第38話 クイーンサキュバス

生物の力を吸収し、時代が進むにつれ人間を狙う様になっていった


吸魔の悪魔。




人を襲う吸血鬼と呼ばれる悪魔が淘汰されていく中、


人間の生活に入り込み、力を貪ることで生き長らえてきた


西洋の悪魔だが、そんな悪魔がなぜ極東である日ノ本に


たどり着いたのか。




サキュバスの中でも温厚で争いを好まなかった者達が


勢力争いを避けた結果、欧州を離れる決断をし


争う相手がいない日ノ本にたどりついたのだ。




「こ・・・れは・・・・!?」




逃げるように移動してきたサキュバスたちだが


決して弱いから争いを嫌ったわけでは無く、


勢力争いに勝利し続け、戦いに疲れてしまったと理由で


移り住んできた強者達。




安住の地を求め、たどり着いたのが常陸の国茨木郡。


そこでとある男と恋に落ち、加藤段蔵が生まれた。




「・・久々ですね。この力を使ったのは。」




年月が経ち、加藤段蔵が家を出たのちも夫婦は幸せに暮らしたそうだが


悪魔であるサキュバスは人間よりはるかに寿命が長い。




夫の最期をみとった後出家し、八尾比丘尼として日ノ本各地を


回ったとされている。




家を出た加藤段蔵は風魔の忍びに弟子入りし、


忍者として様々な大名に仕え、その最後は諸説あるが


朝廷の指示を受けた上杉謙信が死を偽装し、


八海上杉家に仕えるように指示を出したという。




「私の先祖であるクイーンサキュバスの力を解放しました。


あなたの反応を見る限り、ここまでは調べていないようですね。」




クイーンサキュバスの血を引いた加藤段蔵は


その力をいかんなく発揮し、数々の伝説を築き上げてきた。




その血を引く加藤家の忍びも常人より力強く、


吸魔の力を引いているが


稀にクイーンサキュバスの血を濃く引き継ぐものが現れる。




それが私。姉も兄も持たない力を得た忍びだ。




「・・・ふーん。」




驚愕したものの、すぐに平静を取り戻す服部さん。




「確かにすさまじい力みたいだけど、


怖いのは催淫だけでしょ?




魔術で動けなくして、下の二人を捕まえれば・・・。」




純恋さんの炎を吹き飛ばした風が大きくなり、


私の周りで荒れ狂う。




「視界も無くすよ。どれだけ強かろうと


何が起きているかわからなければ手の打ちようがないでしょ?」




激しい風音が空気を割く音に変わる。


風の中に何かが入り込み、視界を遮った。




「砂塵旋風さじんせんぷう。竜巻の中に


砂と瓦礫を混ぜさせてもらったよ。




風の魔術は私の方が上。流石に止められ—————————」




目の前に現れた暴力的な砂塵に人差し指で触れ


魔力を込める。




格上が放つ魔術に魔力を注ぎ込んでも


魔力量の多さにすぐさま弾かれてしまうが、




竜巻はぴたりと止まり、砂と瓦礫が雨の様に


地面に降り注いだ。




「なっ・・・・・!?」




「言ったでしょう?先ほどまでならって。




情報収集とそれに対応した戦略は見事ですが、


上位の吸魔相手に無駄ですよ。」




体液から相手の情報を得るのはサキュバスでも行えるが、


クイーンサキュバスは体液から相手の力を一時的に得ることが出来る。




それ相応の量が必要だが、強い者の体液を


吸収することが出来れば格上相手でも勝利をもぎ取ることが出来る。




「私より強い風の力・・・・龍穂君か。」




「ええ。少しお借りしました。


あの人が宿す特殊な風の魔術までは使えないようですが、


あなた相手なら十分かと。」




「私の調べじゃサキュバスにしてはずいぶん奥手と出ていたんだけど、


かなり大胆だったみたいだね?




でも、従者としていけないことをしているんじゃない?」




主人と従者は恋愛関係になってはいけない。


家の存続を考えると、同等、もしくは格上の家柄と


結ばれるのが一番。




どれだけ親しい間柄でも従者との婚約は


華族にとってマイナスしかない。




「ご心配なく。龍穂さんとはそう言った関係ではありませんよ?




