといけなかったのですが、なかなか尻尾を掴むことができませんでした。以前の魔物討伐も合わせてお礼申し上げます」
「え、あ、いやその……こちらこそ。初めこそ驚きましたが、今の仕事は気に入ってますよ」
初めて会ったとき、エヴィアンは少し強引に誘ってきた。
軍の記録からからも人の気持ちを考えない女帝だと思っていたが、何度か言葉を交わす度にその印象は変わっていった。
彼女は、この国の事をしっかりと考えている。
俺は本の為に動いているが、彼女は信念がある。
「頭をあげてもらえますか? これからも一緒にがんばり――」
しかし頭を上げたエヴィアンは――うってかわって満面の笑みをしていた。
「はい! じゃあ、次の任務までの間、たっぷりと本を楽しんでくださいね!」
前言撤回。
この女性、だいぶしたたかなのかも。
◇
それから俺は、同じ部屋の右奥にある扉を開いた。
本棚にはまだ数十冊しか置かれてないが、ここにレア本を増やしていくのだ。
ちなみに秘書部屋という名の俺の憩いの場でもある。
椅子と机、絨毯はふかふかで、横になって読むこともできる。
もっぱら任務を終えた後の自由室になっている。
「ブック―♪ ブックブック♪」
もちろん防音もしっかり。
おもむろに横になると、先ほど頂いた本の表紙を見つめた。
――『アンドレボーイの冒険談』
これ、異世界で大ベストセラーの幼児本だ。
これはさらに初版本、市場に出回っているものは色あせたりページが千切れているものが多く、ここまで保存状態がいいのはかなりレアだ。
エヴィアンも、俺の為に頑張ってくれているのだろう。
さあて、読むブック!
――――
――
―
「ふう、おもしろかっ――え?」
「面白かったですね! アンドレボーイの苦難の連続! うう……まさかおじいちゃんが黒幕だとは思いませんでした」
気づけば俺の真横にエヴィアンがいた。
近距離だとより美人だとわかる。
てか――。
「……何してるんですか」
「手に入れるの苦労したんです。私も見たかったんですよ」
「なぜ……一緒に?」
「その方が時間の節約でしょう?」
何を考えているのかわからない。
軍事記録では凄まじい功績を上げていたのでもっと怖い人だと思っていたが、変人でもある。
そしておもむろに立ち上がると、なぜか手を伸ばしてきた。
「さて、時間です。行きましょうか?」
「え?」
◇
豪華絢爛の室内。
貴族や王家の方々が、ドレスや礼服に身を包んで踊っていた。
そして俺の横には、シャンパングラスを持ったエヴィアン。
ここは舞踏会だ。
ちなみに俺もなかなかお洒落な服に身を包んでいる。
「残業本は出ますか?」
「ふふふ、もちろんです。その代わり、常に私の傍にいてくださいね」
側近騎士もいるのだが、なぜか俺にいてほしいという。
それから彼女は、多くのお偉いさんと挨拶していた。
どこぞの王子やよくわからない貴族。
だがエヴィアンの立ち振る舞いは、確かに女帝と呼ばれるほどしっかりとしている。
しかし長時間ともなると、最後に声をかけてきた人が誰だかわからなくなって困っていた。
なので、耳元でこっそりと名前を教える。
「ありがとうございますダリス。あなたは秘書としても優秀ですね」
「記憶力がいいだけですよ」
ただ単に忘れられないだけです。
舞踏会が無事に終わり、馬車へ乗り込もうとした際、笑顔でエヴィアンに握手を求めてきた。
確か隣国の貴族だ。
しかし男の不審な挙動に気づく。
「エヴィアン様、離れてください」
「え? 何が――」
――ブック。
そして俺は、エヴィアンの前に立つ。
最後まで挨拶していたこともあって、幸い周りに人はほとんどいない。
草影が壁になり、俺の事は見えづらいだろう。
だが――。
「静かに投降するなら痛い思いはさせませんが、どうしますか?」
「何を言っているんだ君は!? 私は隣国の伯爵だぞ!」
「ダリス、なぜそんな失礼を――」
はい、さよなブック。
そして俺は、本のカドで一撃で男を気絶させた。
それからは早いものだった。
続く二人目が現れた。
もちろんブックで倒した。
三人目もいたので気づいてブックブックした。
最後になると倒れている男に気づき、あたりが騒然とした。
俺のブックは既に消している。
「エヴィアン様、見てください」
しゃがみこみ、男の胸に手を入れると、小さいが殺傷力の高いナイフが隠されていた。
それも、毒が塗られている。
それを見てエヴィアンが目を見開く。
「なぜ……わかったのですか?」
「挙動です。後は匂いですね。この毒は無味無臭と言われていますが、ほのかに香ります。それと挨拶してきたときと違って殺気が混じっていました」
幼い頃、よく森で色んなものを食べていた。
好奇心旺盛すぎたこともあって毒魔物も食べてしまい死に掛けたこともある。
おかげで耐性もついたが。
