第39話 大儀

味方が誰もいなくなったこの部屋で

徳川さんとの戦いは押しに押されていた。


「水とは生命の根源。海と言う無限の可能性を秘めた

場所で我々の先祖は生まれたのです。」


杖を扱う徳川さんは魔術で俺達を責め立てており、

中でも水の魔術は強力だった。


「龍穂!来るぞ!!」


俺達を囲む水の矢が絶え間なくこちらへ飛んできており

刀や魔術で弾いたとしても、飛び散った水は

すぐに集まり再度矢に形を変える。


いくら対処しても逃げきれないこの場所はまるで鳥籠。

水の魔術の長所をいかんなく発揮した魔術は

俺達を追いこんでいく。


「くそっ!わしが教えた魔術を上手く使いおって・・・!!」


「感謝しますよ。あなたのおかげで水の極意に近づけたのですから。」


青さんの人脈に今更驚かないが、回りまわって自らの

首を絞めてしまっている。


俺も青さんに水の魔術を習う際

この場にある水を全て支配する様に指導されたが

徳川さんが使う水の魔術はその教え通り、

理想と言える魔術操作だ。


「・・仙蔵!何故わしらを裏切った!!」


魔術操作が上の相手だ。

得意の水魔術を使えない青さんはなんとか矢を捌きながら叫ぶ。


「裏切ってなどいません。あなたが以前おっしゃった

徳川家の繁栄に努めたまで。


その結果が、あなたや龍穂君を殺めることになってしまうのは

残念ですが・・ね。」


青さんの言葉に心変わりすることなく

徳川さんは攻め続けてくる。


これではじり貧。

青さんと木霊で対応しても手数が足りない。


「くっ・・・!!」


風と刀をすり抜けた矢が頬をかすめる。

何とか避けたが、別方向からの矢が

俺を足に向かってきており避けきれずに

太ももに突き刺さる。


「やっと当たってくれましたね。」


何とか逃げようとするが、力を入れるたびに激痛が走り

上手く走れず目の前に大量の水の矢が迫る。


だが、当たる寸前で止まり俺の周りを囲った。


「とどめを刺す前に少しお話がしたかったのです。」


悠々とこちらへ歩いてくる徳川さん。


青さんと木霊も俺と同じように追い詰められており

手助けは期待できない。


「・・何でしょうか?」


出来る限りの見栄を張り、余裕の表情で

徳川さんを睨むが優しい笑顔は崩れることはなかった。


「何故・・あなたは戦うのでしょうか?」


どんな事を話すのかと身構えていたが、

三道のいずれかを志す者が必ずされるような

初歩的な質問だった。


「それは・・・・。」


簡単だと答えようとしたが、言葉が喉に詰まってしまう。

起きた出来事に身を任せてここまで来たので

何故戦うかをあまり意識していなかった。


「・・俺の大切な人達を守るため。」


「ほお。面白い事をおっしゃりますね。

あなたが戦わなければ、それが叶うと言うのに。」


・・戦わなければ?何を言っているんだ。


「龍穂!敵の言葉に耳を傾けるな!」


「私は本当の事を言っているだけですよ。

我々はね、龍穂君一人だけを狙っているのです。


あなたが戦いを止め、命を差し出すだけで大切な方々に

平安が訪れるのです。」


言い返したいが的を得ており反論が思い浮かばない。


「命を狙うのが私の内に諦めるのが懸命です。

何故なら私は温厚な方であり、


他の面々が龍穂君を襲った時、周りの被害などは

全く考えずに身も心も刈り取りに来るでしょう。」


脅し・・ではなく、事実を淡々と述べてくる。


「魔道省元長官であり、国學館東京校校長である

私があなたを命を狙っているのです。


他の方々の肩書はこの日ノ本の中核を狙っており

全盛期を過ぎ、老いぼれた私とは違い

実力も権力もけた違い。


諦めるのであれば、今しかありません。」


明らかになった事実が俺の心に重くのしかかる。

俺がここで戦う意思を見せ、一歩踏み出せば

どれだけの被害が及ぶか想像もつかない。


(この戦いも俺がいなければ・・・・・。)


