第15話 青さんの頼み

風呂から上がり、自室へと戻る。


「おかえり。長かったな。」


ソファーに寝て、タブレットを眺めながらダラダラとしていた。


「軽く体を動かした後の風呂か。

仲良くなれたか?」


契約が深い式神は契約者が何をしているかを

感じ取ることが出来るという。

青さんの場合、札に封じているのではなく

俺自身に封じているためより強く感じることが出来た。


「・・先は長そうです。」


謙太郎さんと綱秀と共に四階にある大浴場に入ったが

会話は弾むことなく帰ってきてしまった。


「そうだ青さん。五階の娯楽室に漫画が置いてありましたよ。

まだ時間ありますし見てきたらどうです?」


そのあと寮の説明の続きをしてもらい、

四階のトレーニング室、五階の娯楽室と図書室を見せてもらった。

娯楽室にはテレビと漫画、ゲームまで置いてあり

一年生と三年生達が対戦ゲームで仲良く遊んでいた。


「わしの見たい漫画はなかった。

あの本棚の中身全てどかしてわし好みの奴に全て入れ替えるか・・・」


ろくでもない事を考えているが、そんなことはさすがにさせる気はない。


「やめてくださいよ・・・。前の部屋の人が俺達に

残してくれたんですから。」


隣の部屋に入り、並べられた大量の本に手を伸ばす。

神道、魔道、武道が初級、中級、上級と規則正しく並べられている。


寮の説明を受けていた時も思っていたことだが

寮に備え付けられている施設を全て詰め込んだこの部屋の

元住人は消灯後、夜な夜なここで鍛錬を積んでいたのが伺える。

きっとかなりの努力家だったのだろう。

入学した全員がかなりの実力、そして秀才である

国學館のレベルの高さが伺える。


俺も見習おうと神道上級の本を手に取ろうとする。

すると


「龍穂。その部屋にある本は読まんでいい。」


寝転がる青さんが声をかけてきた。


「え・・・っと、なんでですか?

俺はまだ・・・・」


「その本棚だなお前が得る知識はない。

全てわしが叩き込んだからな。」


「でも・・・」


師匠の一人である青さんに言われて悪い気はしないが

いざこの本棚にある大量の本に書いてある全ての知識を

持っていると言われてもあまり自信が無い。

俺が知らない知識があるのではないかと再び手を伸ばそうとする。


「少なくとも、お前が手に取ろうとした

神道上級の本を読まなくいい理由がそう言っているんじゃ。

無駄なことをせずにこっちにこい。大事な話がある。」


使役出来たら特級と言われている龍本人に言われてたら

何も言い返せない。


(大事な話・・?)


何だろうとリビングに戻ると寝ていた青さんがソファーに

座り直し姿勢を正している。


今日の青さんは単独行動が多く、何かを探るような怪しい動きをしていた。

その結果、重要な何かを見つけたのかもしれない。


「なんでしょう。」


対面のソファーに座り、テーブルを挟み真剣な顔で青さんの顔を見る。


「・・・龍穂。何か大切な事を忘れていないか?」


大切な事・・・・。

考えてみるが、すぐには何も思いつかない。


「・・・・・いえ、分からないです。」


「そうか。では、教えてやろう。」


そう言うと青さんは目を輝かせながら

タブレットを見せてくる。


「夏休み途中!そして一日バタバタしていたから忘れていた

だろうが今日は金曜日!

明日は休みじゃ!!

せっかく東京へ来たんじゃ!!行きたいところがある!!!」


そこに表示されていたのは周辺の地図。

ある場所に赤いピンが刺さっており、そこには

漫画喫茶と書かれている。


「八海にあった漫画喫茶は潰れてしまっただろう?

途中で読めなくなってしまった漫画も、読み返したい漫画もたくさんある!!

