第33話 黒色キツネが攻めてきた!

濡れた烏羽のような黒髪に、狐のような細い目。


目尻には紅が……、いや、化粧ではなく、ファイバースキンに直接着色したのであろう赤色。


目尻に紅を引くのは、古来から魔除けの化粧だ。


そして、頭には大きな狐の耳。腰には尻尾。


最近は俺も把握してきた。


あれは、この学園都市のコーポである「エイジャーナカト」の製品だろう。


エイジャーナカトのインプラントやオーグメントは、若い女のハートをがっちり掴むような、可愛らしいものが多い。


その割に性能もお値段相応なのだから、選ばない理由はないんだろう。


黒狐の、醤油顔の女。


名前は、沖田シヤ……。


かつて滅びた中華民族、いわゆる「華僑」の生き残りだ……。


両脇を固めるのがそれぞれ、永倉サクナ、斉藤クロツユ。


サクナは身長2メートルにも達する大女で、両腕の軍用アームにガトリングを構える。


ガトリングは、重さといい反動といい、生半可なサイボーグに扱えるものではない。


軍用のアームと、強化骨格によって持ち上げているのだろう。


クロツユの方は……ああ、ありゃステルス持ちだ。


無音の空気銃といい、暗殺者なのかな?


「無理!絶対無理です!」


大きな身体を縮こませて、無理だと叫ぶのはサクナ。


深い緑色の、海藻のような長髪で目元を隠した陰気そうな女だ。


「ん、意見、聞いてない。仕事、決定事項」


端的に話すのは、銀髪に強化顎で顎が鋼鉄になっている小柄な少女、クロツユ。


「無理ですぅう〜!!!風紀委員会を敵に回してまでやる仕事じゃないですよ!もっと楽な仕事を数こなせばいいじゃないですか〜!」


「ん、それはダメ。部室のレンタル代にもならない、ショボい仕事、疲れるだけ」


「でも〜!」


「うっさいヨ。前金は五百万、名簿に名前がある奴を一人倒せばそれ毎に百万、規定時間までの防衛成功で五百万……。やらない手はないノよ。多少怪しい案件でもネ」


「そんなあ〜……!私達三人の実力じゃあ、あいつら三人バラすのに三分もかかりますよ!大人しく後方を襲撃した方が……」


「三分?」


「え?はい、あいつらどうせ雑魚ですし、三分で……。でも、戦場における三分は大きいですよ〜!」


……意外と性格が悪いな、この女。


「やっぱり、貴女は肝が小さいワね、サクナ」


「ふぇ?」


「一分で片付けるワよ」


そう言って駆け出すボランティア部三人……。


そこに。


「舐めんじゃないわよ!」


おっ、ナナオのエントリー。


さあ、戦いが始まるぞ。


シヤが叫ぶ。


『I touched the thick tree and took a lap around the trunk, and I became a beautiful bride dressed in gold brocade!(太い木に触って幹をひと巡りしたら、金襴緞子の衣装を纏った、みごとな花嫁さんになった!)』


ほう?長めのリミッター解除パスワードだな。


リミッター解除パスワードは、法律的に拙いものであるほど、長くなるものだ。


俺なんて軍部から多重パスワードと、武装使用時にコールまでしなきゃダメだと言われてる。


因みに、長い方が「強い」訳じゃない。


長い方が……そう、「特殊」なのだ。


例えば、シヤ……、この女のニューロチップの機能は。


「なっ……?!消え———っ?!」


「遅いワよ」


ワカマツ・ファクトリー製加速装置ACC21001842……、通称『タイガー・タイガー』だ。


「アンタ、それは!」


「何か問題でモ?ワカマツ・ファクトリーの純正品ヨ、風紀委員サマ?」


上手いな。


加速装置は、脳機能を瞬間的に極限まで高めて、あらゆる行動を通常の十倍程度で行わせるものだ。


思考速度、走る速さ、反射神経全てが十数倍……。


極めて強力なインプラントだが、その分使用エネルギーは莫大。


並のサイボーグならば、一分と連続使用はできないだろう。


それをシヤは、一瞬だけ素早くオンにすることで、コマ送りのような動きをしてきている。


エネルギーの浪費を極限まで抑えると共に、読みにくい動きを実現するという訳だ。


どんな動きか?


例えるならそう、格闘ゲームでの「ロマキャン」みたいな?


今も、高速でナナオに接近して、マシンピストルをばら撒いた瞬間にパッと移動してナナオの背後に立った。


そこから、サイボーグ特有の高機能な運動性能を活かした、アクロバティック回し蹴りを放つ。


狙う場所はもちろん頭。


完全に殺す気だ。


「惚けんじゃないわよ!加速装置は、学園都市の指定禁輸品よっ!!!」


「へぇ?でも、学園都市の規則では、『入学前に装着されていたサイバーウェアは特例禁輸品以外は持ち込み許可とする』ってあるケど?」


「ああっ、クソ!そういうアホがいるから、こういう規則に例外を作るなって言ってるのに!!!」


ナナオは、背後から飛んできた回し蹴りを無様に転がって避ける。


だがその際に、ハンドガンでの牽制射撃をばら撒いていた。


ばら撒くタイプの射撃は大きく避ける必要がある。


「チィッ!」


渋々、加速装置を起動して、大きな弧を描くように回避行動を取り、そのまま接近するシヤ。


なるほど、ナナオは加速装置に対する戦闘方法を分かっているんだな。


加速装置持ちの最大の弱点はエネルギー切れと連続稼働のし過ぎによるオーバーロード……。


つまり、範囲攻撃などをばら撒いて、少しでも無駄に加速装置を使わせること。


それがナナオの狙いという訳だ。


だが、そう上手くいくかな?


「なら、こうするだけヨ!」


ほう!


今時見ないが……、拳法か!


加速装置による一瞬の加速、その慣性を利用した素早い掌底!


恐らくあの動きは八極拳……、それも、相当な練度だ。


「んっがあ?!!!」


うわ、ナナオが女の子とは思えない悲鳴と共に顔面をぶっ叩かれた!


ナナオの折れた歯が飛び散って、そしてつんのめったかのように、ぐねっと体勢が崩れて、縦に二回転しながら吹っ飛んだナナオは、近くの廃材置き場に突っ込んで行った……。


うわあ、痛そう。


「ハ、そんなものカ?この程度で風紀委員が———」


そして、廃材置き場から飛んできた弾丸が、シヤの可愛い狐耳を片方吹っ飛ばした。


「ぎいいっ?!!」


千切れた可愛らしい耳から流れる赤い擬似体液。


綺麗な顔面に、その赤色が滴り落ちる……。


「そんなもの?そんなものでボランティア部が務まるの?」


獣のような笑みを浮かべながら、廃材置き場の合成木材を蹴り飛ばしつつ、ナナオが立ち上がって前に出た。


「貴様……!」


「来なさい、三下!格の違いってもんを教えてあげるわ!!!」




んー……。


キャットファイトって、良いよね!!!


興奮してきた!!!

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