第3話 気配のない侵入者

静かな家の中を響かせたチャイムはどこか不気味さを感じさせる。

いつもならキッチンにいる母さんが玄関まで駆けていくが、足音が聞こえてこない。


「・・・・・・・?」


この場にいる全員が違和感を感じ、玄関の方向に警戒を向ける。


「・・・・定明。キッチンを見てこい。」


親父が定兄へ母さんの様子を見て来いと指示し、

音を立てずに立ち上がる。


神道省に見つかってはまずいと話していた時を

狙っていたかのようなチャイム。

今日の朝から昼にかけて起きた出来事なので、

流石にその日の夜に調査に来るなんてことは考えにくいが

万が一のことがある。


親父は警戒しながら玄関に続くドアを開けようとしたその時、

ドアノブが開き、外から誰かが入ってこようとしていた。


「!!!」


玄関が開く音はしなかった。

起きるはずのない出来事に親父は一瞬動きを止めてしまうが、

すぐに俺の前まで跳ね、刀を取り出した。


玄関を開けず、音もたてずに家の中に入ってくるのは

神道省に人間ではないだろう。

定兄は母さんの様子を見に行っているので、居間にはいない。

俺と親父、そして青さんで対応するしかないだろう。


ゆっくりと開かれた扉の先には

神主がきる装束を身にまとった長髪の男が経っており、

不気味な笑顔を浮かべている。


「・・・・お久しぶりですね。」


謎の男は親父に挨拶をしているようだが、

険しい顔を崩さず、言葉も返そうとしない。


「突然の訪問、申し訳ございません。

面白い事を耳に入れたものでして

いてもたってもいられず、景定殿のお家まで来てしまいました。」


「・・・・・・・・」


「ああ、自己紹介が遅れましたね。

私は神道省の副長官を務めております

土御門泰国(つちみかどやすくに)と、申します。」


深々と頭を下げてくるが、全てが異質なこの男は

その所作でさえ、どこか不気味さを感じさせる。


「・・・何をしに来た。」


「そんなことは決まっているでしょう?

