第2話 龍

俺が召喚した龍を見た鬼は足を止め、後ずさりをし始める。

理性を失っているとはいえ、本能で青さんとの

実力の差を感じているのだろう。


「ふむ、面白くないな。」


物心ついた時からずっと一緒に居た青さん。

もちろんこの龍の姿で家の中には入れないので

いつもは人の姿で過ごしており、

龍の姿を見たのはかなり久しぶりだ。


「青さんの姿を見たらそうなりますよ。」


龍とは水の神であり、海や川の神として崇められているが

水に囲まれ、水と共に生きていた日ノ本で多くの信仰を集めている。

だからこそ、人前に姿を現すことは稀であり

人の使役されているなんてことは長い日ノ本の

歴史の中でも数えられるほど、少ない。


だからこそ、俺が使役している事を隠さなければならない。

このことが広まれば、神道を管理している

神道省から目を付けられ、何をされるかわからないからだ。


怯んだ鬼を前に踏み込もうとした時、

鬼が何かを感知したのか動きが変わり俺たちの方へ突っ込んでくる。

目の焦点が完全に合わなくなり、捨て身の勢いで

棍棒を振り回してきた。


「近くに術者がいるようですね。どうしましょうか・・・。」


「かまうな。近くに負傷者もおる。」


青さんは冷静であり、倒れている猛の事を気にかけている。

ここで術者を探すような行動を取れば、

隙を突かれ、猛の方へ行ってしまうかもしれない。


青さんと共に、鬼の方へ踏み込む。

狂いながら突っ込んでい来る鬼の口からは

黒い炎、地獄の炎がこぼれ出してきており、

踏み込んだ俺たちの方へ吐き出してくる。


炎の魔術を極めたものが達する一つの方向性。

あれを人間が放てば、魔道特級の認定を受けられることだろう。

そんな相手に丸腰の猛が勝てるはずない。

むしろ軽症で済んで良かったと思えるくらいだ。


「行きますよ。青さん。」


俺は神力を込めた言葉、”言霊”を唱える。

神の力を借りる神道では必須の技術であり、

人の言葉を使うことが出来ない木霊の様な精霊たちと

会話をする手段として編み出されたものだ。


猛が合格した神道初級の試験内容は

この言霊を完全に使いこなす事であり、

それが出来て初めて精霊たちと式神使役の交渉が出来るのだ。


だが、言霊には別の使い道がある。

それは現世に呼び出せないほど力の差のある神の力だけを

借りる時だ。


木霊などの精霊は力が低いながらも、

神聖な土地に生えた木を守る神ともいえる。

低級だからこそ、人間が住む世界にある神力だけで

行動できるが、もっと強い神はもっと大きな神力が必要となる。


「・・・・今じゃ!!」


神の力だけを呼び出し放つ術、”神通術”。

この世界にいない神に語りかけるために言霊を使う。


「・・・諏訪ノ龍神(たけみなかた)!!」


俺は日ノ本神話に登場する龍神の力を呼び出す。

空気中の水分を集め、塊となった水は龍の形へと変化し

地獄の炎に突っ込んでいく。


生前に犯した罪を罰するために地獄を燃やしている黒い炎は

消えることはないと言われているが、

龍神の力を込めた水龍はそんな逸話をものともせず

炎を消火し、なんと炎を吐いた鬼にまで

突っ込んでいった。


「タケミナカタの力を完全に引き出したようじゃな。」


神通術を教えてくれたのは青さんだ。

タケミナカタとの契約を援助してくれており、

使い方の指導までしてくれた。


そんな師である青さんに褒められるのは嬉しいことであり、

力を付けたと実感できる。


「さあ、止めを刺そうか。」


迎撃のために止めを足を、再び動かす。


タケミカヅチに襲われた鬼は、

体を大きな水の牙で喰らえられ、地面に叩きつけられた後

身動きが取れなくなっていた。


その隙を逃すことなく、足に魔力を溜めて

鬼に接近を図る。


体に魔力を込めることが出来ると、運動能力を一気に上げることが出来る。

そして特殊な走法で走ることによって爆発的な

推進力を得ることが出来る”縮地”を使い、

一瞬で鬼の首を前にたどり着くことが出来た。


(固そうだな・・・・・)


