第43話 アイリス学園風紀委員会の三人 午後の一コマ

フラクタル構造を描く合成クッキーに、バイオニックチョコレートがコーティングされたものを口に運ぶナナオ。


「ん、美味しいわね。でもやっぱり、カロリーが気になるわ……」


数億本ものマイクロピラーの塊……、いわば「毛玉」のような形状をした成形ケーキに、ジェル状のクリームがたっぷりと塗られ、食品用3Dプリンタにより出力された円錐型のイチゴ(のような何か)が乗った、ショートケーキを口に運ぶカルイ。


「そんなの気にしちゃ駄目だよ〜!こういう時はお腹いっぱい食べなきゃ!」


味蕾が痛むほどの甘さを持つ、軍用サイボーグ用の加糖ハイカロリードーナツをパクパクと食べるミコシ……。


「うん、甘くて美味しいな。先生もどうだ?ほら、あーん……」


そして俺。


「お、サンキュー。……んー、軍で死ぬほど食った味」




「……で、何でいるのよ、先生?」


「A:何となく」


「まあ良いけどね……」


「む、先生。ナナオだけでなく、私のことも見てくれ」


そう言って、無表情で頬だけ膨らませ、デカ乳を俺に押し付けるミコシ。


うんうん、最高。


「……ミコシ、アンタどうしたの?最近、なんか変よ?」


「む?……ああ、それはまあ、な。ずっと探していた想い人に逢えたからだろうな」


褐色の頬を軽く朱色に染め、薄く笑うミコシ。


恋する乙女の顔だ。


ミコシは、アナトリア戦線を勝利に導いた『ダーク・レイヴン』という日本軍の軍人を探していた。


そして、それは俺だ。


だがそれを公的に認める訳にはいかない。


軍の機密に触れることになるからだ。


「何のことか分からんね」


俺はそう言って、目の前のウィア=フェラン構造チーズタルトを口に運び、五角十二面体のチーズクリームとねじれ双六角錐のタルト生地を噛み砕いた。


「ふふふ、貴方がそう言うなら、私も何も言わないさ」


そんなミコシを見て、カルイは。


「でもさー、ロマンティックだよねえ。ずっと探していた自分のヒーローに会えたんでしょ〜?ドラマが一本撮れちゃうよ〜!」


などと宣う。


カルイはどうやら、感情や情動を大切にする子らしい。


合理的なナナオとは正反対だ。


そこに、戦場帰りのミコシと、かなりの変な組み合わせの三人だが、不思議と仲良さげだな。


「先生のあのビジュアルじゃ、ドラマはドラマでも特撮ドラマでしょうけどねえ……」


ため息と共に、ナナオはコーヒーをかき混ぜる。


「特撮?ナナオはそういうのを見るのか?」


「私は見ないけど……、アイリス学園風紀委員会のサナキ先輩がそういうの好きなのよ」


ああ、風紀委員情報部の主任だったか?


あのレズっ子、特撮ヲタなのか。


「アイリス学園風紀委員会本部には、いつも特撮ドラマが流されてるから……。お陰様で、少し詳しくなっちゃったわ」


「何だか、息子と一緒に朝のハイパー戦隊や覆面ライダーを見て、息子より詳しくなってしまうお母さんみたいだな……」


そんなことを俺が呟くと……。


「お母さん、ねえ……。私には居ないから、よく分からないわ」


「私はいるけど、会ったことはないかなあ」


「私の親は戦争で死んだぞ」


と、三者三様。


ああ、そうだったな。


今の時代はもう、親がいること自体がレアだったな。


ナナオは試験管ベイビー、カルイは人工子宮から、ミコシはちゃんと親がいるが戦禍で……。


「俺が若い頃は、試験管ベイビーとか、遺伝子合成とかは違法とされていたんだがな」


「はぁ?それじゃあ、みんな、わざわざ劣等な遺伝子を持って生まれてくるの?」


ナナオは、試験管内で科学的に合成された人工胚から生まれた「デザインド・ヒューマン」だったな。


今はかなり多く、政府が人口調整のためにちょうどいい人間を「作る」のだ。無論、一般人でも大金を払えば好きな生命を「作れる」ぞ。


「私が才能あるエリートなのも、国が厳選した優等遺伝子のおかげよ?確かに、先生と会って『理屈じゃない能力』については痛感したけど……、それでも私は一般的な人間より優秀だわ」


うーん、重い。


だがまあ、日本は良くも悪くもユルいからな。


海外ではこの遺伝子調整人間と普通の人間との間で差別やら争いやらが起き、種が割れる感じのロボットアニメみたいなことになっていたらしい。


一方で日本は、「まあそんなこともあるよね」で有耶無耶になった。


それに……。


「まあ、私は優秀である自覚はあるけれど、基本的に遺伝子による才能付与はトレードオフなのよね。私は記憶力や情報処理能力に長けるけど、精神安定機能やストレスコントロールに難があるという性能になっているわ」


そう、「優れた人間って何?」って話なんだよ。


例えば、万能の天才だがゲイのおじさんや、自分の耳をぶった斬ったガイキチだが天才画家の人、空手が強いが人格カスのおっさんなど、様々な人がいる。


そしてそいつらはそれぞれ、ある点では優れていたが、ある点ではダメダメだった。


人間の性能差なんて、人間には評価できんのだ。


だからこのデザインド・ヒューマンも、才能は弄れるがそれはトレードオフで、結局「ちょっと凄い人」止まり。


所詮、ヒトが作り出したヒトも、ヒト以上にはなれんかったってことだわな。


「って言うか……、先生の遺伝子って、使われてないの?アンタ、そんなに強いんだから、アンタの遺伝子は戦略的な物質なんじゃ……?」


あー、それね。


「俺の遺伝子を50%以上含む生物って、何故か暴走するんだよね」


暴走したクローンの俺が大暴れして、秘密研究所があった択捉島が粉々になったんだよね。


公には「実験中の事故」と記録されているけど、真実はクローン俺が大暴れして本体俺とガチバトルをし、最終的に日本軍が反物質爆弾で島ごと消し飛ばしたってオチだった。


「アンタ人間なの????」


「でも、30%くらいまでなら、戦闘機能に大幅な上昇が見込めるんだよ。気の毒なことに、そいつらは『失敗作』だなんて呼ばれているがな」


「へ、へえ」


「因みに、その、俺の遺伝子を30%程度含む試作戦闘部隊は、今もあってな」


「あ、やめて。嫌な予感するわ。聞きたくない」


「そいつらは今、『サムライ・コマンド』って呼ばれていて……」


「あーあーあー!やめて!聞いてない!私は聞いてない!」


こんな感じで過ぎてゆく、ある日の午後。


教師、意外と楽しいな……。

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