景定殿も人が悪い。使役されている龍と

その人間を隠し持っているなんて・・・・ね。」


土御門は姿を一瞬消したかと思うと、

前に立っていた親父と俺に間に突然現れる。


「!?」


直線的な移動しかできない縮地では親父を飛び越えることが出来ない。

どうやって移動したかわからないが、

俺は反応できずに、ただ座っている事しかできなかった。


「ふむ・・・・これが例の男の子ですか・・。

幼く、未熟そうな見た目をしていますが・・・・、

かなり鍛えられているようですねぇ・・・。」


俺を方をじっと見てくる。

その眼はどこか濁っており、心の奥底まで見透かされているような

気分だった。


「っ・・・・!!!」


俺は一歩引いて刀を抜こうとするが、

足を動かすことが出来ず、刀を抜くことも許されない。


「”影を踏ませて”いただきました。

足を動かすことが出来なければ、刀を抜くスペースも

確保することが出来ないでしょう?」


影を踏んだだけで動きを縛っている。

どれだけ動かそうにもピタリとも足は動く気配を見せない。


「・・・さて、少し見させてもらいましょうか・・・。」


動けない俺に向けて、土御門は手を伸ばしてくる。

奇妙な術を使う何をしてくるかわからない男に

恐怖が心を支配していくのを感じ、汗が額から頬にかけて流れていった。


「・・・!!」


土御門の手が俺の頭に触れようとしたその瞬間。

何かが風を切りながら俺の目の前を通り過ぎ、

反応した男は手を引く。


「・・・・・・・・・」


目の前を通り過ぎたものが壁に当たり、突き刺さる。

突き刺さったものを確認すると、忍びが使うクナイが

居間の壁に突き刺さっており、

投げられた方向を見るとそこには

真っ黒な服を身にまとっている見覚えのある姿があった。


「・・・・・何者だ。」


立っていたのは定兄と共に東京へ行っている

楓の兄での風太(ふうた)さんだ。

異変を感じた定兄が連絡を取ったのだろう。


「手荒ですねぇ。少し確認しようとしただけじゃないですか。」


楓と同様、俺達八海上杉家に仕えるため、

定兄と同じ大学へ通っている。

定兄と共に帰省をしに、八海へ来ているのだろう。


クナイを放たれた男は、飄々としており

怯むことなく俺の前に立ち続けているが、

別方向から体目掛けて飛んできたクナイに反応し、

俺の元から離れ元居た親父の前へ戻っていく。


「・・・・・・・」


クナイを投げたのは楓であり、俺の前へ素早く立ち、

両手にクナイを構える。


「・・・ご無事ですか?」


「あ、ああ。大丈夫だよ・・・・」


「歓迎はされていないようですねぇ。」


「当然だろ・・!!息子たちに何をするつもりだ・・・!!!」


親父は式神である大きな烏を召喚し、男に殺気を放つ。


「先程も言いましたが、使役されている龍とその主を見に来たのです。

正気を保っている龍を観測すること事態

数十年ぶりなのですから、出来る事なら

話や研究をさせていただきたいと思いましてね。」


文明の発達により整備が進み、

自然とは程遠い形へと変わっていった川や海。

それを見た龍が住処を荒されたと感じ、

怒り狂いながら人里を襲うという話を聞いたことがある。


近年龍を観測した事象の大半はそう言った正気ではない状態であり、

人のいう事を聞く龍は大切な研究対象なのだろう。


だからこそ、神道省の副長官自らが出向き

その様子を確認しに来たのだ。


「人の姿に成れるのを確認しましたので対話も試みることが出来るのでしょうが・・・、

流石にこの状態では無理そうですね。」


この場にいる全員が土御門に殺気を向けており、

下手な動きをすれば、ただでは帰れないことは明白だ。


「・・・・・ただ話をしたいのであれば

付き合ってやらんことはないぞ?」


ここで沈黙を保ってきた青さんが口を開く。


「おお!!ぜひにお話をさせていただきたいです!」


ようやく口を開いたかと、男は目に見えて嬉しそうな顔を

青さんに向ける。


「だが、条件がある。」


だが、青さんはただで話す気はないようで

喜んでいる土御門に向けて冷静に話し始めた。


「話終えたらすぐにこの場を立ち去り、二度と我らの目の前に現れぬこと。

それと、我らの存在を神道省に広めぬこと。

この二つの条件を飲めばいくらでも話してやろう。」


ただの会話との交換条件にして強気すぎる青さんの提案に、

男は笑顔を無くし、何かを考え始める。


最初から飲ませる事を考えていないような条件だが、

青さんには何か考えがあるのかもしれない。


「・・・流石に飲めませんねぇ。

私の目的はあなたの研究。この場での会話だけではなく、

出来れば末永いお付き合いをお願いしたいところなのですが・・・・」


青さんの提示した条件を男は拒否してしまう。

自らの目的に反した条件を受け取ることはできなかったようだ。


「・・・・・・では、こちらか一つ提案させていただきましょう。」


少し悩んだ後、殺気を放っている親父に向けて

一つの提案を投げかける。


「正気を保ち、こういった交渉さえできる龍。

その存在がばれてしまえば神道省は全力をかけて

捕えに来るでしょう。

それをあなた方は恐れている。

そして・・・それは私にとっても同じ事。

神道省内でも私しか知らないこの情報を

出来ればこの手柄は独り占めしておきたいのです。

ですから・・・・・」


目の前にいる親父から放たれている鋭い殺気を感じても、

涼しい顔をしている土御門は、目だけで俺達の方を一瞬見ると

すぐに険しい親父の顔を見直した。


「”国學館”への転校はいかがでしょうか?」


「てん・・・・こう・・・?」


考えもしていなかった提案に、俺は思ず聞き返してしまう。

食いついた俺を見た土御門は嬉しそうに提案の説明をし始めた。


「ええ。正確に言うと国學館大学付属高校。

東京都にある三道省の高官を育てるために設立されたエリートのみが

入学することを許される高校への転校を提案させていただきます。

我が手元・・・とまではいきませんが、

そうしていただけたらいつでも龍との会話が試みることが出来ますし、

”龍穂君の悩み”も、解決できるのではないのでしょうか?」


「・・・・・・・・・・」


名乗った覚えはないが、すでに名前を知られているようで

さらには俺の悩みまで把握されているようだ。


「今回の襲撃で、あなたはきっとこう思ったはずです。

龍がいるとバレたら周りの人に迷惑をかけてしまう。

私が神道省内に龍の存在をばらし、無理やり龍の身柄を

確保しに来るようなことがあれば、どのような被害が

起きるかわからない・・・と。」


俺の生まれた家については知らない土御門だが、

俺が抱える悩みを的確についてきている。


「現れた鬼について詳しいことは分かりませんが・・・、

神道省の人間は少し手荒かつ、欲望に忠実でしてね。

怪我をされた友人を人質にとる、なんてこともあるかもしれません。

これ以上自分のせいで他人を傷つけたくない。そう思っているのではありませんか?」


図星・・・と言わざるおえない。

俺のせいで猛たちが傷ついてしまうのなら、

近くにいない方がいいと、先ほどまで考えてしまっていた。


「何を言っている!!そんなことできるはずがないだろ!!!」


土御門の提案に、親父は声を荒げる。


「俺が近くにいる以上!龍穂やその周りの人間を

傷つけさせん!!」


「そのあなたがこの地にいないことが多いでしょう?

