第37話 憧れと未練
「きゃっ!!」
固い床に尻餅をつく。
忍びに押し込まれ、桃子さんが受け止めてくれたと思ったら
突然足場が無くなり下へ落ちた。
「あいたた・・・・。」
近くにいた二人も巻き添えになり落ちたようで
私と同じように尻餅をついている。
「・・・龍穂さん!」
いきなりの出来事に頭が混乱していたが、
すぐに正気を取り戻し辺りを見渡す。
先程の書庫とは違う別の部屋に移動させられたようで
コンクリートがむき出しのボロボロの部屋だった。
「ようこそ。私の隠れ家へ。」
日が差さない真っ暗の部屋の奥から声がして、
先程の忍びがこちらへ歩いてくる。
すぐ近くに敵がいると分かった私達は
得物を忍びに向かって構えた。
「私は服部雫はっとりしずく。よろしくね。」
口元を隠していたが、素顔を晒しており
先程の覇気を感じさせない穏やかな表情で現れた忍び。
「・・忍びが自ら名を名乗るなんていい度胸ですね。」
諜報など、様々な仕事を行う忍びにとって名を知られることは
御法度に当たり、忍びの世界では生きていけないとされている。
徳川さんがこの人を苗字で紹介したのも、
忍びとしての配慮だったのだろう。
「いいんだよ。どうせ、私に殺されるんだし。」
私の指摘を飄々と躱す。
強い言葉だが、まだ殺気は出てこない。
「そんなことより、気にならない?
私がなんでアンタを選んでここに引き入れたかをさ。」
殺気どころかなぜだか嬉しそうに私に話しかけてきた。
「・・いえ。気になりません。」
龍穂さんと切り離されている。
悠長に話を聞いている暇はない。
ここにいる三人で戦うのなら、桃子さんが前衛。
純恋さんが後衛でその間に私が二人のカバーを行うのが理想的だが、
あれだけの敵が突然現れたのを見た桃子さんは
純恋さんの元を離れるわけにはいかないだろう。
小刀を手に持ち、雫さんへと突っ込んでいく。
「んもう!聞いてくれたっていいでしょ?」
一振りで仕留める気で放った小刀の一撃は頬をかすめるが
クナイでいとも簡単に受け止められてしまう。
だが、これはわざと。
私の力が及ばないのはつい先ほどで嫌と言うほどわからされている。
私が振り放ったのは山蛭。
見た目が派手であり、効果は分からずとも何かしら
仕掛けてきていると察されてしまうだろうが
灯りがないこの部屋ではすぐに気づかれないつかないだろう。
「仙蔵様はまだ何か話したそうにしてたし、
アンタのご主人様はすぐには死なないって。
それにアンタのその吸魔術も対策済みだよ。
一人じゃ敵わないんだからさ。
体勢を整えてきた方がいいんじゃない?」
小刀から魔力の流れを感じられない。
何をしたかはわからないが、私への対策はばっちりの様だ。
「・・・・・・・・・。」
他の攻撃手段を考えたが、
有効打が浮かび上がってくることはなかった。
奴の指示に従うのは癪だが、純恋さん達と連携を
取るために一度後ろに下がる。
「うん。それが良いと思うよ。」
二人の元へ戻ると、桃子さんも神融和をしており
戦う準備は出来ていた。
だが、暗く瓦礫で身を隠すことが出来る箇所が多い
室内を警戒するあまり服部さんに集中できていない。
(・・エンラ。)
二人の精神的負担を減らすためにもまずは周囲の
情報を得なければならない。
バレないようにエンラを出し、時間を稼ぐために
服部さんに話しかけた。
「・・で、なぜ私はここへ引きずり込んだんですか?」
「それはね・・・。楓ちゃんを殺して君の姉兄達を振り向かせるためなんだ。」
口角を高く上げ、まるで狂ったように笑いかけてくる。
私を殺すことで、姉さんたちが振り向くわけがなく
言っている事の意味が分からなかった。
「私ね、服部家の中でもかなり才能があったんだ。
周りから百年の逸材だとか、結構もてはやされてきたんだ。
同学年にはもちろん、中学生の時に大人にも勝っちゃうような実力が
あったんだけど、一度あなたのお姉さんと手合わせする機会があって
衝撃を受けたんだよ。
華麗な体術。素早く、正確な魔術。激しい神術。
私を軽く凌駕する圧倒的な実力差になす術がなかった。
強さは時に美しさに変わる。
全ての所作に無駄が無く、忍びとして完璧な姿に
私はあこがれちゃったんだ。」
「そうですか。では、なぜ兄を?」
「お、なかなか急かすねぇ。
楓ちゃんのお兄さん。風太とは同い年でね。
国學館で同じクラスだったんだよ。
こいつを叩きのめせばお姉さんの眼に止まるかもって
思ってたんだけど、これまた圧倒されてね。
技術はお姉さんに劣るけど、すさまじいな力でねじ伏せられたんだ。
悔しかったよ。三年間一度も勝てたためしはなかった。」
自慢の姉と兄の実力はそうとうなものであり、
それは日々の稽古で身に染みるほど教え込まれている。
国學館に入学したこの人もかなり強いのだろうが、
二人に歯が立たないのも頷ける。
「・・姉はともかく、兄は大学にいますよ。
国學館にいらっしゃったのであれば、同じ大学に
進学出来たのではありませんか?」
「それがねぇ・・・。
父親の命令で卒業したら神道省に就職になっちゃったんだ。
なかなか忙しくてね。大学に行って会いに行くなんて
時間作れないんだよ。
お姉さんは神道省にいるみたいなんだけど、
どの部署にいるか聞いても分からないんだよね。
だからね。君を殺すことにしたんだ。」
二人に会えないから、私を殺す。