付き合ってくれ!!」


青さんの頼みを聞いてがっかりしてしまう。

あまりに真剣な表情で何か重要な事を言おうとしているのだろうと

思ったが、休日に漫画喫茶に行きたいだけであった。


「はぁ・・・・」


「いいじゃろ?な?」


「そうでしたね。今日金曜日でしたね。

青さんの言う通りバタバタして気が付かなかったです。

ですけど、俺も一年以上過ごす寮にキャリーケース一個で

来てるんですよ。できれば色々買うための

時間を取りたいです。」


漫画好きの青さんと漫画喫茶に入れば

確実に一日潰れてしまうだろう。

流石にこの休みは足りないものを悠々と買える

時間を確保したい。


「え~~~!!!!」


誘いを拒否された青さんは

タブレットをテーブルに置き、ソファーに横になりながら

駄々をこね始める。


「行きたい~!!せっかく漫喫が近くにある所に来たのに~!!!」


まさかの子供の様な駄々。

俺より何千年と長生きしている伝説の生き物が

する行動ではない。

かの安倍晴明が見たら唖然としてしまうだろう。


「はぁ・・・。この先いくらでも休みはあります。

さすがに今回は俺の用事を優先させていただきますよ?」


諭すように青さんの説得を試みるが

聞く耳を持たずに駄々を続けている。


(参ったな・・・)


このまま放っておけば、気分を損ね

俺の中にふさぎ込んでいしまい指示を出しても

耳に届くことはないだろう。

どうしたものかと頭を悩ませていると、

玄関からノックの音が聞こえる。


「・・はーい。」


青さんをほっておくことはできないが、

出ないのはさすがに失礼だろうとソファーから立ち上がり玄関に向かう。

扉を開けば青さんの奇行はバレ、変な目で見られるかもしれないが

仕方がない。

覚悟を決めて鍵を開けて扉を開く。


「おう!言い忘れていたことが・・・・・」


開いた先にはいたのは謙太郎さん。

足りなかった寮内の説明の補足に来てくれたようだが、

大声で駄々をこねる青さんにすぐ気づいてしまった。


「あっはは・・・・」


「取り込み中の様だが・・・、

ソファーでバタバタしているのは式神の龍か?」


「え、ええ。よく一目見て分かりましたね・・・。」


「綱秀との戦いを見ていたからな。

で、なんでああなっているんだ?」


ここまで来たら仕方がない。

素直に今の状況を説明する。


「ふむ・・・。確かにいきなりの転校だと持ってくるものに

見落としはあるだろう。だが・・・・」


「あの人を放っておくのもそれはそれで大変でして・・・・」


俺の悩みを聞いてくれた謙太郎さんは

腕を組み何かを考え始める。


「・・・よし!!」


何かを決めたように声を上げる謙太郎さん。

そして部屋の中に入って駄々をこねている青さんの前に立った。


「その頼み!!私が何とかしましょう!!!」


そして青さんに負けないぐらいの声で

予想外の事を言い出した。


「は・・・?」


「な、なんと!行ってくれるのか・・?」


「ええ!漫画を嗜んだことはありませんが、

伝説の存在である龍とご一緒できるのであれば

こちらからお願いしたいぐらいです!」


俺の代わりに漫喫へ行くと言ってくれた謙太郎さんを

青さんがキラキラとした目で見ている。


「あ、遅れました。自己紹介を————」


「大丈夫じゃ!龍穂の中から見ておる!

それより・・・漫画、読んだことないのか?」


「お恥ずかしながら・・・。

実家にそう言った類のもの置いておらず、

鍛錬に明け暮れていたもので・・・。」


かなり厳しい家出身なのだろう。

その言葉を裏付けるように風呂場で見た謙太郎さんの

体は筋骨隆々であり、大小無数の傷跡が

びっしりと付けられていた。


「それは勿体ないな・・・・。

よし!ついて来てくれる礼じゃ!

漫画の面白さを教えてやろう!!」


青さんは長く生きてきた中で、新たな知識を

得るため様々な書物を見てきたらしい。

そしていつしか漫画に没頭するようになり

集めすぎて部屋の本棚に入らなくなった漫画を処理する時の

哀愁に包まれる顔を見るのが恒例行事だった。


別れた漫画達に会いに行くという意味の分からない名目で

一緒に漫喫に行った時、俺が知らない様々な

年代の漫画を教えてくれた。


新たな知識を得たり人の教えるのが好きな青さんは

好きな物×好きな事が合わさると目を輝かせ

張り切ってしまうのだ。


「あれも・・・あとあれも・・・・。

楽しみになってきたのう!!!」


空へ飛んで行ってしまう勢いで気分が舞い上がってしまった

青さんはこれはこれで止めることはできない。

それにこのままだと先走って漫画を楽しむための授業まで

してしまうかもしれないので

謙太郎さんの連絡先をもらい部屋から出て行ってもらった。


(楓も誘うか。)


