第21話 交流試合前
バスから降りて、会場の前に立つ。
「すごいな・・・・・。」
学校の体育館が小さく見えてしまうほど
巨大なドームが目に前に広がっていた。
「このドーム、神社とかと一緒で
釘を使わない木組みで作られているんだと。」
隣にいる綱秀が説明をしてくれる。
確かに窓や玄関など以外の外装は全て木目が見えており、
木を多く使用して作られているのが
見て取れたが、まさかこれだけ巨大な建物が
木組みで作られているなんて想像がつかなかった。
魔術や神術を使う際、周りの環境が術の威力に大きく左右する。
自然の力を使う魔術は当然、
長い期間育った樹木には神力が溜まっており、
その近くで神術を使用すると威力が増す。
この中で行われる試合で魔術と神術の威力が
釣り合う様に作り上げられたのだろう。
「既に大阪校の生徒達は中に入っています。
皆さんも中に入り、荷物を置き次第
挨拶をしましょう。」
毛利先生に続き、中に入る。
全体が和風な印象だが、設備は最新鋭で揃えられていた。
「ここが使用可能になったのはつい最近のことだ。
前に使っていた所は趣があったんだが、
いかんせん古くてなぁ。
古すぎて木霊が住み着いていたくらいだ。」
謙太郎さんが思い返すように語ってくれる。
木霊が好むのは自然豊かな場所にある高齢の樹木。
稀に古い家屋に住み着くことがあるのだが、
何時崩壊してもおかしくないような人が住み着かないほど
ボロボロな家を好む様で
前の施設がどれだけ古くボロボロだったのが
謙太郎さんからの話から伝わってきた。
「こちらが控室になります。
出場する選手たちはここに荷物を置いていただき、
その他の生徒達はこの先の観戦室に
荷物をまとめてください。」
小さな無機質なドアからロッカールームを想像するが、
中に入ると畳が敷き詰められた大きな
茶室が目の前に広がっていた。
「・・・ここが控室?」
「そうだ。外装に合わせて作ったらしいんだが、
流石にこれは控室には向かないよなぁ。
大体の奴らが荷物をここ置いてウォーミングアップが出来る
運動場に行く。
使うとしてら戦い疲れて寝るぐらいだな。」
控室には明らかに向かない和室に荷物を置き、
大阪校の生徒達に挨拶をするために
毛利先生に合流する。
「この先に大阪校の生徒達がいらっしゃいます。
出場する生徒達はもちろん、
観戦する生徒達もいずれ戦う相手になりますが
試合は礼儀があってこそ成り立つもの。
決して失礼のないようにお願いします。」
先生が扉を開くと、中には綺麗並んだ生徒達と
その前に立つ長髪で真っ黒なシャツと真っ黒なスーツ。
そして身に着けているネクタイや手袋まで
漆黒に染まった男が出迎えてくれた。
「ご苦労様です。遠い所からご足労いただきありがとうございます。」
「いえいえ。毎度のことなのでお気になさらず。
それに冬はこちらに来ていただくんですから
お互い様ですよ。」
漫勉の笑顔をこちらへ向け、愛想よく振る舞っているが
弧を描き、小さくなった目は一切笑っていない。
「さて、両校の挨拶といきましょう。
学年と名前をお願いします。」
謙太郎さんから順々に挨拶をしていく。
一人が終えるたびに大阪校から拍手が送られてくるが
一つ一つの所作が上品であり、
その場にいる全員が教養を叩き込まれた
華族であると立ち振る舞いから教えられた。
だが、ただ一人横柄な態度で拍手を送る人物がいる。
「・・・・・」
純恋だ。
辺りを見渡し、ため息をつきながら嫌々ただ手を叩いている。
隣にいる桃子に肘でつつかれ
ちゃんとする様に促されているが
純恋は態度を改めようとしない。
一年まで全員が挨拶を終えても、純恋はめんどくさそうに
佇んでいた。
「一年生に転校生まで、東京校は様々な
生徒を受け入れて活気があふれていますね!」
黒づくめの男はこちらに乾いた笑いを送ってくる。
明らかに俺達をバカにしている。
「次は大阪校ですね。
私は教師を務めます無名貌(むみょうばく)と申します。
よろしくお願いします。」
左手を腹部に当て、右手は後ろに回し
深々と頭を下げてくる。
凛々しい佇まいも相まってまるで執事のようだ。
「では、雑賀くんからご挨拶をお願いします。」
順々に挨拶が始めるが、無名先生に負けないぐらいに
礼儀正しく、気品が溢れている。
「二年、二条純恋や。よろしく。」
だが、相変わらず純恋はだるそうに不愛想な挨拶を披露した。
「二条さん。そうじゃないでしょう?
