第5話 移動

車が動き始め、東京へ向かい始める。


「さて・・・・何から話しましょうか・・・・」


俺達の目線が窓から離れたのを見て、

ノエルさんが話し始めた。


「この車って・・・・・」


いざ話をしようとしても、話題が出てこずに

目の前にある車の事を尋ねてしまう。


「魔導車(まどうしゃ)と言われるものです~。

略称になるので正式名称ではありませんが、

国學館に通えばこの車を操ることも可能ですよ~?」


「それは・・・・自動車免許ような資格が

習得できるということですか?」


「ん~。少し違いますね~。

魔導車は魔導工芸品(アーティファクト)に属するものになります~。

龍穂くんが使う魔帯刀と同じようなものですね~。」


魔導工芸品(アーティファクト)と言うのは魔力を込めた際、

何かしらの力を帯びるように加工された物の総省だ。

俺が使う魔帯刀はアーティファクトの中で比較的扱いが簡単なものに

なっており、魔力を込めただけで効果を発揮することが出来る。


「魔帯刀が魔道中級と武道中級で扱うことが出来ますが、

魔導車はそれぞれ上級が必要になってきますよ~。」


魔道、神道はそれぞれの術の扱いが許可されていくが

武道は級を取るにつれ、武器の所持と使用が解禁されていく。

初級は刀や槍の所持、中級は飛び道具である銃などが解禁されていくが、

魔道と神道の取得していれば、魔力や

魔術が込められたアーティファクトの使用が許可される。


「まあ、この魔導車は特別製ですから

少し仕様が違っているんですけどね~。」


俺達が乗っている車の座席は前を向いてはおらず、

囲むようについている。まるでリムジンの様だ。

そして運転手の姿どころか、ハンドルやアクセルが付いておらず

車内は座席しか置かれていない。


「国學館への来客に使われる車なんですよ~。」


特別製の魔導車。

恐らくノエルさんが操っているのだろうが、

魔力の発動や流れが見えず、とても操っている様には思えない。


「・・・・・・」


ふと楓の方を見ると、車の中を見ながら少し険しい顔をしている。


「・・・・・嘘つきですね。」


そしてノエルさんに向かって突然失礼な事を言い始めた。


「ふふっ。流石に気が付きましたか~。

伊達に一度スカウトを受けてはいませんね~。」


「えっと・・・どういう・・・」


「魔力の操作を感じない。

龍穂さんも感じてはいますよね?」


「あ、ああ・・・・」


「これ、”付喪神”ですよ。」


楓が言っている付喪神。

長年大切にされてきた道具に神や精霊が付くと言われてるものだ。


「そう、付喪神です~。

付喪神に魔力を使ってもらっているんですよ~。」


道理でノエルさんから魔力の流れを感じることがないはずだ。

魔導車自体が自立して魔力を出しているからこそ、

こうして何もせずに動き出しているんだ。


「本来なら、武道、魔道の上級が必要になりますが、

こちらの特別製魔導車は神術の特級の習得が必要になります~。

龍を使役している龍穂君であれば、いずれ動かせると

思いますよ~。」


付喪神が付いているこの車を見る限り、

ノエルさんと式神の契約をしている様には見えない。

言葉をしゃべれない神との対話の手段として、

式神契約をしている者だけが使える

言葉を介さず心を通わせる”念話”も使えないとなると

どうやって動かすが想像がつかなかった。


「まあまあ、何か飲みながら落ち着いて

お話をしましょうか~。」


頭が追いついていない俺を見て、ノエルさんが

立ち上がり備え付けれている冷蔵庫を開ける。

この魔導車は電気も起こせるようであり、

ノエルさんが冷えたお茶を取り出すと

目の前にカップがふわふわと浮いて付けられているテーブルの

上に優しく置かれる。


風の魔術でカップを移動させたのだろう。

魔導車についている付喪神は外のだけではなく、

中の俺達の様子でさえ見えているようだ。


「どうぞ~。」


ノエルさんが用意したお茶を啜る。

冷房がかかっている車内の温度に合わせたように

冷えすぎていないお茶は緊張している俺の心にしみわたっていった。


「まずは国學館の説明から行きましょうか~。」


そう言うとノエルさんは開いている座背の上に置いてある

薄い雑誌のようなものを俺たちに差し出してくる。


「楓さんは見たことがあるかもしれませんが、こちら国學館のパンフレットです~。

