第20話 様々な期待と注目
転校してきて数日。
気合いの入った先生方の授業は熾烈を極めていた。
「大変そうだな。」
なんとか一日を終え、綱秀と一緒に寮までの道を歩く。
「武道で上泉先生にしばかれ、
魔道でアリア先生に高難度の魔術を何回も唱えさせられ、
神道で毛利先生に座学で神術の知識を詰め込まれ、
疲れ切ったに何とか昼ご飯を詰め込んだ後、
最期に共通教科の座学はさすがに疲れた・・・。
気を失わなかったのが奇跡だよ・・・。」
「必死に目を開けようとしている龍穂は
なかなか面白かったぞ?」
こいつ・・・・。
毎朝道場で顔を合わせるようになって
仲良くなったが、随分ずけずけと言う様になったな。
「転校してきたから遅れを取り戻したいのかもしれないが、
あの人達は生徒に無理な授業はしない。
出来るレベルから指導していき、熟練度を上げていく
方針だから厳しいのはそれだけ龍穂に
期待をしている証だ。」
それ自体は嬉しいのだが、
八海にいた頃とは比べ物にならないぐらい
レベルの高い授業に毎日体と頭はボロボロだ。
そのおかげで慣れない新生活でもぐっすり眠れている。
「アルさんの料理が多い理由が分かったよ・・。
ここじゃ食べないと体がもたないからなんだな。」
「いや、そう思っているのは謙太郎さんと龍穂と楓だけだぞ。」
あれだけ多いと感じていたアルさんの料理だが、
今はぺろりと食べれてしまっている。
そのおかげか、三列で並んで食べる夕飯は
俺と謙太郎さん、楓が一人ずつ置かれるようになった。
「さあて、今日の晩御飯はなにかな・・・・ん?」
夕飯の話をしてきたら腹の虫が鳴り、
頭の中は献立の事で頭がいっぱいになる。
今日は何だったかと考えていた時、誰かが
物陰に隠れたような気がした。
「・・綱秀。」
「ん?あぁ、あいつらか。気にすんな。」
偵察、尾行。いずれにしてもあまりにもお粗末な隠れ方だ。
(・・・・・・・・)
だが、ここまで俺達にばれなかった所を見ると
隠密はかなりの実力。明らかにばれることを
望んだ動きだった。
「ちょっとちょっかいを出すか・・・。」
隠れているであろう場所に音を出さずに兎歩で移動する。
「うーん。やっぱり一度取材したことが近くにいると
来てくれないですねぇ・・・。」
物陰に隠れていたのは首からカメラをかけた
見たことのない制服の女の子。
手にはメモとペンを持ち、頭を掻きながら
来てくれない綱秀を見て次の一手を考えているようだ。
「・・北条君と離れた所を狙いますか。
そうなれば再度尾行を・・・・あれ?」
カメラを覗いているが、綱秀の隣には俺はいない。
「・・・・こんにちわ。」
何を企んでいるかわからないが、
少し懲らしめようと後ろから肩に手を置いて
挨拶をする。
「ひぃああああぁぁぁぁ!!!」
度の強い眼鏡をかけた女の子は悲鳴を上げながら腰を抜かし、
何とか俺から遠ざかろうと必死に足を動かす。
誰もいないはずの所から狙っていた得物が
いきなり声をかけてきたのだから当然の反応だろう。
「へっ・・・・へ!?」
「俺に何かようかな?」
「い・・いや~・・・。」
「おい龍穂。気にすんなって言っただろ。」
叫び声を聞いた綱秀もいつの間にか
こちらへやってきて倒れている女の子を
見下すように睨みつけた。
「こいつは惟神高校の新聞部。
国學館に新しく入ってきた新入生の情報を流すことがこいつらの仕事だ。」
「・・その方が新聞が読まれるんですよ。
皆さんに目を通してもらえる記事を書くのが記者の仕事ですからねぇ。」
綱秀の言葉を受けた女の子はすぐに冷静になり
制服についた砂を払いながら立ち上がった。
「惟神高校二年。加治知美(かじともみ)と言います。
優れた才能を持った八海からの転校生である
上杉龍穂君を取材させていただきたくお伺いしました。」
「・・なんで俺の事をそこまで知っているんだ?」
「久々の転校生ですからねぇ。
あなたの事を注目している生徒は大勢いるんですよぉ?」
眼鏡の奥の目がゆっくりと弧を描いていく。
まるで俺の事を品定めしているような目だ。
「龍穂、行くぞ。こんなやつに付き合っている暇はない。」
「いいんですかぁ?交流試合は龍穂君の実力を
見せるための場でもあるのでしょう?
