第36話 深くに潜む闇

「お待ちしておりました。」




「徳川・・・校長・・・?」




大きな杖を持ち、笑顔をこちらに向けている。




現れたのは徳川校長。


予想外の人物を前に俺たちは驚きを隠せない。




「ここは私が所有する書庫になっています。


移転の魔術を使い、地上からわざわざ持ってきたのですよ。」




辺りを見渡すと、暗くて見えなかった障害物の正体が露わになる。


敷き詰められた大きな本棚。


大学図書館と言われても全く疑わないだろう。




「・・まさかあなたが待ち受けているなんてな。」




兼兄だけは焦ることなく冷静に徳川校長に話しかける。




「そっくりそのままお返ししますよ。


龍穂君達のみをご招待したと思っていましたが、


まさかあなたが同行しているなんて思いもしませんでした。




大誤算ですよ。いなければことがスムーズに運んだというのに。」




なぜ兼兄がいるのかとイラつきを含んだような言葉つきだが、


口調は優しく、表情は笑顔のままだ。




「・・あんたの口からそんな言葉は聞きたくなかったな。


でも、その考え自体が甘いんじゃないですか?




今の龍穂達なら、あんたには負けないですよ。」




「ふふっ。そうかもしれませんね。


ですが・・・、それは”私だけ”なら、でしょう?」




校長先生と言葉に反応したかのようにどこからか


人影が飛んでくる。




「・・およびで。」




忍び衣装を身にまとった背の高い女性が校長先生の隣に立つ。




「この子は我が重臣である”服部家”の実力者の一人を連れてきました。




兼定君が龍穂君達についていたとしても、彼女がいれば


互角以上になるはずです。」




得物を構えていない状態でも、かなりの風格を感じる。


相当な実力者であることは間違いないだろう。




「さて・・・、戦いを前に


私の・・・いや、”我々”の目的を話しましょうか。」




校長先生はにこやかに話し始めた。




「既にご存じだとは思いますが、我々の主の名は賀茂忠行。


あなたの遠い先祖に当たる人物です。




陰陽術を極め、かの有名な安倍晴明の師である男は


とある”神の力”を授かり、すさまじい力を得て


千年と何百年と言う年別を生き長らえてきた。




ですが、通常の人間は齢を二桁、多くて百年と少しで絶命してしまう運命にある。


その運命を変えるためには、己の血を引いた子孫達の血肉を


くらい続けなければならないという一種の呪いとも言える


儀式を定期的に行わなければならないのです。




長い年月をかけ、日ノ本各地に広がった自らの子孫達の


血肉を喰らい続けた結果、忠行の血を引いた人間は龍穂さん、


あなたしかもうおらず忠行は必死にあなたを亡き者にしようとしているのですよ。」




俺が鬼に襲われたあの日、親父がしてくれた説明を


より詳しく校長先生は語っている。




「・・ではなぜ、あなたが龍穂の命を狙うのですか?