本来であればスカウトの際に親御さんに見ていただくものですが、

景定さんが国學館を詳しく知っていたのと

龍穂君の転校の意志を確認できていたので

お渡ししませんでした~。」


パンフレットを開き、中を確認する。

国學館の教育の方針や取れる資格、

将来の道筋と卒業生の話などが書かれており、

当然だが、卒業生の全員が三道省の高官となっていた。


「改めて説明をしますが、国學館高校は

三道省の高官、いわば国を担うエリートを育て上げるための

教育を行う学校となっています~。

授業の内容としては魔道、神道、武道の資格取得を目指すために

個人個人の成長に合わせた授業を行っていきます~。」


よく見ると日々の授業内容が書かれており、

一日の授業の八割は三道のいずれかの科目で埋められていた。


「卒業生のほとんどが三道の上級を取得。

稀ですが、特級を全て取る方もいらっしゃいます~。

ぜひ、目指してみてくださいね~。」


三道すべて特級なんて人は聞いたことがない。

どんな才能があればそんなことが出来るのか、そんな人も

見て見たいものだ。


「・・・・・あの。」


話しを聞いて気になったことをノエルさんに尋ねてみる。


「はい~?」


「時間割に書いてある通常科目ってなんなのでしょうか?」


一日の授業の多くが三道で埋まっているが、

その中にいくつか通常科目と書かれている部分がある。


「それはですね~・・・・」


あまり考えたくはないが・・・・おそらくそういう事なのだろう。

ノエルさんが別の冊子を手に持ち表紙を俺たちに向けてくる。


「ここに行くための最低限の知識を通常科目では

勉強してもらいます~。」


そこには国學館大学と書かれている建物が写されていた。


「付属高校ですので大多数の生徒は国學館大学への進学を選択します~。

優秀な生徒であれば、推薦を受けての入学ができますが

そうでない生徒は当たり前ですが、大学入試を受けていただきます~。」


高校で三道の実力を高め、大学では三道省の高官への就職を目指すのだろう。

だが、それにしてはあまりにも少ないコマ数で授業であり

本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。


「・・・ほぼ全ての生徒とおっしゃっていましたが、

進学以外の生徒はどういった道を選んだのでしょうか?」


高官を育てる高校と言っても

その道を踏み外すこともあるだろう。

学力が足りず、入学できないなんてこともあり得る。

そうなった場合のことも聞いておいて損はないだろう。


「進学以外を選んだ生徒の場合、

三道省に直接就職ですね~。

勉学の時間が少ないと不安に思ったみたいですが

国學館への入学の条件が三道のいずれかで特級を取得か

三道すべての上級を取るのいずれかになっています~。

もちろん最低限の学力は必要となっていますが

国學館付属高校に務める先生方は全員がその道のスペシャリストと

なっていますのでご安心ください~。」


ノエルさんは笑顔を俺に向けてくる。

最終的には全員が三道省に入ると聞いて安心した。


「ですが、それは卒業までたどり着けた生徒のみです~。

優勝な生徒のみをスカウトしているつもりではありますが

途中で脱落してしまう方もたま~にいますので

頑張ってくださいね~。」


安心したのもつかの間。ノエルさんは厳しい一言を伝えてくる。

高官の推薦を受けたもののみしかスカウトしないとは言っても

実力が足りていなければ簡単にふるいに掛けられてしまうのだろう。


だが、それは逆を言えば不正なく進学できて

実力があれば将来を安泰にできるという事だ。

実力を示せれば成り上がれるのは頑張りがいがある。


「授業内容等は学校に着いてからにして、

次の説明に移りましょう~。

こちらを見ていただけますか~?」


ノエルさんが俺たちの見ているパンフレットをめくり、

あるページを開く。


「お二人の進む先についてのお話をさせていただきます~。」


そこには、卒業生がどのような道を歩んだかの

説明が書かれていた。


「三道省の高官を目指していただくお二人には

多くの道が広がっていますが~、

神道省、魔道省、武道省の三道省のいずれかに

属していただくのが一番ですね~。」


その全てが三道省への高官へと歩んでいる。