京都校から続く伝統の礼儀を———————」
しっかりする様に指摘した無名先生に対し、
睨みつける純恋。
「うっさいねん!別にどんな挨拶をしても変わらんやろ!」
態度どころか反抗する純恋。
その姿に俺たちは唖然としてしまう。
「・・次、桃子さん。ご挨拶を。」
無名先生は純恋に反抗に動ずることなく
隣にいる桃子に挨拶を振った。
明らかに不満を見せている純恋。
これから戦う俺に対しての不満かと考えたが、
部屋に入ってきて目があっても大きく表情を
変えることはなかった。
一体何に対して不満があるのだろうか?
「・・以上で大阪校の挨拶を終えます。
お互い三道省からの推薦があってこの場に立っていますから
出場する選手たちは推薦者の方々の顔を汚さぬように。
そして観戦する生徒達も戦う彼らから
強さというものを学び、そして恥をかかない
立ち振る舞いをお願いします。」
全員が挨拶を終え、無名先生が再度深々と頭を下げる。
力を見せつけなければならないのは俺だけではなく、
この場全員が同じ状況だと理解する。
自らの推薦した三道省の高官たちもこの試合を
観戦しにくるのだ。
もし、不甲斐ない負け方をすれば
見る目が無いと思われ、能力のなさを指摘されるかもしれない。
その責任は下手をすれば生徒の生まれた家にのしかかる。
推薦した高官の格が高ければ高いほど何をされるかわからず
もしかすると家を没落させられる可能性もある。
(みんな命懸けだな・・・・)
逆に高官達の眼に止まる結果を残すことが出来れば
高校卒業から三道省への就職が決まる可能性もある。
まさに天国と地獄。結果次第で未来が変わる。
「ここからは出場する選手達と観戦する生徒達で
別れて行動します。
選手たちは試合まで各自ウォーミングアップを済ましておいてください。
観戦する生徒達は同じ観戦室で
交流を深めるように。以上。」
毛利先生の号令で生徒達が動き出していく。
全員出場の三年生達は大阪校の生徒達と挨拶をしに行く。
「綱秀は知り合いはいないのか?」
「いない。大阪校の奴らは貴族ぶって
見下してくるから嫌いなんだよ。」
綱秀は大阪校の生徒に目もくれずに部屋から出ていく。
涼音も後に続く様に部屋から出ていった。
「・・・・・」
礼儀正しく振る舞っていた大阪校の生徒達。
綱秀の言うことが正しいのなら
それはおそらく表の顔。
身分が低いだけで見下してくるような裏の顔が
あるのであれば綱秀と涼音との相性は最悪だ。
仲良くできないのは当然の事だろう。
「相変わらず、涼音さんとは仲良くできていないみたいですね?」
二人の背中があった扉を眺めていると
いつの間にか隣に立っていた楓が下から
俺をのぞき込むように話しかけてきた。
「・・ああ。何故かわからないけど、距離を置きたいみたいなんだ。」
助けてくれた綱秀と仲良くしている所は
毎日眺めているはず。
いじめてきた奴らとは違う事は察してくれていると思うが
こちらから話しかけても
無視はされないものの、冷たくあしらわられてしまっている。
「私も一緒です。何かした覚えはないんですけど・・・」
「・・・・綱秀みたいに
仲良くなるきっかけがまだないからかもしれないな。
まだ転校してきたばかりだし、時間が経てば
多分仲良くなれるよ。」
色々なことがあり、濃密な時間を過ごしているが
出会ってから日は浅い。
関係性で悩むにはまだ早いだろう。
それに今はそんなことを深く考えている場合じゃない。
負けられない戦いがすぐそこに迫ってきている。
「純恋。」
桃子に叱られている純恋に近づき、話しかける。
「いいタイミングや・・!」
桃子から逃げるようにこちらへやってきた純恋。
「まだ話は終わってへんで!」
当然桃子も純恋を追い、こちらへやってきた。
「久しぶり・・・ってほど前じゃないか。」
「ああ、そうやな。」
桃子に怒られ、しゅんとしていた純恋だが
俺達を見た途端、戦う顔つきへと変わる。
「お手柔らかにお願いしますね?」
「無理やな。分かっていて言ってるやろ。」
楓のちょっかいを軽くあしらった。
「ちょっと・・・もう!
