第42話 アイリス学園風紀委員会の三人 お昼の一コマ

「でさ〜……」


「あー、あるある」


「ふむ」


三人の少女が、アイリス学園のテラス席で談笑している。


いつもの三人組だ。


俺の網膜センサは自動的に目の前にいる存在をスキャンしてIDを検索する。


×××××××××××××××


アイリス学園普通科二年

学生番号:2153GC88276652

名前:坂本ナナオ(七直)

年齢:17歳

誕生日:04/21

身長:160cm

体重:62kg

役職:アイリス学園風紀委員会コマンダー

部活:陸上部

趣味:読書、ランニング、英会話

好物:オーガニックベジタブルバー、オーガニックアーモンド


アイリス学園普通科二年

学生番号:2153GC78445198

名前:武市カルイ(狩衣)

年齢:17歳

誕生日:07/17

身長:142cm

体重:284kg

役職:アイリス学園風紀委員会ルテナンⅡ

部活:料理研究部

趣味:食べ歩き、昼寝、猫カフェ訪問

好物:合成ソフトクリーム、固形型カスタードプリンブロック、加糖クリームジェルケーキバー


アイリス学園普通科二年

学生番号:2153GC12158071

名前:板垣ミコシ(御輿)

年齢:17歳

誕生日:01/13

身長:180cm

体重:121kg

役職:アイリス学園風紀委員会ルテナンⅡ

部活:射撃部

趣味:狙撃、筋トレ、ボルダリング

好物:加糖グラブジャムン、加糖軍用高カロリーチョコレート


×××××××××××××××


うーむ、どこからどう見ても普通の女子高生だ。


かわヨ……。


体重?サイボーグなのでその辺はまあ、ね?


「あー、ナナオちゃんってば、また野菜ー?」


カルイは、昼食のクソデカハンバーガーをもぐもぐと咀嚼しながらそう言った。


「何よ?カロリー消費量的に、私はこれで良いのよ。アンタみたいな工業用のサイボーグじゃないんだから」


ナナオは、合成野菜バーをしゃくしゃくと齧って答える。


合成野菜バーというのは、生産プラントなどで特別に生成された遺伝子組み換え野菜だな。


最初から棒状で生育される果実で、種も何もない高栄養価な緑色の棒……みたいな感じだ。


見た目は胡瓜のように感じられるが、大きさは4cm×4cm×15cm程度で、角の丸い直方体をしている。


これに食用塗料でナンバーや生産会社名などがプリントされて、ビニールの被膜をされて、その辺の店で売られているのだ。


古典サイバーパンク的カロリーバーのように見えるが、食感はしゃりしゃりとした生野菜そのもので、味は仄かな甘味と苦味、少しの酸味があり中々に美味い。


ほぼ、「棒状のサラダ」と言っていい。


ナナオはこれを、半固形状のゼリードレッシングにディップしながら口に運んでいた。


色は二色。薄緑色の『キャベツ味』と赤色の『トマト味』……。


「そんなんで大丈夫なのー?お腹へらない〜?」


「お腹が減るって何よ?空腹感なんてノイズでしかないんだし、電脳の制御コマンドから切っちゃえば良いじゃない」


「えー!駄目だよー!人間なんだから、人間らしくしなきゃ〜!」


「はぁ?何よ、急にブッディストにでも目覚めたの?」


「そうじゃないけど……、空腹は最高のスパイスなんだよー?」


「馬鹿馬鹿しい……。メンタルによって、食べ物の味が変わる訳ないじゃない」


そう言ってナナオは、人工グルテンが多く含まれるキューブ状のラスクをさくさくと口に運んだ。


先程の野菜バーでビタミン類を、このラスクでタンパク質と糖分を摂れればそれで良いということなのだろう。


足りない栄養素は、傍にあるサプリメント・ドリンクで補うという寸法だ。


「変わるよー!お腹空いてる時に美味しいものを食べると、すっごく幸せになれるんだよ〜?」


カルイが食べている大型のハンバーガーもまた、合成食だな。


人工生成されたビタミンB2、ナイアシン、パントテン酸などが豊富に含まれる合成パンは、合成小麦だけでなく合成ライ麦や合成藻類、合成大豆に合成チアシードなどが大量に含まれ、最早パンではない有様だ。


なお、具のハンバーグも、機械で練り合わせるタイプの、大豆から抽出した合成タンパク質にビーフエキスを添加し、味覚と消化器官を調整する為のナノマシンをぶち込んだナニカなので、そもそもこれはハンバーガーですらない。


「美味しいものを食べてストレス発散をするのはまあ、分からないでもないけど……、過度な快楽は不要よ。大脳が萎縮するわよ?」


「刺激がない方が脳機能低下を招いちゃうよ〜!ミコシはどう思う?」


「ん、ああ……」


真空パック入りのゼリーフードを啜っていたミコシは、二人の方を見てこう言った。


「前に言ったと思うが、私はアナトリア戦線で傭兵兼兵士達の性欲処理具でな。その際は、一日中男達の精液と小便だけを啜って命を繋いだ日もあった。まともな『食品』を口にできるだけで私は幸せになれるから、私の意見は参考にならないだろう」


ふっ、と。


自嘲するかのように困ったような笑みを浮かべるミコシ。


ああ、確か、アナトリア戦線はそんな感じだったな。


正式な終戦は五年ほど前なのだが、その後も突発的な戦争やゲリラ化した敗残兵の処理などもあって、欧州周辺は火の海だったもんだ。


ミコシはその中でも、一等酷い地獄であるアナトリア半島に居たらしい。


基本的に今は、第三次世界大戦で滅亡したインド人難民などの難民二世三世が外人部隊として戦線に出されるんだが……。


コスト削減の為に、十歳にも満たない程度の子供が、大人用のサイバーウェアで奇形に改造されて、無理やり戦場に引っ張り出されていた。


ミコシのように、生まれつき美形な少年少女は、大人達の性欲の捌け口などにもされていたようだな。


AVR(アダルトVR)の類は、欧州では倫理規定的に許されていないから、戦地での女性の陵辱は目を覆いたくなるほどだ。


「「……すいませんでした」」


顔を青くして頭を下げるナナオとカルイ。


それを見て慌てたように両手を前に出すミコシ。


「ま、待ってくれ。私は、その……、また何かやってしまっただろうか?私こそ申し訳ない。この国の『普通の感覚』が、まだよく分からないんだ……」


うーん、ガチでひでぇや。


生まれてこの方、そういう生き方しかできてこなかったミコシからすれば、これが普通なんだろう。


当たり前のことを口にしただけなんだろうよ。


「そ、そのね、ミコシ?辛いことは思い出さなくて良いのよ?もっと楽しいことを考えましょう?!」


「そ、そうそう!午後は授業ないしー、楠木通りのケーキバイキングとか行こうよー!」


それに対してしっかりと気遣いできる二人も、本当に良い子だ。


「その後はみんなでお昼寝しよー!」


「昼寝?そんな生産性のないことはしないわよ!人生は有限なのよ、どうせなら自主訓練を……」


「ヤダーッ!暇な時間まで訓練とかしたくないよ〜?!」


「まあまあ、良いのではないか?たまには休息も必要だろう?」


三人はそう言って、ケーキバイキングへと向かっていった……。

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