皇に使えるため、よく東京に出張をしているではありませんか。

もし、本当に彼を守りたいと考えているのであれば

二人の息子さんもいる東京に置くことが最善なのでは

ありませんか?」


親父の怒声に負けることなく、言い返す土御門。


「くっ・・・・!!」


言いくるめられてしまった親父は

言い返すことが出来ず、苦虫を噛んだような顔をしていた。


「・・・・国學館は試験がある。

それも高い実力を持った教師たちによる試験だ。

転校と言ってもその試験を合格していない龍穂は

簡単に入学を認めないだろう。」


絞り出したような親父の反論。

三道省の高官を育て上げる学校であるのなら

入学を試みた生徒の数は相当なはず。

例え試験に合格したとしても、転校を反対するような

声が上がるのは目に見えていた。


「あの高校は試験とは別にスカウトでの入学も許可されている。

その条件として各省の高官複数人の推薦が無ければ

なりませんが、都合よく我々がいるではありませんか。

転校できる環境は整っているのですよ?」


土御門はどうしても俺を東京に置きたいようだが、

本当にここにいてもいいのかと悩んでいた俺は

何だか背中を押されているような感覚に陥ってしまう。


「龍穂君。お父様はああ言っていますが・・・、

あなたの気持ちはどうなのでしょうか?

八海の地を守りたいのではあれば、悪い話ではないはずですよ?」


土御門は俺の意志を確認して来る。

八海の地を危険に晒したくはない。

俺が出ていけば平和が続くのであれば喜んでこの地を離れる。


それに三道省の高官を育てる環境であれば、

先程親父や青さんが言っていた俺の命を狙っている存在から

身を守れる実力をつけれるのではないだろうか?

