第四話:西の悪魔

 見たこともない書物が、棚に所狭しと並べられている。

 エヴィアンの言う通り、まずは一番大きなところに来ていた。


「見てくださいダリス、『軍事行軍記録』と書かれていますよ」

「……そうだな」


 満面の笑みで微笑んでいる彼女と違って、俺の心臓はバグバグのブックブックしていた。

 なぜならここは敵真っただ中。


 王城の近くの別邸。

 つまり俺がよく物書をしているような、軍の本棚なのである。


「どうしました? 本を前にして浮かない顔をするのを初めてみましたけど」

「いや、ここで満面の笑み出来る人は、ルパンかキャッアイか五右衛門か怪盗キッドくらいですよ」

「ふふふ、よくわからないですが、面白いってことはわかりました」


 元異世界転生の俺でもびっくりの大胆さ。

 いまだかつてこんな女帝がいただろうか。いや、絶対いないな。


 ちなみにここへの侵入経路は、エヴィアンの秘密の紙に書いていた。

 後は俺がちょいと目を凝らしながら彼女を抱えて入ったのだ。


 幼少期に森で遊んでいたので気配を消すぐらいは簡単に出来るが、それでも不安しかない。


 と、考えていたら隠密行動の記録というのを見つけた。

 手に取ると、この国の密偵たちの日記だった。

 

 それが存外面白く、気づけば読み漁っていた。


「ヴォルド……なぜお前は死んだんだ……アンニに任せておけばよかったものを……」

「いいですね。ダリス、その調子です」


 いや、これはフィクションじゃない。

 ふと我に返ると、エヴィアンが読んでいた本のタイトルに、心臓がひんやりとした。


 ――亜人奴隷の記録。


「……それは?」

「この国、違和感を感じませんでしたか」

「……そういえば、人間以外みなかったな」

「はい。この国では他種族は悪とされている悪しき風習があります。しかしこれは国の王家の思想で、今や民衆たちの意識は変わってるんですよ。世界的に見てもこの国は異質です。酷いのは、それを知らずに亜人が入国してしまった場合、無実であろうが何だろうが投獄されます」

「最悪だな」

「はい。だから私は、この国の実権を奪う予定です」


 サラリと答えたが、実にとんでもないことを言っている。

 しかしその目と行動が真実だと物語っていた。


 そして俺は、たった一つ質問を投げかけようとした。

 最低な言葉だ。

 やめようと思ったが、俺のそんな些細な機微にもエヴィアンは気づいたらしい。


「何か思うことがあるならしっかりと言ってください。私たちは、家族みたいなものですから」

「秘書官の雇われだぞ」

「いいえ、少なくとも私はそう思ってますよ」


 曇りなき眼で言われると反論はできない。


「……もしその過程で、罪もない人が死んだらどうするんだ?」


 最低な言葉だ。

 だがそれでも、聞きたかった。


 エヴィアンが、迷いなく答える。


「戦争は綺麗ごとではありません。私は罪を被る覚悟があります。それでも目標は変えません」


 俺は嘘には敏感だ。


 だがこれは真実。


 ……ハッ、カッコイイな。


「さて、行きましょうか。ですがこの記録があれば、多くの血を流さないで済みそうです」

「そうか。――今後こういったことは俺に任せてくれ。君まで危険を晒す必要はない」

「……私は、できるだけ誰かを危険な死地に送るだけの人間にはなりたくありません。もちろん、お願いすることは多いと思いますが」


 実際、彼女は危険な前線にも参加する。

 王家としてとどうかと言われたりもするが、確実に軍の士気は高まっていく。


 異世界転生としてこの世に誕生、チートを授かった。

 だが力を使うつもりはなかった。


 けれどもエヴィアンの覚悟と決意に、俺の考えも変わってきていた。


 もしかすると、それが俺の運命なのかもしれないと。


「ダリス、ほらいきますよ。最後にありったけを詰めてください」


 すると彼女は、どこからともなく取り出した大きな袋に本を沢山詰めていた。

 まるで泥棒だ。

 だがそれに思わず笑みを零す。


「ははっ、時代錯誤もいいことだな」

「ふふふ、いいですね。その調子ですよ!」


 気づけば外は暗くなっていた。

 何度か敵の兵士と遭遇しそうになるが、高速移動で駆けながら無事に脱出。


 しかし冒険者の身分で入国した俺たちだ。

 検査もなしでこのまま外に出られるわけもない。

 なので、簡単な誘導してから外へ出ることにした。


「待っててくれ」


 そして俺は、兵士たちに――恐ろしいほどの殺意を向けた。

 身体をビクっと振るわせた後、あえて叫ぶ。


「中庭が、ヤバいぞ!」


 人間は感情には抗えない。

 今起きた出来事と脳が一致した結果、何か起きたのかと走っていく。


 後は誰もいなくなった門から出るだけだ。


「凄いですね」

「本の知識だよ」


 そのまま無事に出国。


 やがて誰もいなくなった頃を見計らって、ようやく一息。


「楽しかったなエヴィ」

「ふふふ、そうですね。それより今ここ、国の外ですよ」

「何の話だ? ――あ、すみません……」

「冗談です。二人きりの時は、これからその方が嬉しいです。私にとってあなたは、左腕ですから」

「……左腕?」


 こういう時は右腕っていうもんじゃないのか?

 まあいいか。風土の違いなんてよくあることだ。


 そしてその時、後ろからとんでもない魔力と殺気を感じた。

 

 ――ブック。


 本を片手に空を見上げると、無数の魔力の矢が飛んできていた。

 これは、上級魔法だ。

 それもこんなに大量に?