刀を取りだし、鬼を見るが全身が固い皮膚で覆われており

普通に刀を振り下ろしても刃が皮膚を貫くことはないだろう。


よく見るとタケミナカタの歯も血で滲んではなく、

力づくで鬼を抑え込んでいることが分かる。

地獄の獄卒の名は伊達ではないようだ。


「あれを出せ。」


鬼を見た青さんは俺に指示を送ってくる。

刀を終い、新たな札からもう一つの得物を取り出した。


先ほどまで手に持っていた刀より刀身が長い”大太刀”と呼ばれる刀。

槍に対抗するため使われていた過去を持つが、

戦が無くなると、こういった大型の妖怪などの討伐に

使われるようになっていった。


「わしがこやつを抑えておく。

龍穂は止めに集中しろ。」


長い刀身を生かせばこの鬼の皮膚を貫くことが出来るかもしれないが、

骨を断ち切ることは叶わないだろう。


だが、これはただの大太刀じゃない。

俺は刀に魔力を込め始めると、刀身に風の力がまとい始める。

これは魔力を込めると使用者の一番強い属性の魔力の

力を帯び始める魔帯刀であり、俺の場合は風の力が強くなっている。


風は刀の切れ味と、勢いを増してくれる。

これであれば固い鬼の首でさえも断ち切ることが出来るだろう。


「・・・・!!!」


俺が止めを刺そうとしているのを見て、鬼も最後の抵抗を図る。

噛みつき、組み伏されてしまっている原因である

タケミナカタを何とかしようと、手に持っている棍棒を振り回し

何とかしようとしているが、青さんがそれを黙ってみていない。


「水龍槍(すいりゅうそう)。」


呪文を唱え、青さんが水の槍を作り出し

鬼の手足に突き刺す。

青さんの得意な水の魔術は鬼の皮膚を貫き、最後の抵抗を

完全に止めてしまった。


「やれ。」


これで思う存分刀を振るえる。

俺が放てる最高の神術を使っても肌を貫くことが出来なかったが、

こんな簡単に動きを止めてしまうのを見て、

まだまだこの人には敵わないなと思ってしまう。


「おおおおおぉぉぉぉ!!!」


大太刀に力を込め、思いっきり首へと叩きつける。

風の勢いで増した大太刀の一撃は視界で捕えることが出来ないほどの

速さが付き、タケミナカタの牙でさえ貫くことが出来なかった肌を

簡単に切り裂き、骨を感じさせずに

地面まで振り下ろされた。


その瞬間、抵抗を見せていた鬼の体が糸が切れたように力が抜け、

地面に倒れこむ。


荒さを一切感じさせることない綺麗な断面をした胴体からは

血があふれ出しており、地面を赤く染めていった。


「・・・・・終わったの。」


「ええ、早く猛を・・・・」


今までにない異質な存在の襲撃だったが、

いつも通り、難なく処理することが出来た。

後はケガをしている猛の救助のみ。

意識なく倒れている猛の元へ向かおうと振り返り、

鬼に背を向け歩こうとしたその時、


「・・龍穂!!!」


青さんの声が聞こえ、急いで大太刀を握り後ろを振り向く。


首を断ち切り、動くことは無いはずの鬼がなぜか立ち上がり

こちらに棍棒を振り上げていた。


「なっ・・・・!!」


俺は大太刀を構えようとするが、完全に不意を打たれたため

このままでは間に合わない。


青さんが水の槍を鬼の腕や心臓に放ち、貫くが

鬼は怯むことなく、そのまま腕を動かし

棍棒を振りかざそうとして来ている。


「ぐっ・・・!!!」


心臓を貫かれ、腕を貫かれているのに

動きを変えない鬼の姿。血が通っている生命に反する

その姿に俺は恐怖を感じてしまい、

一瞬動きを止めてしまう。


この窮地に置いて、それは命取りであり

このまま大太刀を構えようとしてもすでに手遅れ。

棍棒を阻むことなく、俺の体に跳ね飛ばすだろう。


(ヤバイ・・・・!!)


