第19話仲間になるのは…

 「さて、そろそろこのお遊びもほんとの意味で終わりのようだね。今の気分はどう?」


 1歩。また1歩とロフォンスがバキュアに近づき、2人の間は1メートルほどしかない。室内でなおかつろうそくの炎が唯一の光源で、それはロフォンスの後ろにある。バキュアにはロフォンスの大きな影が落ちる。窓のそとを見れば先程よりも雨脚が強くなっており時々雷も落ちている。


 「君もさ、こんな無謀なことなんてしないで、おうちでゆっくり過ごしていれば良かったんだよ。そーすれば俺にやられて死ぬなんて結果を変えられたかもしれないのにね。」


 ロフォンスが進むのをやめた。2人の距離はわずか数センチ。バキュアが手を伸ばせばすぐにでも足をつかめる距離だ。ロフォンスは余裕綽々でしたり顔だ。


 「さぁ、この世にお別れの挨拶をして。お迎えの時間だよ。」


 ロフォンスが口の端を吊り上げ不気味に笑う。後ろでは雷が鳴り響き、窓が少しだけ揺れている。右手にナイフを持ち直しバキュアの脳天に狙いを定める。

 振り下ろそうとしたその時…イタッ

 ロフォンスが小さく声を上げる。よく見るとロフォンスのふくらはぎ辺りに切れ目が入っていた。決して出血が多いというわけではなく机の角にでも引っ掻けた時のような傷だ。


 「どうしてこんなところに傷が?さっきまであったっけ?まさか…」


 グラッ…。バキュアを確認しようと向き直った瞬間、平衡感覚が狂い立っていられなくなった。舌も痺れて上手く喋れ無いようだ。かろうじて数単語言葉を投げ掛けた。


 「なにを…した。…毒でうごけ…ないはず…。な…ぜ…。」


 ロフォンスが倒れたと同時くらいに立ち上がったバキュアがロフォンスを見据えている。少し額に汗が光っているところを見ると毒が少しは回っていたようだ。


 「なぜ…か。お前ならわかるはずだ。生きるか死ぬかの世界に身を置く俺らにとって慢心とはつまり死因だ。いかに自分と相手との力量差が圧倒的であり自分が勝てる状況だとしてもなにかが原因で負けるかもしれない。自分より強い相手ならなおさら警戒してしかるべきだろ? だからお前も毒なんて使ったんだろ?」


 「クソッ…。だが…毒は…効いていた…はず。なぜ…動ける?」


 「俺はたとえ人以外の動物と戦うような状況に会ったとしても相手が毒を持っているや、なにか隠しているに違いない、と常に相手の一挙手一投足を注目してみている。もちろん、始めてあった時点でお前が暗器を持っていたことに気づいていたからこそこうして解毒薬の準備をしていたわけだ。それに、俺は毒にはなれているんだ…。アイツと、ティルと一緒に生きていく上で大事だと話したからな…。」


 シンにはわからないことがあった。それはバキュアが先程から見せる他人のための力だ。ロフォンスとバキュアが話しているのをそばで聞き、いくつも疑問が生まれた。


 (どうして他人なんかのためにそこまで頑張れる?どうして相手との距離を見誤る?)


 そうこう考えるうちに2人の勝負が終わりを迎えた。勝ったのはバキュアだ。ロフォンスは毒でうごけないようだ。


 「おっつかれさまー!すごかったね。特に最後の毒。僕もまさかあれを攻略するとは思っていなかったよ。」


 バキュアはなにも言わずにシンを見つめる。


 「あれれ?もしかしてもしかしてだけどー、怒っちゃった?ごめんね?どうしてもバキュアの実力を見たかったから...これが一番確実で早いでしょ?」


 「…。はぁ。お前はなにもわかっていないな。俺が言いたいのはそんなことじゃない。俺はただ、…た、って言って欲しいだけだ。」


 「?ごめん、聞こえなかったから、もーいっかい。僕に何て言って欲しいのかな?」


 「…よく、よく頑張った。って言って欲しい…。」


 シンがキョトンとした顔で見るとだんだんバキュアの顔が赤くなる。


 「あはは!バキュアもかわいいとこあるね!」


 「うるせー!もういい」


 その場を収めようとバキュアが諦めようとし、シンにせを向ける。すると後ろから…


 「おつかれさま。よく、がんばったね。」


 と、シンの優しい声が響いた。バキュアが反射的に振りかえるとそこにシンはもういなかった。少し辺りを見渡すとシンはロフォンスの方へと向かって歩いているのが見えた。そしてシンはロフォンスのすぐ前で立ち止まった。


 「ばか!そんなに近付くな。毒が効いているとはいえソイツは手練れだ。不用意に近付くな。」


 その時ロフォンスが小さく動いたのをバキュアは見逃さなかった。そしてシンを守るべく体が動いていた。そんなバキュアの努力も虚しくロフォンスの手はシンの足を掴んでいた。反対の手にはナイフを持っている。それはバキュアがよく見知ったものだった。先程使われた毒が仕込んであるナイフだ。遠くに飛ばしていたと思っていたが如何せん室内だ。たかが知れている。それにシンとバキュアが話していた間にだろう、床を這いずった跡がある。シンとバキュアの距離はあと3mほどだ。


 (ダメだ、間に合わない。俺が着くよりも先にアイツがナイフを降ろしきる。せっかくできた仲間なのに、また俺は失うのか?)


 バキュアは人知れず目線を落とした。


 シュッ、ドゴッ


 なにかを巻き込む風の音と重たいものが床に落ちる音がした。ロフォンスだ。先程いた位置より後ろへ1.5mほどのところでうずくまるように倒れている。幸い意識はあるようだがなに押されたか理解できていないといった顔である。


 「あは!見上げた根性だね?そんなボロボロな状態で僕に勝とうだなんてー、十年?いや、100年は早いよ。それで?おにーさんは負けたわけだけどどうするの?」


 圧がすごい。バキュアもロフォンスの方に同情する勢いである。吹っ飛ばした相手に笑顔で話しかけ聞くことが死ぬか生きるか…。ほぼ強迫である。


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