事前情報があることで実力を深く知ってもらえるのではないですかぁ?」
気味の悪い薄ら笑いを浮かべながら俺を説得して来る。
この子はおそらく惟神高校の生徒達から事前情報を
受け取っているのだろう。
毛利先生や謙太郎さんが言っていた通り、
俺の実力を知り、少しでも弱いと感じたら
惟神高校にいる華族達は俺の転校に異議を唱える気らしい。
「・・いいよ。取材を受ける。」
「おい龍穂!何を書かれるかわからない奴だぞ!」
綱秀が必死に止めに入ってくれる。
「良いんだ。何を書かれようと交流試合で実力を示せば
何も言ってこないだろ?」
それにここで何もしゃべらない方が何を書かれるか
分かったもんじゃない。
親父との約束がある以上、俺が進むべき道はとっくに決まっている。
むしろ実力を存分に見てもらえるように
しておくべきだ。
「覚悟は決まっている様ですねぇ。
そうなのであれば、こちらも心置きなく取材が出来るというものです。」
加治さんは何も合図をおくることなく、
俺に向けてカメラのシャッターを切る。
「良い顔つきです。次回の記事は良い評価を
いただける事間違いなしです。
では・・・・・」
加治さんの取材を受ける。
何も隠すことなく受け答えを行うと、
加治さんは上機嫌でそそくさと帰って行った。
「よかったのか?」
「大丈夫だ。そんなことより、早く寮に帰ろう。
腹が減って仕方ないよ。」
俺の情報を手に入れている華族達が
新聞部の生徒を使い、さらなる情報を取りに来ている所見ると
本気で転校を狙っているのが伝わってくる。
「・・・何かあったのか?」
俺の反応を見た綱秀が察したのか
心配の声をかけてくれる。
だが、この先の交流試合で負けたら退学しなければいけないなんて
言ってしまえば情に厚い綱秀は
学校に抗議してしまうかもしれない。
「何もないよ。」
動揺が無い様にいつも通りに答えたつもりだが、
そっけない返事になってしまっただろうか?
寮に向かって一緒に歩く綱秀は
俺を疑っているような目つきでじっと見つめてくるが、
俺は目を合わせることが出来なかった。
———————————————————————————————————————————————————————————————
交流試合の当日の朝。
寮生は全員集まって登校するのだが、
集合場所の共有スペースは異様な緊張感に包まれていた。
夏と冬の年に二回開催される交流試合は
夏が東京校、冬は大阪校と持ち回りが決まっており、
大学受験がある三年生は冬の出場は禁止されていて
三道省へのアピールが出来る最後の場だ。
指定校推薦での入学が大半を占めるようだが、
稀に一般入試を希望する生徒がいるらしく
こういった決まりになったらしい。
周りの空気に飲まれてしまい、緊張をほぐすために
軽いストレッチをしていると、楓が近くにやってきた。
「龍穂さん。いよいよですね。」
真剣な表情をしており、
数時間後に控えている戦いがどれだけ重要なものかを物語っている。
「・・・ああ。」
返す言葉が見つからず、一言だけ返事をする。
俺の緊張を察したのか、会話を続けようとはせず
寄り添うように黙って俺の隣に立った。
「お二人さん。良い緊張だね~。」
奥からゆーさんが頭に腕を組みながらやってくる。
俺達の様子を見て声をかけに来てくれたのだろう。
「だけどあまり緊張しなさんな。
そんなに固くなっちゃ本来出せる実力を
全て出し切れないよ?」
「ええ。分かっています。」
「全然わかってないな~。
ほらほら、もっと柔らかく行きなさいな。」
俺と楓の頭をわしわしと撫でてくる。
「ほれほれ~。」
緊張で凝った体をほぐそうとでも思っているのか
徐々に力が強くなっていき、
頭どころか体まで揺れていく。
「ちょ、ゆーさん!」
視線が大きくぶれ、体勢を崩しそうになった。
このまま続けばいずれ転んでしまうかもしれない。
「ゆー。やめろ。」
やめさせようと手を出そうとしたその時、
癖毛でうねったふわふわの金髪に
後ろから手刀が降ろされ、不意を突いた痛みに
ゆーさんは手を離し頭を抱えて蹲る。
「ぐえっ!!!」
大きなゆーさんでわからなかったが、
後ろにちーさんがいたようで俺達を助けるために
突っ込みを入れてくれたようだ。
「やりすぎだ。試合前に怪我させる気か?」
「だって~・・・・、龍穂達ガチガチなんだもん・・・。」
「それはやり過ぎた理由にならないぞ。
まあ、ゆーのいう事もわかるけどな。」
ゆーさんが後ろを向いて手招きをすると、
一年の女子二人が何かを持ってこちらへやってくる。
「試合・・頑張ってください!」
両手で持ったスポーツドリンクを俺の前に差し出してきたのは
真田麻由美(さなだまゆみ)。
真面目な優等生であり、綱秀や木下と同じ槍使いだが、面白い槍を使うと
楓が言っていた。
「ああ・・、ありがとう。」
隣の楓も応援を受けながら同じものを受け取っていた。
嬉しそうに受け取る所を見ると、クラスメイトと打ち解けているようだ。
「頑張ってね。」
「うん。」
楓に手渡したのは武田加奈子(たけだかなこ)。
楓と同じく活発な子であり、神術が得意なようだ。
「これを飲んで一息入れろ。
龍穂達は次鋒。今から緊張しても無駄に
神経をすり減らすだけだ。」
交流戦は全部で五試合。
先鋒、中堅、大将戦は一対一。
次鋒、副将戦は二対二の試合形式であり、
先鋒の謙太郎さんの後に戦うことになっていた
「・・・あれ?謙太郎さんは?」
もらった飲み物を飲み、深呼吸をして辺りを見渡すと
謙太郎さんの姿が見えない。
「あいつは道場みたいだよ。聞いてないか?
