第4話 スカウト

楓が国學館にスカウトを受けていた事実に俺は動揺してしまう。


「さあ、どうしますか?」


楓は東京に行く気満々だ。

ここで俺が答えを出さなければ楓一人で東京に行くことになるだろう。


「・・・・・・・・・・」


だが、準備が出来ていない俺は答えを出すことが出来ない。

どうしたらいいのか。

いくら自分に問いかけても沈黙しか返ってこなかった。


「・・・・もし、準備が出来ていないことを心配しているのなら

最低限の物を持って後はご両親に送っていただくこともできます~。

体一つで飛び込んできていただくことも構いませんよ~?」


ノエルさんは俺が八海に留まる理由を消すような

提案な投げかけてくる。


「・・・・・一つだけお聞きしてもいいですか?」


「なんでしょう~?」


「なぜ楓はスカウトを断ったのか。

理由が知りたいです。」


自らの力を高く評価し、三道省の高官への道が開かれる

国學館のスカウトをわざわざ蹴るには理由があるはず。

そして今回はなぜスカウトを承諾したのか。

理由を聞けば見えてくるはずだ。


「それは楓さん自身が答えていただきましょう~。

せっかくこの場にいらっしゃるのですから~。」


ノエルさんは横にいる楓の方を見る。

少しうつむき気味の楓はどこに言いにくそうにしているようだ。


「・・・・・・・・・龍穂さん・・・・です。」


少しの沈黙の後、楓は口を開いたが

出てきたのは俺の名前だった。


「・・・・・・・?」


「加藤家は八海上杉家の守護を担っています。

私一人が東京に行ってしまえば、

龍穂さんを守れないじゃないですか・・・・。」


楓は俺の事を理由に未来が確約され、三道の道を歩む者なら

誰もが望む道を蹴ったようだ。

そして・・・東京に行く準備が出来ているという事は

俺が行くという返事を返すだろうと確信しているのだろう。


「そうか・・・・・・・・」


内情を聞けば聞くほどこの場に残る選択肢が

無くなっていくと感じ、ただ一言だけで返答をする。


「龍穂くん。もうお分かりだとは思います。

あなた次第で楓さんの行動も変わってきます。

・・・・・どうされますか?」


ノエルさんが真剣な表情になり、俺に選択を迫ってくる。

出来れば猛や真奈美達友人に挨拶を済ませて

行きたかったが、携帯で連絡を入れても何とかなるだろう。


「・・・・・・行きます。」


楓の決断を無駄にはできない。

俺がいくと答えるとノエルさんは再度優しい笑顔を向けてくる。


「・・・・よく判断されました。

ご両親への報告や準備もあるでしょう。

まだ時間に猶予はありますので

ゆっくり出発の準備をしてください。」


俺の決断を聞いた楓は安堵した表情を浮かべる。

そして家の塀から三人の人影が姿を現した。


「・・・・・・・・親父。」


出かけると書き残していた親父と母さん。

そして定兄が姿を現す。


「あら、いらっしゃったんですね~。

姿を隠さなくてもいいのに~。」


「着いたのはついさっきだ。

龍穂の決断を邪魔しないために隠れていたんだよ。」


近づいてきた親父はノエルさんの頭に軽く手を乗せると

すぐに離し俺の方へとやってくる。


「親父・・・」


「自分で決めたことだ。準備をしろ。」


親父は俺の肩に手を置き、家の中に入っていく。


「ノエル。龍穂が準備をしている間、少し話がしたい。」


「私も少しお話ししたいと思っていた所です~。

お邪魔しますね~。」


親父に続いて続々と家に入っていく。

定兄も俺の肩に手を置くが、何もしゃべることなく

無言で家の中に入っていった。


俺は自室でキャリーケースに衣服などを詰め始める。

最低限、東京で過ごせる物だけを厳選し

とにかく詰め込んだ。


「そういえば・・・・・」


ここで一つの疑問を抱く。

国學館へ転校をしたとして、どうやって学校生活を送るのだろう。


「・・・・寮生活ですよ。」


後ろから声が聞こえ、振る向くとそこは楓がいる。


「景定さんから龍穂に色々教えてやってくれと

頼まれました。

国學館は全国から生徒を集めるので

例え近くに家があろうと全員が寮生活を送るんです。」


三道省が力を入れている高校だ。

冷静に考えれば寮ぐらいあるだろう。


「そ、そうだよな・・・・」


(結構焦ってたんだな・・・・・)