どうすることもできない状況。

だが、このままその結果を受け入れることは確実な死を意味する。

俺はありったけの魔力を体に込め、身体能力を上げることで

少しでもダメージを軽減しようとするが、

ある違和感を感じ、その方向に向け目線を向ける。


猛が望む式神の捜索を命じていた木霊が俺の近くを飛んでおり、

棍棒を振るう鬼に向かって風の魔術を放とうとしている。


「木霊・・・・!!」


木霊の力は弱く、鬼を一撃で葬る力はない。

だが、風の魔術で腕の動きを鈍らせることが出来れば

逃げる時間は稼いでくれるかもしれない。


俺は大太刀を構えると同時に、縮地の準備もするが

感じた違和感の正体が木霊がいただけではないことを

ここで実感する。


「こ・・・・だま・・・?」


木霊が放とうとしているのは風の作り上げた空気の弾をぶつける

初級魔術、空弾であるが込められている魔力が通常では

考えられないほどに高められているのだ。


空気の弾で空弾は無色透明。それは当然の事であり、

魔力を感知しなければ対処ができないことから

それが強みでもあるのだが、

木霊が放とうしている空弾は黒く染め上げられており、

巨大な空気の塊となっている。


もはや空弾と呼べるのかも怪しいほど巨大な弾は

棍棒を振り下ろした鬼の体に向けて放たれ、

近くにいた俺や青さんを吹き飛ばしてしまうほどの風を

辺りに放ちながら鬼へと突き進んだ。


「なっ・・・・・!!!」


全力の魔力を込めた体で踏ん張っても耐えきれない風に

体を持っていかれてしまうが、優しく誰かが俺を受け止めてくれる。


すぐに後ろを確認すると、青い龍の鱗が目に写り

それが青さんであることが確認できた。


「・・・・・・・・・・・」


青さんは俺に声をかけることなく、目の前で起きている異常な現象を

目を細めながらじっと見つめている。

俺には想像がつかないぐらい永い時を生きていた青さんであっても

木の精霊である木霊がこれだけの力を使うなんてことは

見たことがないのだろう。


黒い風の塊は鬼を吹き飛ばすどころか、体を貫通し

大きな風穴を作り上げる。

胴体の八割ほどを貫かれた鬼は棍棒を振りかざすことなく、

再度糸が切れた様にその場に倒れこんだ。


「な・・・なにが・・・・・?」


何が起きたのか理解が出来ず、俺は体を動かすことなく

その風景を見つめているが、

心配そうに俺の方へ飛んできた木霊に気付き、

そっと頭を撫でる。


「あ・・・・りがとう・・・・・。」


頭が混乱しているが、感謝の言葉を木霊に伝える。

木霊は見るからに嬉しそうにしてくれているが、

今までにこんな力を発揮したことが無かったので

不気味に感じてしまった。


「・・・・龍穂。」


青さんが風で木々がなぎ倒された場所を見ながら俺を名前を呼ぶ。


「状況を確認しよう。景定への報告をしなければならない。」


景定と言うのは俺の親父の名前だ。

この地の守護を務めており、真奈美がいる神社の長でもある。

この山での出来事は全て親父への報告義務があるので、

細かい状況を伝えるためにも、倒れた鬼を見なければならなかった。


支えてくれた青さんから下り、倒れた鬼へと近づいていく。

完全に動きを止めた鬼は、使役者からの神力を受け取れなくなったようで

徐々に体が崩れて言っており、原形をとどめきれなくなっていた。


「・・動かなくなったのを見て油断しましたが、

こうして体が崩れるまで気を抜かないようにしなければならないですね・・・。」


何の術を使ったのか、首を断ち切っても動いている鬼を見て

自らの判断が間違っていたことを改めて後悔する。

この山の神力を狙い、襲い掛かってきた妖怪達と何度も戦ってきたが

このような体験は初めてだった。


「わしも反応できんかった。

