第3話 カラスとキツネ
「えー……、まずですね。悪いことはいっぱいしました。先輩にも怒られそうなことも、やりました。ごめんなさい許してください殺さないでください」
「おう」
で、何やったんだ?
「……まず、私の今までについてお話ししましょうか。座ってください、今、紅茶を淹れます」
「ああ、良いな。お前の茶を飲むと、昔を思い出す」
「ふふ、そうですね。あの頃は、今を除いて人生で一番穏やかな時期でした……。っと、昔話はまた後で」
紅茶を……、おお、これも天然物か。
アールグレイで唇を湿らせ、ヴィクセンの言葉を待つ。
「この学園都市は、私の夢でした」
「夢、ねえ」
「ええ。私、本当は教師になりたかったんですよ?」
「そうなのか。昔の姿なら、最高の美人教師だったろうにな」
「今のロリボディはお嫌ですか?」
「それはそれで可愛いぞ」
「えへへ、ありがとうございます。そう、それで……、教師になりたかった私は、でも、なれませんでした。何故だと思いますか?」
「徴兵制度だろ?教師になれるのなんて、徴兵逃れができる金持ちの家庭だけだ。それに、教育用のビデオやAIがあるからな、教師の需要そのものが少ない」
「はい、その通りです。先輩の世代から始まった強制徴兵は、男女関係なく、十二歳以上の子供を兵士にしています……。先輩も私も、それで兵士になりました……」
「ああ、そうだ。俺は戦闘用のサイボーグに改造されて第三次世界大戦に出兵。お前は、脳機能を改造されて、ハニートラップやスパイ活動をする潜入兵に……」
今も思い出せる。
俺は、陸軍の特殊部隊『彼岸渡し』に。
ヴィクセンもまた、陸軍の特殊部隊の『狐の嫁入』と言うところに送られた……。
今では、『彼岸渡し』の生き残りは俺一人。
『狐の嫁入』は、表の記録では解体されたことになっている……。
「ええ。軍での生活は地獄でしたね。右も左も分からない小娘が、強制的にサイボーグ化の手術を受けさせられて。知らない男達のナニを、訓練と称して何本も咥え込まされて……」
ああ、そういや、『狐の嫁入』は政府高官の性接待などもやらされていたとか。
確かに、そりゃ地獄だな。
「先輩に近寄ったのも、任務だったんですよ?『第三次世界大戦の英雄を籠絡しろ』って……。馬鹿らしい」
「ああ、そうだったな」
「ええ。でも、先輩は凄く優しくて……。私が任務で来ているのを理解した上で、色々と便宜を図ってくれましたね。それに、擦り切れた私に安らぎをくれたのも貴方でした……」
「気にするな。俺も、あの生活は楽しかった。いっそ引退して、お前と夫婦になっても良かったと思っていたくらいなんだぞ?」
「ふふ、光栄です。私も貴方を愛していましたよ。それに、政府高官の老人共とのそれとは違って、愛し合ってするセックスは気持ちいいんだと初めて知ったのもあの時です」
「へえ」
「私が潰れなかったのも、先輩のお陰なんですよ?薬や電脳ハックで無理矢理快楽を感じさせられても、先輩と愛し合って身体を重ねた時の方が満たされていたと知っていたから……。本当の愛を知っていたから、身体を穢しても心までは穢されなかったんです」
「はっ、俺の『魂』についての考えを理解できない割には、お前も独特の考えを持っているな。さしずめ、『愛』の理論と言ったところか?」
「『愛』、ですか……。いえ、でも私は、その『愛』を穢してしまいましたから……」
ふむ?
ヴィクセンは、そう言って俯いた。
「私は、先輩を利用したんです」
ぽつり、呟く。
罪の告白のように。
「大好きでした、愛していました。その先輩のことを、利用、してしまったんです……」
「どういうことだ?」
「ハハ、簡単な話ですよ。私は……、貴方の愛人を公言して、自らの立場を高めたんです」
ふむ。
「救世の英雄、その寵愛を受けた女……。その名声は、私の立場を限りなく高めてくれました」
「で?」
「私に手出しすれば、先輩が怒るぞと脅しつければ、どんな政治家も企業も黙りました。逆に、先輩の威光を求めて、どんな存在も私に出資しました……」
「……その金で、この学園都市を?」
「ええ、そうです。虎の威を借る『雌狐(ヴィクセン)』ということですよ」
乾いた笑い。
そして、涙。
「……確かに、政治の世界からわざわざ一線を引いているこの俺を、わざわざ利用した事は拙いな」
「ええ。殺されても仕方ないでしょうね」
「何故だ?本当に、ただ教師になりたかっただけか?」
「……私は、ただ、嫌なだけです」
「何が?」
「徴兵と言って、若い子供達が戦場に連れて行かれるのが……。私は、学生になって、学びたいことを学び、恋をして結婚して、子供を産んで、穏やかに死にたかった……」
「だが、そうならなかったんだろう?」
「ええ……。でも!これから生まれてくる子供達には、そうあって欲しい!」
なるほど。
つまりは、『救済』か。
自分が、若くして徴兵され、地獄を見たから。
これからの子供達には、そうならないでほしい。
だからこそ、汚い手を使ってでものし上がり、金をかき集めて……、子供達を守る学園都市を築いた、と。
「ハ、なるほどな、お優しいことで。国すら傾ける無貌の狐、奸智の魔女とまで呼ばれた女が」
「はは、馬鹿みたい、ですか?」
「ああ、馬鹿みたいだ」
「はは、は……」
「だが……、女の子は、ちょっとお馬鹿なくらいが可愛いんだよ」
「先輩……!」
ヴィクセンが頭を上げる。
「良いさ、ヴィクセン。悪意はなかったんだろ?」
「はいっ……、はい!」
「俺が政治の世界から一線を引いているのは、腹芸が得意じゃないってのもあるが、面倒だからってのもある。俺の威光も、お前みたいに正しく上手く使うなら構わねえよ」
「先輩っ……!ありがとう、ございますっ……!」
それに……。
威光も、利用も、何も……、不都合があれば直接出向いてブチ殺すだけだ。
これくらいなんて事はない。
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