当たり前の話だが、ここに入学した者は全員がエリートであり

未来が確約されていると改めて実感する。


「各省の高官は道を究めたものとしての勲章が付与されます~。

魔道省は”魔術師”。武道省は”武道師”。

そして・・・・」


神道省を高官の勲章を言い放つとき、

ノエルさんが一瞬だけ俺の顔を見た気がした。


「神道省は”陰陽師”という勲章が付与されます~。

ぜひ、お二人も目指してください~。」


この日ノ本に暮らしていれば聞いたことがあるほど

有名な三道省の高官の中でもさらに上澄みである

勲章を持った者達。

片手で数えられるほどの人数しかその勲章を有しておらず、

三道を歩んでいる者達の憧れである存在だ。


勲章を受けている者達は日ノ本で何かしらの栄光を

受けた者達であり、全員名が知れている。

例えば魔術師であれば新しい魔術の開発。

武道師であれば国を脅かすテロなど撃退。

そして陰陽師となると偉大な神の調伏などがある。


目指してもたどり着けないような偉業を達成している存在。

だが、彼らは俺達が入学する国學館を通っているのだろう。


「そして、その道のりとなる三道省の役割を説明させていただきます~。

ご存じかと思いますが、改めて説明をさせてくださいね~?」


ノエルさんが指を鳴らすと指の上に小さな炎が出てくる。


「魔道省は魔術の管理を担っています~。

位が上がるほど強力な魔術のしようが解禁されていき、

特級であれば全ての魔術をどこでも利用することができます~。」


魔術の使用はどこでもできるという事ではなく、

公共施設内などの人が多い場所では原則使用を禁止されている。

だが、上級や特級は有事の際に対処にあたることがあるため

魔術の使用が許されている。


「武道省は武器の使用の管理、そして

日ノ本の治安維持を担っています~。

三道省の中でも母数が多く、高官への道が広いと言われていますね~。」


三道省の中でも一番活動を目にすることが多いのが武道省の職員だ。

治安維持のため、市町村に置かれてた武道省の職員が詰所である交番があり

日々のパトロールなどで見かけることが多い。

日ノ本の治安を守るためにかなり人数が所属しており、

部署数も多いので比例する様に高官の数も多くなっている。


武器の使用も管理しているが、魔術や神術を込められた武器の管理のため

他の省との連携も密に行われており、

三道省の中でも一番力がある省と言えるだろう。


「そして神道省。神術の管理と共に

日ノ本に存在する神への奉仕などを担っています~。」


神術を管理している神道省だが、

神術の元は日ノ本に存在する神の力を借りており

神の管理が主な仕事と言っていいだろう。

人口が増えるにつれ開発された土地の神の怒りを沈めたりするので

日ノ本中を奔走する仕事となっている。


神道省の高官の名前だけ省由来のものでは無いかと言うと

神道省の前身である陰陽寮から取っているからだ。


魔道省や武道省は明治時代からとなっているが

陰陽寮の歴史は深く、設置されたのは飛鳥時代までさかのぼる。

日ノ本の歴史置いて様々な変化が起きた明治時代で

陰陽寮は廃止され、神道省と言う名前に変わった。

陰陽師と言うのは陰陽寮に仕えた者たちの略称であり、

その名残が残っているのだった。


「在学中に自らにあった省を選び、

進んでいただくのが良いかと思います~。

例えば龍穂君は強力な式神を連れているので神道省、

楓さんは武道が得意なので武道省なんていう風に決めていただけると良いかと~。」


そんな軽い気持ちで決めていいのかと思ってしまうほど

ノエルさんは簡単に言うが

適性に合ったところに行くのは間違っていないのだろう。


「あとは・・・・・あっ」


ノエルさんが何か言おうとしたその時、窓を見て何かに気付く。


「外を見てください~。

山を越えて平野が広がっていますよ~。」


夢中で話していて気付かなかったが

すでに県を超え、山一つ見えない平野が目の前に広がっていた。


「・・・・・・・・・・」


建物が広がる景色を見て、違う世界に来たような感覚が心を襲う。

今まで山に囲まれた田舎で育ってきたため、

灰色が広がる景色は得体のしれない高揚感が生まれてきた。


「・・・ふふっ」


窓から外を見ている俺たちの姿を見て、

ノエルさんが微笑みかけてくる。