二人の兄も近くにいるし、親父も頻繁に東京に足を運んでいる。

何かあった時に助けに来てくれるだろう。


「俺は・・・・・」


行きたい。そう答えようと声に出したいが、

親父の顔を見て、答えがのどに詰まってしまう。


強く反対をしている親父。

確かに東京に行けば、この土御門に監視される生活が続くのだろう。

だが利点も多く、命を狙われている俺の実力を

上げるには打ってつけの環境だろう。

それに、何より猛たちの危険を回避できると考えたら

俺にその国學館に転校するのが一番だと思ってしまう。


「・・・・どちらの道を選ぶにせよ、

リスクがある事には変わらん。

龍穂、お前が後悔しないと思う道を選べ。」


青さんが俺の気持ちを汲んでくれたようで、

後悔しないように決断しろと言ってくる。


親父や青さんの話を聞くと、俺の両親を殺した奴に

襲われるとなれば、俺の周りに被害が及ぶのは確実だろう。

であればこそ、実力者に囲まれている方が

周りの被害が少ないはずだ。


「・・・俺は・・・国學館に行きたい。」


全ての要素を考えた上で、俺は東京に行きたいと親父たちに告げる。

俺の決断を聞いた親父は何も言うことなく、

沈黙を貫いていた。


「青さんは何とか俺が守る。

親父や猛達を守れるぐらい、東京で実力をつけたい。」


「・・・・と、おっしゃっていますが、どうでしょう?」


土御門は親父に尋ねる。

ほんの一瞬だけだが、俺の判断を聞いて

安堵した表情を浮かべたような気がした。


「・・・・・・・・・・・」


土御門が尋ねても、親父は険しい顔を浮かべ

喋る素振りを見せる様子はない。


「まあ景定殿がどう言おうと、龍穂君がそう決めたのなら

国學館への招待状を送るだけです。」


土御門は玄関の方向へ体を向け、歩き始める。


「心変わりがないように、すぐに送りますから

準備はお早めにお願いします。

ああ、それと、龍穂君だけじゃ心細いでしょうから龍穂君と親しい方に

招待状を送っておきます。

”スカウトを蹴った”経験がある方なので、

尊宅も何もありませんから、安心して龍穂君と共に

東京へお越しください。」


土御門は気になることを言い放ち、玄関へ向かい

家から出ていく。


音を立てることのなく進入してきた神道省副長。

そしていきなり提案に俺は承諾してしまった。


改めて振り返ると俺の心情を読み取り、

上手く丸め込まれたように思え

後悔の念が心を襲う。


「・・・・・・・・・・・母さんの様子を見てくる。」


険しい顔を崩さない親父はキッチンに移動し、

取り残された俺達は誰もしゃべることなく

沈黙が居間を支配していた。



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陽が落ち、暗い田舎道を男が歩く。

夜空には無数の星が煌めいており、民家の少なさを表している。


男は何やら安堵したような面持ちで前を向きながら歩いており、

まるで大きな仕事を片付けたような雰囲気を感じさせた。


「・・・・・・・・・・ん?」


等間隔に置かれた電灯の光の中に誰かがいる事に

男は気付く。

全身を黒く染めるような漆黒のスーツに皮で作れた漆黒の手袋。

涼しい夜とはいえ明らかに季節を間違えている男の格好は

違和感を覚えてしまうだろう。


「お疲れさん。」


光に照らされながら、電柱に肩を預けている男は

土御門をねぎらう。


「任務は概ね果たしました。あとは龍穂君次第かと。」


「その言い方だと、やっぱり反対されたか。

頑固だもんなぁ。あの人。」


漆黒の男の元へ歩いていく土御門。

合流すると星空が照らす道を異様な服装の男たちが並んで歩き始めた。


「ええ、ですから複数の高官からの推薦はこのままだと厳しい。

なので・・・・・」


「分かってる。手を回しておくよ。」


「ええ。お願いします。」


黒い男は胸元から煙草を取り出すと、土御門が魔術を使い

火をつける。


「ん、助かる。」


男は煙草を肺に入れ、夜空に向かって煙を吐く。

土御門は男が煙草を取り出す動作を見た時にはすでに

火を構えていた。

どうやらこの二人はお互いをよく知る深い仲の様だ。


「そっちはどうだったんです?」


「成果は上々。しっかり確認できたよ。

鬼を仕向けた甲斐があった。」


「そうですか。”木星”は・・・・覚醒したのですね。」


「覚醒なんて言えるほどじゃなかったけどな。

だが、魔力は感知できた。あとは時間の問題だな。」


「時間ですか。間に合ってくれるといいのですが・・・。」


「そのために俺達がいるんだろ?間に合わせるさ。

俺たちの野望のためにな。」


夜空に光る星に照らされながら、男たちが歩いていく。

田舎道を静かに語る男たちが向かう道の先は明かりが徐々に無くなっていき、

異様な二人は静かに闇の中に溶け込んでいった。


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あの騒動があった次の日。

寝つきが悪く、陽が昇るまで目が冴え

気絶する様に眠り、起きて携帯を見ると起きたのは昼過ぎだった。


「・・・・・・・」


重い体をなんとか起こし、布団から起きあがる。

あの後、キッチンで眠っていた母さんが目を覚まし、

何があったか話を聞いたが

突然眠気が襲ってきたかと思うとそのまま眠ってしまったらしい。


恐らく土御門と名乗った男の仕業なのだろう。

俺と青さんを近くに置くためになら母さんを巻き込んだ

強硬手段をとる男の誘いに乗った良かったのかと

考えていたら窓から陽の光が差し込んできていた。


眠い目をこすりながら居間へ向かうと、

青さんがご飯を食べている。


「やっと起きてきたか・・・・」


青さんがテーブルを指さすと、ラップをかけてある

ご飯が置かれており、その上には一枚の紙が置いてあった。


『お父さんと定明と出かけてきます。

お皿洗いよろしくね。』


出かけるとは聞いていなかったが、おそらく急な用事が出来たのだろう。