 だがそれを、本ですべて叩き落す。


 俺の本は魔法なぞ食らわん。


 すると影からゆっくり、人が現れた。


「……私の攻撃を本だけで叩き落すなんて……あぁあっ! 凄いですわあっ!」


 目を凝らすと、相手が女だとわかった。

 赤髪のウルフカット、八重歯に露出の高い服装。

 手には魔法の杖を持っている。


 ――えっちだ。


 いや、違う。


 ――魔法使いか。



「エヴィ、下がっててくれ」


 追手か? いや、軍のものにはみえない。

 それも単独? あやしいな。


「誰だお前は?」

「さあ? 私を倒したら教えてあげますわ――」

「そうか――」


 俺はいつものように問答無用でブックした。

 だが何とこの女の周りには、自動で魔法障壁が張られていた。


 エフェクトが豪快に鳴り響く。


 しかし、ピキピキとヒビが入っていった。


「うふふ。これ、最上級の魔法障壁なんですよ?」

「そうか。それは悪かったな」


 次の瞬間、最上級のバリアがガラス塊を割ったようにぶち破れた。

 だが女もわかっていたらしく、地面に付与した魔法でまるでトランポリンのように後ろに飛ぶ。


 俺の攻撃がヤバイとわかって距離を取ったのだろう。

 かなりできる女だ。


 それからすさまじい威力の魔力砲を放ってきた。


「流石にこれは防げないでしょう!!!」

「かもな。――俺以外は」


 それを本の表紙でブックする。

 逸れていく魔力の風圧で地面が砂埃を上げた。


「――ハハハハハ、おもしろい、あなた面白すぎますわ! ならこれは――どうですかあ!?」


 すると女は、俺でも今まで感じた事がないほどの魔力を漲らせた。

 

 杖の先端からバチバチと魔素が集まり、とてつもない威力を放とうとしてる。


「ダリ――」

「問題ない。下がってろ」


 普通の魔法使いは、こんなに最上級魔法を連発できない。

 こいつ、何者だ?


 ことと次第によっては――。


 そのとき、とてつもない威力の魔法が飛んでくる。


 だが、地面に叩きつけた。

 もちろん、ブックで。


「何度やっても無駄だ。これが最後の質問だ。お前は、何者だ?」

「……ふふふ、アーッハハハハ! とんでもない力。凄い、凄すぎますよ! どうしましょうかねえ。隣の小娘を人質にして戦いましょうかねえ」


 今こいつ、エヴィを人質にするとほざいたか?


 ああそうか。


 もう手加減はいらないってことだな。


 ――殺してやる。


 だが――。


「そこまでです。ダリス、ユベラ」


 しかしその時、なぜかエヴィが俺たちを止めた。

 既に攻撃を仕掛けてしまっていたが、寸前で止める。


 ……ん? ユベラ・・・・


「自己紹介までは容認しましたが、殺し合いをしろといっていません」


 すると女は、エヴィの言葉で我に返ったかのように頭を下げた。


 それより勘違いだろうか。

 俺の同僚にも、ユベラという人がいた。

 眼鏡をかけた知的なお姉さんで、物腰も柔らかく、優しい人。


『それにしてもほんと、ダリスさんが入って来てくれてから凄く大助かりですよ。どこに何があるか、一発で覚えてくださるのですから』


 ……ん、そういえば声がちょっと似てる? いや、そんなわけが……。


「……申し訳ありません。つい楽しくて。――元気でしたか、ダリスさん」

「え? ユベラって……え、え?」

「エヴィアン様、失礼しました。確かに彼は規格外ですわ」

「ふふふ、でしょう?」

「止めていただなければ、私は死んでいたかもしれませんねえ」


 二人はなぜか笑いながら会話している。


「……嘘ですよね? あのユベラさんですか?」

「はい、わかりませんでしたか?」


 え? あの温厚な? 箸も持てないような華奢な? お昼休みにチョコレートを頬張る可愛げな?


「ダリスさん、この方が私の右腕・・、ユベラ・アルフィロス。そうですね。あなたには西の悪魔と言った方が、分かりやすいでしょうか?」

「西の悪魔って――」


 俺は軍の記録を今でも兼任している。

 そこには、西の悪魔と呼ばれる最強の魔法使いの名前がよく書かれていた。


 うちの国が連戦連勝なのは、西の悪魔のおかげとも言われている。

 魔法使いでありながら、まるで砲台のように敵を次々倒していくと書かれていた。


 あの有名なドルーバの戦いにおいては、たった1人で500人を足止めしたことが有名だ。


「ユベラは魔力を高めると興奮してしまう癖があるんですよ」

「いやそうだとしても……なんで俺たちに攻撃を?」

「ふふふ、挨拶よりも、言葉が少なくて済むと思いまして」


 にしては殺気が高すぎる。


「てか、この人がいるなら俺はいなくてもよかったのでは?」

「私の夢は世界の統一です。人手はいくらあっても足りませんよ。ですが、あなた達は特別です。これからもよろしくお願いしますね」

「ダリスさん、王宮魔法使いのユベラです。改めてよろしくお願いします」

「え、ええと、よろしくお願いします」

 

 そして私は、ユベラこと西の悪魔の手を握り返した。


 大胆すぎるキャッツアイ女性、エヴィ。

 最恐魔法使い西の悪魔、ユベラ。


 うーん、就職先、やっぱり間違ったかも……。


 するとユベラが、俺にぽんっと本を手渡してくれた。

 それは、俺がほしいと思っていたレアものだ。


「買っておきましたよ」

「……え、これアドリニアノ第二巻、それも初版!?」

「楽しんでくださいね」

「ふふふ、ユベラは優しいですね」


 うーん、やっぱり最高!

 秘書最高!


 よく考えたら美女二人だもんな!


 こまけえことはいいや!

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