私がいくら龍穂さんにアプローチをしても、


あの人は振り向かない。


鈍いと言うかなんというか・・・・。


どこまで行っても兄妹の感覚なのだろう。




「さて、準備は整いました。お覚悟を。」




私を阻むものは無くなった。


悪魔の羽を羽ばたかせ、淫気をまとった鱗粉を


辺りにまき散らす。




そして風の魔術で純恋さん桃子さん、そして服部さん以外の


深き者ども達に向かって吹きかけた。




龍穂さんの力を使っていると、あの人が持っている力。


才能を身にしみて感じる。




強大な魔力神力。一つの属性に偏りが無い等しく強い


純度の高さ。




龍穂さんの封印が解かれる前に拝借した体液であり、


以前試しに使ってみた時は私と同じような強さだったが


式神契約を行ったことで今の龍穂さんの能力を


引き出せたのだろう。




私の淫気を吸った深き者ども達は意識が遠のいたように


呆然としており、全員が私に魅了されている。




「お前ら!!奴らを殺せ!!!」




服部さんの言葉に耳を傾けることなく、


フードの中にある醜い肌を晒しながら私を指示を待っていた。




「奴を・・捕えなさい。」




指示を出すと、今か今かと待っていた深き者ども達が一斉に


動き出す。




念密に組まれた計画の弱点はその緻密さにある。


たった一つの柱が崩すことが出来れば、全てが崩れてしまう。




服部さんの実力であれば倒されることはない。


そう計算することは間違いではないだろうが、


相性の悪さ、そして私達を即時殺さなかった油断が招いた劣勢だ。




そして計画の中身を龍穂さん達に届けることが出来れば


私達の優位は確実。


服部さんを捕えることは私達の勝利に直接的に繋がるはずだ。




「くっ・・・!!!」




襲い掛かる深き者ども達を服部さんは刀を構え体術で対処しようとする。


部屋に魔術や神術を使えば、私の魔術操作で遮られてしまうかもしれないと


判断したのだろう。




深き者ども達は一斉に動き出し、地鳴りを上げながら襲い掛かる。




催淫にかかっており、二人を狙う動きはしないと分かっているが


巻き込まれる可能性を考慮して風の魔術で


抱き上げるようにこちらへ引きよせた。




「お二人とも。あの人の実力なら


捕えられないどころか、全滅もあり得ます。




戦う準備を解かないようにお願いします。」




中遠距離の攻撃手段を実質封じ込めたが


刀だけで襲い掛かる深き者ども達を切り伏せていく。




下に降りて援護を考えたが、手数は多い消耗していない


服部さんと戦うより、消耗しきった後に


捕えた方が良いと判断した。




「こいつら・・・!言う事を聞け!!!」




いくら指示の上塗りをしようとクイーンサキュバスの力を


纏った私の方が実力が上であり、


私が油断をして力を解かない限りいう事を聞くはずがない。




手に持った見たことない得物を振るい、


手数に押され追い詰められていく。




(これなら大丈夫か・・・・。)




残った配下達の数は十分。


捕えるのも時間の問題だと思っていたその時、


奴らの体に異変が起こる。




「・・・・?」




服部さんに目掛け、襲い掛かっていた深き者ども達の


体がぴたりと止まり、まるで電池の切れた


ロボットの様に動かない。




「な、なんや・・・・?」




化け物とはいえ、奴らも意志を持つ生き物だ。


催淫にかかっていたとはいえ、体の動きを完全に止めるのは不可能。


生命に反した動きに、異様な雰囲気と不安がこの場を支配した。




「何が起こったのかわからないけど・・・!!」




これを好機と見た服部さんは刀を振るい、私達への道を


開こうと進み始める。




胴や四肢、首を跳ねられても倒れることなく


立ち続けている姿は命のない無機質な人形。




こいつらに何が起こっているのか。


私が指示を出しても動き出す気配すら見せない。




「・・警戒してください。」




何かが起こる。いや、既に起こっている。


焦りを何とか抑え、服部さんを見つつ


辺りの警戒を強めていると


耳に塞ぎたくような異音が部屋に響いた。




「・・!?」




「な・・・に・・・!?」




耳を塞いでいるのは純恋さんと桃子さん。


そして敵であるはずの服部さんも驚いた表情で塞いでいる。




耳を塞いでも頭に響いてくる音に顔をしかめながら


必死で辺りを見渡していると


固まっていた深き者ども達の体が紐が切れたように


力が抜け、一斉に倒れだす。




やっと異音が鳴り終わったかと思えば


深き者ども達の目が赤く光り、すくすくと立ち上がり始めた。




「あんた達・・・、あいつらを・・・・。」




私の指示無く立ち上がったところを見て


服部さんが指示を送るが、深き者ども達は得物を握りしめ


ここからでもわかるぐらいの殺意を向ける。




「何をしてる!私じゃ・・・・!?」




指示を無視し、服部さんに襲い掛かった。




私の指示で動いている時より力や体に切れが格段に上がっており、


すぐさま服部さんを追い詰める。




そして明らかに統率された連携で殺意が込められた凶刃が


肩を貫いた。




「ぐっ・・!!!」




混乱と恐怖。肩を貫かれた服部さんが浮かべた表情から


読み取れる最悪の状況。




これは服部さんや私ではなく第三者がこの場に関与している証だ。




「純恋ちゃん!下や!!」




桃子さんが隣で叫ぶ。


服部さんの状況に注視していた私は声を聴いて


真下を見ると、そこには首を跳ねられた深き者ども達が


得物を持ちこちらへ跳ねようとしている姿が映った。




「火竜噴かりゅうふん!!」




想定できるはずがない緊急事態に急いで


魔術を唱え跳ねさせないようにするが、




強化された私の炎に怯えることなく深き者どもは


こちらへ飛び込んで来た。




「!?」




頭が無く、視界から来る恐怖心が無いから飛び込んで来れるのだろうか?


