第9話 神降ろし

窓から飛び降りた二人を追って毛利先生と外に出た。


「・・・・・・・・・!!」


芝生が広がる運動場には鎧を着たガラの悪そうな男が弓を構えている。

その先には青さんと共に迎え撃とうしている龍穂さんがいた。

二人の様子を見た毛利先生は状況を冷静に分析し、


「互角のようですね・・・・」


と呟く。


国學館の二年生相手だ。いくら強い龍穂さんといえど

ただでは済まないだろう。

自己紹介の様子を外から見ていたのでなぜこうなったかは

理解できているが、出来れば毛利先生には

龍穂さんの身に何かある前に止めに入ってほしかった。


(隙を見て援護を・・・・・・)


距離はあるが縮地を使えば一瞬で龍穂さんの元へ行ける。

止める気が無いのであれば、私自身が行くしかない。

そう思い立ち体操着の下に隠していた暗器をばれないように

取り出そうとするが、


「やめてくれ。ここからがいい所なんだ。」


動かした腕を大きななにかに鷲掴みにされる。


「!!!!」


見るとそれは人の手であり、皮が厚く所々に傷跡が見える。

よほど鍛錬を積んだのだろう。

私を驚きつつ、腕を鷲掴みにした人物を

確認しようと反射的に顔を上げる。


「・・やっぱり似てるな!!」


私を止めてたのは制服を着た大柄の男性。

醸し出している貫禄がこの国學館で実力を積んだ

最高学年生であると教えてくれる。


腕を握っている手から伝わってくるこの人の強さ。

腕を無理やり引きはがそうとしてもほどけないだろう。

だが、そんなことよりこの人が初対面であるはずの

私に向けて言った一言が気になり

抵抗をする気が起きなかった。


「・・・似てる?」


「ああ!!お兄さんにそっくりだ!!!」


思いもよらない言葉に

きょとんとした顔を浮かべている私に向かって漫勉の笑みを浮かべると

掴んでいる手の力が解かれる。

そして私の肩をポンと叩くと毛利先生の元へ歩いて行った。


「上杉君。授業はどうしたのですか?」


龍穂さんと同じ苗字で呼ばれた男子生徒は

校舎の上の方を指さす。

何があるのかと思い、毛利先生と共にその方向を見ると

屋上の落下防止の策に肘を突き運動場を笑顔で眺めている

スーツ姿の先生のような人がいた。


「綱秀と転校生の姿を見て、一目散に飛び出していきましたよ。

俺達には自習だって言ってね。」


「あの人は・・・・・」


毛利先生はため息をつく。

口ぶりから察するにあの人は本当に先生なのだろう。

まだチャイムが鳴っていない。

授業中に生徒を放っておいて祖tの様子を見るなんて

初めて聞いた。


「なんで・・・・」


男子生徒は腕を縦に折り、肩の上を通すように親指を

立てて後ろを指す。

そこには同じ授業を受けていただろう生徒二人が

上杉さんを追って来ていた。


「こいつらも来ています。

あの人の気が満足するまで見学させてもらいますよ。」


「みなさん・・・」


二人の姿を見た毛利先生はさらにため息をつく。

一回目よりか深くつかれたため息が

事態の悪化したことを示していた。


「文句は竜次さんに言ってくださいね。

あの人俺達の話を聞かずに飛び出して言ったんですから。」


「ええ。きつく言ってますよ。」


三人は毛利先生の隣に並んで龍穂さん達を見ながら

話し始める。


「綱秀相手にあれだけ戦えるとは、あの転校生やりますね。

あれだけの実力の持ち主がスカウトの目に留まることが

なかったのが驚きです。」


「神、魔力の多さと強さが比例していない所を見ると

素材型の生徒かと思いましたが武術に関しては見たことの無い

居合を使い槍さばきをいなすどころか

戦いを優位に進め、神降ろしまで引き出した。

あれなら綱秀も認めざるおえないな。」


上にいる先生が我先に飛び出して見に行ったと言っていたが、

三人も龍穂さんに興味深々だったようで

私達以上に戦いを見ていたようだ。


「毛利先生。あの子の名前は?」


聞いただけでもかなり善戦しているようで

三人は龍穂さんの名前を毛利先生に尋ねる。


「上杉龍穂君です。これからは謙太郎君と

呼ばなければなりませんね。」


