第10話 不穏な決着
「龍・・・神術か!?」
隣で見ていた三年生達が龍穂さんが作り上げた
水の龍を見て驚いている。
確かに龍穂さんは建御名方の力を呼び出すことが出来、
神術で水の龍を作り上げることが出来る。
だが、遠目から見ても分かるくらい体に張り付いている鱗が
びっしりと、そしてはっきりとしており
以前見た水龍の胴は水で覆われていただけだった。
「・・・・・・いや、魔術だ。」
謙太郎さんがつぶやく。
詠唱をしている素振りを見せなかった龍穂さん。
神の力を借りる神術は無詠唱はほぼ不可能。
それにあの水龍の姿には見覚えがあった。
「青・・・・・さん?」
繊細に作られた水龍は龍の姿の青さんに瓜二つ。
見たところ神力も込められていない。
謙太郎さんが言っていた通り、あれは魔術によって作られた
水龍だろう。
まるで名工が作り上げた彫刻の様に作られた水龍は
高度と現していいようなものでは無く、
魔道省の高官の呼び名である”魔導士”が作り上げる
芸術と言われる魔術に匹敵するほど
精巧な魔術操作で作られた水龍だ。
青さんの様な水龍が咆哮を上げて、対峙する男子生徒に向かって
空を駆ける。
開かれた口には太陽によって照らされ輝きを帯びている鋭い牙、
そして下や喉の奥までしっかりと作られており
細部まで作り上げられた姿からはまるで生命が宿っているように見える。
本来上げることが出来ない雄たけびも
外見だけではなく、内部までしっかりと作り上げたからこそ
発することが出来たのだろう。
「なんだ・・・・こいつは・・・・!!」
目の前に現れ、明らかに敵を向け向かってきている
水龍を見て驚きながらも札から何やら特殊な矢を取り出す。
鏃は鉄ではない鉱物で荒く形を整えているが、その形状は鋭いとはいえず
矢としての効果は期待できないだろう。
軸には術式が書かれた古紙がまかれており、
矢筈に弦を張った瞬間に術式が発動されたのか
神力が満ち始める。
あの矢はおそらく術式を遠くに放つための道具に過ぎないのだろう。
先程からあの人は弓を使った神術を多く使っている。
高威力の光の矢。空に向かって放ち、降りてくる頃には
数えきれないほど数を増やした矢。
あの人が神降ろしをした神様は
恐らく弓矢にまつわる神様なのだろう。
弦をぴんと張り、鏃を水龍へと向けながら
何かをつぶやいている。
矢に込められた術式を発動するための
”真言”を唱えているんだ。
神の力を借りる神術は真言は
威力が高い分、魔術の呪文より長くなってしまう。
しかもその内容は神様に力を借りたいと祈願しているので
一つでも間違えれば神術は発動しない。
既に向かってきている水龍を前にして、
恐怖と戦いながらの詠唱のはずだが
神力の巡りを見る限り失敗している様子はない。
鍛錬と実戦で培った経験によるものなのだろうか。
「・・・照覧あれ!!!!」
大きく声を張り上げながら水龍に向けて矢を放つ。
照覧あれ。武士が自らの行動に偽りないと誓う時に使われた言葉だ。
放たれた矢にはすさまじい神力と光を放ちながら
水龍へと一直線に向かっていく。
(八幡・・・・か。)
照覧あれと言うのは自らの意思表示だが、
とある神に誓うという意味も含まれている。
使っている武器と放った言葉の意味を合わせると
あの人が降ろしている神様が自然と浮かび上がってきた。
水龍と八幡の矢がぶつかり合う。鍔ぜり合いのように
お互い一歩も引かず強大な神力と魔力が混ざりあい、
辺りの空気が歪み始めている。
神の力を借りる神術には自らに制約をつけることで
より強力な力を発揮するものがある。
私はやって見せる。あなたに見せつける。だからもっと力を
貸してくれと誓うことでさらなる力を神から
引き出すことが可能となる。
だが、それには当然リスクが伴う。
もし誓ったことが成せなかった場合、神の怒りに触れ
二度と力を借りることが出来なかったり、
最悪の場合は命を落とすことさえある。
誓った内容によって変わってはくるが
最新の測定器であれだけの力を計測し、