そんなものは賀茂忠行にやらせておけばいいではないですか。」




「彼もバカではありません。力を手にし、子孫を殺めなければならないと


理解した時、当時彼が属していた陰陽寮を支配し


自らの血を引いている者に権威を与え子孫を広げる準備を行いました。




そして自らの死を偽装させ、朝廷時代の権力を駆使し、


繁栄した子孫達を殺し、自らの献上させる組織を立ち上げたのです。




その名を”千仞せんじん”。


高い地位にいる者をあえて組織に引き込み、


罪深い理由のない殺人を行わせることによって


明かされてしまえば権威を無くす恐怖を与え自らの存在を明かさせない


完璧な組織を作り上げました。




そして彼自身は命を削るような戦いを避け、


より長寿を維持するために闇に潜み続けたんです。」




俺を狙う敵の衝撃的な正体に言葉を失ってしまう。


先祖を正体、そして敵の大きさは強大なものだった。




「途方もない年月組織を率いてきた彼には隙はありません。




膨れ上がった組織は歪が起き、崩壊を起こしますが


彼自身が選抜した少数精鋭によって構成された組織は


確実に龍穂君の命を刈り取ります。




魔術省元長官である私が属しているのを見ていただけばわかる通り、


構成員は全てこの国の重鎮。




もしこの事態を告発したとしても全て握り潰されるだけ。


あなたは生まれた時から三道省、ひいてはこの日ノ本を


敵に回しているのです。」




戦う前に俺の心を折りにきている。


俺の置かれている状態をただ説明しているだけなのに


あまりにも絶望的であり、ほぼ詰みと言えるだろう。




「龍穂君。あなたには残されてる選択肢が二つある。




ここで我々と抗うか、自らの身を投げ出し生きているだけでも


地獄だある人生に終止符を打つか。




あまりお勧めしませんが、もし戦う選択肢を選んだ場合


我らが主の配下達達全員と戦うことになります。」




徳川さんが持っている杖で軽く床を突く。




すると照らされている徳川さんの影が広がっていき、


影からローブ姿でフードを被った大量の人と思われる者達と


八海を襲った鬼が何体も現れた。




「少数精鋭じゃ・・・。」




「彼らは人ではない。わが主とその神を信仰する”深き者ども”と呼べばいいでしょうか。




彼らは忠誠心が高く、決して我らが主に逆らうことはありません。


そして見た目から分かる通り人間社会に溶け込むことが出来


いつどこで龍穂君を襲うことが出来るでしょう。




我々と戦うと言うことはこの先の人生、襲撃に怯え


気を休めることが出来ない事を示しています。




それは・・・、あなたと関わる人物全員が対象になり、


龍穂君がわが主を倒すまで終わらないでしょう。」




ローブの下から見えている肌は真っ白であり、人とは思えない


青白い肌をしており化け物であることは確かなようだ。




こいつらが素肌を晒して人前に出れば流石にばれるだろうが、


人が多い東京の街中で今の様にフードを被っていればまずバレない。


気軽に外に出る事さえままならないだろう。




こいつらが俺だけを狙ってくるのなら対処は出来るだろうが、


それが周りの人間にまで及ぶとなれば話しは別だ。




あの鬼を会場に放り込むくらいだ。


俺を殺すためならどんな手段を使うだろう。




怪我をするだけならまだまし。もし俺の友人が


命を落とすことがあれば、俺は耐えられない。




「・・ふん!」




だが、殺されるわけにはいかない。


どうするか考えていると後ろから純恋が不満そうに鼻を鳴らしている。




「龍穂。あんな奴の言葉を鵜吞みにすんな。




あいつは龍穂が置かれている状況を説明しただけや。


周りの人間が被害を受けようと、それは龍穂のせいや無い。」




「それはどうでしょう?長く続くお家騒動と理解しながら


巻き込んでしまうのは十分に罪だと思いますよ?」




「アホか。お家騒動やない。


人を喰らう化け物が起こしたただの大量虐殺や。




そんな殺人鬼に命を狙われる龍穂はただの被害者。


周りの人間を襲っている奴らがただただ悪いに決まっとる。」




大量の敵を前にしても、純恋は怖気ることなく話し続ける。




「そんな大量虐殺に手を貸すなんて頭おかしいんちゃうか?