昨日から起きた激動の日々に

情報が追いついていないのだろう。


「楓は・・・どれくらい準備をしたんだ?」


俺より楓の方が国學館の事を知っている。

楓の準備の内容は参考になるだろう。


「準備・・・ですか?そうですね・・・・・。

突然ノエルさんが来ましたから詰められるだけの服を

詰め込んだだけです。

足りない物とかは出てくると思いますけど、

向こうで買えばいいかなって。」


ノエルさんは先に楓の方へ招待状を届けにいったのか。

あの言いぶりだと先に楓の転校を確保することで

俺を国學館へ連れていける確率を上げようとしたのかもしれない。


「・・・そうか。じゃあ、俺もそうしようかな。」


寮がどのような感じなのかわからない以上、

足りないものは向こうで準備したほうが確実だと

俺も最低限の生活用品と衣服を詰め始める。


「・・・・・?」


だが、広げているキャリーケースのそばに

衣服以外のものが置かれる。

何だろうと顔を上げると、青さんが俺の本棚の中から

せっせと漫画を厳選し、キャリーケースのそばに

積み上げていた。


「・・・・・青さん。」


「・・・・・・・・・・なんじゃ?」


流石に引き留めようと青さんに声をかけるが

とぼけたような返事をし、本棚に目を向け続けている。


「遊びに行くわけじゃないんですから、漫画は持っていきませんよ。」


俺は少し強めに青さんに静止を呼びかける。

一瞬動きを止めた青さんだが、本棚から漫画を選ぶのを止めない。


「・・・・青さん!!」


俺は叱ろうと立ち上がるが、青さんは俺の方を向き

積み上げた漫画を指さす。


「これだけ!!これだけは持って行かせてくれ!!!」


駄々をこねるように青さんは声を上げる。

持っていきたいと言ったのは青さんが集めている漫画の

最新刊たちだった。


「・・・・これだけを持って行ってどうするんです?

向こうで漫画を買えるとは限らないんですよ?」


三道省の高官を育て上げる高校だ。

寮では娯楽を持ち込めないような規則があったとしても

おかしくはない。


「・・・・・・・・これだけ頼む!!」


だが、青さんは退くことなくお気に入りの漫画を

ねじ込もうとして来る。


例え持っていったとしても絶対に続きが気になると

ごねるに決まっている。


「向こうで買えば良いじゃないですか・・・・」


「・・・同じ巻を何冊も持つのは嫌じゃ!!」


変な拘りはやめろと言いかけたが、

地雷を踏むとさらにめんどくさいことになる。

俺は言葉を飲み、青さんをなんとか説得しようとするが

楓が青さんに何かを手渡す。


「青さん。これはご存じですか?」


楓が青さんに向けて何かを手渡す。


「・・・・・タブレット?」


楓が手渡したタブレットの画面には青さんが

集めていた漫画が写っている。


「この量ですと、龍穂さんのキャリーケースを圧迫してしまいます。

最初はこれで我慢してもらって、

漫画の持ち込みが良いと分かれば景定さんに送ってもらうというのは

どうでしょう?」


楓がナイスな提案を青さんにしてくれる。

漫画が見たいだけなのであれば、タブレットでもいいはずだ。


「紙がいい・・・・」


青さんはぼそりとつぶやく。

俺の部屋とは別に青さんは書斎を持っているが、

それは名ばかりの漫画部屋であり

漫画が敷き詰められた本棚が部屋を埋め尽くしている。


長い年月集めてきたからこそのこだわりがあるのかもしれないが

今回ばかりは我慢してもらうしかない。


「・・・・分かった。」


俺の表情を見て察したのか、青さんは承諾してくれる。

旅の荷物に娯楽の余裕はない。

少しでも安心するために、出来れば俺の荷物を多めに詰めていきたい。


俺はとにかく衣類の他に歯ブラシなど、生活用品を詰めていく。

時折青さんが漫画を入れようとしているが、

無言で手で払いのけケースを埋めていった。



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詰め込むだけ詰め込み、準備を終え楓と共に居間へと向かうと