「上杉・・・。謙太郎、聞いたことないか?」


全国を探せば上杉と言う苗字の人はいくらでもいるだろうが、

国學館にたどり着くには三道省から認められた実力で

なければならない。

努力で登り詰めることも可能であると思うが、

現代まで名を残している名家や華族は才能ある血筋を

残してきたいう歴史があるという事を示しており、

この三人も例外ではないだろう。

そう言った人達は連絡を取り合っており、

実力ある人間と繋がっていることや

知り合いの場合が多い。


「・・・・・・いや、聞いたことないな。」


腕を組んで記憶の中を探っていた上杉さんだが、

龍穂さんの事は知らないようだ。


「後で自己紹介があるとは思いますが、

先に伝えておきますと八海上杉家の出身です。

謙太郎君は気付いていたようですが、

従者である加藤家の楓さんも一緒に転校します。

後で龍穂君と共に挨拶に行きますが

いい機会なので先にご挨拶をお願いします。」


毛利先生はそう言うと私の背中を軽く押し、

三人の前に私を誘導する。


「加藤楓です。」


改めて挨拶をすると聞いたので

名前だけの軽い挨拶だけに留めておいた。


「・・・風太さんの妹!?」


「確かにそう言われと似てる・・・・・な。」


毛利先生の説明を聞いただけだが、

私に興味深々の二人。

先程顔すら見ずに前を素通りしたのに

えらい変わりようだ。


四つ上の兄も国學館に通っていた。

三人の反応を見ると、親しい間柄なのかもしれない。


「従者として・・・・風太さんと同じか・・・。」


「・・ってことはあの子は定明さんの弟か!?」


先輩の妹と言うことが分かり話しが弾むかと思ったが、

従者として入学していたとなれば、当然定明さんへと繋がる。

私とは違い、同い年の二人はいつも一緒にいたはずなので

知らないはずがない。


「謙太郎。定明さんの事を知っていて

なんであの子のことはわからないんだ?

確か高校入学前から面識はあるんだろ?」


「・・・・・」


二人の中の一人が謙太郎さんに言う。

定明さんと面識があって龍穂さんが分からないなんて確かに

おかしい話だ。


名家や華族によくある話だが、長く続いていく過程で

血を繋いでいくため同じ姓を名乗りながら別々の家として

勢力を伸ばすことがある。

私が生まれるずっと前、関東で上杉と名乗る二つの家が

争っていたことがあると父親から聞かされた。


きっと謙太郎さんも格の高い上杉家の出身なのだろう。

その繋がりで定明さんとも面識があったみたいだが、

その場に龍穂さんはいなかったのだろうか?


「・・・・・・・・・始まるぞ。」


謙太郎さんは少しの沈黙の後話を逸らすように

運動場への注目を促す。

そこでは先ほどまで大きな動きを見せなかった両者の

力が増幅しており、戦いの激化を様相を見せていた。


______________________________________________



北条が俺に向けて弓を構えている。

よく見ると鏃(やじり)には何かが刻まれている。

何かしらの術が込められているのだろう。


大きな動きを見せれば奴は躊躇なく矢を放ってくるだろう。

弓は遠距離での攻撃が可能だが両手持ちな上に近距離での対応が

出来ないため、隙を見て接近すれば勝負を決めることが出来る。


奴もそのことは承知の上だろう。

それに兎歩での急接近を見せているため警戒はされているはず。


「・・・・・・」


俺は静かに空気中に浮かぶ水分を魔術で集める。

基本魔術は詠唱をしなければ発動できないが、

高度な魔術操作を行うことが出来れば無詠唱での魔術が可能だ。


奴の警戒を掻い潜りながらの無詠唱の魔術はかなり難しいが、

体の魔力操作で慣らしが出来たのもあり気付かれていない。


(今までより魔力を感じ取れる・・・・)


体の魔力を操作している時も思ったが、

魔力が増えた影響なのだろうか細かく魔力を感じることが出来る。


例えるなら今までは雨のような大きさの魔力を操作していたが、

それが霧ぐらいの細かさまで操作ができるようになっていた。


(上に・・・・集めよう。)