逃げないで話し聞いてや!」
「そんな場合やない。負け犬予定の二人に
挨拶しておかんとな。」
「俺達も負けたら親父に転校させられる。
負ける予定はないよ。」
「そうやったな。まあ、勝つのは私達やけど。」
お互いに負けられない理由がある。
前哨戦の口争いでもお互い引くことはない。
「桃子もよろしく。お互い悔いのない戦いをしよう。」
戦うと言っても、命の奪い合いではなく
ルールに乗っ取った試合であるため
互いに敬意を持って戦わなければならない。
その証として、友好の握手を二人に求めた。
「・・・ああ、そうやな。」
純恋はどこか寂しいような
顔で手を優しく握ってきた。
「・・・・・・」
桃子も同様の顔をして握手をしてくれる。
それを見た楓も手を差し出すが、
出したのは利き手ではない左手。
武器を持つ右手を残した状態での握手は
敵意があると相手に伝えているようなものだ。
楓がそんなことを知らない訳はないが、
あの日屋上で見せた黒い羽を見せた
二人だからこそとった行動なのだろう。
なにせ楓はサキュバスなのだから。
「・・あー、そういうことか。」
楓の差し出した手を見て固まった二人だが、
何かを察した純恋が左手で握手を返してくれる。
「ちょ、純恋・・・・!」
「ええんや。むしろこの場で楓が右手を
差し出してくる方が無礼。
これはお互いフェアに戦おうという
楓なりの証や。
桃子も握手しとき。」
幼少の頃の記憶があったからこそ純恋は気付いてくれたのだろう。
桃子は不思議な顔をしながら楓と握手をする。
「・・まだ先鋒戦まで時間がある。
始まってから体を起こしても十分間に合うはずや。
もしよかったちょっと話さへんか?」
純恋は辺りを見渡すと、人気のない窓際を指さす。
何気なく話していたつもりだったが、
周りの視線が俺達に集まっており
純恋はどうやらその視線から逃げたいようだった。
「・・・・・いいよ。行こう。」
断る理由はないので四人で戦う会場を一望できる
窓の前に移動する。
外からは見えなかったが、まるでコロッセオの様に
丸い会場を囲む数えきれないベンチには
既に惟神高校の生徒達が敷き詰められているように座っている。
(ここで戦うのか・・・・)
肝心の戦いが行われる会場は土が敷き詰められた地面に
所々に池があり、中央には巨大な聖火台高から高く燃え上がる炎が
風によって揺らめいていた。
四大元素が詰められた会場。
周りの環境に左右される魔術だが、全て揃っている
この会場であれば環境によって有利不利は存在しないと言っていいだろう。
「このドームな。全部じいちゃんが構造を考えたんやって。
学生がのびのび戦える環境が作れたって言っとたけど
控室とかもっとしっかり作ってほしかったと思わへん?」
じいちゃん・・・・。皇のことか。
前のドームがかなり古いことはさっき聞いたので
新しい所で試合ができることは嬉しいことだが、
確かに戦う選手が使う控室として機能しているとは言いづらいだろう。
「まあ・・・・・ね。」
皇の文句を言っていいものかと考えた後、
小さな声で純恋の考えに同意する。
「なんや。じいちゃんの推薦を受けたんやろ?
