第三章 春季学園大戦

第44話 The War Has Begun!

セントラル・エリア。


この学園都市の全てを実質的に支配する『生徒会総会』……。


その本拠地たる、第一高校。


漆黒の椅子が『十三席』並ぶラウンドテーブルの、上座に当たる位置には、一人の美女が座っていた……。


石膏のような白肌に、ネガのように正反対な闇色のストレートヘアがかかり、血錆色の鋭利な瞳を隠す。


そしてそのオーグメントは、焔々と燃ゆる赤い双角、頬や顎部に鱗のように張り付くナノスキン装甲、翼型の反重力発生装置に、スタビライザーを兼ねたブレードテイル。


手首や足首には、軍用サイボーグの脳核すらをも貫く必殺のパイルバンカー……それも、突き刺した内部の物質の固有周波数を瞬時に探知し、それを刺突ブレードの先端から発することにより、突き刺した物質を崩壊させるという、日本軍の最新兵装を装備。


それに付け加えて、顎部を大きく展開し、喉部からプラズマを放射する機構も備える、全身兵器の純戦闘型サイボーグ……。


機械化率にして「80%」という、圧倒的な性能を誇るこの美女は……。


「揃ったようだな。それでは、『生徒会総会議』を始めよう」


松平ゼツハ……、生徒会総会長だった。


彼女は、底冷えするような、女とは思えぬ低く恐ろしげな声を、静かな会議場に響かせた。


「待って欲しいな。まだ、『放送委員総会長』が来てないじゃないか」


それに対して、同等以下レベルの高レベルな軍用サイボーグ達がずらりと並ぶ。


この発言をしたのは、学園全ての警察機関の首領である、風紀委員総会長……、大久保ノデン。


「んー……、『放送委員総会長』がいらっしゃらないのはいつものことですし、よろしいのでは?それを言えば、『清掃委員』『保健委員』『緑化委員』と……、ああ、今日は『情報委員』の総会長さんもいらっしゃらないのですわね」


そう呟きながら、湯呑みで合成ものではない天然物の玉露を啜るのは、東郷マリカ。


剣道部求道派を率いる部長にして、体育委員総会長を務める女傑である。


「……なるほど、出席率が悪いですね。私としては、法案が通りやすくなるので構いませんが」


天然物のコーヒーで唇を潤す美女、木戸マギル……。


工学部企業派部長、そして図書委員総会長の麗人。


「ですが、皆さんはきっと、成すべきことをなさっているのでしょう!私には分かります!『保健委員』の総会長は、今日もまた、病める人を救う為に身を削っていらっしゃるでしょうし、『清掃委員』も、汚いモノを消してくださってます!」


手を組み、祈るような動作をするのは……。


ボランティア部の筆頭役員、神学部救済派の部長をも兼任しつつ、更に生徒会総会役員である福祉委員総会長の立場にある……、白き破滅の聖女。


高杉サツキ。


「ずるるっ!ずびーっ!ごくごく!もぐもぐ!あむっ、はふっ、はひっ!しゃりしゃり!ぱきん!もぐむぐ!ごくん!……おかわりー!」


一方で、ただ延々と、生徒会の学ランぱっつん下っ端サイボーグ少女達が運んでくる食事を、会議室のラウンドテーブルに並べて食べる一人の大女。


他の総会長らとは異なり、彼女は給食委員総会長のみに専念している……。


勝クウカ。


ビビットピンクの髪をした、身長250cmの美女だ。


「ハハハ……、みんな元気だな。私はなんだか、ついていけないよ。私のような者はここには相応しくないと思うんだが……?妹のミコシの方が、私より優秀でだな……」


そう言って、微笑みながら妹の話をするのは、褐色肌をした移民代表の巨乳美女……。


板垣ヒガン。


射撃部狙撃派部長にして、文化委員総会長である……。


「勘弁してくれや……!ウチはアンタらヤバい奴らとは違って一般人なんよ!こんな会議に出されても困るぅ言うてんやろ……?」


端っこで縮こまるのは、黄色いヘルメットに薄緑の作業服を着た、前髪で目が隠れた少女。


建築部実用派部長にして、生活委員会総会長の、大隈テスラだ。


と、そこに。


「すまない。急患が入った為遅刻した」


慌ただしく、白衣に青い髪を清潔に切り揃えた美女が現れる。


医学部外科派部長、保健委員総会長の三条シズクだ。


「……定刻だ。総会議を始める」


そして、生徒会総会長の一言により……。


「本日の議題は、『今期の予算配分』についてだ」


重要な会議が始まるのだ……。


まず、口火を切ったのは、大久保ノデン。


「ボクとしては、最低でも2,000億クレジットは前年通り貰いたいな。特に最近は、Dr.无だとかの凶悪犯罪者の出現などがあるからね。殉職した風紀委員への慰問金、失った資材、今後の対策費なども含めて、プラスで200億は欲しいよ」


