二人の日常
「このタルト超美味しい、一口食べたほうが良いよ絶対。」
「え〜、じゃあ一口もらおうかな。」
少し前の忍なら超美味しい、なんて言葉遣いはしなかった。確実に私の影響だ、なんて少し笑みがこぼれる。
「何笑ってるの、ほら早くしないとあげないよ。」
「ありがと、ん、めちゃ美味しいじゃん、仕方ないから私のも一口あげる。はい、口開けて。」
「ふふ、待ってました。」
忍が私のショートケーキを一口食べたいがために、先に自分のタルトを差し出したことなんて、最初からわかっていた。この少しずる賢いところも、恐らく私と一緒にいたばかりに移ってしまった性格だ。正直、嬉しい。こんなに仲良くなって、影響を与え合うほどになるなんて思いもしていなかった。けれど同時に、お姫様のような、お上品でみんなの憧れである彼女が少しずつ崩れていき、私のような乱暴なただの高校生になっていくのは、惜しくもあった。けれど、学校での様子を見ている限り、この乱暴さを披露するのは私の前でだけだということもわかった。そう、これは私達2人だけの秘密なのだ。また笑みがこぼれそうになるが、抑えることに成功した。
「美味しすぎる、私もそっちにすればよかったかな。」
「そんなに?じゃあ交換する?」
「え、いいの。」
私が忍に甘いのは相変わらずだし、忍も忍で、その好意を当然のように受け取ってくれる。それがもはや当たり前だとでも言うように。けれど、彼女はそのお返しだとでも言うように、私にあまりにも優しく接してくれる。お互いを思いあってるこの関係は、あまりにも理想的だ。ああ、彼女が好きだ、と何度目かわからない感情に襲われる。ふと、疑問に思う。私が彼女に向けるこの好きという気持ちは、本当に友人としてのそれなのかと。
「何なら両方食べてもいいよ、私ちょっと勉強しなきゃだからさ。」
「唯ってばほんとに勉強大好きなんだから、たまには私にも構ってよねー。」
「構ってるでしょうが、あんたもちゃんと勉強しなさいよねー。」
「私はもう推薦決まったようなものだし、最低限学校の勉強だけやってれば良いんだもん。」
「ほんと、もったいない。忍なら絶対もっと上の学校行けるのに。」
「んー、私は大学なんて行ければどこでもいいからさ。今の自分で届く一番上で良いかなって。だって普通にみんな知ってる大学だし。」
「それもそっかぁ。」
「唯はちょっと頑張り過ぎだよ、もっと私との時間を堪能するべき。」
「時間なんていくらでもあるんだから、ちょっとだけ待ってよ。」
「あーあ、私は勉強以下ですか。」
少し頬をふくらませる彼女に、たしかに最近勉強ばかりで禄に遊べていないかも、と思う。
「そうだなー、今度どっか丸一日使って遊びでも行く?」
「ふふ、それでこそ唯だよ、どこ行こうね。」
二人で計画を練っている内に、時間はどんどん過ぎていく。正直最近の私は自分の目指している大学に見合うほどの勉強ができていない。忍は最近勉強し過ぎ、なんていうが、それは一般の高校生と比べたらの話しだ。私の目指す国立大学に入るには、もっと努力が必要だ。けれど、忍は最近私の付き合いが悪いと、他のグループの女子達との付き合いの時間を増やしている。生憎にも、そのグループは俗に言う一軍の女子達で、忍が転校してくるよりずっと前から私を毛嫌いしていた連中だった。私の塾の授業の曜日をある程度把握していて、私が予定がない日に限って忍を誘う。そして私達二人の予定は、少しずつ合わなくなっていったのだった。私の思いが報われる日は、恐らくこない。
家に帰るといつものように、そのノートを開く。辛いときはやはり文字に起こすに限る。少なくとも私はそれしか方法を知らない。
最近、私に意地の悪いことをしてくる子達がいる。彼女たちは私を軽蔑しているだろうが、私だって彼女たちを心底軽蔑している。自分の欲しいもののためなら他人を貶めることも辞さない人間なんて、本当にくだらないと思う。負けるな私、こんなことでしょげてるような私じゃないよ。
心のままにペンを走らせる。ひとしきり書きたいことを書いたあとで、コトン、とペンを置く。少し暖かくなってきたので、窓を開けようと立ち上がる。少し力を入れ窓を開けると、ふわっと暖かい風が吹き込んでくる。春の香りだ。忙しくて季節を感じる機会なんて滅多に無くて、何だか心が踊ってしまう。ああ、忍と出会ったのもこんな季節だった。
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