さらに芸術と呼べる魔術操作で作られた水龍と
張り合うことが出来る力を発揮できているという事は
かなりの無茶を神に対して誓ったと思われる。
もし龍穂さんに勝てなかった場合、
あの人の体が無事である保証はない。
「どっちだ・・・・・?」
二人の全力がぶつかっている光景を見守っている
私達の手には緊張のあまり汗が滲んできている。
ぶつかってから数十秒と時間が経つが
全くの互角の状況が続いており、大きな変化はない。
(・・・・龍穂さん。)
あれだけの魔術をもってしても、結局は人が使う力。
多くの信仰を受け、崇められてきた神の力を
借りた強力な神術の前では競り合うのがやっとだ。
思わず心の中で龍穂さんの勝利を願ってしまう。
だが、その願いは叶うことなく
ほんの少しずつではあるが光の矢が水龍を押し込み始めた。
龍は負けまいと気合いの咆哮あげながら光の矢に押し返そうとするが、
武士の信仰を受けてきた八幡の力は強大であり
押し返すどころかとうとう後ずさりを始めてしまう。
「・・・・・・・・・決まりか。」
謙太郎さんが勝負は決まったと言い放つ。
龍穂さんはあれ以上の魔術を放つことが出来ないだろう。
お互いの勝負手の強弱がはっきりしてしまった以上
謙太郎さんのいう通りほぼ勝負は決まったと言っていい。
「・・・・・・・・・!!」
このままでは龍穂さんが危ない。
助けに行こうと縮地の準備を始めたその時、
青さんの後ろに隠れていた龍穂さんが動き出す。
目を瞑りながら立ち上がり、見えていないはずの男子生徒を方を向く。
そのすぐ後ろには黒い木霊が浮かんでおり、龍穂さんの肩に座った。
神術には神術で対抗しようという考えだろうか?
だが、特殊な木霊であっても対抗することすらできないほどの
神力を込められた一撃だ。
どう見たって無駄なあがきにしか見えない。
それにまだ水龍は押し込まれているものの
消えてはおらず、魔術操作も途中だろう。
そんな中で神術を使おうものなら
操作に綻びが生じ、大きな隙を見せてしまう。
「・・・・・・」
中途半端は行動は敗北を意味する。
何を選択するのか見ていると、近くにいる青さんの肩をポンと叩いた。
「・・・・・・・今回だけじゃぞ。」
青さんはため息を一つ付くと、片手を上に掲げる。
すると龍穂さんが操作している水龍の魔力が絶たれ、
青さんとの繋がりへと変わった。
魔術操作を他人へ引き継ぐことは出来なくもないが
魔力の質や量、そして魔術操作を寸分も狂うことなく
受け手と貰い手が合わせることが条件であり
それは困難を極める。
だが、青さんはまるでゲームのコントローラーを受けったように
簡単に水龍の操作を受け取り、自らの魔力を流し込み始める。
幼い頃から弟子として龍穂さんを指導してきたからなのだろう。
魔力が大幅に上がっても、それを手に取るように把握し
押されていた水龍を立て直し始めた。
「・・・・・・・・」
近くに浮いている木霊と共に、何かを唱え始める。
体に神力が流れているので使うのは
神術の様だが、呟いているのは日ノ本語ではない。
「何・・をする気・・・・?」
英語なら多少は喋れるだろうが、使い慣れていない
言語での神術を使うのはリスクでしかない。
それに共に術式を使っている木霊は日ノ本の妖精だ。
どの観点から見ても日ノ本語以外を使う
理由は見当たらない。
「・・・・・・・・・・」
外から見ている全員が言葉を放つことなく、
龍穂さんの事を観察する様にじっと眺めている。
私と同じく龍穂さんの行動の意図を読めずに
今から起こる結果に注目していた。
「□□□□□□□□」
目を見開きながら龍穂さんは木霊と神術を放つ。
何をしゃべっているか、何を意味しているのか分からない
言葉を放つと黒い大きな球が龍穂さんの上に出来上がった。
木霊と出した漆黒の球体。
本来低級の精霊である木霊の神術は未熟なものであり
術の周りに漏れた神力からその属性が判別できるが
まるで磨き上げられた金属のようなその