最低限戦える量の水を辺りに集め、残りは全て上に集める。

魔術の戦いの基本は有利な状況作りから。

魔術の師である青さんが俺にいつも言ってくれた言葉だ。


「・・・・・・・!」


きめ細かい魔術操作とはいえ、辺りの水分を集める大規模な動きに

奴も反応を見せる。

弓を引く腕が少し動いたように見えたが

まだ様子を見てくれるようだった。


「・・・・・・いくか。」


水分の移動を終えると青さんがつぶやく。

これ以上のにらみ合いは無意味。

そしてこちらから仕掛けようという合図だ。

俺はその合図に応えるため、手のひらにビー玉サイズの

水の球を作り親指で弾き宙へ打ち上げる。


「!!!」


奴も痺れを切らしたのか、俺の動きを見て張り詰めた弦から

指を話し矢を打ち放つ。

眼で終えるほどの速度で放たれた矢だが、

鏃の刻まれた術式が途中で発動し

矢全体が光を帯び速度を上げる。


初速を見て避けられると油断すれば当たってしまうだろうが、

警戒が強まっている今であれば避けるのは容易。

兎歩を使いその場を離れ接近を考え踏み込む準備をし始めたその時、

思考の片隅に違和感を感じる。


遮蔽のない弓での戦いの基本は近づけさせない事。

であれば速度の速い弓を連続で打ち接近を防ぐのが定石だが、

初速の遅お、一直線の動きしかできない回避が簡単な

矢を放つという事は接近のリスクがあるという事だ。


あれだけの槍さばきが出来、別称ではあれど弓矢八幡と呼ばれる

武神を扱う奴がそんな分かりやすいミスを犯すはずがない。

俺は踏み込みを止め、行動の意図を見るため奴を凝視する。


「釣れねぇか・・・・」


奴はすでに俺に向けて弓を構えている。

矢の先ほどの様に術式が刻まれた鏃が付いているが

先程の速度が上がった矢とは別の術式が刻まれているようだ。


初めから速度を出してあれば弓を構える時間はなかっただろう。

奴はわざと時間差で速度を上げ、わざと隙を作りだし

好機と思った俺をあの矢でねらい打つ気だったのだ。


「それなら・・・・」


自分が張った罠にかからないのであればと、奴は次なる手を

打つため鏃を空に向けて矢を放つ。

先程まで蒼穹が広がっていたが、俺たちの真上に不自然に出来た

雲を矢が貫く。


空高く打ち上げた矢は何を意味しているのか分からないが

奴はさらに隙を見せた。

隣には青さんもいる。今であれば安全に自分に有利な状況が

作り上げられるだろう。


「雨下喜雨(あまげきう)」


先ほど打ち上げた水の塊を上空で破裂させ

雲に水分を含ませる。

あの雲は俺が上に水分を集めて作り上げたものであり、

黒みがかった雲からは雨を吐き出してもおかしくはなかった。


そこに俺が放った水の塊が混ざったのだ。

黒い雲は俺が貯めに貯めた水を嬉しそうに放ち、

蒼く広がり、太陽が差し込む空から

雨が降り始めた。


魔力で操ることが出来る四大元素は

全て地球上に在るものを操作することで発動でき、

その力の源である物質を辺り一面に広げることで

優位に立つことが出来る。


俺が得意としている水の魔術であれば

水源を確保が肝心になるが、空気中に含まれる

細かい水分ではなく雨や水たまりの様に大きな水分のほうが

集める手間が省け使いやすい。


雨の様に水滴が辺り一面に広がっている状況であれば

どこからでも水分を集め魔術を放つことが出来るため

奴は全方向警戒せざるおえなくなり、北条の隙が増える。


「雨か・・・。確かに厄介だが・・・」


奴は降り注いだ雨に濡れながら黒雲を見上げている。

この場の優位を取られたと認識しているようだが、

弓さえ構えず余裕の表情を見せていた。


あの余裕はどこから来るものなのか。

どう見たって空に向けて放った矢が怪しいが、

例えあの矢が一本だけ降ってきたとしても

雨として降り注いだ水を使った魔術を使えば容易だろう。


(なんだ・・・・・?)