生命の理から逸れた出来事が少しでも分かればと

思ったが・・・・」


青さんは鬼の体に触れるが、簡単に崩れてしまう。

これでは鬼の体を動かした謎を調べることはできないだろう。


「・・・・・・・・ん?」


俺も何かできないかと鬼の体を眺めていると、

大太刀で断ち切った首から何かが出ていることに気が付く。


紐の様に細い何かが数本出ており、慎重に触れようとするが

少し触れただけでも崩れてしまい手に取る事すらできなかった。


動いた時に出てきた臓器なのかと思ったが、

なんとも言えない色で、鬼の一部とは考えずらいその何かは

鬼に入り込んだ別の生命体の様な異様さだった。


「龍穂さん!!!」


他に何かないかと崩れ始めている鬼の体を見つめていると、

後ろから声が聞こえて振り返る。


「けがはないですか!!」


聞きなれた声の主は楓であり、切らしながら俺の元へ走ってくる。


「ああ。大丈夫だ。」


俺の心配をしてくれたようだが、青さんの姿を見て立ち止まり、

青ざめた表情を浮かべる。


「あっ・・・・・」


何かをやらかしてしまったような顔をした楓。

確か楓には応援を頼んでいた・・・・・あっ。


「あおさ—————————」


時すでに遅し。楓の後ろには頼み通りに駆けつけてくれた

神社の神主や真奈美達が見えている。


「たつ・・・・・・へっ?」


俺が青さん、龍を使役していることはごく限られた人物しか知らない。

俺の家族や仕えてくれている楓達しか知らず、

真奈美達には教えていないのだ。


「な・・・・なんじゃこりゃーーーー!!!!!」


真奈美の驚きの声が山に響き、こだまする。

その後ろには顔を手で押さえている親父の姿があった。



———————————————————————————————————————————————————————————————————————


「このっっ!!馬鹿もんがあああぁぁぁ!!!!!」


陽が沈み、真っ暗になった外に響くほどの怒声が

家の中に響く。


「出てきていいのは家の中だけと言っているのだろう!?

何故それが出来ない!!」


居間で正座をして、親父の説教を受けている。


「いや・・・相手が鬼だったから・・・・・・」


「鬼だったからじゃない!お前の実力なら

木霊と戦えば勝てる相手のはずだ!!」


こうなった親父の前では言い訳は無駄であり、

何を言っても怒られるだけだろう。


「青さんも!!なぜ出てきたんですか!!

あなたは自らの価値を理解しているはずです!!!」


隣には人の姿に成っている青さんもおり、

俺と同じく正座させられている。


「いや・・・・・久々に暴れ・・・、

龍穂に実戦の中で稽古をつけるチャンスだったから・・・・」


本音が出てる。

この人隙を見て暴れたいだけだったのか。


「仮にそうだったとしても、龍穂の中で指示をするだけでも

十分でしょう!?

何も出てくることなくても・・・・・」


親父は面倒くさそうな顔をしながら俺達の前を歩いて往復している。

真奈美たちの見つかった後、親父があの場を何とか収めてくれたからいいが、

もし神社の人達が神道省に報告を入れれば、

すぐに俺たちの元へ訪れ、身柄を確保するだろう。


「まずいことになった・・・・」


親父は額に手を当て、ため息をつく。


「まあまあ、親父。龍穂達が無事だったからいいじゃないか。」


居間で座って煎餅を食べている兄貴が親父をなだめに入る。


この人は二人にいる兄貴の一人。

次男である上杉定明(うえすぎさだあき)だ。


「定明。話はそれだけじゃすまないんだよ。

お前は神道省のやり方を知っているだろう?」


三つ上の兄貴であり、東京の大学に通っている。

今は夏休みであり、今日の昼に帰省してきた。


「知ってはいるけどさ。まだやりようはあるだろ?

