第36話 ラック・ハート
その後の話をしよう。
まあ、案の定、Dr.无ほどの大物テロリストが、学生如きの捜査網で捕まえられる訳がない。
最初からこの拠点は囮で、ナナオの思った通りに、ここで大規模な殺し合いをさせることそのものがDr.无の目的だったのだ。
……Dr.无は、誘拐の元締めな訳ではなく、この学園都市の裏社会における「人買い」なんだそうだ。
つまりは、裏社会の「顧客」であり……、今回戦ったDr.无の潜伏予想地点にいたのは、大規模な誘拐組織……。
Dr.无の目的はわからないのだが、とにかく、様々な誘拐組織から高額で女子生徒を買い取っているということは間違いない。取引データを発見したからな。
誘拐以外にも、ドローンなどで戦場から死体の脳核を回収しているようで、今回の大規模戦闘でも多くの女子生徒が犠牲になった……と。
そういう訳だ。
ただ、最後に出てきた歩行戦車『ジャガーノート』だけは、Dr.无の差金であったとは思う。
大規模な戦闘で共倒れしたところで死体を回収するのがDr.无の目的であるから、今回のナナオのように、賢い子がその目的に気付いて早期撤退などをしてしまった場合のサブプランとして歩行戦車を用意していたのだろう。
戦場が加熱して混迷している最中に、ナナオが真の目的に気付いた瞬間に歩行戦車を動かしたのだから、敵ながら天晴れと褒めてやりたいくらいだ。
まあ、その虎の子の歩行戦車を破壊されるのは完全に誤算だったようだが。
お陰で、歩行戦車内の残存データから、有力な情報を幾つか得られた。
また、埠頭でボートに乗って逃げた人影は完全に囮で、後程、ボートに乗った囮用の人型ロボットが海上で発見された。
そして、Dr.无の捕縛はできなかったものの、この辺の地区で最大級の誘拐組織を壊滅させ、ボランティア部の部隊長とも対等に渡り合い、事件の解決に努めたナナオ。
彼女は、COPたる大久保ノデンから、大々的に表彰され昇進したが、その表情は曇り模様だった。
当たり前だ、作戦成功というのは政治的なポーズが殆どで、実質的には何も解決していない……要するに失敗なのだから。
それでも、戦意高揚の為や、風紀委員会の面子の為など、様々な理由で「作戦の立役者」にされたナナオの内心は、察するに余りあるね。
そんなナナオは、戦勝を祝う祝賀会を一次会で抜け出して、雨の中帰宅したようだ。
ざあざあと、篠突く雨。
その中を。
微笑みの仮面に本心を隠して。
俺は、まあ……、流石にな。
教師としてというか、男として。
放っておけなかったので、後を追った……。
「ああああああっ!!!!もう嫌ぁっ!!!!」
陶器か、鏡か。
硬質で脆いものが砕ける時特有の、甲高い破壊音がナナオのアパートに鳴り響く。
酷いものだ。
プライドの高く、仕事ができて、そんな自分に誇りを持っている女が折れる瞬間は。
正直な話、こういうタイプの女は面倒なんだが……、まあそんなところも唆るね。
俺は躊躇わずにドアをハッキングして開けて、ナナオの部屋に入り込んだ。
「畜生!あああ……!畜生……!」
そう叫びながら暴れ回り、シンプルながらもオシャレで物が少ない部屋を破壊するナナオに。
「よう、ハッピーかい?」
と、俺は声をかけた。
「………………何でいるの」
「ドア、開いてたぜ」
「このマンションはオートロックよ」
「あらま」
「……前々から思ってたけどさ、アンタ、本当にキモいのよ。いい歳した大人の男が、私みたいなガキに欲情して、ほんっとうにキモい。キモいキモいキモい!死ねばいいのにっ!!!」
そう言ってナナオは、俺の頬を強く張った。
「死ね!死ねぇっ!!アンタなんて大っ嫌いよ!!!」
そう言いながら、俺の襟首を掴み、殴るわ蹴るわ引っ掻くわの大暴れ……。
「アンタなんて……、アンタなんかに!私の気持ちが!分からないでしょ?!アンタは……、アンタは、強いんだから……!」
「私には何もない!何も!知恵と努力さえ積み上げれば、アンタみたいな天才にも追いつけると思って、必死に……必死にやってきたのに!」
「でも駄目だった!何人も死なせた!何人も攫われた!!!私は……、私はぁっ!!!」
遂には、俺に縋り付いて泣き出す始末……。
全く、しょうがないな。
俺は、雨と涙でぐしゃぐしゃのナナオを抱きしめて、言ってやった。
「気は済んだか?」
と……。
「……もっと、気の利いた言葉は言えないの?」
「お前は、お為ごかしを聞いて喜ぶ女じゃないだろ」
「……ふんっ。やっぱり、私……」
———「アンタのこと、大っ嫌いだわ……」
次の日の朝。
シートに赤い染みのついたベッドから、ナナオは起き上がった。
「あ〜……。私、やっちゃったんだ……」
まるで、酷い二日酔いの朝のような。
しかめ面をしながらも、ベッドから降りるナナオ。
俺は、ナナオの目の前に、コンビニで買ってきた合成ボックスパンBLTサンドと加糖牛乳を差し出した。
「あ、ありがとね、先生」
「『アンタ』から『先生』か?どういう心境の変化だ?」
「うっさいわよ、ばーか」
そう言いつつも、俺の隣に座ってサンドイッチを受け取るナナオ。
うーん、女ってこの年頃でも「女」なんだよなあ。
「泣き疲れたろ。飯はしっかり食っとけよ〜」
「……うん、ありがと」
「戦場じゃ、食えなくなった奴から死んでいった。食欲がなくっても、しっかりと食っとくんだな」
「うん。……ねえ、今度さ」
「ん?」
「もっと聞かせてよ、アンタの話」
「ああ、授業か?今回はよくできてたぞ、反省点もあるが、とりあえず今日は休んでおけ」
「そうじゃなくって……、先生自身の話。個人的なの」
「聞いてもつまらんぞ?俺は古い軍人だ」
「それでも良いよ。……で、私の話も聞いて?」
「ああ、良いぞ。……にしても、急に丸くなったな。身体は細かったんだが」
「なっ……!バカ!」
「ハハハ、細っこい女も嫌いじゃねえよ。だが、もう少し太っても良いんじゃねーの?」
「はあ……、最悪の初体験だったわ。できれば早く忘れたい」
「そうしとけ。俺みたいなのに抱かれて喜んじゃあ駄目だぜ。そこそこの男を見つけて、堅実に暮らせよ」
「……ふんっ!先生よりいい男を見つけて、びっくりさせてやるんだから!」
「そりゃ残念だな、俺よりいい男なんてこの世にゃもういないぜ」
「……じゃ、貰ってよ」
「……やめとけって言ったよな?」
「………………ホントに、バカ。惚れさせといて、言うセリフがそれなの?」
ハ、悪いね。
「今のお前は、自棄っぱちになってるだけだ。美味い飯食って、友達と遊んで、ぐっすり眠れば明日には……、元のカッコいい女に戻ってるはずさ」
俺をそう言って、ナナオの頬に軽くキスをしてから、ナナオの部屋を出る。
「ふんっ!もう良いわよ、バーカ!」
———「……ばーか」
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