なんか龍穂の式神と一緒に最終確認をしているらしいぞ。」
「・・確かに朝ご飯を食べてから青さんの姿を見ていないですね。」
緊張していたからだろうか。
青さんがどこかへ行ったのに気が付かなかったが、
まさか謙太郎さんと一緒にいるなんて思ってもいなかった。
「あいつのことだ。きっと変な技を開発したんだろう。」
「前の休日に一緒に漫画喫茶に行ってから
仲が良いんですよね。」
ちょくちょく俺の体から抜け出してどこかへ行っているのは
知っていたが、二人は一体何を企んでいるのだろうか。
「なんでもいいけど、そろそろ登校時間だよ~。」
蹲っていたゆーさんが立ち上がり、俺の飲み物を
奪って飲み始めた。
「あっ、ちょっと・・・!?」
「ぷはっ。交流試合当日に遅刻はまずいんじゃない?」
「ああ。謙太郎はいつものことだから置いて行くが
まだ千夏が部屋から出てこない。」
「そういえば・・・・」
朝の出来事を思い返すと、朝ご飯の時から
顔を見ていない。
「声をかけたら一応返事は返ってくるけど、
部屋に入ろうとしても鍵がかかっていて
中に入れてくれないし・・・。」
「今まで寝坊や遅刻が一切ない千夏だ。
時間までには降りてくる。
とにかくここで待とう。」
そんな話をしていると、エレベーターの扉が開く。
「申し訳ございません・・・・。」
そこには息を切らした千夏さんが立っており、
いつも同じように結んでいる髪を
今日は何もしておらず、急いで部屋を出てきたのがすぐに分かった。
「珍しいね~。」
「まだ謙太郎が来てないから安心しな。
あと、これ。」
ちーさんが紙の手さげ袋を千夏さんに差し出す。
「これは・・?」
「アルさんから。朝ごはん食べてないだろ?」
入っていたのはサンドイッチ。
心配したアルさんが千夏さん様に作り、
ちーさんに預けたみたいだ。
「ここに座って食べな。食べている間に髪、結ぶよ。」
いつも凛々しく、余裕のある佇まいの千夏さんが
サンドイッチを食べながら髪を整えてもらっている姿は
きっとなかなかお目にかかれないのだろう。
焦っている千夏さんには悪いが
なんだが良いものを見た気分だ。
「ゆっくりでいいよ~。どうせあいつギリギリで来るからね。」
小さい口で急いで食べている千夏さんに
ゆーさんが自販機で買ってきたお茶を手渡す。
この厳しい国學館で長い間ともに過ごしてきたからこその
絆が垣間見えた。
「ごちそうさまでした。」
千夏さんが遅い朝食を食べ終えたと同時に
エレベータ―の扉が再び開く。
「遅れた!すまん!!」
そこには大きなたんこぶを頭に付けた謙太郎さんと
イライラしている藤野さん。
そしてその後ろに満足気な顔を浮かべた
青さんが立っていた。
「さあ、行こうか!!」
「このバカ、ずっと鍛錬をしていやがった。俺が声をかけに行かなきゃ
確実に遅刻していたぞ。」
「青さん!何をしていたんですか!!」
「はは・・最後の仕上げに時間がかかってな。」
全員が揃い、急いで寮から出る。
「時間が無い!走るぞ!!」
携帯を見ると、集合時刻まであと五分。
歩いていては間に合わないと判断した
藤野さんが大声で号令をかけた。
「ははっ!交流会の恒例行事みたいだな!!」
「おめぇのせいでな!!」
藤野さんの突っ込みを聞いて、全員が思わず笑ってしまう。
(・・・・?)