球体を構成している神術は何も情報を得ることが出来ない。
まるで高位の術者が使うような術式だ。
熟練者であれば相手の術式の一つを見ただけで
その者の実力など知れるという。
そう言った者達との戦いは一つ一つの術式が
完璧に組まれ、その戦いを見た者は
まるで宝石をぶつけ合っているようだったと言う。
「・・・・・!?」
黒い真珠がゆっくりと抗っている水龍の方へと向かっていく。
青さんが操作を代わり少し押し返したもののそれでも互角。
龍穂さんの攻撃が加われば形勢は変わるだろう。
矢を放った八幡の力を使う男子生徒も追撃を行うかと
思ったが、膝をつきながらその様子を伺っているだけであり、
身に待っとっている鎧に綻びが生じ始めている。
今出せる全力を全て出し切ったのだろう。
何も邪魔が入らない真珠はゆっくりと水龍へと
近づいていき、あと少しで触れる所まで
行くと様子が変わる。
漂っているだけの黒いだけの球の周りに風が起こり始める。
始めはそよ風程度の風であり、何も影響はなかったが
徐々に風は強まっていき旋風を巻き始める。
風は強く、細く球体の周りを巻いていく。
それは近くで鍔迫り合いをしていた水龍と八幡の矢を
徐々に飲み込んでいき、強い力を有していた
二つの原型を粉々にしていった。
黒い球体に環。運動場に浮かぶそれは
まるで宇宙の彼方に浮かぶ惑星のようであり、
全ての力を飲み込んだその存在を操る龍穂さんの
勝利を示していた。
「・・・・・・終わりですね。」
いい戦いをしていた様に見えたが、
蓋を開けてみれば、切り札であった神降ろしを
龍穂さんは魔術、神術で圧倒した。
「・・面白い術を使う奴が入ってきたな。」
「ああ。そのせいで綱秀は勝負所を間違えた。」
もちろんこれは模擬戦。
使う技は全て強力なではあったが、
お互いが命を奪おうと深く踏み込むことはなかった。
「・・・同級生の男が全ていなくなったことで
天狗になっていたが、これでまた強い向上心が生まれる事だろう。
意味のある敗北だ。」
謙太郎さんは口角を上げながら運動場の二人を
眺めて言う。
「その大半はお前が鍛えてやるって言って毎日
ボコボコにしたせいでいなくなったんだけどな。」
謙太郎さんの楽しそうな顔を見て、となりの二人はため息をつきながら
文句を垂れる。
何故二年生の人数があれだけしかいなかったか
理由が判明したが、その中身は結構飛んでもないものだった。
「あれくらいで心が折れてしまう様であれば、
どのみち最後まで残れん。
それは藤も卓也も分かっていたことだろう?」
「それは・・・」
あの二人の顔を見ると退学を余儀なくされていった生徒達は
三人の目からしても実力不足だったというわけか。
要請があれば命を落とす可能性がある実戦にも
投入される可能性があるので
追い出したというよりかは温情をかけたと言えるだろう。
「だが、今回は骨がありそうな奴が入ってきた。
あれだけの実力があれば簡単には折れることない。」
「そうだな。」
一年以上この学校で鍛えられた綱秀さんを相手に
完勝と言える勝利を掴み取った龍穂さんの強さは
この場に観戦していた全員に実力を高さを
納得させることが出来た様だ。
「さて、勝負は着きました。
二人の元に・・・・!!」
明らかな決着を見て、毛利先生は二人の元へ向かおうと
足を進める。
だが、何かに気付いたのか手には刀が握られており
運上場に強い警戒を向けていた。
後に続こうとしていた私達もつられて得物を取り出す。
そして警戒を向けている先に目を向けると、
決着がついたはずの運動場では
龍穂さんが腕を伸ばし、黒い惑星を綱秀さんへ向け
少しずつ動かしていた。
「・・・龍穂!!!」
近くにいた青さんも龍穂さんを制止させようと
強い口調で呼びかけるが、答える様子はない。
軽く声をかけるだけで聞こえる位置にいて
青さんの言葉が耳に届いていないはずはないだろう。
何が起きたのかと龍穂さんを見ると、
眼に光はなく、体には力が入っていない。