次に続くのは板垣ヒガン。


「私達移民は、例年通り600億クレジットがあれば充分だよ。前期は、イスラム系移民の為にモスク建造の資金を予算として貰えたから、助かった。予算という点において、私達は争うつもりはないな。クウカはどうだい?」


人好きのする、優しげで裏表のないナチュラルな微笑みを浮かべつつ、ヒガンはクウカへと話題を振った。


「あたしはねー!みーんながお腹いっぱいになればいいと思うなー!」


それに対し、幼稚な回答を返すクウカは、その返答と同じような幼稚さで、頬についたオレンジソースを親指で拭い、その指を舐める。


「い、いや、だからね?その為の予算配分の話を今しているんだよ?」


「えー?お金の話とか、あたし、よくわかんないしー……、どうでもいいよ!」


「それじゃあ、もし、お金が足りなかったらどうするんだい?」


「へ?そんなの簡単だよー!『あるところから奪えば』良いじゃん!」


……あまりにも非人道的な答えをあっさりと返したクウカ。


残念ながら、これが今の時代のデフォルトである。


しかしこのクウカはまだ優しい方だ。


その証拠に、鼻白むヒガンに対して、こう言葉を続けたからだ。


「あたし、頭悪いからよく分かんないけどさー、今の日本のカガクリョク?って言うの?そういう、食糧生産の為のバイオ技術とかをフル稼働すれば、この世の中のお腹が空いた人たちみんなにご飯をあげるくらい、できるよね?」


と……。


「あたしはね、なにも、お腹が空いている人から何かを奪おうって言ってるんじゃないよー?ただ、お金持ちなのに人に分けてくれない人とか、鉄砲とかミサイルとかくだらないものを作る人とか、そう言う人から奪ったものをみんなで分け合おうよーって言ってるの。何かおかしいかなー?」


うどんを啜りながら、そう語るクウカ。


それに対して……。


「マルクスもレーニンも毛沢東もポルポトも……、私達資本家にとっては敵そのものですよ。我々、学園都市の工業を一手に担う図書委員会としては、予算は例年の4,000億クレジットでは全く足りないと考えています。工業は日本の基幹です、日本の将来を担うこの学園の若者達には、よりよい技術に触れる必要があるのでは?」


と、マギルが、ヒガンとは正反対の胡散臭さで……、それでいて同じくらいに美しい微笑みを浮かべつつ、言った。


「私達、福祉委員会は、皆さんからのたくさんの寄付金によって運営されています!余分な予算は必要ありませんよ」


その言葉は、破滅と死と絶望の聖女、サツキのものだった。


彼女の言う「たくさんの寄付金」とは、ボランティア部の傭兵派遣ビジネスの「アガリ」のことである。


つまるところ、殺人請負企業(マーダーインク)の筆頭役員であるからして、そんな彼女が金に困る日は来ないだろう。


「保健委員会としては、予算の増額を願いたい!諸君らがあまりにも争う故、こちらの人材と薬品は枯渇している!可能な限りの予算増を頼みます」


ギュッと目に力を入れ叫ぶのは、医師としての覚悟の表れか。シズクは、極限までに意思力が込められた瞳でそう表明した。


無理もない、常に殺し合いが絶えぬこの学園都市で、医療従事者と薬品は常に足らぬ運命にある。


それでも、彼女達保健委員会は、人を救うのを決してやめることはないのだが。


「あっあ、う、ウチらはまあその、常識の範囲内で経費と、子分らに食わせられる分の銭っこがありゃそれでええからなー……?」


一方、テスラは控えめな声でそう言って、下手くそな笑顔を作っていた。


テスラは珍しく、周りの面子がやりたがらないからと生活委員会を任された生贄的な存在である。


こう言った公の場であまり自己主張をすることはない。


しかしそれでも、この場の我が強いリーダー陣に対しても、しっかりと返答ができる辺り、実力はしっかりとあると言えた。




そうして、予算配分が決まって。


「では、以上で会議を終了する」


生徒会総会長の号令により、会議は終わった……。




これは、始まりである。




「予算分配」を巡る、委員会同士の「戦争」……。


『春季戦争』の……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る