第16話美少女?美男子?

 「てめぇ、早速喧嘩売ってんのか?」


 「まぁまぁ、俺の話を最期まで聞いてよ。まだ自己紹介を始めてすらないじゃんか。」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う自称殺人鬼殺しはどこからどう見ても人を殺すようには見えない。だが、服や顔に散ったおそらく自分の物ではないであろう血液の乾いたあとが狂気を漂わせている。


 「ゴホン、では、改めて。俺の名前はロフォンス。気軽にローンってよんでくれて構わないよ。」


 「はいっ!しつもーん」

 「では、どうぞ。」

 「ローンはおねーさん?それともおにーさん?」


 ロフォンスの額に青筋が一筋入る。ピキッという音と共にロフォンスの表情が曇る。


 「このあほが!どう見ても女だろ?あんなきれいな顔の男がいるわけないだろ?」


 バキュアがシンに続いて発言する。この発言を聞いたあと、ロフォンスはうなだれた。そして次の瞬間…


 ヒュン  バキュアの頬に赤い一筋の線が入った。

 ロフォンスがナイフを投げたのである。もちろん、投げたナイフは2本。ロフォンスはどちらも眉間の間を狙って投げた。しかし片方は掠めはしたものの、もう片方は盛大に空を切った。そして首もとに冷たい何かが当たる感覚と共に声が聞こえる。後ろから右腕を首のまえにまわし込まれて、左手でロフォンスの攻撃体制に入っている左腕をつかんで拘束する。


 「もー、いきなり攻撃するなんてひどいなー。」


 耳元でシンの声が聞こえる。頬に汗が伝う。そして思考する。どうすればこいつに勝てる?


 「ずいぶんと動くのが早いんだね。俺に気付かせないなんて君、相当強いっぽい?」


 「うーん。どうかなー?そういってる割にはおにーさんは冷静だね?何か打開する策があるのかな?」


 心臓がより大きく脈打つ。シンがまた、発言する。


 「こうなったら、用件を早く済まそう。おにーさん、僕の仲間になるか死ぬかどっちがいい?もちろん、仲間になるんならもうこれ以上危害を加えることはしないよ。それに、おにーさんの望む通り自己紹介もさせてあげるよ。どう?魅力的でしょ。僕もこれ以上無駄な体力を使いたくないんだー。懸命な判断を期待するよー。」


 ロフォンスの肩が震える。


 「フッ、そんなことを言うためだけにここまできたんだ?ずいぶん殊勝な心がけでなにより。でも、答えはわかってるよね?俺は誰の下にもつきたくないんだよ!」


 そういってロフォンスはシンの拘束している右手を自由な自分の右手で上にあげるようにくぐり抜け、掴まれている左手は武器を捨てシンの手首を掴み、そのまま回転させ拘束が緩まったところを脱出した。


 シンの体制は安定していたため、まずシンの後ろに走って回り込み、左の側頭部を狙ってナイフを突き立てた。空ぶったが、シンの体制が若干右によれたのを利用して右の服の裾を引っ張る。それと同時に左足でシンの右のひざ裏を押し、一期に崩す。


 「うわっ!」


 シンがロフォンスから目を切った。その瞬間を逃さず、シンの頭にめがけてナイフを突き立てるために高速で、認識できないであろう速さで近づく。シンは下を向いている状態だった。


 (この距離からなら、確実に殺れる。)


 ロフォンスが確信したとき、シンの口角が上がった。だけでなく目があった。


 (バカな。そんなはずない。この速さで目が合うなんて。でも、問題ない。ナイフの刄が触れるまであと1秒にも満たない。ここから何かできるって訳じゃないし…。)


 ロフォンスの考える通り、刄はシンにふれるあと5センチほどまで迫っていた。常人であれば決して死を免れることの無いであろう状況である。故にロフォンスは油断していた。先程自分が高速で捕まったことを忘れ、シンが速く動くことができないと…思い込んでいたのである。


 「…ッ!どこに行った?冗談じゃない。今のを避けられるなんて…。化物でしょ、君。」


 「人を化物呼ばわりしてー、めっ、だよ?それに、おにーさんもかなりそれに近いとは思うけどー。」


 愉快しそうに笑う様子は年相応のもので、とても人を殺す人間には見えなかった。その考えも次の瞬間には書き換えられる。


 「僕はね、おにーさんにみたいな強くて面白い人が大好きなんだ。だからできれば殺したくないし、仲間になって欲しいなって思ってる。あっ、もちろんさっき断られたからちょっぴり困ってるんだけどねー。バキュアもいるし、この際だから言っちゃうけど、僕はねおにーさん達に僕の家族を殺すのを手伝って欲しいんだ。」


 シンの紅い二つの瞳がロフォンスを見つめる。血で染まる深い夜のような黒紅に少しだけ透けて見える紅色が狂気を何倍も引き立てる。口許も笑みを象っており、不気味さも加わる。


 (あぁ、俺は目の前の化物に勝てるんだろうか?)


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