第46話 委員会ふたつ!!

「だァから、僕は知らないっての。そういうのはやりたい奴がやりゃ良いんでない?」


アンパ4×4と書かれた缶に、ストローを挿す中性的な少女。


髪の毛を雑に伸ばして、ヨレヨレの白衣を羽織る痩せぎすの女で、耳の代わりにアンテナが顔の横側から生えている。


よく見れば、瞳は虫のような複眼だった。


彼女は西郷イオ……。


情報委員会という、学園都市のITインフラを管理する集団の長である。


「そう言う訳にもいきませんよ。放送委員会や緑化委員会、そして何よりボランティア部は必ず攻めてくるでしょう。清掃委員会も気掛かりです」


そう言って、天然物のステーキをナイフで切る、黒い長髪の男装した麗人。


木戸マギル……、図書委員総会長である。


図書委員は、名前に反してやっていることは、工業的及び科学的な研究等であった。


日本の省庁風に例えれば、文部科学省に近いような存在だ。


情報委員会のイオと、図書委員会のマギルは、実は幼馴染であり、昔からの交友があったのだ。


それに、双方の委員会はどちらも工業系の組織であるから、なにかと連携をしていることが多い。


情報委員会と図書委員会の連帯はかなり強かった。


「ってかクサいんだけど?何それ?肉?」


「天然物のステーキですよ。やはり、肉は生(レア)に限りますね」


「キンモー……。折角、ナマモノを食べなくても生きてけるようなサイボーグボディがあるのに、何でわざわざ生の肉なんて食べるのさ?」


「ふふふ、人間という生き物は、機械を取り込んだからと言って機械になりきれるほどに利口ではありませんよ」


「あっそ、アホくさ。……で?やんの?」


アンパ4×4……、エナジードリンクを吸いつつ、バランスを崩して椅子に座り、グラグラと揺れてみせるイオ。


「まさか。貴重な兵力と人命をすり減らして、公的機関からの予算配分の比率如きで戦争など、不経済ですよ」


赤い唇に付着した血色のソースを、白いナプキンで拭いつつ、マギルは返答する。


「じゃあどーすんのさ?」


「ボランティア部……福祉委員会を動かします」


「はっ、論外。あの外道共を引き込んだら、正義の味方風紀委員会様と、時代遅れのロートル体育委員会共が介入してくるっての。第一、あいつら自身が攻め込んでくるでしょ」


「ええ、そうでしょうね」


「はあ?」


「私達としては、予算配分は最低限で構わないのです。商業活動によって資金は集められますからね。ですが、それを理解できない愚か者達が攻め込んでくるのが問題なのです」


「……金の力で馬鹿共同士を争わせて、予算確定の一月後まで時間稼ぎするってこと?」


「そうですね、そう言った形になります」


「そう上手くいくもんなの?」


「複数の偽装アカウントから別々の依頼を出すなど、工夫はできるでしょう?この戦争では、我々は『いかに勝つか』ではなく、『いかに損害を抑えられるか』が目的なのですから」


