SANTASAN
月岡夜宵
本編
工場内の作業レーンで男性はつぶやいた。
「おい同僚、おまえはなぜここで働く」
「そりゃ同僚よ――……おれたちが
何を当たり前のことを、と同僚は眉根を寄せた顔をする。
不思議がる同僚に対して最初にぼやいたAはキレそうになった。
その間にも向かいの男性の仕分け作業は止まらない。すごいスピードで荷物がさばかれていく。ラベルの貼り方までプロだ、なんてちょっと感心して様子をみていたAは監視係のロボのサイレンにゆるめた態度を引き締めるように頬を叩くと作業を再開する。
季節はクリスマスシーズン真っ盛り……ではなく、その一月前。
ここは子供たちに夢と希望と
施設そのものは月の裏側にあったりする。地球上からは見えないように霧状の物質を噴射しているため月面基地は安全である。たまに機械が誤作動して散布に支障があるとN●SAあたりの人工衛星に撮られてたりしてUMAの存在が噂される。ささやかれる噂のイメージがあまりにもオカルト的でおぞましいものであるため人間たちの想像力に震える上司たち。その上司、サンタの雇用主は宇宙人である。姿を目撃することはめったにない。なお、フィンランドに実在する団体や伝承とは違う管轄組織なので注意されたし。
地球上では正午を過ぎた頃、上司との月に一度の面談が始まろうとしていた。
「次ハA、入レ」
「合イ言葉ハ?」
「〝我々は宇宙人だ〟」
「違ウ。モ一度!!」
「〝ワレワレ ハ 宇宙人 ダ〟!!」
隣の港に停泊した宇宙船の扉が開く。
宇宙船の中では、銀色の全身タイツを穿き屋台の面を被ったいかにもな宇宙人が黒革のソファに座っていた。
「A、君ニ宿題ダ。コノ、カードニ記入ヲ」
「はああ? メッセージカード? だれがんなもん書くかよ!」
Aは思いっきり顔をしかめてカードを投げ捨てた。ところが宇宙人がカードを拾ってその手に戻してくる。
「カキナサイ」
それだけ言うと宇宙人はAに退室を命じた。
その日からAは白紙のカードにサインペンで向き合った。というのも最初こそ適当にらくがきでも書いてやろうとしたがうまくいかないのだ。端には犬の絵があったが、中央にはなにもかかれていない。ペンをつけては固まったままのAだった。
Aは休憩室に出かけた。
(宿題ってなんだよ。おれが忘れ物でもしてるってか)
Aはままならぬ状態に不機嫌になった。やきもきして近場の自動販売機を蹴りつける。Aは小型機械に咎められて追いかけられた。
「おい同僚! おまえ、この宿題やっといてくれよ」
「同僚……おまえなー、それはおまえ宛のカードだろ。自分で書きなさい」
「んだよ、お前も宇宙人さんみたいなこと言うな」
と、そこで妙なことに気づく。
「同僚、今なんて?」
「自分で書きなさい」
「そこじゃない!」
「えーっと、おまえ宛てのカードだ……あ」
「狸親父! おまえなんか知ってんだろ、話せ!」
Aの同僚の裏切りが発覚した瞬間だった。
Aに詰め寄られる狸親父もといTはじたばたと暴れるがそれでも失言以降口を開かなかった。
Tのことはさておき。来る日も来る日もメッセージカードに向き合ううちに、なんだかそのカードに愛着が湧いてきた。興が乗ったAはせっかくなら贈られてうれしい言葉でも書いてやるかと、カードにおめでとうと書いた。それだけなのに達成感があったAはその日、カードを枕元に置いて眠った。
さらに明くる日。狸親父の発言が真実ならこれはおれのものだ。そう結論づけ、カードいっぱいにメッセージを書き殴った。思いつくままつらつらと。ここでの生活も愚痴もおいしい食事も、さすがに宇宙人さんのことは書かなかったが狸親父に娘がいることは書いた。
「ふ、狸一家なんつって」
ビビっと脳が刺激された。
(今なにか……)
Aは分からず久々に虫の居所が悪いままふて寝した。
「おまえなあ、また仕事サボって食らいたいのかよ。頼むからやめてくれ、連帯責任でしばかれるのやだぞ~」
ほれっと狸親父がAに缶ジュースをよこす。
「おれもブラックサンタになりてぇ。ガキンチョにイタズラするんだ」
「おまえ……それ業務内容逸脱してるぞ。ブラックサンタの部署、あそこはちょいワルおじさんしか採用されないの分かってるだろ」
「いや、初めて知ったんだけど」
「マジか」
軽いショックを受けたまま缶ジュースのプルを引くA。
「んがぁ!?」
飲み込もうとしてむせた。Tが持ってきたのはお汁粉缶であった。
「ふざけんな、おまえサンタの風上にも置けねーじゃねーか! クリスマスシーズンに正月気分かよ!」
「え、いいじゃん。うちの子なんて今から歌ってるよ」
炭酸のように気が抜けたAだった。
「意義が欲しい。仕事してるっていう意義が。もう段ボールは見たくない……」
「どっかと間違えてない? うち全部専用のギフトボックスだろ。疲れてんのか?」
TがAを気遣う。
「そうかも。なんか夢見が悪くて」
「……そうか」
TはAを気遣ってその背を叩いた。
「そうだ。もうこのカード書くところがないんだ。どこに出せばいい?」
AはTに尋ねた。するとTはカラフルに殴り書きされたカードを受け取ると預かる、といってそのまま去っていた。
「あのおっさん、やっぱなんか隠してるよな……」
通路に消えたTを見送って、立ち上がるAだった。
月面基地に連れてこられて初めてのクリスマスがやって来た。宇宙人たちの調査でリストアップされた子供達の希望。山のように積まれた倉庫から期待が発送される日だ。
「よくがんばったな!」
Aに対してサムズアップする同僚の狸親父。くっそいい笑顔なのが腹が立ったので、そのすねを蹴りつけてやった。せめてもの意趣返しである。
珍しく同僚Tが声を荒げる。
「悪い子にはご褒美なしだぞ!?」
「んなもんいままで貰ってねーだろ」
返す刀、冷めた口調でAは返した。ところが。
「ほら、給金だ」
「金!? ……じゃねーのかよ! なんだこのしけた紙切れは!!」
丸一年幽閉されて謝礼がこれだけとは。宇宙人さんもしぶいと文句を叫ぶA。
「ん?」
なにか文字が目に入り違和感を覚え、Aはもう一度確認した。
――ぼくのゆめは、りっぱなさんたさんになることです。さたんになってみんなにえがおのもとをくばりたいです。
――サンジョウ アキラ――
(おいぃぃぃ誤字脱字ィ)
憤死ものの過去からのメッセージに赤面するA。
どうやらそれは少年期のA、明が書いた作文らしかった。
かつての夢。その原稿用紙を空に透かして眺める。
「どこがいいんだよ。サンタなんて箱に玩具を詰めるだけの仕事だぞ……」
「それはどうかな?」
「まだいたのかよ、狸親父」
「新人教育は先輩の仕事だからな!」
「うぜぇ」
舌を出して大げさに拒否感をあらわにする明にもめげず、Tが行くぞと声をかける。
いつものように職場に向かおうととするとTが止める。
「忘れたのか? 今日はイブだぞ」
ああ、サンタの仕事日なと明は思い出す。向かう場所は駐車場らしい。
「ただ働きなんかごめんだぞ」
「それはおまえ次第だな、行くぞ、同僚!」
「準備っつったてソリだけだろ?」
「ちっち、今夜は正装してパレードナイトだ」
「んん?」
『メリー・クリスマス。よい夜を!!』
シャンシャンシャンとどこからかベルが鳴る。
夜が更ける中、月面基地に覆われた霧がやむ。年に一度の解禁日、満月が輝く瞬間、サンタたちが蛍のように一斉に飛び立った。
明は前を走るTに向かって叫ぶ。
「なんでおれのトナカイだけなつかないんだよ! ニンジンの調整ミスか? なら食料部門にクレームいれろよ、なあ。いててて」
紐を引きちぎりそうな勢いで引っ張る相棒のトナカイ。
(いや、よくみたらこいつロバっぽいな……)
「ああうん。どっちかってーと鹿じゃなくて馬だよな、ロバって!!!!」
明渾身のツッコミは届かなかった。
上空から見下ろすイルミネーションまっただ中の町並み。窓を開けてサンタを探す子供達。希望の箱船はこどもたちの期待に応えるように駆け下りる。
トナカイが――おれの愛馬はロバだが――が鳴き声をあげてびゅんびゅん滑空する。風きり音と冷たい夜風を背にジェットコースター顔負けのライド。
「ママ――みて、ソリだよ!」
「サンタの行進だあ!!」
「あのソリの鹿だけなんか大きい!」
(それはね、――ニンジンの食らいすぎででっぷりしてて短足の馬だからさ!)