後は本が好きなので知識は色々と。
兵士に任せ、エヴィアンと馬車に乗りこむ。
だが彼女は気丈だった。
むしろ、俺を気遣っていてくれた。
「ダリス、遅くまでありがとうございました」
「いえ、とんでもない」
「しかしこんな舞踏会にまで敵も随分と追い詰められているかもしれませんね。ふふふ、これからが楽しみです」
だが俺の目は、些細なことに気づいてしまった。
色々と話している途中で、少しだけ遮るように言う。
「エヴィアン様、俺には夢があるんです」
「……突然どうしましたか?」
「自分の好きな本だけで、最高の図書館が作りたいんです。それで、誰でも入れるような、それこそ、子供も大人も、軍の関係者であろうと、他国でも。だから、あなたの夢を一緒に追いかけたいです」
「……いいですね」
「はい。なので、これからもよろしくお願いします」
これは本音だった。
初めはなし崩し的だったが、今では彼女の夢を一緒に追いかけたいと思っている。
それから王城で自室まで送り届けると、任務は終わった。
だが――。
「さて……本を読むか」
◇
«エヴィアン視点»
目を覚ますと、いつもの天井が目に入る。
立ち上がると、昨日ことがフラッシュバックして心臓がドクンと震えた。
私は皇帝陛下の娘として生まれ、戦乱の最中、幼い頃から何度も命を狙われてきた。
王家として、弱味は誰にも見せられない。
だけど私には夢がある。
この世界を統一し、法律をまとめることだ。
それまでには多くの血が流れることだろう。
だが、結果的に多くの人を助けることになると信じている。
それまでは何があっても信念は曲げない。
小国の娘が抱くには、対逸れた夢。
だけどそれでも叶えたいつもりだ。
扉を開けようとすると、なぜか勝手に開く。
立っていたのは、ダリスさんだった。
右手には本を持っている。
「え? おはようございます。なぜ……ここに?」
「本を読んでいたら、たまたまここに。歩いて読むのが好きで」
「は、はあ? 早起きなんですね」
「まあそうですね。今日は、任務なしですよね?」
「はい! ゆっくり本をお読みください」
そのまま、彼は去っていく。
不思議な人だ。
私にとっては嬉しい出来事だが、あれほどの腕があって、なぜ隠していたのだろう。
それから私は、側近騎士から驚くべきことを聞いた。
「エヴィアン様、ダリス秘書官はお部屋にいかれました?」
「え? はい。そうですが」
「ああ、良かったです」
「何か……あったのですか?」
「いえ、彼は、エヴィアン様の部屋の前で座りこんでずっと本を読んでいたんです。尋ねてみたら、ここで本を読むと安心すると。まあ……体のいい嘘ですね。護衛だと思います。交代もせず、朝までずっと立ってましたから」
……だから扉を開けてくれたのか。
彼の強さを知っているのは、今のところ私と一部の側近騎士だけだ。
任務も終わった後も、一晩中、私を守ってくれていたのだろう。
やっぱり、気づいてんだ。
私が、馬車の中でまだ怖くて震えてたことに……。
何て、優しいんだ……ふふふ。
私は、ダリスさんの事をずっと前から知っていた。
軍事書記官として謙虚堅実に働き、本を大切にし、綺麗な字を書く人だ。
同僚であるユベラからの評判も凄く良かった。
ちょっと強引だったけれど、それもあって彼を誘った。
初めは護衛としてただ傍にいてほしかった。あれほどの強さは、おそらく世界でもいないだろう。
ある意味、利用しようとしていたのだ。
だけど今は違う。そんなこと関係なく、彼には傍にいてほしいと思っている。
『エヴィアン様、大丈夫ですか?』
『どうしたの?』
『疲れてるみたいなので、今日は休んでください。……どこか痛いんでしょう? 顔色も悪いですよ』
ある日、私は足を怪我していたいたのだが、誰にも言わなかった。
体調も悪かったけれど、昔から表情を隠すのが上手だ。
だけど彼は、私のどんな些細な変化にも気づいてくれる。
そして、気遣ってくれる。
もちろん、それは私にだけじゃない。
『第三小隊の隊長の故郷で火事があったらしいんですよ。だから、休みを取らせてあげてもらえませんか?』
普通は、そんな些細なことに気づく人はいない。
もしわかってても、何のゆかりもない場合、ただ無視するだろう。
でも彼は違う。女帝と呼ばれ恐れられている私にも物怖じしないで意見を言ってくれる。
『何でも我慢しないで言って下さい。結果的にそれが、みんなの為にもなるので。偉そうにすみません』
間違いを、間違いだと正してくれる。
それが、ダリスさんのいいところだ。
ふふふ、あー……これって、そういうこと? なのかな。
これから何かあっても……秘書なら、身分的に問題ないよね?
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