俺と同じ状況である楓も早く生活用品を揃えたいだろうと

連絡を入れる。

送った瞬間に既読が付き、『いきます!!』と

返信が返ってきて思わず


「早っ。」


と声を出してしまった。


時計を見ると九時を回っていた。

消灯時間は九時半。もう寝る準備をしなければならない。

ソファーに座りながら歯を磨きながらスマホを見る。


他の誰から連絡が無いか確認していると

今日の夕方ごろ、猛からメッセージが届いていた。


『家にいないけど・・・何かあったのか?』


返信のために今日の出来事を振り返るが

どう説明していいのかわからず指が止まってしまう。

どこまで話していいのか。

どうすればこと細かく説明できるのか。

いい案は何も浮かんでこない。


『急なんだけど、今日から転校することになった。

詳しいことは時間が取れた時に電話させてほしい』


文章だけで伝えられることは限られている。

結果だけを話し、自分の言葉で伝えると


『わかった』


一言だけ返信が来た。


(・・どっかで時間作ろう。)


連絡が来たという事は俺の事を心配してくれたのだろう。

本当なら顔を合わせて話せればいいのだが、

下手に八海に戻ればまた猛に危険が及ぶ

可能性もある。


(これからどうなるのだろうか・・・・)


猛から連絡で一日を振り返ったことで不安が胸に押し寄せる。

先のことなど考える暇もないほど濃密な一日だったが

その内容は俺がここに来る前に抱いた不安を

さらに膨れ上がらせるようなものだった。


「・・・・寝よう。」


だが、その不安から逃げる選択肢は俺の中に残されていない。

既にレールの上に乗り、進むしかないのだ。

先の不安は考えるだけ無駄。

目の前の出来事に対応していくしかないのだろう。


「青さん寝ましょう。張り切りすぎて

明日寝坊しても知りませんよ?」


食事と同じ理由で睡眠も必要が無い青さんだが

俺と共に寝る習慣が付いたことで

体が自然と睡眠を求めてしまうらしい。


「ん~~~」


唸りを上げながらソファーに横になりタブレットを見ている青さん。

こうなるとなかなか動かない。

無理やり体を抱え、ベットのある部屋に連れていく。


運びながら画面を見ると明日のために紹介する

漫画の候補を調べているようだが

大量に上げており、明日だけでは到底消化できないだろう。


「今すぐ見るのを止めないと楓に頼んで

設定した時間を過ぎたら見られないようにしてもらいますよ?」


これ以上は無駄な作業だろう。

それに今までは本で読んでいたので明かりを消せば

眠りについてくれたが、タブレットであれば暗い中でも

購入した漫画が読めてしまう。


そうなれば生活習慣が逆転してしまうのは目に見えている。

俺と同じ生活時間を送れないのであれば

保護者設定で時間制限をかけるしかない。


「・・・・・分かりました。」


こういう時の青さんは素直でベットに置いた後

タブレットを手渡してくる。

携帯と共に充電をし、備え付けられているテーブルの上に置き

俺もベットに入った。


「・・珍しく俺の中に入らないんですね?」


実家であれば二つの布団で別々に寝ていたが

一つしかない場合、俺の中に入って寝ていた。


「わしは龍穂の式神じゃ。

お前の感情の変化はダイレクトに伝わってくる。

一緒に寝れば少しでも寝つきがいいと思ってな。」


そう言うと青さんはベットに潜りこみ

俺の体にぴたりとくっつき寝始める。

邪魔にならず、心地よいサイズ感の体に

少し大きな尻尾がベットからはみ出ている。


「そんな大げさな・・・ん?」


背中の方から何かがこすれるような音が聞こえ、

急いで振り返るとそこには青さんと同じようにベットに

入ろうとしている木霊の姿があった。


表情が変わらず、感情が読み取りずらい木霊だが

頬に触れると俺を心配するような不安が

伝わってくる。

不安は自覚していたが、俺が思っていた以上に

大きく膨れ上がっていたようだ。


「・・ありがとう。」


服を着ているが下は固い鱗。そして丸く削られた

木の殻を身にまとっている式神達に挟まれながら目を閉じる。

体温などは感じないはずなのだが、

触れ合う肌は心地よい暖かさを感じ、

いつの間にか意識は深い闇に包み込まれた。


—————————————————————————————————————————————————————————————————————————


「いやー!楽しみじゃのう!」


俺の隣に座り、浮ついた青さんが走る車の中から外の景色を眺めている。