親父が働きかければまだ何とかなるはずだ。」


八海上杉家はこの地の守護だけではなく、

日ノ本の長である皇に使える華族の内の一つであり、

神道省でもかなり上の地位にいる。

定兄の言う通り、親父がうまく働きかければ

神道省への情報を遮断できるかもしれない。


「もう働きかけているが・・・・、

もし省内の面倒な奴らにこの情報を取られてみろ。

すぐに俺の脱却を狙って動き出す奴らが出てくるぞ。」


人間に使役された龍がいる。

おそらくこの情報自体は神道省に取って有益な情報であるため、

別に知られた所で大した問題ではない。

肝心なのは地位が高い親父がこの情報を隠していたという事だ。

何か裏があって隠しており、その情報を使い親父を蹴落とそうとするもの。

そして情報のみを握り、親父を影から操ろうとするものも出てくるだろう。


どちらにせよ八海上杉家の地位は危うく、

親父はこの状況に焦っているのだった。


「・・・・・・なあ、親父。」


腕を組みながら、何かを考えている親父を呼ぶ。


「なんだ。」


家族として過ごしてきた龍である青さん。

その存在を隠すのは当然の事であり、

今までそうしてきたが今になって一つの疑問が浮かびあがる。


「素直に俺たちの存在を明かしちゃ・・・いけないのか?」


有益な情報であるのなら、今ここで神道省に打ち明けてしまえば

良いのではないのだろうか?

ずっと隠していたことに関していえば、

まだ色々と言い訳が出来る。

親父はまずい状況と捉えている様だが、

八海上杉家の名を上げるチャンスなのではないのだろうか?


「・・・・・・・・」


親父は俺の問いに答えず、沈黙しながら青さんの方を見る。

それを見た青さんは親父を見て頷くと、

親父は俺と青さんの前で正座をして向かい合った。


「・・・明かせない理由がある。定明もそこで聞いておけ。」


親父は再びため息をつくと、俺の方を見て話し始めた。


「明かせない理由。そして青さんがお前に使役されているのか。

それは全て・・・・今朝龍穂に明かした話に繋がっているんだ。」


「・・・・・・・血が繋がっていないってことと?」


俺は親父に確認しつつ、定兄の様子を伺う。

俺の声は聞こえているはずだが、顔色一つ変えていない所を見ると、

親父から話を聞いていたみたいだ。


「ああ。隣にいる青さんは龍穂の両親の”元”式神。

そして龍穂の家に代々仕える式神でもある。」


親父の話を聞いて、青さんの顔色を伺う。

足を崩し、腕を組みながら目を瞑っていた。


「青さんは、自らの名を龍穂に明かしましたか?」


「いや、まだじゃ。本来であれば景定の口からではなく、

わし自らが全てを伝えるのが良いと思っておったが・・・・、

仕方あるまい。」


そう言うと青さんは体制を変え、俺の方へ体を向けてくる。

俺も青さんと向かい合う様に位置を変え、正座をした。


「昔から青と呼ばせていたが、真の名を名乗らずすまんかった。」


「いえ、そんな謝る事じゃ・・・」


「わしの名は青龍。神道を嗜んでいる龍穂であれば、

聞いたことがあるじゃろう。」


青龍。神道を勉強をしていなくても知っているような有名な名前が

出てきて、思わず驚いてしまう。


「・・・・あの・・・・青龍ですか?

安倍晴明に仕えた・・・十二天将の?」


平安京を守るため、安倍晴明が使役していた伝説の式神達の総称。

方角を守る四神の一柱であり、確か東の方角を守っていると

されている伝説の龍だ。


「ああ。その通りだ。」


「なんで・・・・そんな人が俺の使役を・・・・?」


純粋な疑問を青さんにぶつける。

恐らく青さんが使役している理由が俺の両親であり、

俺の生まれた家柄に関係しているのだろう。


「・・・・・・・・」


青さんは再び目を瞑り、渋るように口を閉ざしている。

伝説の式神が使役している理由。

何か青さんの口からとんでもないことが語られるのではないかと

期待してしまう俺がいる。


(・・・・・・・・・)


俺は喉を鳴らしながら唾を飲み、青さんの答えを待つ。

目を開いた青さんは横目で親父の方を見ると、

親父はわざとらしい空咳をして、俺に語りかけてきた。


「龍穂。お前の本当の苗字はな・・・・」


「・・・・・・」


俺は親父の方へ座りなおす。


「・・・・”賀茂”。賀茂龍穂と言うのがお前の本当の名だ。」


「賀茂・・・・?」


期待していた苗字ではないものが飛んできて、俺は首を傾げてしまう。

十二天将である青さんが使役してくれているのだから

安倍晴明に関する苗字だと予想していたが、

それとは違う名前に頭が混乱してしまった。


「賀茂。神道や陰陽の中では有名な姓じゃ。」


「え、ええ。確か、安倍晴明の師匠がそんな苗字だったはず・・・・・」


「そうだ。お前はその末裔に当たる。

八海上杉家とは比較にならないほどの名家の末裔なんだ。」


賀茂と言えば平安時代に陰陽で名を上げた名家であり、

幼い安倍晴明を陰陽の才能を見抜いて育て上げたという

逸話が残っているほどの人を生んだ神道の歴史に欠かせないほどの家だ。

そんな人達の末裔なのは驚きだが・・・一つの疑問が浮かび上がった。


「賀茂家である自分に・・・安倍晴明の式神である青さんが

使役してくれているんですか?」


この世にはまだ安倍晴明の血が残っており、

その末裔に使えるのが筋だろう。

なぜ、俺や俺の両親に使えてくれているのか。

かなり気になる所だ。


「・・・・・・・龍穂。驚かずに、俺の話を聞いてくれ。」


親父は驚くなと前置きを付けて語り始める。


「賀茂家の子孫であるお前はな・・・・・。

お前の先祖で安倍晴明の師匠である賀茂忠行に

命を狙われている。俺はな、幼い龍穂を守るために

養子として迎え入れたんだ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


親父の言っていることが理解できない。

何を言っているのだろうか?


「まあ、それが正しい反応じゃろうな。

受け入れられないのも無理はない。」


青さんがため息をつきながら頭を搔いている。


「えっと・・・・その・・・・賀茂忠行って人は・・・・

まだ生きてんの?」


頭の中を整理するため、まずは当然の疑問を親父に聞いてみる。

話の流れからしても、生きているはずのない人物だからだ。


「ああ、生きている。

今朝の話を覚えているか?龍穂の両親の死因は

戦死と言ったな?」


「・・・覚えてる。」


「その戦った相手こそ、賀茂忠行だ。

奴は自らの子孫の血を体の中に入れることで

寿命を延ばす技術を持っており、

今まで生まれてきた子孫たちを全て喰らいつくすことで

生き長らえてきたんだ。」


親父はあり得ないことを言ってくる。

そんな技術が本当にあるのなら、

いるはずのない不死の存在がいるという事になってしまうからだ。


「賀茂忠行との戦いの前、龍穂の両親がお前を俺に託してきた。

賀茂家の血を感じさせないため、封印を掛け、

今の今まで龍穂の存在を隠し続けてきたが

時がたつにつれ封印に綻びが生じ、

賀茂忠行に龍穂の存在を隠し切れなくなってしまった。


今朝、お前に血が繋がっていないと言ったのは

隠し切れなくなり、意味が無くなった封印を解くため。

龍穂に隠してきたことを明かすことが封印の鍵であり、

今日現れた鬼はおそらく賀茂忠行の配下が

お前を殺すために仕向けたものなのだろう。

そしてこれからも・・・・こういったことが起こりうる可能性が高い。」


「これからも・・・・あの鬼みたいな奴らが・・・」


「今回の件で龍穂の存在が完全にばれただろう。

となれば、次は鬼以上の強さの奴が仕向けられるに違いない。」


あれ以上の強さの妖怪なんて想像がつかないが、

この八海の地が無事では済まないことだけは分かる。


「・・・・・・・・・・・」


襲われた猛は幸運にも片腕の骨折で済んだが、

次があるとしたのなら次は命を落とすかもしれないし、

真奈美も犠牲になってしまうかもしれない。


そう考えると、俺は八海の地にいない方がいい。

いっそのこと神道省に引き取られた方が良いとまで考えだしてしまう。


「・・・・龍穂。」


親父が悩む俺の顔を見て、察してくれたのか声をかけてくれる。


だが、その言葉を遮るように高い鐘の様な音が鳴り

静かな家に響いたチャイムはどこか嫌な予感を感じさせた。

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