「そんなに見なくてもここから先はずっとこんな景色ですよ~。

これから嫌と言うほど見ますので

今はお話ししましょう~。」


ノエルさんが開いたカップにお茶を注いでくれる。

それに気づいた俺達は座り直り、

お茶を飲みながら再び話に花を咲かせた。


—————————————————————————————————————————————————————————————————————


どれくらい話したのだろうか。

国學館の話。寮の話。俺達自身の話。

おっとりとしたノエルさんは聞き上手で

話題は尽きることが無かった。


「そうですか~。おや?」


ノエルさんはカップを手に持ちながら相槌を打っていると

何かに気が付く。

空高く飛んでいる窓の外には何かが飛んでおり、

こちらを見ているように見えた。


「あれま。もうこんなところですか~。」


外を見ると飛んでいるのは少し大きめの烏。

恐らく誰かの式神なのだろう。

ノエルさんが窓を軽く叩くと、サイドガラスが下へ下がっていく。

そして懐から何かを取り出すと

烏に向かって差し出した。


「許可はいただいていますよ~。

国學館高校で降りる予定になっています~。」


ノエルさんが取り出したのは小さな封筒であり、

烏はそれをまじまじと見るとカァと一鳴きして

どこかへ飛び去って行った。


「あれは・・・・?」


「神道省の式神ですね~。

パトロールの最中で私達を視認し、許可証の確認を

してきたのですよ~。」


人が簡単に視認できないほどの高度を飛ぶときは

神道省か武道省の許可が必要になってくる。

犯罪が起きた際、烏など翼を生えた式神や

魔導車などのアーティファクトを使っての逃走を

捕まえるための対策だと言えるだろう。


「あらかじめ移動ルートを提出してあるので

道中はスムーズに移動できましたが、

直接の確認があったという事は東京に入った証ですね~。」


ノエルさんの言葉を聞いて、状況を確認するために

窓の下に目を落とす。

少し前に確認した時より緑が少なく、

高い建物も多い灰色の街が目に写っていた。


「国學館までもうすぐですよ~。」


蟻より小さな人の群れが街中をうごめている。

地元では決して見れないような景色であり、

決して広くはない土地にこれだけの人がいるなと

思ってしまう。


先程ノエルさんが言っていた通り、俺達もこの街で生活をするんだ。

この景色がいつの日か日常に変わっていくのだろうか?


「・・・見えましたね~。あれが国學館大学付属高校になります~。」


指さす方向を楓と共に見ると、

敷き詰められた建物の中にひときわ目立つ大きな建物が

目に写る。


三道の高官を育てあげる学校と聞いていたので

勝手に歴史ある木造の校舎を重い浮かべていたが、

見るからに新しく作られた校舎は

大企業のオフィスさながら鏡張りの校舎であり、

横には体育館と思われる建物が規則正しく建てられている。


渡り廊下でつなげられており、

線でつなげると五芒星が浮かび上がってきた。


「国學館高校は三道省の高官を育て上げる教育施設。

それすなわち日ノ本の希望が集まっている施設ともいえます。

あの構造は学び舎に住まう希望達を守るための

結界を模したものなのですよ~。」


魔術に用いられる五芒星だが、

伝説の陰陽師、安倍晴明は陰陽道に用いられる”五行”の象徴として

五芒星を用いた。

安倍晴明判(あべのせいめいばん)と呼ばれる五芒星は

役再除けなどの強力な結界を張る際に

使用されると言われている。


「出迎えも来ているようですね~。」


魔導車の高度が落ちていき、国學館へ迫っていくと

正門と思われる地点に二つの人影が見えてくる。


一人はスーツを着た長髪の凛々しい女性。

そしてももう一人はセーターを着た

金髪でポニーテールの女性であった。


魔導車が地面に降りるとドアが独りでに開く。

そしてその先にはスーツの女性が立っており、

深々と頭を下げ歓迎してくれた。


「降りましょう~。」


ノエルさんが先に降りて先導してくれる。

外では俺たちの荷物を金髪の女性が降ろしてくれていた。


「・・初めまして。」


車を降り、凛々しい女性の前に立つ。

俺達は国學館高校に着いたんだ。


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