ノエルさんと親父が話している声が聞こえる。


「兼定は元気にしているのか?」


名前へが出てきたのはもう一人の兄。

一番上の兄は東京の神道省で働いている事だけは知っているが

何をしているのかまでは聞かされていない。


「元気ですよ~。みんなによろしく伝えてくれと

言われています~。」


ノエルさんは兼兄と知り合いの様で

親父が様子を聞いている。


「・・・・あいつだな?」


「何がですか~?」


主語のない質問をノエルさんに尋ねる。


「俺は推薦を出していない。

土御門だけでは推薦の話は通らないはずだ。」


あの場にいた三道省の高官は親父と土御門のみ。

親父がしていないとなれば確かに通ることはないだろう。


であれば、第三者が俺の推薦を行ったということだ。

それが誰なのかはわからないが、親父はそれが兼兄だと

踏んでいる様だった。


「・・・・・その話は

廊下にいる龍穂君と楓さんにも

聞いていただかないといけませんね~。」


ノエルさんは俺の存在に気付いてい様だ。

別に隠れているつもりではなく、

足音も立てていたがそれが俺だと判断できる

要素はなかったはず。


出て行かない理由がないので

俺は居間の扉を開ける。

母さんが入れたお茶を飲みながらテーブルを囲んでいる二人は

俺の方を向き、ノエルさんは俺を

迎え入れるように笑顔を向けてきている。

俺達はノエルさんの話を聞くために、親父の隣へと座った。


「では、話させていただきますね。」


ノエルさんの口調が穏やかなものから

真剣なものへと変わる。


「この度の楓さんと龍穂君の推薦者ですが、

一人はご存じの通り神道省副長官の土御門からの推薦。

そしてもう一人ですが・・・・・」


ノエルさんは手持ちのバックから折りたたまれた

一枚の紙を取り出す。


「こちらの方からの推薦となります。」


俺たちに内容を見れる状態でテーブルに置かれ

その内容を三人で見つめる。


ものすごい達筆で内容が理解できないが

俺と楓の名前が入っている事だけは理解することが出来た。

そして、一番最後に書かれた推薦者の名前。

その名前を見た時、俺は違和感を覚える。


「名前・・・・だけ?」


三道省の高官を育てる高校だ。

不正入学を狙う輩は後が絶たないだろう。

もし不正があった場合、誰の名前で推薦したか証明する記載が

重要になってくるはずだ。

それが欠けているなんてあってはならない。


「まさか・・・・・!?」


親父が驚きの声を上げる。

苗字がない日ノ本人はほとんどいないが、

”唯一”記載の必要ない人物に俺は覚えがあった。


いや、俺だけではないだろう。

日ノ本に生まれ、育ってきたのなら確実に知っている人物。


「ええ、その通りです。

推薦者は二人。土御門泰国。そして・・・・”皇”。

神道省長官である皇の推薦でお二人の国學館への転校を認めます。」


この国の長であり、神道省の長官を務める皇。

苗字を持たない皇であれば記載の必要はない。


「・・・・・どうやってこれを引き出したんだ?」


驚いた顔をした親父はすぐに険しい表情に変わり

ノエルさんに尋ねる。


皇に使える一族とはいえ、親父自身が神道省の高官を務める身だ。

わざわざ推薦を頼む必要がないし、

そんな事あれば他の高官に不敬だと言われてしまうだろう。


そしてそれは土御門も同じ。

俺達を国學館へ入れるため、そんなリスクを負う必要は無いはずだ。


「誰も引き出していませんよ?

皇自身が龍穂君達の実力を認め、国學館への推薦をしたのです。

何も裏はありません。」


ノエルさんは何も不正はないという事だけを伝えてくる。


「使役された龍はそれだけ貴重ということなのです。

そして前々から認められていた楓さんも実力として十分。

お二人の噂を聞いた皇が推薦を出してくれたのですよ?」


「だがな・・・・・・」


ノエルさんの話を聞いても親父は表情を崩さない。

俺たちにとっては嬉しい話だが、

何か不安要素があるのだろうか?