大切な人達を守りたい。それは戦う理由にならない。

むしろ矛盾しており俺が死ねば全て解決する。


純恋達も俺と出会わなけば危険な目に合っていない。

全て・・俺が悪い。


「俺は・・・・・・・。」


考えれば考えるほど戦う意思がそがれていく。

ここで命を絶てば誰も苦しい思いをしなくて済む。

それは・・・俺自身もだ。


「・・ただ生きたい、ではいけないのですか?」


絶望の淵に立ち、顔を上げられない俺の耳に

いるはずの無い兼兄の声が聞こえてくる。


「生きたい。自らの人生を謳歌したい。

生を受けた人間はまずそれだけを胸に秘め日々を過ごすはずです。


そして毎日を濃密に過ごし、肉付けされていった希望が

夢となり近づくための目標が出来ます。


その原点である生きたいと言う気持ち。それだけで十分戦う理由に成りえます。」


顔を上げると俺を守るように前に立っている背中が見え、

辺りに銀色の球が浮かんでいた。


「ただの人であればそれで十分でしょう。

ですが我々は何千年前に誕生し、現代の日ノ本の中核に巣を広げた組織。


例え打ち倒すことが出来たとしても三道省の重臣を

殺めた罪が龍穂君を亡き者にするでしょう。」


まるで袋の鼠だ。どうあがこうと俺に逃げ場はない。


「では、何が必要だと言うのです。」


「・・・・”大儀”です。

我々を討ち果たしても、通すことが出来るほどの大儀。

それを持って初めて我々と戦うことが出来る。」


た・・いぎ・・?


「わずかな時間ですが、龍穂君の事を見させていただきました。

どうやら人を引き付ける魅力がある様子。


あなたが大儀を持って踏み出せば、きっと周りの大切な

ご友人達も共に歩んでくれるはずです。


我々はあなた一人を狙っていますが決してあなた一人で

戦う必要はない。


三道省の高官を目指す若者たちを引き付けるような志を持ち、

大切なご友人達と共に戦い勝利を収めることで

周りの方々を守ることが出来ます。」


みんなと戦って・・・守る。


「ですが、生半可な大儀では人は付いてこない。

それこそこの日ノ本の頂点を目指すくらいでなければなりません。


それは我々を討ち果たした後も続く過酷な道。

龍穂君。あなたにその道を歩む覚悟はありますか?」


正直に言えば、俺が背負っている使命。

そして必要な大儀をよくわかっていない。


だが、大切な人を守る。

八海で大けがをした猛のような犠牲者がこれ以上

出ないのなら俺は・・・・。


「・・俺は大切な人を守ります。


今はどうすればいいかわかりませんが・・、成り上がりますよ。

この日ノ本の頂点に。」


大儀とは言えないほどの曖昧な夢。

徳川さんの言葉をそのまま使ったただの言葉だ。


「・・フフッ。」


俺の夢を聞いた徳川さんは笑う。

それは言葉を真似た俺の小馬鹿にする笑みではなく、

どこか懐かしむような、成長した子供を見るような

優しい笑顔だった。


「本当にお父さんにそっくりですね。

友人思いで無鉄砲。だからこそ周りは惹きつけられる。


そんなあなただからこそ・・・・。」


何かを言いかけたが、咳ばらいをして留めた。


「良いでしょう。まだ不完全ながらも、熱意は受け取りました。


先程兼定君がおっしゃっていましたが夢と言うのは

人生の過程で肉付けられ定まっていくもの。


まだ全てが曖昧のようですがあなたが進む先に答えはあります。

肝心なのはぶれないこと。

何があってもその夢を忘れず、いずれは大儀と成す様に心がけてください。」


俺の足りないものを教え、導いてくれようとしてくれる

姿はまさに教職者だった。


「・・ですが、私を倒せればの話ですがね。」


だが、今までの優しい顔が崩れ

険しい顔で俺の事を睨んでくる。


どうやらここからが本気という事なのだろう。


「今だ!!出てこい!!!」


その顔を見た兼兄が大声で誰かを呼ぶ。


だが、既に水の矢は動き出している。

足を上手く動かすことが出来ず、避けきることは不可能。


『龍穂さん。動かないで。』


何とか刀を振るい、目の前に迫る水の矢を弾いた時に

聞こえてきたのは楓の声だった。


「暴風陣(ぼうふうじん)!!」


俺の周りに竜巻が起こり、水の矢が巻き込まれ

上に飛んでいく。


中心にいる俺に影響はないが風の勢いはすさまじく

矢は分解され水滴となって天井に打ち付けられた。


「少し話過ぎたようですね。ですが・・・。」


水は形を変え、俺達に降り注ごうとしている。

いくら弾き飛ばしたとしても無駄。

水自体をなんとしなければならないが密閉された

この部屋ではほぼ不可能と言っていい。


「すぐに再生する・・・、やろ?

そんなことはさせへんで!」


風が止むと眩しい光に思わず目がくらんでしまう。


「金鳥(きんう)!!」


何が起きたのかわからなかったが、純恋の声を聴いて

すぐに状況を把握する。


高純度の炎の魔術で水分を蒸発させたんだ。

確かに蒸発させてしまえば個体を液体を維持できずに

攻撃を行うことはできないだろう。


「助けにきたで!!」


そして俺を守るように桃子が前に立ち、

遅れて楓と純恋も到着した。


純恋と桃子は神融和を行っているが、所々に

傷がついており戦った跡が見え、

楓に至ってはクイーンサキュバスの力を引き出している。


四人が姿を消した先で激しい戦いが行われていたのだろう。

無事に勝利して俺を助けに来てくれたんだ。


「さあ、仕切り直しだ。」


全員が再び揃った。

俺だけでは決して見えなかった勝機の光が差し込んで来た。

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