一体あの矢には何が仕掛けてあるのか。

この雨を全て吹き飛ばすような何かが込められているのか。

頭の中で様々な憶測がめぐる。


「・・・水よ。」


だが、そんなことをしている暇はない。

もし強力な魔術や神術が込められていたとしても

今この場の優位は確実に俺。

矢はまだ落ちてくる気配はない。

早期決着のチャンスだと判断し、奴の周辺に

降り注ぐ水を動かそうする。


「鋭く」


魔術に欠かせない呪文の詠唱。

先程の様に高度な魔術操作で無詠唱も魔術も可能だが、

時間がかかり精度を欠いてしまう。

あえて時間をかけて魔術を使いたいときには有効な手段ではあるが

精度を高く保ち、すぐに使いたいときにはこうして

詠唱を行うことが多い。


呪文にも種類があり、鬼の戦った時に使った水龍槍(すいりゅうそう)や

先程使った雨下喜雨(あまげきう)など

唱えればその言葉に沿った動きをする呪文の事を

”簡易呪文”といい、

今使った属性の指定を”主”、動きの指定を”述”とし、

魔術を放つ”基礎呪文”という。

簡易魔術の難しい所はあらかじめ言葉通りの魔術操作を覚えなければ

ならないが、一度習得すれば魔力の出力の調節だけで

簡単に放つことが出来る点だ。


(なるべく抑えつつ・・・・)