あげくの果てに全て龍穂が悪いなんてほざく始末。


反吐が出るな。」




「・・・・・・・。」




純恋の罵倒を受けた徳川さんは、まるで逃げるように目を瞑っており


口を開かない。




「・・私は欲しいのですよ。”力”が・・ね。」




少しの間を開けた後、呟く。




「・・・・は?」




「力と言うのは上限が無いものです。


魔道省長官まで上り詰め、引退後でも私の発言力は


魔道省に強く残っています。




ですが・・・、まだ足りない。


そのためであれば何でも犠牲にする。


例え・・・、わが孫娘であっても。」




徳川さんがどこからか本を取り出し開く。


そして魔力を込めると大きな水球が飛び出し、


その中に意識の無い千夏さんが飛び込められていた。




「アンタ・・!!」




「なんとでも言いなさい。


私は欲する。徳川家が未来永劫繁栄するような力を!!」




非道。初めて挨拶した時、転校した来た俺達を思い言葉をかけてくれた


徳川さんの印象とは真逆の言葉が頭の中に浮かぶ。




「・・・・・・・・。」




ふと、隣にいた兼兄の顔が目に写る。


その表情が浮かべていたのは怒りではなく、


何とも言えない表情だったが


その奥には何とも言えない悲しさが見えたような気がした。




「屑・・としか呼べん。


こんな奴に龍穂を殺させるわけにはいかん!!」




俺が答えを出す前に、純恋が感情を爆発させ


玉藻の前との神融和を行う。




「金烏きんう!!」




魔術で作り上げた太陽は徳川さんの元へ放たれる。




動きは遅く、容易に避けられる速度だったが


フードを被った深き者どもと呼ばれる化け物達は


迫りくる太陽を恐れ、うろたえているように見えた。




「厄介ですね・・・・。」




千夏さんが入った水球を本にしまい、近くにいる忍びの


肩に手を置き、影へ沈んでいく。




「では、手筈通りに。」




「かしこまりました。」




徳川さんが影に沈み切ると、太陽が落ちる前に


忍びがこちらへ向かってくる。




「来るぞ!!!」




標的は俺。得物を構え、攻撃に備える。




「あんたに用はないよ。」




だが、俺に刃を向けることなく横にいる楓に向けられる。




「ぐっ・・!!!」




「用があんのはお前だ。少し付き合ってもらうよ。」




力時間である楓が簡単に押し込まれてしまい、後衛である


純恋達の元までたどり着いてしまう。




「純恋を・・守る・・・!!」




押し込まれた楓と共に桃子が刀で受け止め


忍びを何とか止める。




「厄介なあんた達も付き合ってもらうよ。」




動きを止め、純恋の魔術で反撃できると思った時、


その場にいた三人が地面に沈んでいく。




「なっ・・・!?」




影に沈み、身動きが取れず動揺した純恋は


詠唱を止めてしまい反撃の機会を失ってしまう。




「純恋!!!」




俺に助けを求め、必死に手を伸ばす純恋に


兎歩で迫るが体のほとんどが影に沈みこのままでは間に合わない。




「龍穂・・!!!」




影から伸びる手を取ることが出来ず、純恋達は影の中に


消えてしまった。




「・・・兄貴!!」




一体何が起きたのかわからないが、純恋達が危ない。


兼兄に助けを求め、振り返りながら名前を呼ぶが


そこに兼兄の姿は無い。




「え・・・・?」




あったのは落ちた太陽に身を焼かれ、苦痛の悲鳴を上げる


深き者どもと鬼達の姿だけだった。




「なっ・・・・!?」




抵抗することが出来ず燃えていき、力尽きて倒れていく


その光景はまさに地獄そのもの。




あまりに残酷な光景に、一歩後ずさりをしてしまうが


頭から水が降ってきた。




「逃げてはならん。」




近くにいた青さんが魔術を使い、逃げようとするを制止する。




「青さん・・・。」




「恐れるな。前に進め。


奴らは龍穂の命を狙ってきているんじゃぞ。




背中を見せ、逃げることがあれば


躊躇なくお前の背中に切りかかってきて、無残に殺される。




生きたければ、決して恐れずに立ち向かわなければならん。」




俺に寄り添うように隣に立ち、説教のような


励ましをくれる。




(あの炎は、純恋が俺のために出してくれた・・・・。)




俺自身、戦う理由をはっきりと決められていない。




俺が生きれば生きるほど、その分傷つく人が増える。


大切な人が傷つき、命を落としてしまうのは嫌だ。。




だが、純恋は俺の事を思い、太陽を放ち


攻撃をしてくれた。


純恋は俺に生きていてほしいと願ってくれている。




その純恋の思いを、俺は無下にはできない。




「・・ええ。分かっています。」




怖気づいているわけにはいかない。


戦いに勝利し、純恋の願いを叶えなければならない。


戦う理由はその後に決めればいいだろう。




「・・焦りましたよ。」




再び徳川さんの声が部屋に響く。




「まさかいきなり太陽を放ってくるとはね。」




燃えている深き者ども達の中から徳川さんが現れた。




「邪魔が入りましたが、お聞かせ願えませんか?


戦うのか、命を差し出すのか。」




改めて尋ねられた問いに、刀を抜刀して答える。


俺の事を思ってくれた純恋やみんなを俺は失いたくない。




「・・そうですか。できれば簡単に終わらせたかったんですが、


仕方ありません。」




刀を握り、駆け出す。




いち早く勝利を掴み、純恋達の元へ急がなければならない。


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