伸ばした腕も他人に無理やり動かされている様であり
その姿はまるで糸によって動かされている
操り人形の様だった。
「っ・・・・!!」
龍穂さんの身に何が起きたのかわからないが、
声が聞こえないのであれば直接行って止めるしかない。
私は縮地で龍穂さんの元へ駆けつけようとすると、
隣で何かが眩い光を放つ。
そして後から轟音が響き、
龍穂さんの目の前には毛利先生が立ちふさがっていた。
「これ以上の戦闘は認められません。」
静止を促す毛利先生の体には細い光の筋がパリパリと音を立てながら
放たれており、移動した来た道には黒い焼けた跡が
残されている。
縮地より速く、力強い移動方法。
どうやったのかはわからないが、毛利先生の姿と
辺りの状況を見るに雷の力を使ったのだろう。
古来から神の怒りなどと恐れられてきた雷の力はすさまじく、
その力を操る毛利先生自身も相当な実力者だと分かる。
流石は国學館に務める教師だと感じさせた。
「・・・・・・・・・・・」
力なく上げられた腕が目の前に立っている毛利先生の方へ向けられる。
そして指がゆっくりと動き出し、
親指を上に立て、人差し指と中指で毛利先生を指す。
そしてその先に黒い風の弾が込められた。
「やめなさい。」
龍穂さんの行動を見た毛利先生は体から放つ雷を強める。
火花の様に光る雷が消え、遅れて響いた轟音に
私は思わず耳を塞いでしまう。
何とか薄めで二人の方を見るが、
龍穂さんは怯むどころか手で作った銃に込めている弾丸の
魔力を強めている。
あの姿の毛利先生を見ても、どうやらやる気の様だ。
「龍穂さん!!やめて!!!」
大声で龍穂さんに叫ぶが、雷の中心にいる龍穂さんの
耳には当然届くことはない。
弾丸の周りには風がまとい始める。
毛利先生と綱秀さんの間にある惑星と同じような術式なのであれば
おそらく放たれる合図なのだろう。
雷をまといながら、刀を構える毛利先生。
弾丸を弾くつもりなのかもしれないが、八幡の矢を
飲み込むほどの力だ。流石に危険すぎる。
「・・・・!!」
龍穂さんの口角がゆっくりと上がっていく。
まるで快楽殺人鬼が今にも人を殺すような不気味な
笑顔に思わずゾッとしてしまう。
あのいつも優しい龍穂さんが絶対にしない表情だ。
一体龍穂さんの身に何が・・・・。
違和感のあまり、恐怖で体が固まってしまっていたその時、
弾ける音と共に黒い銃弾が放たれる。
雷の速度で移動できる毛利先生と言えど、
至近距離で放たれた銃弾を避けることはできないだろう。
(いや・・・避けようとしていない!?)
眼で弾丸を捕えているはずだが、刀は構えているだけで
受けようとする素振りすら見せない。
足も完全に止まっており移動を考えてすらないようだ。
このままでは銃弾は体に当たるどころか
体を貫いてしまうだろう。
「・・ふっ。」
弾が顔を狙って放たれた時、毛利先生が浮かべた表情は
驚きでも苦渋の色でもなく、余裕の笑みであった。
「ほい。」
銃弾は毛利先生に辿りつくことなく、いきなり姿が消える。
そして龍穂さんの元に長い棒を持ったジャージ姿の何者かが
立っており、顔を鷲掴みにしながら押し倒す。
「いっちょあがり!!」
地面に無理やり倒された龍穂さんの顔には札が
張られており、驚いた声を出しながら
頭を上げ、叩きつけられた後頭部を擦っていた。
「へっ・・・!?痛った・・・・・」
「喧嘩に勝ったからって調子に乗るのはいただけないな。
転校生君?」
叩きつけた人物は余裕の笑みで龍穂さんに語りかける。
首から笛をかけているのを見ると、おそらく武道を担当する
教師なのだろう。
「えっと・・・・」
きょとんとした顔できょろきょろと辺りを見渡している龍穂さん。
様子を見る限り、正気を失っていた時の記憶はない様だ。
「はぁ・・・・・」
目の前で龍穂さんの身に起きた異変が正常に戻り、
安心のあまり足の力が抜けて尻餅をついてしまう。
小さい頃から一緒に居た龍穂さんが見せた狂気の一面。
龍穂さんの心を奥底に潜んでいたものなのだろうか?
