泣きっ面に蜂

母親に理不尽な怒りをぶつけられたあの日以来、気分は落ち込んだものの、忍との毎日がそれを軽減してくれた。美味しいもの、可愛いもの、それ以外の素敵なものもたくさん味わった。高校生という輝かしい身分にふさわしい青春。そんな毎日を送っていた。けれど、終わるのは突然だった。

「唯」

放課後、帰りの支度をしていると声をかけられる。

その聞き慣れた声は、なんだかいつもより冷たかった。

「なに、忍。」

「もう、あんたとは遊ばないから。」

時が止まったようだった。理解できず、忍に声をかけようとするが、彼女はもうすでに、教室を出ていってしまった。聞こえるのはクスクスと笑う声、ヒソヒソと噂する声。ああ、なるほど。おそらくあのグループが忍になにか吹き込んだのだろう。というか、前々から少しずつ私達を離そうとして、計画が最終段階に進んだのだろう。私は諦めが良い。自分でも驚くほどに落ち着いていた。ああ、私の当たり前の日常が終わってしまったのだと、絶望した。けれどそれは、前の生活に戻るだけのこと。勉強も、友達関係も上手くやるには、私のキャパでは足りなかった。それだけのことだ。

 毎日毎日、私の視界は少しずつ灰色になっていくのがわかった。受験が近づき、こなさなくてはならない勉強の量が増えていく。楽しみという楽しみもなく、毎日朝起きて、学校に行って、塾に行って帰ってくるだけ。なかなか上がらない偏差値は、どんどん私を追い詰める。家につくと、珍しく母親の靴が玄関に置いてあるのを確認した。

「ただいま。」

リビングから鼻をすする音が聞こえる。恐る恐るドアを開けると、そこには母親が泣きじゃくる姿があった。

「ごめん、唯。」

何か謝られるようなことがあっただろうか、本当に心当たりがないのだ。

「大学の費用、出してあげられなくなった。」

ああ、神様、そこまでひどいことをしなくていいじゃないか。泣きっ面に蜂、というのはこういうときのことを言うのだろう。珍しく私に謝る母親の姿に、様々な感情が混ざり合う。我が家にお金がないのは知っていた。塾の費用も自分のバイト代で賄っていたし、大学の費用も少しは負担し、将来的に返すということで、ようやっと親からの進学の承諾も得た。はずだった。要約すると、母親は再婚する予定だった相手に騙され、お金を奪われたらしい。聞いて呆れる、なんて気持ちと、心からの同情で、どんな感情できればいいかわからなくなった。もう、私の人生は終わりなんだと、ようやく自覚した。

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