「で?そのアカウントを用意するのは?」


「貴女ですよ」


「あー……、はいよ、はいはい!」


全く、マギルはいつもそうなんだからと、唇を尖らせるイオ。


それに対して、ワインを一口飲んで微笑むマギル。


気安いやり取りで、重大な方針が密室の中で決定された……。




「「「「ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं」」」」


不空大灌頂光真言。


五智如来に対し、光明を放つように祈願する真言。


声を合わせるのは、鈍色のフード付き外套を羽織る少女達。


背格好は様々で、ギャル風、大人しめ、フェミニン、クールと色々なパターンの少女達だが、ただその表情が凪の海のように静かであることは共通していた。


彼女達は、その鈍色の外套に身を隠すように跪く。


「諸君、時が来た」


そして、中央。


この地下ホールの中で、高い台になっている位置に、一人の少女が立っていた。


「これから、この学園都市には、大きな混乱が起こるだろう……。愚かなことだ、人を人たらしめるのは、理想に殉じる『信仰』であるのに……」


瞳も白眼も黒い眼球を閉じて、黒色の髪を垂らす彼女は、凝り固まった人の闇、人間性そのもの。


「祈れ。摩訶毘盧遮那如来に、阿弥陀如来に、大日大聖不動明王に。唱えよ、真言を」


すると、フードの少女達は、手を合わせて真言を唱える。


方々からサンスクリット語の祈りが聞こえ、一人一人が己の世界に入り、トランス状態となる。


「我ら、清掃委員会……。委員長、山縣アギトの名の下に、宣言する」


そこに、黒の少女は。


「……消せ、全てを。清浄な世界を創るのだ。欲など要らぬ、己が力を以て、己を高める世界へ」


全方位暗殺の宣言をして。


「「「「ओं अमोघ वैरोचन महामुद्रा मणि पद्म ज्वाल प्रवर्त्तय हूं」」」」


少女達……清掃委員会は、各々が外套……ステルスマントで姿を消し、散っていった……。




「うーむ、うーむ……。困ったなあ、私はこういうことは得意ではないのだが……」


褐色肌の少女が、モスクの中で頭を悩ませている。


腕を組むと、豊満な乳房が持ち上がり、エロティックだ。


しかし本人は、自分の見た目に気を配っていないようで、女性であるにも関わらず大股を広げて座り込んでいた。そのせいで、女性的な魅力は減じたが、親しみやすい人柄を感じられるようになっている。


「うーむ……、何故、日本人達はこんなにも好戦的なんだ?私達難民のように、一度戦火に巻き込まれれば、戦争なんて二度としたくないと思うようになるはずだが……。うーむ、度し難い」


うーむ、うーむ、と。


唸って首を傾げる彼女の元には、沢山の戦闘型サイボーグがいる。


どれも皆、褐色の肌や黄色人種らしい黄肌の、外国人だった。


そしてそのサイボーグボディは、拙い改造のものばかりで、奇形のボディを持った少女達ばかり。


ある者は片腕のみが肥大化しており、バトルライフルを内蔵している。


またある者は、顔面が巨大な機械の口になっており、口内にある赤いモノアイを目にしている。


胴体に肉がなく、上半身と下半身を鉄棒で繋げている者。


下半身がケンタウロスのようにバイクになっている者。


両足がなく、長い腕で歩く者。


どれもこれも、違法かつ低級なサイボーグ化施術により、悍ましい戦闘サイボーグになってしまった、戦争の被害者達だった。


彼女達はもう、神経がボディと癒着してしまっており、この醜い姿から逃れることはできなかった。


誰もが目を背ける醜い戦闘サイボーグの少女達は、一人だけ美しい褐色の美少女に声をかける……。


「ヒガン、ヒガン。悩んでるカ?」


「ワタシら、力になれル?」


「ヒガン姐、助けるカ?」


そんな悍ましい、非人的存在に、朗らかに微笑む、ヒガン。


文化委員会総会長、板垣ヒガンだ。


「ああ、みんな。大丈夫だ、私は大丈夫だよ。みんなの為になら、姉妹のためになら頑張れるさ」


ヒガンは微笑み、姉妹と呼んだ。


奇形の彼女達を、愛おしき姉妹と。


「ミコシ姐さんハ?」


「ミコシはな、恋に生きているんだ!やっとあの子の初恋の人が見つかったらしくてな!」


「それは、イイね。良かったネ」


「ああ!男を喜ばせるのは、私もミコシも得意だからな」


「……姐さん、そういう事、言わナイで」


戦闘サイボーグ少女達……、文化委員会こと難民保護共済集団の少女達は、委員長……指導者であるミコシに悲しげな瞳を向ける。


「ヒガン姐、ミコシ姐、二人ともワタシ達の代わりになっタ。醜くて抱かれなイワタシ達の代わりニ」


「戦場で、男達の慰み者になっタ。ワタシ達を守る為」


「僅かなタベモノ、得る為に、男達に身体を……。ワタシ達は、姐さん達に守られた」


「違うよ、私とミコシは、たまたま成功したサイボーグなだけだよ。姿形が変わってしまった君達と違って、恵まれているんだ。その分を、皆に返しているだけで……」


「姐さん、ワタシ達は……」


「君達は、何も負い目なんて感じなくていいよ。私が守るから、ね?」


「姐さん……」


臭いセリフを吐いてしまったね、と。


恥ずかしそうに笑い、ヒガンは言った。


「とにかく、また争いに巻き込まれるのは嫌だよね。みんなで、戦争が終わるまで集団で行動しようか」


「攻撃されたラ、ドウする?」


「その時は仕方がない。守る為だ、敵には死んでもらう」


「……うん、分かっタ。ワタシ達、姐さん達、守る、ヨ」


「ああ、ありがとう。私も、皆を守ると誓うよ」

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