(・・・・・いや。)
そんなはずはない。もし、そんなものがあったとしたら
表に出てきたタイミングはいくらでもあったはずだ。
足に無理やり力を入れ、倒れている龍穂さんの元へ急ぐ。
何があったのかしっかりと聞かなければならない。
_______________________________________
「えっと・・・・・・」
気付けば知らない人が目の前に立っている。
それに奥には体から雷を出している毛利先生までいた。
奴との戦いに決着をつけるため、木霊と共に神術を放ったはずだが
なぜだがそこから先の記憶がない。
「まあ、なかなかの実力があるってことは分かったよ。
これは指導のし甲斐がありそうだな。」
俺の実力を評価してくれている声の主の顔を見ようとするが、
四角い何かが視界を遮っており確認できない。
手に持ちどかそうとすると、額に札が張られていることに気が付いた。
通常の札は白い紙に特殊な墨を用いた文字が書かれているが、
俺に張られたいた札は黒い紙に白い文字が書かれており
相当な神力が込められている。
これにどういった術式が仕掛けられていたかはわからないが、
特別製の札のようだ。
「初めまして。」
遮られるものが無くなり、前を見ると
細身でジャージ姿の男の人が俺に向けて手を差し伸べている。
口調からしておそらくこの人の国學館の教師なのだろう。
何が起きたのかわからないが、俺はこの人の助けられたようだ。
混乱した頭では何も考えることが出来ず、素直に手を伸ばし
俺の起こそうとしてくれている手を握ろうとするが
嫌な予感がして手をすぐに引き戻す。
「・・・・?」
男は俺の方を見ながら笑顔で首を傾げる。
その表情からはなぜ握らないのか、警戒するなと伝えてくるが
嫌な記憶を思い出し、握る気は起きない。
俺に向けて手を差し出してきているものの
体の重心はほんの少し後ろに残してある。
このまま握れば投げ飛ばされてしまう可能性があるだろう。
「やめておけ。こういう時は握るなと教えてある。」
横から青さんの声が聞こえたと思うと、
頭に鈍い痛みが響く。
「いっ・・!!!」
怒られる時にいつもやられる手刀。
だが、いつも以上に感じる痛みからは
青さんの怒りが感じられた。
「ほれ。起きろ。」
背中をポンと叩かれ、早く起きろと催促される。
このまま怒られると思っていたが
何故か青さんは俺の様子を伺う様にいつもより三歩ほど距離を置いて
俺の方を見ていた。
「混乱している状況でも頭は冴えているみたいだな。
歴戦の龍を師としていると聞いていたが情報どおりだ。」
体に付いた砂を落としながら立ち上がり、教師の前に立つ。
「試してしまってすまない。
ここで教師をしている本田竜次(ほんだりゅうじ)だ。
綱秀が吹っかけた戦いを見せてもらっていたが、
少し危ないと思って仲裁に入らせてもらったよ。」
「あ・・っと、よろしくお願いします。」
きっと、謝らなければいけない場面だとは分かっているが
肝心のその記憶にないため何に対して
謝ればいいかわからず言葉が詰まってしまい
簡単な挨拶だけが口から漏れたように飛び出す。
奥にいた毛利先生の横にいつの間にか北条が立っており、
こちらににらみを利かせている。
放っている殺気とは裏腹に体に残っている神力は空に近く、
魔力も少ない。
見るからに神力主体の戦い方をしていたが、
俺との攻防で出せる力を出し切ったのだろう。
最期の攻防の記憶はないが結果は俺の勝利だったことを
奴の体が物語っていた。
「・・・・・・おい。」
毛利先生と共に俺の元へ向かってくる北条。
息を切らしながらドスの聞いた声で俺を呼ぶ。
「認めてやる。」
少なくなった神力では維持できずにボロボロとなった
鎧を身にまとった北条は手を差し出してくる。
重心は前に乗っており、怪しい動作をする気配はない。
国學館の生徒として、十分な実力を秘めていると
承認した、共に競い合って行こうという証なのだろう。
「・・・・・ああ。」
一言だけ言葉を放ち、握手を交わす。
痛いほど力強く握られ手はすぐに解かれ
顔をそむけるように振り返り校舎の方へと歩いて行った。
北条の背中を目で追っていると、多くの視線がこちらに
向けられていることに気が付く。
運上場の外に三人。そして一階の窓からこちらを眺めている
数人の視線が俺に刺さっていた。
一階は確か一年教室だったはず。授業中に外で激しい戦いを
していれば流石に注目の的になるだろう。
そして楓がこちらに向けて走ってきている姿も見えた。
心配して駆け寄ってきてくれたのだろう。
「・・・・・・」
近くに来てくれると思っていたが、
何が起きてもいいような距離で立ち止まり俺の方をじっと見ている。
(警戒・・・・されてる?)
楓が俺に対して警戒をしてくるなんて始めての事だ。
いつもなら近すぎるほど距離を詰めてくるのに・・・・・・。
「大丈夫・・・・みたいですね。」
俺に異変がないことを確認したのか、
楓は安心しながらいつも通りの距離まで詰めてくる。
これだけ警戒した理由はおそらく記憶がない時に
あるはず。
「・・・・なあ、楓。」
俺はその時の事を聞こうとした時、
校舎からチャイムの音が響いてきた。
「・・まだ楓さんの挨拶が済んでいません。
急いで校舎に戻りましょう。」
毛利先生が俺たちに向かって言う。
授業中なのに勝手に窓から飛び出し戦いを始めたことを
怒られると思ったが、お咎めはないようで
校舎に向かってあるていく。
色々聞きたいことが多すぎるが、楓の挨拶が済ませず
新しいクラスに馴染めないのは俺も嫌だ。
「・・・・行こう。」
楓に聞くのを止め、毛利先生の後を追い歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます