第50話 社会ジョーセー?

「まず、私達に手を出さないでくれ」


「ふむふむ、それで?」


「採点するのは好きにしろ。ただ、可能な限り関わるな。他所へ行ってくれ」


んんー!


「がっ?!」


俺は、アギトちゃんの首を掴んだ。


「落第もいいとこだぞガキ。交渉と言ったからには対価を用意するもんだ。それで一組織のトップだと?舐めるなよ」


「ぐっ……!ど、どうしろと言うんだ?!」


「交渉事で相手にどうして欲しいかを聞くのは最悪手だな」


「……では、金か?」


「持ってないように見えるか?」


「身体か?」


「それも悪くないが、そこまでの価値はないな」


「……分かった、好きにしろ。但し、私達の邪魔はしないでほしい」


「対価は?」


「……これは、この学園の生徒としての『お願い』だ。教師には、生徒の活動を尊重する義務があると、学園都市の規則にもある」


ふーん、詭弁だな。


ま、悪くはないか。


「良いだろう、邪魔はしない。だが、お前らのやることは無駄だし、仮に成し遂げても良い結果にはならないとは言っておく」




で……。


俺は今、学園長のいるチヨダ・エリアにいる。


理由?


俺の女に会いに来ただけだが……?


「先輩ー!」


お、来た来た。


飛びついてくる学園長こと、ヴィクセンを抱きしめる。


「んー、ちゅ♡ちゅ♡ちゅ♡」


あらまあ……、こいつ、軍務から解放されたからって完全に色ボケしてるわ……。


一応、元とはいえ恋人関係である訳だし……、うん、ダメじゃないんだが……。


あの伝説のヴィクセンがこんなんなってるの、関係者が見たらどう思うんだろうなあ……。


まあ良いか。


俺も、気分は悪くないしな。


ヴィクセンを抱き上げて、返礼のキスをする。


「うきゃあ〜♡」


しばらくこうして構ってやり、ストレス発散をさせてやる。こいつも、こんな高い立場は好きでやっている訳じゃないだろうしな。


俺達は強いだけで、どこまで行っても一兵卒なんだよ。


で……。


「ヴィクセン、仕事の話をしても良いか?」


「あ、はい」


一瞬で切り替え。


良かった、ちゃんとプロのままだ。


「今の、学園都市での戦闘状況だが……」


「ああ……、毎年、死人が多くて困りますよ、この時期は……」


ふむ、そんな感じか。


「……俺さあ、今だにこの学園都市の治安レベルが分かんないんだよね」


「と、言いますと?」


「俺はさ、仕事で色んな国を回ってたんだけど……、治安とか、人の命の価値とか、どこでもバラバラなんだよ。今まで見た感じ、この学園都市はかなり良い治安してると思っていたんだが……、都市内で紛争ってのは治安が悪い。どっちなんだ?」


「あー……」


ヴィクセンは、曖昧な微笑みで、一度頷いて。


「ちょっと……、ご説明させていただきますね?」


と、俺の膝の上で、同期したローカルネットワーク上にAR(拡張現実)による文書やグラフを出した。


「まず、前提として、現在の地球のほぼ全ては、国家ではなく『企業』……その中でも特に巨大な独占的大企業、『メガコーポ』に支配されています」


地球の地図に浮かぶ、各国を支配する企業の本拠地が記載されたマップ。


いつも通り、日本列島は東京を起点に両断されており……、アメリカは東海岸が大きく抉れて、小島の多くは吹き飛び、大陸には風穴。第三次、第四次の世界大戦による爪痕だ。


「ああ。日本政府も名ばかりで、実質的には軍隊の所有物。遥か遠く『平成』の世の、平和な日本を守っているという体裁のためだけに残された『日本国』という枠組み……」


「はい、そうです。日本は、『民主主義の平和な国である日本ですよ』という体裁の為だけに、名前だけを残してあるんですね。そうすると、海外のような『国粋主義テロ』が湧きにくくなりますから……」


「で、日本軍は、アジア最大のメガコーポである『サクラダK.K.』の、実質的なフロント企業、警備会社みたいなもんだ。つまり、一応、国と軍隊という名目、体裁はあるが、実質的には日本もメガコーポの支配下にある」


「はい。ですが、サクラダK.K.は、メガコーポの中ではかなり温厚です。例えば海外……、アメリカなどでは、『ブラックシップ・テクノロジー』と『スペンサーInc.』が激しく鎬を削りあい、治安レベルは最悪です。そして、殆どの国民は、核汚染エリアで低賃金での過酷な労働をし、国家に従わないギャングが幅を利かせ……」


アメリカな。


あの国は汚染が特に酷い。


高所得層は貴族のように特権階級化し、超高度プラットフォームで穢れた地上を眺めている。自由の国とはなんだったのか?


そして、地上で生きる殆どの底辺層は、生まれたらすぐに呼吸器をサイボーグ化し、除染用のスーツを着て生きる。


仕事と言ったら、寿命を大きく削る癖に大した金が得られない除染作業員しかメガコーポは用意せず、それを断るならクズ拾いをして旧時代の遺物を探して売るスカベンジャーをやるしかない。そんな国だ、あそこは。


まあ……。


「ヨーロッパ圏もそんな感じだな。あっちじゃ都市内紛は当たり前、そもそも犯罪規定が、『殺人や人身売買まではC級犯罪』扱いだぞ?窃盗、詐欺、強姦に強盗は軽犯罪扱いで見逃される」


ヨーロッパも同じようなもの。


どこも、自国のメガコーポに仕切られていて、底辺層はゴミのように捨てられる。


因みに、殺人がC級なら、何をやったらA級になるんだ?とお思いかもしれない。……メガコーポに楯突くと問答無用でA級犯罪だ。結局は、「そういうこと」である。


「そんな中、日本は平和です。なんと、司法がそれなりに機能していますから!」


「そうね」


ちゃんと逮捕されるし、そもそも警察いるんだよね。


もちろん、国営ではなく、サクラダK.K.の子会社のミブロ・セキュリティ・カンパニーがかつての警察と同じ仕事をやっているって話なんだけど。


「日本では、本土なら、一般人が一般人を殺害したら懲役刑になります!慰謝料も多額です!……まあ、私達みたいなマーダーライセンスがある層は殺してもお咎めなしですけど」


「そうだな」


「……そんな日本の一部である、この学園都市の治安。それはですね……、なんと!学生に決めさせています!」


「……はあ?」


マジで言ってんの?


「ある程度はこちらで雛形を作ったり、助言をしたりはしていますが、基本的には学生が立法し、司法、行政も行っています!」


「……良いのか、それ?」


「だって彼女達は、卒業したら本土でその仕事をやることになるんですよ?今のうちにミスは可能な限りしておかなくては……」


あー……。


ミスの度合いにもよるが、大きなミスをやらかしたら「消される」からな。


いかに日本のメガコーポがマシな方とは言え、それくらいは当たり前にやるはず。


「……そんな訳なので、治安がよく分からない状態なのは、子供達が手探りでやっているからですね!」


「良いのか、それ?結局、割を食うのは下の方で、メガコーポと同じことをやっているんじゃ……?」


「そうかもしれませんね。……ですが、私は失敗しても生徒を殺しません。死ぬ生徒もいるでしょうが、可能な限りで手を貸します。ここで死ぬような子は、どこへ行っても死にますし、何より……」


すうっ、と。


ヴィクセンの目つきが、狐のそれのように細まる。


「……何より、助けられる最大数を助けることが優先です。神ならぬ身では、全てを救う事はできませんから」


ふーん……。


「大分、ボケたかと思っていたが……、まだまだお前は軍人だよ」


俺は軽く、笑った。

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