確かに私を殺せば、あの二人は復讐に来るだろう。
「筋は通っていますが、中身がぶっ飛んでいますね。」
「ふふっ。お褒めいただきありがとう。」
「褒めてませんよ。」
話しを長引かせたおかげでエンラが辺りの情報を取り終え
念話で報告が入る。
「・・お二人とも。今の所、あの人以外に
敵はいません。先ほどの様に敵が湧いて出てきたとしても
お二人なら対応可能ですので
今は一人に集中しましょう。」
辺りに人影なし。
これなら二人も少しは動きやすいだろう。
「・・私は何をしとったんや。」
純恋さんが炎の魔術で部屋を明るく照らす。
時間が経ち、落ち着きを取り戻したようだ。
「あれま。冷静になっちゃったんだ。
でも、もう遅いよ?」
服部さんが指を鳴らすと、照らしていた炎が消えてしまう。
宙にいたエンラも吹き飛ばされ私の元へ戻されてしまった。
「君たちの事は調べされてもらったよ。
三人とも厄介だけど、要注意なのは護国人柱の一人である
純恋ちゃん。
玉藻の前の力で強力な炎の力を操るみたいだけど、
近づく者には敵味方関係なく焼き尽くしてしまう。
こうして室内に引き込めれば、魔力の出量を抑える
ことしかできずにかなり制限をかけられる。」
上で風の音が聞こえ始める。
「桃子ちゃんは強力な魔王を体に宿しているけど実力不足。
出すことはできるけど、全てを引き出すことが出来ずに
出せたとしても短時間。
この後の事を考えたら使えるはずもない。
後は楓ちゃんだけど・・・・。」
風音が服部さんの方へ向かっていき、体にまとわせた。
「自分で言うのもなんだけど、忍びって粘り強いんだよね。
私より力はないけど時間をかけられると厄介だし・・・・、
三人でうまく立ち回れるとさすがに危ないかな。
この後私も戻って戦わなきゃいけないし、
なるべく力を温存しておきたいんだよね。」
そう言うと胸の前で勢いよく両手を合わせる。
すると影で埋め尽くされた部屋中に先ほど見た
フードの化け物達が大量に姿を現した。
「こいつら・・、まだこんなに・・!!」
「仙蔵さんに借りておいてよかったよ。
こいつら単体は弱いけど、さすがに多勢に無勢。
力に制限をかけられた二人と力の無い楓ちゃんなら
私が手を出さなくても、大丈夫だろうしね。」
勝ち誇ったように、こちらを見つめる服部さん。
悔しいが、この人が言っていることは的を得ていた。
事前に調べた情報と一致する場所をわざわざ選ぶ
用意周到さはこの戦いが念密に計画されたものだと
気付かされる。
(一番危ないのは・・・。)
私達と引きはがされ、徳川さんと相対しているのは
奴らの計画通り。
そして奴らは龍穂さんの命を狙っている。
一秒でも早く戻らなければ、龍穂さんが危ない。
「・・悪手ですね。」
出し惜しみしている場合ではない。
ここは私が出せる全力をぶつけ、打開しなければ。
「・・?この状況で何を言っているのかな?」
懐からいざという時用の小瓶を取り出し、
中に入っている液体を一気に飲み込む。
「先程あなたの小刀が頬をかすめた際に出た血で
力を測らせてもらいました。
どうやら風の力が一番強いみたいですね。」
「・・サキュバスの力だね。」
サキュバスなど力を取り込むことが出来る悪魔は
体液を体に取り入れた際、魔力を感じ取ることが出来る。
「でも、楓ちゃん程度なら十分だと思うけど?」
血から得た情報は確かに私より強い風の力という事を教えてくれた。
「ええ、”つい先ほど”までなら・・・ね。」
サキュバスの力を解放し、背中から黒い羽を生やす。
「お二人とも。一応口と鼻を布で覆っていただけますか?」
サキュバスの力をこの場全体に影響する。
二人に影響させないように操作をするが、
これだけの力を使ったことが無いので念を込めて
最低限の予防をしてもらう。
「淫気を振りまくつもりだろうけど、それは想定済みだよ。」
同じように口と鼻、さらに目元まで忍び装束で隠す服部さん。
「淫気は体液から感染し、体に伝わっていく。
だけどこうやって隠してしまえばなんてことない。
それに淫気を風で飛ばしちゃえば効果なし。
この大軍を前に魅了してしまえば操ることが出来る催淫にかけようとするのは
良い判断だったけど、残念だったね。」
私と同じ力を引き継いでいる姉さんに憧れ、
兄さんを倒そうと試みた人だ。
サキュバスの力について相当調べたのだろう。
「・・よく調べたみたいですね。」
羽を羽ばたかせ、浮かび上がる。
先程体にいれた液体得た魔力を体に浸透させ、
さらにサキュバスの力を解放していく。
「ですが・・・、この姿を前に余裕が保てるでしょうか?」
私には姉の様に精錬された技術も、
兄の様に全てを跳ねのける力もない。
加藤家の忍びとしての実力は半人前も良い所だ。
だけど、私に流れる血には加藤家に伝わる力が
色濃く刻み込まれている。
「はああぁぁぁぁ!!!」
悪魔の力が強まり、肌に黒い差しが入る。
翼も大きく、広くなり
私の中にあるサキュバスの力の純度が高まっていく。
「これ・・・は・・・!?」
かつて日ノ本の地に流れ着いた悪魔の長。
サキュバスを率いた女王の力。
クイーンサキュバスの力を引き出した私の姿は
この場にいる全員を視線を釘付けにした。
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