「おっしゃりたいことは分かります。

・・あまり言いたくはないことですが、

国學館内でのカーストは推薦者の格で決まるのですから。」


「カースト?」


「ええ。本来であればあってはならないことですが、

推薦者が有力者であればあるほど

その生徒の見られ方が変わってくるものです。

生徒間や教師からの期待度と言っていいでしょう。

この国のトップから推薦ですから、それ相応の重圧を

受けることになります。」


この国のトップからの推薦。

確かにそんな人がいれば、いやでも期待の目で見てしまうだろう。

そしてその実力が見合っていなかった場合、

推薦した者の判断が間違っていたと所属している

省内から言われてしまうだろう。


軽く考えただけでもものすごい重圧が俺と楓に

乗せられている事だけは理解できる。


「そのことを頭に入れた上で、

龍穂君達には学校生活を送っていただきたいのです。」


「・・・・・・・・分かりました。」


国學館への転校の話を聞けば聞くほど

自分の選択を後悔してしまうような内容となっており

俺の心が不安で染め上げられいく。


「・・ですが、お二人とも皇の推薦を受ける実力を有していると

我々は確信しております。

ですからお二人は堂々と、いつも通りの学校生活を

過ごしていただければいいですよ?」


ノエルさんがフォローをしてくれるが、

どうしたって緊張は解れそうにない。


隣を見ると、楓も同じような表情を浮かべながら

テーブルを見つめている。


「・・そう言っていただけるとありがたいです。」


楓の姿を見た俺は、胸を張ってノエルさんに向き直す。

いつも一緒に過ごしてきた妹のような存在である

楓をどうにか助けようと精一杯の虚勢を張るためだ。


「その調子です。自信を持って国學館へお越しください。」


下を向いている楓の背中を軽く叩き、

俺を見ろと促す。

ハッとした表情で顔を上げた楓は俺の意図を汲んだのか

背筋に張ったように伸び、ノエルさんの方を向いた。


「・・お二人とも大丈夫なようですね。

これなら景定さんも胸を張って送り出せるでしょう。」


親父の方を見ると、相変わらず険しい表情をしながら

俺たちの方を見ている。

心配そうに見つめる顔は、まさしく父親の顔だった。


「・・・・・・ああ。二人なら大丈夫だ。」


親父も虚勢を張っているのか、

険しい表情を少しやわらげ俺たちの方を向く。

少しでも俺たちの緊張をほぐそうとしてくれているんだ。


「・・お二人とも準備ができたようですね。

少し先に車を置いてあります。

準備がかかりますので時間を置いてから来てください。」


そう言うとノエルさんは立ち上がり玄関の方へ向かって歩き出す。

家族との別れを済ませて来いという事なのだろう。

長期の休みなど帰省はできるだろうが、

東京に着けばなかなか会う事は出来ない。


「・・・・・親父。」


俺は隣に座っている親父を呼ぶ。


「行ってくる。」


先程の言葉で俺たちの背中を押してくれている。

今更何かを語る必要はないと

短い言葉で別れを告げる。


「・・ああ。行ってこい。」


親父も同じように短く俺達に別れを告げる。

母さんとも定兄とも別れを告げ

俺達は外に出た。


「楓は両親に挨拶しなくてもいいのか?」


「ええ。大丈夫ですよ。済ませてきましたから。」


そういう楓の顔はどこか悲しそうな顔をしている。

俺たちの家に使える家柄であるから

若いころから家を出るのは当たり前なのだろう。


恐らくまともな挨拶をしていないはず。

だからこそ、こんな悲しそうな顔を浮かべているのだろう。


「・・・・久々に楓の父ちゃんの顔を見たいな。」


楓にそう言いながら手を掴む。


「ちょ、ちょっと!?」


手を引いた俺に向かって驚きの声を上げる。

しきたりに重きを置く楓はこうでもしないと

両親を顔を見には行かないだろう。

せっかくノエルさんが時間を作ってくれたんだ。

無駄にしては勿体ない。


無理やり手を引っ張りながら楓の家に向かうが

抵抗する力が徐々に弱っていく。

どうやって家を出たのかはわからないが、

本心ではしっかりと別れの挨拶をしたかったのだろう。


決して近所とは言えない距離ではあるが

おれと楓の家は遠くはない。

少し歩けばすぐにつく距離であり、

お互い行き来しながら遊んでいた。


当然楓の両親とは面識があり、

お世話になっている間柄だ。

俺がいきなり行っても大丈夫だろう。


「ほら、行こう。」


楓の家の前に着き、玄関の前に立つが

先程までなかった抵抗がいきなり強くなり始める。

出ていくと言った手前、入りにくいのだろうか?