テレパシーが使えるなら今ほど子供の夢に真実を語ってやりたいと思ったことはないだろう。上司がいたらきっと止めていたに違いない愚行だが。
クリスマスの夜の魔法はつづく。
きっとあの狸親父もこれを楽しみにしているに違いない。愛娘相手ににやけた面をさらしてサンタ業がバレていないかどうかは心配だが。
窓から侵入した時は肝を冷やした。えんとつから下がる時は股関節が死にそうになった。苦労して番犬のいる庭を突っ切った時にはもう笑いが止まらなかった。
(こんなにやりがいのある仕事ってあるか!?)
初めてプレゼントを置いた時家の、そのこどもの顔が忘れられない。彼はまだ開けていなかった。我慢して、でも時折誘惑に負けそうで、それでもちょっと箱を開けてなにやらあるらしいことは確認して、……そして少し早いがギフトボックスを開けた。フライングだ。でも、あのときの輝く顔ったらない。
次の女の子は箱をベッドに持ち帰りそっと布団の中に寄せて眠っていた。箱にすりよって喜ぶ顔が忘れられない。
どの子もどの子も幸せそうにギフトをみつめる。
明もギフトホックスはいやというほどみていた。
恐竜のおもちゃもロボットのフィギュアも、可愛い女の子の人形に、こども用の楽器、カラフルな粘土、とたくさんの品々をみた。その手でいくつもの希望を詰めた。
去年の明にはクリスマスプレゼントはなかった。
明はつい一年前、高校の制服のまま宇宙人さんたちにキャトルミューティレーション、つまり誘拐された。
高校はスポーツ特待で入った強豪校だった。怪我をきっかけに、レギュラーから外され、推薦とともに夢をも失っていた。
挫折で諦める辛さでいっぱいの明には将来の目標が無いことに気づいた。いままではがむしゃに運動にのめり込んでいたがその熱意もない。
二度とサッカーはできない足をみつめながらペンは止まっていた。
進路表になにも書けないまま――気づくと記憶の一部をごまかされ月面基地に輸送されていた。
サンタは笑顔を運ぶ仕事、そうだったと明は思い出す。
胸元にいれた作文が温かい。心に火が点る。いや、夢に光が灯ったのだ。
明け方近く、月面基地に集合すると狸親父をみつけた。やつはこっそり娘の書いたメッセージを拾ってきたらしい。
Tの肩を叩くと相手とハイタッチ。
「おっと忘れるとこだった。ほら、本物の報酬だ、受け取れ」
――おめでとう、そう書いたのは自分だった。
ここでの出来事が書かれてる。退屈も愚痴もうまい飯のことも、くだらないエピソードでいっぱいの中に、お祝いのメッセージ。それを見つめ直し、口にした。
「おっさん、おれ、ここで働きたい。といってもクリスマスシーズンだけなんだけど」
「オーケー、上司には私の方から説明しよう。地球では何をするんだ?」
「まあ、サンタみたいな仕事をするよ。それと掛け持ち。悪くないだろ?」
ニッと口元を伸ばして答えた。
「いいね! 最高だよ!!」
明が地球に戻ると、時間は一年前に逆行していた。あれが夢なのかは定かでは無い。それでも明は迷わない。目の前の進路希望には――。
フィンランド某所――ここには各国からクリスマスシーズンのみ働きたいと押しかけるおじさん達が大量に出現する。
「サンタを志望する理由は何ですか?」
「はい。それは、月面基地からトナカイに引かせたソリをかっ飛ばしたいからです」
「は。なにそのSF?」
こんな理由がそれなりの量紛れ込んでくるのだ。サンタの里の国家機密を握る人々は困惑し通しだった。新手の冷やかしか、と。実態はとんだ濡れ衣もとい勘違いなのだが。
翌年、Aの部署に新人サンタが連行されてきた。彼もまた未来に難航し宇宙人によって拾われた存在だろう。どうしてこんな仕事を自分が、とさっきからため息をついている。
ぼやく相手をそっとしているのはAもまた覚えがあるから。
彼がこちらに意識を向けたとき、教えてやろう。
「サンタはただの雇われじゃない。笑顔を運ぶ仕事さ」、と。
SANTASAN 月岡夜宵 @mofu-huwa
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