紙をどかし、ラップをはいでご飯に手をつける。


「・・・・・・龍穂。昨日事じゃが・・・」


動かない頭でご飯を食べていると青さんが

話しかけてくる。


「・・・・・はい。」


「あの土御門と言う男の事を景定から聞いたが、

奴はここ数年で神道省を上り詰めた男らしい。

奴自身も言っていたが、神道省は手柄のためなら

強硬手段を取る輩が多い。

それが・・・法に触れようとお構いなしのようだ。

そんな中を駆けあがるように出世した奴じゃから

何をされてもおかしくないと景定は言っていた。

この話を聞いても・・・・東京へ行く決断は変わらんか?」


三道省の設立は同時期だが、神道省だけは少し事情が違う。

飛鳥時代から設立された機関の一つである陰陽寮を

引き継いだものであり、それを含めると

千年以上の歴史を持つ組織なのだ。


それだけの歴史がある神道省は格式が重んじられており、

古くから日ノ本を支えてきた華族と呼ばれる家柄が

上層部を占めている。

根を張るように神道省内を支配してきた華族達が

あの得体のしれない男の出世を許すはずがない。

一体何をして副長官まで上り詰めたのか、

気になる所ではある。


「ええ。変わりません。」


だが、俺に残された選択肢は少なく

その中で最善の道を選ぶとするなら、

それはこの八海から出ていくことだろう。

例え、それが罠だとしても決断は変えられない。


「そうか・・・・・・」


俺の決断を聞いた青さんは一言だけつぶやくと

再びご飯に手をつけ始める。

俺も同じようにご飯を食べ進める。


一緒にご飯の食べている時は、何かしら話しかけて

くれる青さんだが、今日は淡々と食べている。


「ご馳走様。」


会話がない分、いつもより早く食べ終わった青さんが

食器を片づけ始める。

俺はなぜだが怒られているように感じてしまい、

早く居間から立ち去ろうとご飯を急いで口に入れた。


「ん?」


急いで食べ終わり、食器を洗っていると

家のチャイムが鳴る。


昨日の土御門の件があるため、警戒してしまうが

玄関をノックする音が聞こえ

音もなく進入するような人ではないと安心しながら

手を拭いて玄関にかけていく。


「・・・・・はい。」


一応警戒しつつ玄関を開けるが誰もいない。


「こんにちわ~。」


だが、声はする。

声の主を探すため、辺りを見るがそれでも人の姿は無い。


「下ですよ~。」


「へ?」


声の主が言う下を見る。

すると小学生ぐらいの背丈の女性が立っており、

俺に向かって笑顔を向けてきていた。


「初めまして~。」


「は、はじめまして・・・・」


髪色が白いに近い青がかかった色をしており、

瞳は深い青色。一目で日ノ本に生まれではないことが

分かる幼女の様な女性。

だが、言葉遣いや仕草から年上の風格を感じさせる矛盾。

一体この人は何者であり、うちに何の用なのだろうと思ってしまう。


「上杉龍穂君で間違いないでしょうか~?」


「は、はい・・・。」


「私こういったものです~。」


女性は胸元から名刺を出し、両手で俺に差し出してくる。

俺はおどおどしながら女性の仕草の真似をして

名刺を両手で受け取った。


「国學館高校の事務をしております、

ノエルと申します~。」


国學館高校の下に多くのノエルと書かれた名刺を手渡される。

苗字は書かれていないのが気になるが

そんなことより気になることが一つ。


「国學館高校・・・・ですか・・・・」


昨日土御門が言っていた高校の事務員さんが俺に用か・・・。

恐らく招待状の話で来たのだろう。


「ええ~。本日はお出迎えに参りました~。」


・・・・お出迎え?


「スカウトの話はしてあると聞いております~。

ですので、国學館への案内をしに来ました~。」


「・・・・・・えっと・・・・・」


国學館への案内と言っているノエルさん。

招待状を送られてたと言っても、話しが早すぎるだろう。


「招待状を送るって言われたんですけど・・・・」


「ええ、私が招待状です~。」


「・・・・・・・・・・・」


冗談か本気かわからず、受け答えに困ってしまい

言葉が出ない。


「・・・・冗談ですよ~?」


ノエルさんは笑顔のまま冗談だと伝えてくるが、

俺の受け答えが気に入らないのか

間が開いた返答に少し恐怖を感じてしまった。


「本日は招待状を持ってきましたが、

国學館への案内と言うのは本当でして~、

龍穂君が国學館への転校を望んでいるとお聞きしました~。

もし、すぐに行きたいとおっしゃれば

すぐにでも連れて来いと言われています~。」


そう言いながらノエルさんは招待状が入っていると思われる

紅白の封筒を手渡してくる。


招待状を送ると言われて心準備をする猶予があると考えていたが

いきなりそう言われると焦ってしまう。

俺は黙って封筒を受け取ると、

ノエルさんは俺の返答を待っているかのように

笑顔のまま俺を見つめる。


「・・・・・・・・・」


準備も出来ていない今、招待状だけを受け取ろうと

返答の言葉を出そうとした時

奥から旅行に行くような荷物を持っている人影が目に入る。


キャリーケースを引いた見慣れた人物。

それは後輩である楓の姿だった。


「・・・・楓?」


「彼女は以前、推薦を受け国學館にスカウトをされていましたが

拒否をしましてね。龍穂君がこちらに来やすいように

再度スカウトさせていただき今回は良い返事をいただけました。」


楓はノエルさんの隣に立つが、何もしゃべらず俺の方を向いている。

昨日土御門がそんなことを言っていたと思い返すが

まさかそれが楓だとは思っていなかった。


「さあ、どうしますか?」


ノエルさんが再度俺に尋ねてくる。

決めたはずだった決断は楓の登場によってしまい込まれた。

このまま国學館に行くかどうか、俺は答えにつまってしまった。

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