「・・・龍穂さん。」


「ん?」


「今、家には誰もいません。

なので・・・・大丈夫です。」


楓は少し悲しそうな顔をしながら俺の顔を見てくる。


「えっ・・・・じゃあどうやって挨拶を・・・・?」


「電話でしました。任務中なので

簡単にですけど・・・・」


親父に仕えている楓の両親だが、

非番の日は別の任務をこなしていることもある。

丁度今日がその日なのだろう。

忍びの家系だが、娘の門出を祝う時だけは

一緒に居てほしいと思ってしまう。


「・・・・・ごめん。」


そして楓の家の事情を知っている俺も

少し考えれば察することが出来ただろう。

何とか声をかけようと頭の中から言葉を引っ張り出すが、

出来たのは簡素な謝罪の言葉であった。


「いえ、大丈夫です。

会えないことはないのでその時にいっぱい話せばいいだけですし、

それに東京には兄さんも姉さんもいます。

家族には会えますから・・・」


昨日助けてもらった風太さんの他に楓には姉がいる。

それぞれが俺たち三兄弟に仕えているので

一番上の兄の元へいるはずだ。


「・・・・・楓のお父さんたちは仕事で

東京にはこないのか?」


少しでも明るい方向へ持っていこうと

楓の両親の事を聞く。

親父の護衛しているのであればともに東京に来るはずだ。


「最近はこちらにいる事が多いです。

今回の景定さんの出張にもついていかないと言っていました。」


そういえば親父は今日の午前中には家を出ると言っていたが、

まだ八海に留まっている。

それが楓の両親を連れて行かないのと関係があるのかわからないが

何かしらの事情があるのは確かなようだ。


「景定さんも最近東京に行く回数が増えましたし、

東京で会える日もあると思います。

またその時に両親に直接伝えますよ。」


そう言うと楓は家から離れていく。


両親との仲は良好であり、平気のように立ち振る舞っているが

心の奥底では面と向かって話したかったに違いにない。


俺は急いで楓に追いつき、何も言わずに頭を撫でる。


「・・もう、なんですか?」


楓はやれやれという風に言ってくるが決して俺の手を

払うことはしない。

きっと俺が何を思って頭を撫でているのか

分かってくれているようだ。


東京に知り合いや家族はいるが

時間を見つけて会う手間が必要になってくる。

だが、同じ学校で過ごす楓であれば話は別だ。


小さい頃からとも過ごし、妹の様な存在である楓。

長く過ごしてきた地を離れ、寮生活になる上で

楓の存在は大きいだろう。そして、それは楓も同じだ。


いつも明るく感情を見せないのが上手い楓だが、

本来は感情豊かであり、喜びも悲しみも人一倍感じやすい。

そんな楓が悲しみを無理に隠す姿を見るのは

俺まで悲しくなってしまう。

これからの生活で、楓にこんな表情をさせまいと

楓の頭を撫でながら胸の奥に誓った。


「・・・準備はできましたか~?」


少し歩いた先でノエルさんが俺たちの事を待ってくれている。

その後ろには車が止まっているが、見たことの無い

形と車と言われるものであれば必要不可欠なものが

ついていないことに気付く。


「この車は特注品でして~。

動力が”魔力”の車なんですよ~。」


タイヤが存在おらず、代わりに風に乗った炎の魔術が

ぐるぐると回っており宙に浮いている。

中には誰も乗っていないが、独りでに扉が開き

ノエルさんが車内へ手を伸ばす。


「こちらに乗って国學館へと参ります~。

少々時間がかかりますが、たくさんお話しいたしましょう~。」


小さいノエルさんは車の中に入り込む。

背丈が小さく、子供の様に車に入り込む姿はどこか愛らしかった。


手持っている荷物を入れる所がないか探していると、

後のトランクが勝手に開く。

ここに入れろという事なのだろう。

俺達は荷物を入れ、車の中に入り込む。


「ではでは、行きましょう~。」


ノエルさんが指を鳴らすと窓から見える景色がどんどんと

上がってき、ゆっくりと浮かび上がっていく。


俺達が過ごしてきた景色が小さくなっていくにつれ、

この八海から出るという実感が湧いて来て

何だか寂しく感じてきた。


上昇が止まり、横に動き始める。

生まれ育った地を離れ、東京へ向かい始めた。


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