転入初日、ドキドキしながら教室の外で先生に呼ばれるのを待つ。新しい制服を身にまとい、期待に胸を弾ませる。リボンは曲がってないだろうか。ふと自分の胸元を見下ろす。やはり、この学校の制服が好きだ。シックな赤とグレーで統一されたこの学校の制服は、私がどの学校に転入するか、最後の決め手となった一つの理由でもあった。ちょうど教室の向かい側にある窓の方に向き直って、自分の胸元を飾る赤いリボンを改めて確認する。よし、準備バッチリだ。再び教室のドアの前に立ち、先生の呼びかけを待つ。自分の心臓の音が聞こえる。緊張で心拍数が上がっているのかもしれないが、期待で心が踊ってると捉えることもできる。最終確認として、笑顔の練習をしていると、教室の中から声がした。

「斎藤、入っていいぞ」

 息を吸って、思い切ってドアを開ける。あ、ノックを忘れた、なんて思ったが、そんなことで焦っている訳にはいかない。教室をぐるっと見回しながら教壇に向かう。みんな、髪色が明るい。ほとんどが茶髪の頭で席が埋まっている。少し緊張するが、私なら大丈夫だ。

「斎藤、自己紹介してくれるか。」

先生からの声に、顔を上げると、緊張しなくていいぞ、とでも言うように先生が微笑んでいた。その期待へのお返しとして、にっこりと笑顔を向ける。そして、教室のみんなの方に向き直る。

「斎藤忍です、これから、長い間ではありませんが、よろしくお願いいたします。一番の趣味は読書で、あまり面白いものではないかもしれませんが、他にも色々知っていきたいので、皆さんの好きなことをぜひ教えてください。」

そして一礼する。パチパチパチ。私が頭を上げる前に、大きな拍手の音がなり始めた。

「よっ。忍ちゃん!」

「こら永田、馴れ馴れしいだろう。」

先生と永田と呼ばれた陽気そうな男子との掛け合いに、教室が笑いに包まれる。とても和やかなクラスだ。よかった、緊張しなくて済みそうだ。私もつられて笑顔になっていた。

「それじゃあ、斎藤、右側のあの空いてる席に座ってくれ。」

先生が手で示す方向に目を向けると、先程教室を見回したときにひときわ目立つ、金色の頭が1つあった、あの席の隣だった。

 金髪の女の子、ちょっと怖かったりするのかな。なんて、少しまた緊張しながら席に向かって歩く。みんながニコニコしながらこちらに視線を向けてくる。席の横につき、、荷物を机に置き、椅子を引く。前の席の女の子が声をかけてくれた。

「斎藤さん、よろしくね、何かあったら私を頼ってね。」

「ありがとう。」

そして微笑む。右隣の男子は俺もたよっていいぞ、なんて声をかけてくれる。みんなこちらを向いて微笑みかけてくれる。私もそれに答えるように、微笑み返す。左隣の金髪の女の子だけを除いて。

「みんな、ほらそろそろ続きやるからな。」

先生の声に、少しずつ教室が静かになっていく。私も金髪の彼女を気にしつつも、先生の方をむく。

「えー、それじゃ、今日の連絡事項は…」

先生の話が続く中、左隣からペンを走らせる音が聞こえる。少しだけそちらに目を向けると、彼女が熱心に何かを書いているようだった。机の右側にはみ出す参考書がめに入る。彼女は英語の勉強をしているようだった。高二のこの時期からこんなに熱心に勉強してる子、珍しいな。後で声をかけてみよう、と決心する。


転入初日の授業が全て終わり、やっと放課後になる。ふう、とため息をついてしまう。あ、そう言えば隣の席のあの子に話しかけていなかった。ふと左を向くと、彼女は足早にその場を去っていくところだった。

「あの、えっと…。」

急いで声をかけようとしたばかりにことばがでてこない。

「ん、どうしたの。」

「ごめんなさい、えっと、隣の席の斎藤と言います。お名前を聞いてもいいですか?」

「影山唯。」

お互いに目を見つめ合うものの、気まずい間ができてしまい、目をそらしてしまう。

「用ないなら帰るけど。」

「ごめんなさい、ちょっと校内を案内してもらえないかと思って。」

初対面の人に向かって、あまりに厚かましい事を言ってしまったと、自分でも思った。当然、彼女はあまり好ましくないような顔をする。

「いいよ、ちょうど時間あるし。」

その意外な回答に、また私は黙ってしまう。

「行くなら早く行こ、ほらついてきて。」

「はい!」

不自然なほど先を急ぐ彼女に遅れないように、急いで鞄を方にかけ、後ろに続く。純粋に嬉しかった。誰が見ても明らかだと思った彼女の人を寄せ付けない雰囲気は、気の所為だったのかもしれない。

「えっと、どこ案内したらいいのかな。」

「ごめんなさい、実は案内をお願いしたかったわけじゃなくて、影山さんとお話したくて。」

「え、なにそれ。」

言葉だけ聞くと冷たい印象の彼女は、その笑顔によって打ち砕かれた。こぼれた、としか言いようの無いその笑顔が嬉しかった。

「ずっとお勉強されていたようなので、熱心な方だなと思って、お話してみたくて。」

「なにそれ、恥ずかしいじゃん。話すならいいとこあるからついておいでよ。」

そう言って、彼女は歩いていってしまう。


影山さんと他愛もない話をしながら歩みを進めていると、少し古びた図書室についた。

「なんか、もう一個新しく図書室ができたらしくてこっちの古い方はほとんど人が来なくておすすめだよ。」

彼女は私の疑問を察して、説明をしてくれた。人がいない図書室、なんだかワクワクする。遠くから聞こえる吹奏楽部の奏でる音色や、どこかの運動部の掛け声、まるで青春を体現したような放課後の空気に、思わず深呼吸がしたくなる。しかし今はそれどころではない。気難しそうな彼女と仲良くなる方法を考えなくては。仲良くなりたいと思ったはいいが、正直彼女と私では趣味が合わないんじゃないか、何の話をしよう、と思っていると、彼女が参考書を取り出しながら私に話しかけてくれた。

「読書、好きって行ってたよね、どんな本読むの。」

影山さんから読書の話をされるとは思わなくて、少しびっくりする。

「春田薫さんって知ってますか?」

嬉しさのあまり素直に自分の好きな作者を上げてしまったが、よく考えたらもっと有名どころを上げて、会話を弾ませるべきだっただろうか。

「昔よく読んでたよ、最近は本自体をあんまり読まなくなっちゃったから春田薫も読んでないんだけどさ。言葉の選び方とか、文章の書き方が優しくてきれいっていうか、すきだったなぁ。」

驚きと喜びで、自分がどんな顔をしていたか定かではないが、とにかく嬉しい。今まで友達と読書の話が弾んだことなんてなかったし、ましてや好きな作者の話で盛り上がれるなんて、まるで夢みたいだなんて思ってしまった。




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