もっとはっきり文句言ったらええやん。」
「なんでそんなこと知っているんだ?」
俺でさえ事情が良く分からないのに。
「入学したと同時に推薦者が周りに周知される。
国學館やと常識や。
周りから言われんかったか?」
「いや・・・、特に言われてない。」
「・・・ふーん。」
純恋は驚きながらそっけなく返事をする。
「・・・・・・ええなぁ。」
そして羨ましそうにぼそりと呟いた。
「純恋はどうしてあんな態度を取っていたんだ?」
気になっていたことを単刀直入に純恋に尋ねる。
あの不満の理由は何なのか。どうしても気になっていた。
「ああいうのはもういっぱいなんや。
三道省直属の国學館は日ノ本の中でも最上位の高校や。
生徒達はほぼ華族達が集まり、高い教養や礼儀が求められる。
大阪校はそれが顕著でな。
学年が離れていたとしても、出身の格が上とか
推薦者の格が高いを理由に敬語使って
廊下で道を譲らないといかん。
たかだか高校生がそんなことせんで
対等に楽しく話とかすればええのに。
あの真っ黒黒助も大阪校の方が歴史が高い、
格が高いとバカにしたような笑って・・・・。
クラスにいるときもそうや。
格が低いとパシリに使うなんてことは当たり前。
格が全てを決める。そんなんおもろないやろ。」
純恋の言葉を聞いて転校するときにノエルさんが
言っていたことを思い出す。
格と推薦者でカーストが決まる。
年功序列はあるものの東京校はそんなことを感じさせないほど
全員が対等に接しており、
格によっていじめがあったうちのクラスも
綱秀が実力と努力によっていじめを排除していた。
「それは・・確かに面白くないな。」
「東京もそんなもんやろ?」
「いや、全員仲が良いよ。
まだ長い期間過ごしていないけど、格の違いで
優劣が決まるなんて場面は見たことが無い。」
俺の言葉に純恋は先ほどより大きく驚き
眼を丸くしながらこちらを見てきた。
「・・・ほんまか?」
「ああ、本当だよ。」
「・・・・・・・・・・そっち行こかな。」
「・・・・・?」
聞こえないほど小さな声で何かを呟いているが
聞き取れなかった。
「なんて言ったんだ?」
「・・なんもない。それより、龍穂は昔の事
思い出したんか?」
話しを逸らすように話題を変えてきた。
「いや、まだ・・・なんだ。」
ここ最近授業に疲れ、やることを終えたら
すぐに寝る生活を続けていたので
頭の中は三道の事ばかりであり他の事を考えている
余裕はなかった。
「早く思い出せや・・・・。」
舌打ちをしてオラつく純恋。
先程とは打って変わってイラついている。
「ははっ・・・・、ごめん。」
「まあええけど。失くした記憶が戻ってくるくらい
叩きのめしたるわ。」
そんな話をしていると、会場のスピーカーから
ノイズ混じりの声が聞こえてくる。
『国學館大阪、東京校交流会にお集まりいただき
誠にありがとうございます。』
毛利先生が会場に来ている三道省の高官達と
惟神高校の生徒達に向けて挨拶をしていた。
『先鋒戦の開始時刻が迫っております。
御観覧の方は席にお戻りいただきますようお願いいたします。』
「・・・・始まんで。」
戦場に向かっていく二人の背中が見える。
東京校からは謙太郎さん。
そして大阪校からは始めに挨拶した
リーダー的人物なのであろう雑賀さんの姿があった。
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