「そうですね!私も楽しみでなかなか眠れませんでした!!」


その反対側でも楓が同じようにはしゃぎながら景色を見ていた。


ぐっすりと眠り、アルさんの作った朝ご飯を食べながら

バスで街まで移動しようと考えていたが、

謙太郎さんが事前にタクシーを手配してくれており

そのタクシーに乗りながら街へ向かっている。


「二人を見ていると初めて街に出かけた時は同じようにはしゃいでいたのを

思い出すよ。」


「ありがとうございます。タクシーを手配してくれて。」


「なんてことないさ。龍穂達もこれから同じように

街へ出る時はタクシー移動を使うだろうから

覚えておくといい。

そして新入生や転校生が入ってきた時、

同じように街へ案内してやってくれ。」


高校生がタクシー移動か。

自分の稼ぎがない学生が毎回のようにタクシー移動は

ハードルが高い気がするが、

ここに入学してきた生徒達のほとんどが位の高い家の出身だろうから

金銭感覚が俺達とは違うのかもしれない。


八海上杉家もかなり位の高い家柄だが、

毎月のお小遣いの額は周りの友達と比べてもごく普通であり

金銭感覚も離れてはいなかった。


(見え張るために無駄遣いは出来ないな・・)


お年玉などで貯金はしているが、これからどれくらいの

出費がかさむかわからない。

あまり無駄遣いはしないでおこうと心に誓ったその時


「安心しろ。国學館の生徒は国家公務員の身分となり

月額の手当が出る。街までのタクシー代ぐらい軽く払える

額は支給されるから大丈夫だ。

それに三道省からの依頼を受ければ、一回につき

特別手当が加算されるから貯金もできるぞ。」


毛利先生が言っていた急な出撃の話だろう。

頻度はかなり少なく、難しい任務ではないと

聞いているので俺の様に

あまりお金のない学生からしたらむしろ大歓迎なのだろう。


「到着しました。」


そんな話をしているといつの間に目的へ到着していた。

タクシーから降りるとそこは繁華街。

見渡す限りの人、人、人。

昨日は上から人の群れを眺めていたが

同じ目線で見るとまるで壁の様に立ちふさがる人の群れに

圧さえ感じてしまう。


「さて、青さんと俺はこっちだ。

二人はどこへ行くんだ?」


謙太郎さん達は数ある中から目的の店を

定めているようで、すぐにでも迎える状態だ。

俺達はと言うと、二人でどこへ行こうかなんて

話してはおらず、このまま何も考えずフラフラしていたら

簡単にはぐれてしまうだろう。


「色々回ってみようと思っています!

私が目星をつけていますのでご安心を!」


どうしようかと思っていると隣にいる楓が俺の手を

握りながら元気に返答をする。


「・・そうか。じゃあ安心だな!」


俺達の姿を見た謙太郎さんは笑顔で応え、

後で連絡すると言い青さんと共に歩いていく。


「では!行きましょう!!」


人混みに紛れていく二人の背中を見送った後、

楓に手を引かれ、俺達も人混みの中を歩き始める。


「ど、どこへ行くんだ!?」


「まずは色々なお店が入っているビルに行きましょう!

せっかく東京に来たんですからいっぱい見て

回りますよ~!!」


張り切った楓はぐいぐいと俺の手を引いていく。

オシャレなビルに入り、二人一緒にお店を見て回る。

雑貨、本屋、アパレルなど色々な店を見て回るが

談笑している時も、レジに並んでいる時も、

楓は手を離そうとはしない。


「なあ、楓。」


流石に片手では不自由だろうと思い、

手を離しても大丈夫だと伝えるが


「ダメですよ。龍穂さん人混み苦手でしょ?

それに手を離したら気になる所を見つけて

フラフラするんですから絶対迷子になります!

だから・・・」


楓は手を握りなおす。


「龍穂さんの方がしっかり私の手を握っていてください。

困るのは龍穂さんの方なんですから。」


表情からは感じ取れないが、

痛いほど強く握られた手からは怒りが伝わってくる。


「・・・・?」


俺はその理由が分からず、また楓に手を引いてもらいながら

買い物を続けていく。


「ほら!これとかいいんじゃないですか?」


楓の言う通り、ずっと田舎に住んでいたので人混みは苦手だ。

だが手を繋いでいたおかげか人酔いは全くせず、

楽しく買い物を続けられている。


楓のペースは速く、振り回され気味だが、

こういうのも悪くないなと思いながら

買い物を続けた。

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