基礎呪文の動きを短い言葉で放つことが出来るので

簡易呪文を覚えれば覚えるほど基礎呪文を使う機会は減ってくる。

だが、俺の様にいきなり魔力が増幅し

調節を間違えれば人を殺めてしまう可能性があるような

場合は出力の調節がしやすい基礎呪文の方が有効に使える。


「・・・・・・・・・」


奴の周りに小さな針の様に鋭くとがった水が漂う。

体に触れることはないが、俺が指示を出せばすぐにでも体に

無数の穴を開けることが出来る。


奴は大きな反応を見せることなく、悠々と背中から矢を抜き

弓に掛けようとしている。


「雨を降らせることが出来るのはお前だけじゃないぞ?」


奴に向けて水を放とうしたその時、

何かが風が切るような音が辺りに俺の耳に響いてくる。


それは次第に大きく、そして数えきれないほど数へと

変わっていく。


「・・・!!!」


その正体を確認するために、奴を囲んでいる魔術を解き

警戒を強める。


「上じゃ。」



隣にいる青さんが冷静に俺に音のなる方向を指示に、

顔を雨の降る空へと向ける。

そこには俺が作り上げた黒雲から雨が降り注いでいたが

その雲から光る何かが落ちてきていた。


「・・!?」


初めは何が起きていたか理解できなかったが、

光が無数に落ちてきたことで全てを察した。


どういう力とどういう術式を使ったかはわからないが、

放った矢は空中で数を増やし奴が言っていた通り

矢の雨を降らしてきた。


矢の数を全て把握できないが、見た限り相当な量であり

俺が集めた水の量では奴に攻撃を仕掛けてしまうと

対処が出来なくなってしまう。


「くっ・・!!!」


奴の首元へと手を伸ばせそうな所でやめるのは

心惜しいが対処するために水を全て降り注ぐ矢に向ける。


こちらへ向かってくる矢からは力を感じることはない。

増えた時に全て使い切ってしまったのだろう。

ここからさらに増えるなんてことはないので

さらなる警戒をする必要はないが、

とにかく数が多すぎる。


だが、こちらも物量では負けていない。

空に貯めた雲、降り注ぐ雨、そして運動場の地面や

芝に降りた水の全てを使えば対処は可能だ。


「・・村雨(むらさめ)」


まずは空から降り注ぐ雨を強める。

大粒の雨が矢に続く様に降り注いでいくが、

魔術操作により形を変えていく。


「篠突ク槍ノ雨(しのつくやりのあめ)」


形を変えた雨は槍の様に鋭くとがり、

撃ち落とすかのように降り注いでくる矢に向かっていく。


羽を打ち抜かれ鏃が下を向かなくなったものや

篦(の)を打ち抜かれバラバラになるもの。

全てを対処することは叶わなかったが、大半を

片づけることが出来た。


「やるな。てっきり壁で安易に受け止めてくれると思っていたが・・・・」


全ての水を動員して防御をすると予想していたのだろう。

奴は少し残念そうな表情を浮かべながら鏃をこちらに向けている。


降り注ぐ矢への対処で全て水を使ってくれることを予想していたのだろう。

奴が弓を構えていたのを確認していたのはあるが、

降り注ぐ矢に向けて的確に水の槍を放つのは神経を使う。

奴へ警戒をしながら、全ての水を動員したら

脳が焼き切れてしまうだろう。


「さっきは軽々避けてくれたが、これはどうだ?」


弦を張り、光が俺へ襲ってくる。

先程は初速はゆっくりとしていたが、

このための布石だったのか今度は始めから最速で

矢を放ってきた。


「・・・!!」


魔術に集中していた中での攻撃。

体に急速に魔力を張り巡らせ兎歩を使い回避をするが

あまりの速さに避けきることができずに

刃が頬に掠る。


「よく避けたな。」


俺を一撃で仕留める気でいたのだろう。

驚きながらも追撃のためすでに弓を張っている。


光の矢は俺を仕留めようと体に向かってくる。

奴が放つ鏃の向きで軌道を読み、兎歩で回避を試みるが

雨の魔術操作で脳のリソースが取られ完全に避けきることが出来ない。

避けきる一歩を踏み切れないのを見たのか

矢の軌道が一直線ではなく、湾曲を描いたものが

俺を狙ってきており避けるのがさらに困難になってくる。


「・・・馬鹿者が。」


警戒するところが多すぎて頭が上手く回らない。

片方に集中すれば、片方が俺の首に手をかけてくる。

じりじりと追い詰められていく感覚。

このままではマズイという事だけは分かっている。


「相手を気にかける余裕はあるのか!?

全力を出し切れ!!!」


混乱している頭の中に青さんの怒号が響いてくる。

上と前から飛んでくる矢を何とか躱しながら

青さんの言葉を何とか頭の中で反芻し

その内容を理解していく。


この戦いはあくまで俺の実力を示すものであり、

必要以上に気付ける必要はない。

そう考えていくうちに

想像ができないほど強くなった魔力を

上手く操作して北条を傷つけないように

制御してしまっていたようだ。


(全部操作する必要は・・・ないか。)


まずはこの焼き切れそうな頭を冷やす必要がある。

となれば、警戒する箇所を減らすのが最優先だ。

俺を狙う光の矢から身を隠すため青さんの後ろに

移動し、屈みながら手のひらが下になるように両手を重ね簡易呪文を唱える。


「盆返し(ぼんがえし)」


雲として貯めていた水を全て液体に変え

運動場に落とす。

まるでバケツをひっくり返したような大量の水が

勢いよく降り注いだ。


そして手のひらを返し、今度は地面にある水分を天に向ける。

魔術操作を考えることなく地上にある水分を全て吸い上げ

こちらに向かってくる矢を閉じ込めるため大きな水の牢獄を

作り上げた。


「珠玉牢獄(しゅぎょくろうごく)」


上に向けた手のひらを握り、矢の雨を水で飲み込む。

俺たちの上には吸い上げた水の塊が浮かび上がっている事だろう。


「・・・・・・・・・」


青さんの背に隠れているので北条の反応を見ることはできないが

言葉を発している様子はない。

だが何かが空気を引き裂くような音が何回も鳴っており、

この状況を打破するため俺に向かって矢を放っているだろう。


「ふん。」


空気を引き裂く音が聞こえるたび、固い何かが遮る音も聞こえてきている。

おそらく青さんが俺を守るために対応してくれているのだろう。


青さんの叱責。そして援護を無駄にするわけにはいかない。

北条に一泡吹かせるため、上に浮かび上がっている水の牢獄に

向かって呪文を唱える。


青さんに守られているからだろうか。

冷静になった途端、今まで使ってきた魔術との差が

水を操作している手から伝わってきた。


心に余裕がない中で魔術操作を行っていたため

あまり実感できなかったが、巨大な水の塊を形成している

水滴、いや水分一つ一つを手に取るように実感できた。


魔力の増幅により、感知できる魔力の質も上がったのだろう。

これを操作できるのは今まで指導してくれた青さんのおかげだ。


(・・・こんな感じだったか。)


たまに見せてくれる龍の姿の青さんを思い浮かべる。

綺麗な青色の鱗。長く太い胴。長く伸びた髭に

全てを噛み切ってしまうような顎と牙。


空に浮かび上がっている水を粘土のように操り

青さんに瓜二つの龍を作り上げ、本物のように動かす。

精度の高い魔術操作と鮮明なイメージは

魔術を生き物へと変える。

昔青さんがそんなことを言っていたことを思い出した。


目を瞑ると辺りの音が消える。

魔術操作で形成した龍の全てが手のひらから伝わってくる。

魔術操作で空気中に含まれる水分で北条の位置を感知し、

雄たけびをあげながら奴に飛び込んでいく。


『・・・・・いけ。』


北条は対抗するために何かの準備をしている。

それでもかまわず突っ込ませようと操作した時、

何者かが俺の背中を押すようにつぶやいた気がした。


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