目に写った必死の猛進に体が縮こまってしまい


思わず受け身になってしまう。




「危ない!!」




迫りくる凶刃を受け止める体制になっておらず


死が目の前に迫るが、


桃子さんの長い刀身の刀が敵の得物を受け止めた。




「踏ん張りが効かん・・・!!」




宙に浮いているので腕の力だけで受け止めており、


強化された敵との鍔迫り合いに


何とか踏ん張っているものの刀は振るえている。




下では数体の深き者ども達が跳ねる準備をしている。


このままでは格好の的であり、いずれは


私達の首元に得物の刃が届いてしまうだろう。




「・・地面に降ります!!」




宙に浮いている利点が潰され、ここに留まる理由はない。


鍔迫り合いをしている奴の腕を斬り落とし、


風の魔術を止めて地面に降り立つ。




「くっ・・そおおぉぉぉぉ!!!!」




遠くから服部さんの無念の叫び声が響くと


血しぶきが高く舞い上がる。




(味方を切り捨てたの・・?)




追い詰められ、刃が命に届いてしまったんだ。


一体何が起こっている?




服部さんを始末し、後は私達。


この場にいる深き者ども達の視線がこちらに集まる。




「来るで!!!」




赤く光る眼がまるで這うようにこちらに向かってくる。




劣勢は明らか。催淫が全く効かないこの状況を何とかするには


自傷覚悟で純恋さんの魔術に頼るしかない。




そのためには純恋さんの詠唱時間を稼がなければいけず、


桃子さんの前に立つ私が踏ん張らなければならない。




「・・・・・・・・・!!」




迫る赤い光と暗闇からこちらを狙う得物の恐怖に耐えながら


山蛭を構える。




(・・来る!!)




光が目の前まで迫り、得物を躱そうと体を動かしたその時。


体が地面に沈み、凶刃が頭上を通り過ぎた。




———————————————————————————————————————————————————————————————————




「遅くなった。すまん。」




気が付けばそこは先ほど通った洞窟。


顔を上げるとそこには兼定さんの姿があった。




「俺も影に飲み込まれてしまってな。


そこのいた奴に手間取った。」




辺りを見渡すと、深き者ども達の姿は無い。


危機から救われた。


どうやってここまで戻ってきたのかわからないが


安心だと分かった途端、体の力が抜けていく。




「色々文句言いたいところやけど、今は感謝するで。」




「・・龍穂さんが危ない!」




力が抜け、冷静を取り戻すと


頭の中に戦っている龍穂さんのことが浮かぶ。




深き者ども達を呼び出したのは徳川さん。


何かしらの方法で服部さんが追い込まれていると知った


徳川さんが服部さんもろとも私達を


殺そうと深き者どもをけしかけたのかもしれない。




そして龍穂さんも同じ状況に陥っているのだとすれば


例え青さんがいたとしても、対処は難しいだろう。




「落ち着け。龍穂はそう簡単にやられる奴じゃないのは


楓が一番分かっているだろう?




それに式神契約が切れていないのなら


龍穂が生きている何よりの証拠じゃないか?」




式神契約は死亡しなければ切れないほどの強力な契約。


確認する必要が無いほどしっかりと繋がれている


契約は兼定さんの言う通り、龍穂さんが生きている事を示していた。




「念話は控えてくれ。


今、龍穂は徳川さんと激闘を繰り広げているはずだ。




龍穂も楓ちゃん達の安否を気にかけているはず。


生きている方向を受け、その安心から隙が生まれてしまう


可能性を考えれば伝えない方がいい。」




念話の事を思い出し、行おうとした所を引き留められた。


龍穂さんの身を案じれば兼定さんの言う通りだ。




「いいか。よく聞いてくれ。


俺達はすぐさま龍穂の元へ行き加勢する。




先程も言った通り、無駄な連絡は取らずに


突入するためその場の迅速な対応が必要だ。




指示は俺が送る。全力で遂行してくれ。」




あの場で起きた異変や移動手段が気になるが、聞いている暇はない。


一人で戦う龍穂さんの元へすぐに駆けつけなければならない。




「行くぞ。」




体を休めることなく、先ほどの部屋に向かうため駆け出す。


先祖からもらったこの力で従者としての役目を果たさなければ。




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