そんな中、笑顔を見せずにいたただ一人の人物。
千夏さんだけは浮かない顔をしながら学校へ向けて走っていた。
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ギリギリで到着し、怒られるかと思ったが
待っていた毛利先生から一言
「想定済みです。なのでいつもより五分早く
到着時間を伝えておきました。」
藤野さんの言う通り、謙太郎さんのせいで遅くなるのは
毎回だったようで早めに来るなんてことは端から
期待しておらず、あえて到着時間を
早く伝えることで対策をされていた。
「すいません・・・」
「お気になさらず。初めての生徒もいるので
改めて説明しますが、交流試合の会場には
バスで向かいます。ここから三十分ほどで着きますが
途中止まることはありませんので
トイレに行きたい方は今の内に行ってきてください。」
ホームルームで交流試合に流れを事前に説明を受けていた。
会場に着くと、そこからずっと動きっぱなしで
落ち着く時間は試合前のウォーミングアップの時間のみ。
「行ってくる。」
ウォーミングアップの時間を少しでも多くとるために
ここでトイレを済ませておこうと思い
トイレに急ぐ。
「ふー・・・・。」
ちーさんとゆーさんに多少ほぐしてもらったものの
緊張のこりはまだ残っている。
一緒に流してしまおうと深呼吸をしながら
用を足していると隣に上機嫌の謙太郎さんが来た。
「どうだ?緊張しているか?」
「少しだけ・・しています。」
「そうか。まあ最初はそんなもんだ。」
まるで待ちきれないような子供のように
どこか浮ついている。
青さんとの鍛錬がその理由に繋がっているのだろうか?
「・・青さんと何をやっていたんですか?」
気になって少し探ってみることにした。
「技の開発だ。漫画から得た発想を
再現するのに時間がかかってな。
朝遅れたのは師匠に確認をしてもらっていた。
それを使って先鋒戦を勝ってくるから
見ていてくれ。」
漫画から発想を得た・・・?
どんな漫画を見ていたかわからないが
とんでもない術を完成させたのかもしれない。
「それは楽しみですね。」
「ああ、期待しておいてくれ。
”あいつ”もびっくりするだろうな。」
「あいつ?」
「俺は一年の夏から毎回出場していているんだが、
毎回同じ奴と戦っているんだ。
そいつとはまあいい試合をしていてな。
ここまで二勝二敗。今回の試合で三年は最後だから
勝ち越しで終わりたい。
だからそいつが腰を抜かすぐらいの
技を準備したかったんだよ。」
年二回で行われているので四回連続で
戦うなんてどれくらいの確率なのだろう。
そこまで行くともはや運命の相手と言える。
「もしかしたら龍穂も今回の相手と良い縁が
繋がるかもしれないぞ?」
縁・・・か。
縁なら既に繋がっているが
悪い方向へ向かってしまっている。
「・・そうですね。」
純恋達が負けたら親父のいう事を一つだけ聞く。
俺達が負けたら国學館から出ていかなければならない。
どちらにとっても負けられない戦いだが、
正直言うとあまり気は進まない。
「行きましょう。」
だが、ここまで来たら引くわけにはいかない。
勝って国學館に残り、俺を狙う奴らに対抗するだけの
力をつけなければならないからだ。
トイレから戻り、バスに乗り込む。
「全員いますね?出発しましょう。」
乗り込んでいる人数で使用しても座席に空きができるほど
大型のバスが動き出し、試合会場へと向かい始める。
気を休めるために座席を倒し目を瞑ろうとすると
同じように座席を倒し、既に眠っている
千夏さんの姿が目に入る。
(眠れなかったのかな・・・?)
慣れている三年生でもやっぱり緊張して眠れなくなるんだな。
俺も授業で疲れて眠りに落ちたが、
いつもより寝つきが悪かったのを思い出し
少しだけ親近感がわいてくる。
千夏さんのように眠ることはできないが、
少しでもリラックスしようとヘッドホンを取り出し
音楽を流しながら目を瞑る。
いつも聞いているロックバンドの曲が
周りの声がギリギリ聞こえないぐらいで流れてきた。
(落ち着こう・・・・)
耳から流れてくる落ち着いたメロディーは
気持ちを落ち着かせようとしている
俺を手助けしてくれる。
音楽とバスの振動を感じながら、会場へと運ばれていった。
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